1999年6月号
くらし発見の旅
アジアの社会的経済
-韓国の協同組合を中心に
エリック ビデ
今回は、 フランスからエリック・ビデさんに登場願うことになりました。
エリックさんは、 韓国や日本に知人が多いばかりでなく、
当研究所の支援も得て、 現在、 独自のプロジェクトを進めています。
それは、 いずれ、 協同組織の日韓比較としてまとめられるでしょう。
ここでは、 韓国の協同組合について、 最新の動向が濃い密度で紹介されています。
同時に、 ヨーロッパ社会やその協同組織の洞察を基礎にして、
韓国の状況が考察されています。 ヨーロッパ視点からアジアの韓国がどのように見つめられているのか、
日本に住む者にとっても興味深い点でしょう。
いろいろな読後感があるかと思います。 大競争、
小さな政府と言った声がかまびすしいなかで、
では公益性に基づく政府の役割は一体何なのか、
逆光をあてて考えてみるのも、 おもしろいかもしれません。
(中嶋 陽子)
ヨーロッパの社会的経済と新しい社会的経済
社会的経済とは、 一般に、 協同組合、 アソシエイションなどと呼ばれる非営利組織、
相互扶助組織をさす言葉である。 それは、 約150年前、
ヨーロッパに現れた。 今世紀初めに欧州の第一線の研究者たちが強い関心を示した後、
いったん学会、 政界からは消える。 80年代にフランス社会党政権が生まれると、
社会的経済は、 89年、 EUにおいても認知されるようになった。
現在、 生協のように、 一部の例外を除いて衰退したものや、
労働者協同組合のように事実上発展していないものもある。
だが他方で、 信用組合、 農協、 共済といった組織は、
順調に育ち主要な経済主体になった。
この"古い"組織と並んで、 過去20年来、
新しい組織が現れている。 フランスでは、 80年代半ばから、
毎年多数のアソシエイションが創られ、 スウェーデンでは、
失業対策に一役買った。 イタリア、 スペイン、
イギリスでも、 ソーシャル・コープやコミュニティサービス・コープが劇的に発展した。
ソーシャル・コープは、 障害者のケアと失業者の雇用促進を目的にイタリアで創られ、
コミュニティサービス・コープは、 託児所、
デイケアセンター、 家庭介護のサービスを中心に、
特にイギリスで発展したものである。 この"新しい社会的経済"のほとんどは、
マルチ・ステイクホルダーを組合員資格としており、
この意味で、 伝統的な協同組合の概念は刷新されている。
つまり、 マルチ・ステイクホルダーであるメンバーは、
その組織のユーザーなのは勿論、 同時にそこの労働者であり、
ボランティアであり、 政府の代理機関にもなったりしている。
これらの共通の背景には、 福祉国家の衰退、
人口の高齢化、 伝統的な家族構造の交替、 長引く失業などがある。
このような社会問題と雇用の政策的問題とが交差する所で、
主に個人サービスに関して新しいニーズが生み出された。
新しい社会的経済はすべて、 このニーズの流れを結びつけて生まれている。
アジア諸国も同様な傾向を了解しているが、
欧州同様の答えが出たのか出せるのか、 興味のあるところである。
韓国社会の特徴
韓国の場合、 特に1997年後半の財政・経済危機のあと、
疑いなく同様の傾向が観察される。 しかし実際の所、
韓国経済のなかで社会的経済の活躍する範囲は、
まだ非常に狭い。 失業問題は、 すでに大変大きくなっているにもかかわらず
(労働人口の約9%)、 あまりに最近のことだったので、
問題を把握することが、 急展開する失業の事態に、
追いつけなくなっている。 しかし、 さらにいえば、
韓国社会のいくつかの基本的な特徴こそが、
社会的経済組織の発展にとって、 強大な抑制装置になっている。
もっと一般的に言えば、 真の強力な市民社会の発展にとって、
強大な抑制装置になっていると考えられる。
その第一は、 儒教の影響が、 多分、 他のどのアジア社会よりも、
今なお韓国社会の全ての地域で強力にみられる点である。
儒教は、 基本的に遵奉、 階層組織、 権威といった価値に基づくが、
社会的経済の出現にとっては不適切な環境を生み出している。
社会的経済は、 平等、 民主主義、 自発的行為といった、
儒教とは相いれない価値にもとづいている。
言いかえれば、 権利よりもむしろ義務を問題にする儒教は、
政府の厳格な制御のもとでのみ、 集団を創設することにだけ、
貢献してきたように思われる。 また、 それは、
自助的な過程のもとで相互扶助をめざしたのではなく、
温情的視点のもとで一般的利益を指向してきたように思われる。
第二点は、 家族の結束が持つ求心力の強さ、
しっかりと記録に残されたネットワーク (家系、
出身地、 大学) による求心力の強さである。
韓国社会では、 これらのネットワークの外には、
結束というものはほとんど存在しない。 それは、
フランシス・フクヤマのような著述家や学者をして、
韓国社会は非常に相互信頼の低い社会であると、
言わせている。 フクヤマの観点では、 この特徴は、
フランスやイタリアのようなヨーロッパ諸国でも共通に見られるのであるが、
