1998年10月号
書評1

福祉は生協の新しい理念になりうるか

平尾良治 滋賀文化短期大学講師

 『研究年報協同組合新たな胎動』
川口清史編
法律文化社
1998年、3600円


いま福祉という言葉ほど大きな問題をはらんでいるものはないであろう。日本の社会福祉制度は、戦後の民主化を経て整備されてきたが、なお不十分なまま70年代の「福祉切り捨て」や80年代の「日本型福祉社会論」、最近では「社会福祉構造改革」によって、その質的な変容を迫られている。この歩みのなかで生協運動は、80年代を通じて福祉活動に力を入れ、一定の役割をはたした。しかし今日、構造的不況の逆風のなかで福祉活動をどう維持・発展させるかが、生協に問われている。
本書は協同組合の"新たな胎動"として「参加型地域福祉と生協」「ヨーロッパにおけるくらしと協同」「アジアの地域社会と協同組合」が収載されている。一見するとバラバラにみえるが、そのオムニバス的な構成がかえって今日の日本の生協運動の現状と課題をわかりやすいものにしている。ここでは参加型地域福祉と生協という第1章を中心に書く。
最初の藤井論文は、公的責任回避の社会福祉制度にたいして、国・自治体による社会福祉およびその前提である社会政策や公共一般政策と関連づけた総合的体系的な生活保障を追求することの大切さを指摘し、あわせて住民の"自治"にもとづいた"参加"による"地域福祉"をつくりあげていくことに生協福祉活動の方向性を示す。
ついで川口論文は、生協の福祉活動の多様な発展形態を類型化しながら、福祉活動・事業の特徴と課題を整理する。とくに地域購買生協における福祉理念の深化、財政基盤の強化、福祉専門職の必要性、障害者雇用・業務システムの開発、自治体とのパートナーシップの確立など、重要な課題を提起する。
さらに上掛論文は、生協の福祉活動の理念的なあり方を提案する。"人間発達"の観点から「福祉の主人公として問題解決する能力を身につけ」「主人公として参加することのできる組織や運営の仕組が問われている」という。
こうした指摘は、いずれも生協の福祉活動を考えていくうえで欠かせない指摘であろう。しかし、福祉を生協運動の"新たな胎動"にすえるなら、生協運動のなかに「福祉」「社会福祉」という言葉を具体的に位置づけなければならない。その言葉が、現状の社会福祉制度をさすのか、くらしの協同=福祉なのか、人間生活のあるべき姿や理念を指すのかを。
おりしもコープこうべでは2級ヘルパーの養成実績をふまえ、いよいよ神戸市からの委託事業に取り組む。公的介護保険実施に"備えて"、ホームヘルプ事業の委託を返上する社協がでてきているなかで、である。こうしたさきがけ的な取り組みに学びつつ、福祉と生協の関係を明確にする必要があるのではないだろうか。
そのあたりの研究成果が、早く刊行されることを期待している。



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