『協う』2007年2月号 探訪 くらしとコミュニティ

学校給食の変革、 地域からの発信


烏野 純子 (ならコープ組合員、 『協う』 編集委員)


  「飽食の時代」 といわれる現代、 学校給食はどのような役割を担っているのだろうか。 食材の選択、 献立、 調理それぞれに関わる人たちの思いは学校給食にどのように活かされてきているのか。 今回、 和歌山県紀の川市、 岩出市を訪ね、 学校給食の実情や食材提供者である農業生産者との関わりをみてきた。

 

「紀の川市環境保全型農業グループ」 の取り組み

 紀の川市は大阪府に隣接する和歌山県北部に位置し、 2006年に近隣の5町合併により誕生した新しい市である。 その市内の東部に位置する那な賀が地域では2002年まで小学校一校単独で給食が実施されていたが、 同年に規模を拡大した 「那賀学校給食センター」 が3小学校・1中学校、 合わせて743食分を担当する、 市直営のセンター方式調理場として発足することになった。 完全週5日、 米飯給食3回、 パン給食2回。 調理員9名が常時勤務し調理にあたっている。 年間給食回数は2005年度で190回にのぼる。
ここでは合併前から地場産の野菜が 「那賀有機農業実践クループ」 によって給食に提供されていた。 今では米が100%地元産で、 季節野菜はタマネギ、 にんじん、 じゃがいも、 キャベツ、 小松菜、 ネギ、 トマト、 トウモロコシ、 大根など47品目に及ぶ。 果物ではミカン、 イチゴ、 なし、 すもも、 夏みかん、 びわなど12品目。 手作りこんにゃくは年1回、 地域の経験豊かなおばあちゃんが提供してくれる。
給食センターへ届けられる切り干し大根は、 紀の川市立名な手て小学校の学校農園からだ。 学校では、 この有機農業実践グループが農業体験学習として、 種まきから収穫まで学年に合った指導にあたっている。 児童の家庭には、 専業農家はほとんどなく、 サラリーマン世帯が多い。 祖父母が農業を営んでいる場合でも、 子ども達が農業を日常的に手伝うことはほとんどない。

 

有機の町づくりが後押しする給食

  天候を気遣い、 手間をかけて育てることの大切さを子ども自身が体験し、 収穫したものを調理し、 食べることの尊さを学ぶ。 学校と生産者のつながりにはお互いの信頼と理解が不可欠である。 今の当然のような関係も、 一朝一夕で成し遂げられたものではない。 ここまでの関係を築くには、 実に地道な積み重ねがされてきた。 まず生産者は町内で開かれている朝市で、 町民からその品質の良さを理解してもらってきた。 また、 町議会も 「有機の町づくり」 を掲げ支援してきた。 とはいえ、 品目により743食分を賄うことは限界があった。 130名で作る生産者たちは、 グループごとに品目を振り分け、 作付けを計画的に行い希望にこたえるために調整をしてきた。
  せっかく丹誠込めた完熟の果物を出しても、 調理の規定通り果実を3回洗浄すると食べられる状態ではなくなると聞いた。 そんなことも経験しながら月に一回センターの栄養士さんと話し合いを持ち、 必要な農産品の量の確保や調理方法を知ることにも努めた。 栄養士の南本さんのお話では、 743食分だからできることもあるという。 量不足や発注トラブルがあっても即、 畑に行き、 届けてもらうことや朝取りトウモロコシも提供可能である。 価格の安定と一番よい状態で食材の仕入れができることが、 何よりも大きな利点である。

 

