1998年10月号
特集
日本の福祉システム転換への先導者になりうるか
『生協のあり方検討会報告書』 を考える
厚生省は1998年6月25日、 生協のあり方検討会報告書
『今後の生協のあり方について』 (座長野尻武敏大阪学院大学教授・コープこうべ協同学苑学苑長)
を発表した。 これは、 同年1月30日から7回にわたり検討会を開催しまとめたもので、
その委員の1人に川口清史当研究所副所長が参加している。
そこで、 8月28日開催された当研究所98年度第1回研究委員会で、
厚生省のねらいや報告書の到達点、 問題点などを、
川口委員から報告を受けた。 それにたいして各研究委員からは、
ガバナンスのあり方や福祉事業などについて議論があった。
公的介護保険制度実施をにらんで、 各生協ではいま福祉事業にむけての模索が始まっている。
今回の特集では上記報告書をとりあげ、 検討会での川口報告と研究委員会での議論を要約し、
生協の福祉事業のあり方について考えてみたい。
生協の新しい地平への曙光となるか
川口清史
立命館大学教授
くらしと協同の研究所副所長
今回の報告は、 1986年に 「生協のあり方に関する懇談会」
(座長宮崎勇大和証券経済研究所理事長) がもたれて以来の、
厚生省の総括的な検討になる。 福祉にしぼれば、
1989年に 「生協による福祉サービスのあり方に関する研究会」
(主任京極高宣社会事業大学教授) が、 生協の福祉事業にかんする公式検討としてある。
しかし、 いまなぜ出されたのか。 1つは生協の経営危機が表面化してきて、
管理運営問題などをふくめて法改正が必要かどうかということ、
もう1つは、 公的介護保険法の両院付帯決議で生協も位置づけられたため、
生協を介護保険認定事業者とするための法や制度の整備が必要であるということ、
この2点であろう。
管理運営問題にメスを入れる
生協の管理運営を問題にする際、 92年の農協法改正との関係をみる必要がある。
改正農協法では理事会の経営責任を明確にし、
理事会の体制を確立している。 農協は公益団体的性格をもつ民法準拠から事業活動体として商法準拠に変わった。
同時に、 経営者の統制、 監視のシステムも明確化され、
理事報酬の総会決議や、 組合員代表訴訟などの内部牽制機能の強化、
監査機能充実ももりこまれた。
しかし、 今回は厚生省として法改正まではふみこまず、
経営責任問題を 『厚生年金基金の資産運用関係者の役割および責任に関するガイドライン』
にそう形で明確化しようとした。 つまり、 実際に資金運用をしている理事と、
していない理事があり、 両者の責任の違いを明確にした。
資金運用している常勤理事は専門家として、 エキスパートとしての善管義務をはたさなくてはいけない。
生協法では、 理事は全て同等だが、 権限の実態は違っている。
理事会には常勤理事と非常勤理事がいて、 経営責任をもっている常勤理事が専門家として、
善良なる管理者としての義務をはたさなければならないが、
非常勤理事はこれまで通り通常の管理上の忠実義務でよいという区分けを、
今回おこなった。
福祉システムに共助を位置づける
「保険あって介護なし」。 介護保険にたいするこういった批判にたいし、
厚生省は供給体制の整備を至上命題としている。
このなかに生協も積極的に位置づけたことが今回の最大の眼目である。
しかし、 生協法の員外利用禁止規定のもとでは、
生協は公的な福祉サービスの担い手になることはできない。
今回の答申は、 この問題をクリアするために必要不可欠なステップであった。
しかし、 問題はもちろんこれだけにとどまらない。
まず第一に経営問題である。 購買事業ですら赤字を出して経営危機が深刻化しているのに、
経験のない福祉事業をやっていけるのか。 これにたいして厚生省は、
介護保険制度のもとでは公的な資金が投入され、
4兆円ともいわれる新しい市場が創出されるので、
状況はまったく違うという。 生協は組合員をかかえているわけだから、
経営的な心配はない、 経営力量からすると可能だという。
第二に、 なぜ生協が福祉事業をやるのか、 生協がやるとしたらどこに特質があるのかという問題である。
最大の特徴は、 「くらしの助け合いの会」 等の組合員活動と福祉事業を結合することであろう。
保険の範囲内にとどまらない付加的なサービスや、
介護保険から排除された人たちにたいして、 組合員のボランティア活動でカバーすることが可能であり、
この連携こそが生協の大きなメリット、 つまり本質的にすぐれた点ではないか。
この議論の過程では、 福祉のシステムのなかでの
「自助」 や 「公助」 だけでなく、 「共助」 という分野の積極的な位置が確認できた。
「自助」 「公助」 「共助」 の組み合わせで、 社会福祉システムを考えることは、
今後も重要な意味をもってくる。
第三に、 福祉事業のどの範囲までカバーするかという問題もある。
特別養護老人ホームや老人保健施設など、 いわゆる一種事業・収容施設ではなく、
厚生省が実際に期待しているのは、 むしろ在宅関連事業であり、
デイサービスやホームヘルプ事業、 給食・配食などの分野である。
規制緩和で新しい生協誕生の可能性