これは、 韓国では、 社会的経済の発展にとって、
抑制装置にもなってきた。
第三点は、 韓国の特殊な現代史である。 それは、
日本による占領 (1910~1945)、 内戦 (朝鮮戦争-1950~1953)、
アメリカによる管理、 引き続く60年代から80年代後半の独裁政治体制、
に特徴づけられる。 このようなうち続く出来事は、
自助グループの発展に少しは貢献したものの、
強い反共感情があらわれるのにも貢献した。
実際、 この反共感情は、 すべての独裁政府が、
多くの自助的なイニシアティブを妨害したり抑圧したりさえするのに、
利用したのである。
最近の農協をめぐる動き
これらの理由で、 唯一伝統的で保守的な協同組合運動、
つまり農協は、 国家の代理的な機関として韓国経済のなかで発展した。
だが他方では、 労働者協同組合や生協のような、
伝統的にみて、 より進歩的な運動についていえば、
実際には、 労働者協同組合は存在しないし、
生協はいまなお非常に脆弱である。 そして、
今ある非営利団体は、 大概、 国家や企業複合体の厳しい制御のもとにあり、
財政的生き残りのため窮余の犠牲策をとっている。
近年の農協の危機は、 全韓国協同組合運動の大部分の状況を端的に表している。
この危機は、 また、 協同組合運動がどの程度まで、
今なお韓国国家の影響のもとにあるのか、 ということを示している。
今年の年頭に、 不良債権と危機的な財政状態が明らかにされ報告されたあと、
二つの主要な連合体の理事長が、 免職解雇されるに至った
(全国農協連合、 全国家畜協同組合連合)。 そこで政府は、
ここ何年か暖めていた農協運動の完全な再編を推進することを決心した。
このスキャンダルの結果は、 いまも十分解決されたわけではないが、
おそらくそれは、 新聞各紙が 「農業省の筋書きの中では、
もっとも重要な変化」 と呼んでいる事態へつながってゆくであろう。
つまり、 国家主導のもとで、 全農協セクターは、
より小さいGinseng生産者協同組合連合を加えて上記二連合を合併し、
2001年7月1日までに再編される予定である。
この新しいウルトラ級の連合の内部では、 マーケッティングとクレジットの活動は分離され、
新しい全国理事長の権力は弱められ、 非ビジネスの領域
(教育・政治的活動) に限定される。 この合併は、
プライマリコープ (全国連合と対抗する農協で、
店を持ち信用組合的な活動も行う) にも適用される。
つまり、 政府はプライマリコープを合併させて、
現在の1200団体を2001年までに約300団体に減らしたいと考えている。
しかし、 最終的な数字は、 多分500弱になるだろう。
この当初の改革プロジェクトでは、 政府はまた、
プライマリコープの理事長選挙と全国理事長の選挙の両方の手順を、
修正しようと計画していた。 現行の一般的な選挙に基づく選挙方法を、
投票者がランダムに選ばれる選挙にしようというのである。
つまり、 プライマリコープの理事長選挙にたいしては、
組合員の10%を投票者に、 全国理事長の選挙にたいしては、
プライマリコープから選出された理事長の15~30%を投票者に充てる。
この方法は、 実施されれば"一人一票"という協同組合の基本原則を深部から変えてしまったかもしれないのだが、
最終的には否決された。 これらの改革は、 まだ策定の途上にある新しい協同組合法によって、
すべて修正される必要がある。
しかしながら、 こういった危機が示している事がらは、
政府の厳しい制御に因っているのである。 その制御は、
韓国の農協制度を、 西洋型の制度よりも崩壊した旧ソヴィエト型に近づけるように思われる。
これは、 もっとも激しい反共国家の一員にとっては、
ある種のパラドックスである。
韓国とヨーロッパの対照
ヨーロッパの経験の示すところによれば、
19世紀後半の社会的経済や最近の新しい社会的経済が生成・発展するためには、
国家の側も博愛精神や社会的経済への支持を示すことが必要である。
韓国の場合は、 すでに述べた理由によって、
そのような博愛精神も支持もなかったし、 それらは今もない。
さらに言えば、 より伝統的な社会的経済は、
ヨーロッパの新しい社会的経済の永続にとって、
政府とはまた別の支持を意味している。 だが、
韓国では、 より伝統的な社会的経済自体、 上述の農協の例のように、
本当には存在していないのである。 1998年12月の生協の法的地位をめぐる採択のように、
たとえ、 最近積極的な進展があったとしても、
韓国で真の強力な社会的経済がたち現れるようになるには、
なお多くのことがなされねばならない。
(注・・原文はフランス人の英語である。
本人の承諾を得て段落と小見出しを追加し、
原文のpresidentは、 すべて理事長と訳した。
冒頭のヨーロッパに関する部分のみ抄訳、 それ以外は全訳である。)
Eric Bidet さん・・フランスの専門誌"Revue
Internationale de l'Economie Sociale"を経たあと、
EUの研究支援を得て渡韓。 現在、 韓国の社会的経済を研究中。
30代の若手として、 今後の活躍が期待される。