学校給食の現場

  名手小学校の協力で、 実際に子ども達の給食時間に立ち会うことができた。 実はその前に那賀学校給食センターで試食をさせていただいた。 当日のメニューは、 わかめご飯・さわらの照り焼き・ほうれん草のアーモンド和え、 それに牛乳・みかんがつく。 見た目の彩りも美しく、 暖かいものは保温容器からほかほかの状態で出され、 味加減もおいしく頂いた。 当日のほうれん草は、 いつもの冷凍保存ではなく、 新鮮な生ほうれん草が使われていると聞く。 子ども達の反応が楽しみであった。 学校に届けられた給食はまず、 校長先生が試食することは知られているだろうか。 もちろん先生方も、 子ども達と一緒に給食をたべている。
  一年生29人のクラス、 給食当番が先生に手伝ってもらいながら、 手際よくとはいかないが、 楽しく配膳にがんばっている。 ご飯の盛りかたや副食の添え方、 食器の並べ方をみると、 家庭での様子が推し測られるようである。 家でも手伝っている子とそうでない子には差があり、 食に対する意識・姿勢に現れてくるようだ、 と教頭先生はいう。 「いただきまーす」 と食べ始めたとたん、 予想もしていなかった行動が子ども達に起こった。 一斉にわかめご飯ばかりを食べている。 食べ終わると急いでお代わりに走る。 魚やほうれん草には手もつけない子が多い。 「牛乳も飲まないとお代わりはダメ」 と先生の注意がある。 あわてて牛乳を一口飲んで、 「ご飯お代わり」。 これは今日に限ったことではなく、 味付けご飯は人気があるそうだ。 他にも唐揚げ・カレーライスはいつも取り合いになるほどだという。 ごはん・おかず・みそ汁を交互に食べていた 「三角食べ」 は死語になりつつあるのだろうか。 やがてクラスのわかめご飯は空っぽになり、 「職員室にあるかも知れない」 という情報に、 何人かが職員室に急ぎ向かう。 やがて満面の笑みでわかめご飯と共に帰ってきた。
  給食が終わり、 食器の片づけに移ると、 案の定ほうれん草・さわらがたくさん残されていた。 牛乳に至っては半分も飲んでいない児童は多い。 一年生という学校給食が始まったばかりの学年で、 寒いこの時期は特に飲み残す子どもが多いそうだ。 残飯がみる間に増えていく。 「もったいない、 おいしいのに。 次は食べようね」 と先生が付け加えた。

 

地産地消への努力

  岩出市は、 紀の川市から車で西へ20分程、 国道に沿ってファーストフード店が急激に増えた地域である。 こちらは2006年4月に単独で市に昇格し、 世帯主が30~40代の若い世代の増加地域である。 農業専従者がほとんどなく、 多くが大阪方面に勤務するのは紀の川市と類似している。
  岩出市の学校給食は、 6小学校、 2中学校、 5814食を民間委託のセンター方式の共同調理場で賄っている。 広々とした調理場はさながら操車場のようで食器庫が学校ごとに整然と並んでいて、 その間を白い長靴が忙しげに行き交っている。
  さすがに多くの給食数で22人が調理にあたり、 週5日、 米飯3回・パン食2回を配送の時間と競いあい手際よく作業している。 食材は地産地消に積極的に力を入れ、 JAが運営する農産物直売所 「さくらの里」 と協力して量の確保に努めている。 何と言っても並の量ではない。 大量購入での価格的なメリットはあるが、 食材の量の多さでの苦労もある。 例えば、 じゃがいも 「男爵」 の場合、 調理時間内で大量の芽取りを手作業でするのは間に合わない。 そこで、 みそ汁の時に少量使用することに切り替える。 せっかく地元で生産されたじゃがいもは、 メニューの工夫をして料理に活かしている。 生産者は、 今後芽取りがし易い 「メークイーン」 への生産切り替えも検討していると聞く。 また、 この地域ではシシトウ 「根来ねごろ大おお唐とう」 などの特産品もあり、 給食へも活用されている。

 