生協法でかねてから指摘されてきた員外利用規制問題や圏域規制問題なども、
今回議論の対象となった。 厚生省は福祉事業の面ではすでに員外利用規制をはずしており、
これからも例外規定を増やしていく方向である。
しかし、 「員外利用禁止問題」 は協同組合の原則問題である。
なぜ員外利用規制を緩和しないといけないのか、
なぜ協同組合組織を外に開かなければならないのか、
という論拠は、 明確になったとはいえない。 福祉事業であれ何であれ、
協同組合が組合員以外に利用を認めるという論理を構築しなければならない。
これは緊急にもとめられる。 もうひとつは、
圏域規制についてである。 これは協同組合原則ではなく政策問題である。
都道府県にしばる根拠はなにもなく、 実態にあわない。
しかし厚生省は、 すでに事業連合を認めたことで解決済みというのが基本的立場である。
生協として圏域規制廃止は生協間競合を生むが、
同時に専門生協、 たとえばアトピー性皮膚炎の子どもをもつ親の生協といった、
きわめてかぎられた分野の生協がつくりだされる可能性があるとも考えられる。
公的制度にかかわることで生協の変革
この報告書では法改正にはいたらず、 省令レベルで終わる可能性がある。
これまで生協陣営は、 生協法については規制を緩和せよというスタンスで議論してきたが、
それだけでは対応できない段階にあると思われる。
「生協は経営危機をどうするか」 という厳しい目があり、
農協法とかかわってガバナンスの問題をどうするのか、
新しい協同組合法の議論にたいしてどうかかわわるのか等、
政策的対応が求められている。 生協陣営が、 生協にたいする"国民的コンセンサス"をどうつくっていくかという発想をもたないと、
法改正にはいたらない。
また、 福祉システムへの生協の参入は、 大きなインパクトをあたえることになる。
その社会的責任を自覚しておく必要がある。 2000万人近い組合員を擁する生協が利用者の立場に立って取り組めば、
日本の福祉システムそのものを変える可能性がある。
以前から福祉事業は大事だといわれながら、 経営的な見通しの不安感のなか、
必ずしも積極的に事業化に進もうとはしていない。
共済事業で生まれた剰余は、 現実には購買事業の穴埋めになってしまっているが、
本来は福祉事業の財源になりうるものだ。 決して福祉の経営基盤がないわけではなく、
購買事業自体が問題なのである。
もうひとつの大きな問題は、 公的制度にコミットすることが生協にたいして重い意味をもたらす可能性があるという点である。
今までどちらかというと公的制度にたいして距離をおくことで発展してきたが、
今後は公的機関とのパートナーシップの問題や、
生協の社会性を広げていくこととかかわらなければならないだろう。
そして、 制度にとりこまれていくことによって、
組合員の参加力量が弱まることがないように、
新しいパートナーシップを構築していくことが課題になるであろう。
地域の医療機関との関係が最重要
野村秀和
日本福祉大学教授
くらしと協同の研究所理事長
厚生省の意図は、 在宅介護サービスに限定することで、
低廉で優秀な労働力の供給機関として生協を位置づけ、
営利事業的に参入しようとする他の組織にたいしての競合的なサービスの提供者という補完的役割をこえないようにと考えているのであろう。
そして、 介護認定から排除される要支援者への有料ボランティアによる助け合い活動を担うことを期待している。
これは、 行政責任の一部を、 一定の実績のある生協におしつけようということでもある。
生協陣営では、 厚生省のもとでの議論により、
生協の役割が公的に認知され、 福祉については員外規制をはずされて活躍することが期待されるようになったと、
今回の報告を高く評価している。 たしかに厚生省の福祉政策の一翼に生協が公的に位置づけられたというのは事実だが、
単純に喜んでいいものかどうか。 その裏側をしっかり見たうえで、
福祉分野へのかかわり方の戦略を考える必要があるだろう。
その際、 医療機関との連携があるかどうかは、
とくに決定的な問題である。 対象が高齢者だから、
組合員であっても、 クライアントとして全部が生協にくるわけではない。
かかりつけの医者にいくことが多いだろう。 全国の医療施設が地域でどんな取り組みをしているか、
そうした実態をみておかずに、 生協が事業としてのりだすのは危険だ。
生協を通じて斡旋してもらった医療機関が、 ひどいサービスをするということが現実にでてきたら、
たいへん深刻な問題に発展するのである。
高齢者福祉の入り口として在宅介護サービスを考え、
医療機関との連携をもちながら介護施設などのハード面にも取り組む、
こういったことが戦略的に必要なことだと考える。
しかし、 生協に残された時間は少ない。
国際高齢者年にむけて、 生協らしい総合的福祉政策の研究を
井上英之
大阪音楽大学教授
くらしと協同の研究所所長
生協が福祉事業に関与する場合大切なことは、
徹底的に利用者の視点に立つことである。 在宅介護事業でも商品でも住宅でも、
組合員自身がどういう介護やサービスを求めるのか、
そしてそれをどう総合的に具体化していくのか、
こういった視点から取り組まねばならない。