手づくり授業への情熱

  岩出市の栄養士さんは 「食べることは楽しいこと」 を知って欲しいという思いから学校での授業を担当している。 手づくり教材を持参しての工夫は、 実に有意義で大変喜ばれている。 学年ごとに紙芝居や人形劇で栄養のバランスなどを理解してもらう工夫がされている。 ある授業のあと、 家族と度々回転寿司を食べている子どもから、 「どうすれば寿司屋で野菜が食べれるのか、 教えて欲しい」 と質問され、 困った経験を話された。 自分がよく食べている回転寿司では、 栄養士さんが話す 「大切な野菜は摂れないこと」 に、 子どもなりに困っての質問であったと思われる。  今は二人の栄養士さんで地域内のすべての学校を回りきれないことが悩みでもある。 食事は親の嗜好が大きく関わってくる。 特に、 ファーストフードで育った多くの親は、 必要な栄養と知ってはいても、 嫌いなものは強いて食べないし、 子どもにも無理に食べさせることはしない。 子どもの好きなおかずを優先して食卓に並べることが多い。 「給食になぜ自分の嫌いなものが出るのか、 なぜ食べなければいけないのか」 をよく考え、 正しい食生活を目指してもらいたい。 これは子どもと共に親への発信でもある。 季節を感じ調理の工夫でおいしく、 楽しく食べて欲しいと栄養士さんの奮闘はこれからも続く。

 

予算内での苦労

 学校給食の作り手はカロリー計算だけではなく、 一食210~250円の予算で、 できるだけ子ども達の喜ぶメニューづくりに気を配っている。 特に季節の特別メニュー、 例えば、 クリスマス近くにはやりくりしてケーキを提供している。 日常的に生産者を紹介したり、 みんなでおいしく食べる工夫をしたり、 実際自分たちで作った学校農園の野菜を給食に使うことで、 食べる大切さ、 育てる努力を継続していく取り組みもされている。 学校側も給食時間に、 メニューに使用された野菜や果物の一口メモ、 作った人の紹介を校内放送で流し、 知ってもらう工夫もしている。 自分たちが作った野菜や果物を喜んで食べてもらいたいという生産者には、 米飯給食の時には、 特に飲みきれないことの多い牛乳を果物や果汁に変えてみては、 という望みと歯がゆさもある。
  だだし、 価格との関係で、 提供したいものもストップせざるを得ない実情もある。 保護者は 「学校でカロリー計算されたバランスのよい給食を食べているので安心」 と満足するのではなく、 その素材や調理の工夫、 食べ残しにも少し目を向けて考えてみる必要がありそうだ。 一部で実施されている保護者への給食の試食をもっと広め、 「給食参観」 で親子、 学校が一緒に考えていく取り組みも大切ではないだろうか。

 

今後の課題と可能性

  学校給食への地元農家からの納入には、 まだ多くのクリアーしなければならない問題がある。 需要に応えるべく試行錯誤を積み重ねている有機農業グループ、 それを生かす工夫をしている学校給食の関係者。 地域で生産された地域の農産物は、 誇りを持って広く食されて欲しい。 規定に外れた大きさや重量の不揃い、 曲がりのある農産品の活用も検討して欲しいと、 生産者の畑さんは熱く語る。
  戦後、 学校給食は栄養補給を第一に、 みんなで同じものを食べることで仲間意識が育っていった。 当時の農産品の生産量を考えても、 当然食材の調達は困難をきたした。 貧しさからのスタートは今、 大きく変わろうとしている。 紀の川市誕生をきっかけに、 旧町の各農業グループが集まって設立した 「紀の川市環境保全型農業グループ」 の活動は学校給食に大きな役割を果たしてきている。 飽食の時代である今だからこそ、 しっかりと食を考える時ではないのだろうか。 生協や組合員が食育という点からどう関わるか考えさせられた。
 これからの子ども達の心身の発達に関わる 「食」 への願いは、 大人のこれからの努力にかかっている。 学校給食には地域全体を変えていく可能性があると言われる。 食育への関心が高まる中、 これまでの概念を大きく変える動きも起こっている。 京都の私立小学校では、 ホテルが提供する学校給食が始まっている。 単に贅沢とかたづけるのではなく、 料理を味わうことに加え、 校内の調理室をガラス貼りにして、 調理のプロセスを知り、 生産者や調理人への感謝の気持ちを養い、 マナー、 旬の食材や食文化を伝える目的も含んでいるという。
  食材は色々な経緯で集められ、 調理され、 配送されて給食として子ども達のテーブルに並ぶ。 学校給食に関わるすべての人の思いや努力は活かされていくのだろうか。 子ども達にとって、 クラス仲間と一緒に食べる楽しい給食、 待ち遠しい給食はいつまでも変わらないでもらいたい。