生協はこれまで、 障害者や高齢者などの問題にたいして、
個別政策で対応してきたが、 総合的ではないため整合性がない。
あたかも来年は国際高齢者年である。 地域のなかの弱者やだんだん購買力が落ちてくる高齢者を励ましながら、
生協にかかわってよかったといわれるような総合的福祉政策をもたないといけない。
そういう意味では今回だされた報告書は、 あらためて組合員の立場から総合的に考えるチャンスがあたえられたといえるだろう。
今、 生協はたいへんな経営危機をむかえているが、
一方で共済事業は事業的には宝物になっている。
はたしてこれでいいのか、 福祉活動と共有するようにはならないのか。
地域に根ざした生協が、 他の協同組合や行政と提携しながら、
どのように対応できるかと考えたとき、 ひとつの大きな転換、
自らが積極的にのりこえなければならない転換、
それを示すものとして位置づけると、 厚生省の報告書には生かすべき点がいろいろある。
地域社会と生協が次の一歩をどうふみ出すか、
どのように介護問題にアプローチするのかを考えるとき、
生協にとって役立つ側面がある。
当研究所でもこれを機会に、 生協の福祉の取り組みはどんなことを大事にしてすすめるべきかを、
提言としてまとめたいと考えている。 この答申をきっかけに、
そうした共同研究ができないだろうか。
いそぐべき生協の福祉サービス基盤整備
浜岡政好
佛教大学教授
くらしと協同の研究所副所長
生協が福祉事業にのりだす際、 公的介護保険体制のもとでどういう状況が出てくるか、
事業の採算性はどうなのかなど、 相当研究してみきわめながら進める必要がある。
厚生省の報告書にしたがってハイハイとのりだしていくと、
厳しい問題があることを認識しておくべきだ。
全国の社会福祉協議会は、 従来の地域のコーディネーター役から、
公的介護保険制度下での基盤整備を推進するために事業型社協へと変わり、
行政の福祉サービスを受託するやり方をしてきている。
しかし、 ホームヘルプ事業の補助方式の変更で、
事業的に採算がとれなくなってきており、 デイサービス事業では利用者のカットをおこなうケースもでてきた。
各自治体ではこの秋、 高齢者のニーズ調査などをおこなう。
そうなると、 今の福祉サービス整備状況では応えられないくらいの介護ニーズが明らかになり、
「保険あって介護なし」 の実態が出てくる可能性が高い。
各自治体は焦るだろう。 農協や生協、 ボランティアグループなど、
さまざまな組織に声をかけ、 とにかく供給基盤の形を整えておかないと、
自治体の介護保険事業計画がたてられない。 そういう構図のなかでの生協への期待だということをおさえておく必要がある。
一方、 介護保険に排除された人たちをふくめて、
地域でどう対応するのかという問題は大きい。
衣食住の生活の基本部分がうまくいかないために、
身体的には介護が必要ない高齢者でも、 施設に入らないとくらしていけないことが多々ある。
かといってそうしたニーズを受けとめるだけのサービス基盤の整備はできていない。
このことが、 やがては組合員の第一級の生活課題になってくる。
そのときに生協はどうかかわれるのか。
介護保険との関係では生協としては出遅れているが、
2010年をにらんで、 生活協同組合のあり方そのものを高齢社会対応にしておく必要がある。
とくに都市型生協は、 都市住民の高齢化にともなって、
どういう問題や課題があるのか、 どういう対応が必要なのかなどは、
今からでも遅くはない、 すぐに準備をすすめるべきだ。
公的介護保険にのらないサービスの評価を
上掛利博
京都府立大学助教授
くらしと協同の研究所研究委員会幹事
生協が福祉事業にかかわっていくときには、
生協らしさが大切になってくる。 4人部屋が中心で、
夫婦で入ることができない老人ホームや個室に入るには差額が必要な老人保健施設という、
福祉サービスの現状にたいして、 生協は質の高い福祉をつくっていきながら、
福祉の現状に影響をあたえていく、 行政とのパートナーシップをつくりながら制度を変えていく、
こうしたことが生協らしさにつながるだろう。
より質の高い福祉をつくる時に生協はどういう役割をはたすのか。
公的介護保険で認定されない人の場合に、 組合員のボランティア活動でカバーするということは2つの面がある。
介護保険の 「上のせ」 として認定できるように働きかけていくことが1つである。
また、 制度から落ちる人たちにどう応えるのかという面がある。
公的介護保険は要介護の重度の人が中心になるが、
福祉の問題では予防が重要である。 ある程度自立してくらしている高齢者にたいして、
助け合いの会の活動は、 寝たきりにならないために非常に役立っている。
これを福祉の分野で評価させることが必要だ。
介護保険制度にはのらないが、 現実に必要で重要な活動だから、
生協がそれを担い、 社会の制度にしていく必要がある。
公的介護保険制度が実施されるので生協も参入していくというのではなく、
事業収支の見通しや安定性、 継続性という厚生省の評価基準だけでははかることのできない、
生協としての独自の評価基準を設定し、 今までやってきた福祉活動の意義をきちんと位置づけて取り組むことが大切である。