『協う』2006年12月号 視角
多重債務被害の救済と金利引下げ
牧野 聡
ブライト法律事務所 弁護士
1 多重債務被害
経済的な理由により年間8,000人もの国民が自殺している。 これは1年間の交通事故死者数 (24時間以内) を上回る数字である。 また、 ここ数年、 年間20万人もの国民が自己破産を余儀なくされている。 全くの異常事態である。
借金により自らの収入ではもはや返済が不可能な状態を多重債務と呼んでいるが、 このような多重債務被害に陥っている国民が200万人から250万人はいると言われている。
借金が原因で生活に困窮したり、 離婚や家庭の不和の原因となったり、 犯罪の原因にもなっている。 生活に困窮し、 税金の滞納や健康保険料の滞納も頻発している。 決して他人事ではない。
多重債務被害の根絶が大きな社会問題となっている。
2 高金利と過剰与信
ところで、 多重債務被害の原因について、 最近貸金業はテレビコマーシャルなどで、 「借り過ぎに注意しましょう」 などというキャンペーンを張り、 あたかも借主に問題があるかのような印象を視聴者に与えようとしている。
しかし、 問題は借主による 「借り過ぎ」 ではなく、 貸主による 「貸し過ぎ」 にある。 貸主が過剰な与信をすることが多重債務の最大の原因である。 借主の返済能力を厳密に審査すれば、 過剰与信は無くなるであろうし、 そうなれば多重債務被害も根絶できるのである。
それでは、 なぜ貸金業者は貸し過ぎるのか。 大きな要因は、 現在の高金利にある。 我が国は、 超低金利時代と言われて久しいが、 特に大手貸金業者の貸付資金の調達金利は年1~4%と極めて低利である一方で年29.2%以内の金利であれば借主から徴収しても処罰されないのである (刑罰金利)。
一定の貸倒れはあるものの、 貸せば貸すほど利益が出ることから、 借主の返済能力を考慮することなく与信するというのが貸金業界の実情であり、 現に大手貸金業者が昨年まで毎年増収増益を重ねてきていたことは記憶に新しいところである。
従って、 過剰与信の原因となっている高金利の是正が急務である。
3 貸金業制度改革
我が国には、 貸金業者の金利を規制する法律として 「利息制限法」 と 「出資法」、 「貸金業規正法」 の3つが存在している。 利息制限法によれば、 50万円の貸付をする際に法的に許されている金利は年18%である。 他方、 大半の貸金業者はこの法律を無視して18%を大きく超える29.2%以内の金利 (「出資法」 の上限金利までのいわゆるグレーゾーン金利) を徴収している。
これは一見すると法律の矛盾であるが、 本来借主を保護するべく制定された 「貸金業規制法」 において、 一定の要件の下にグレーゾーン金利を適法とする規定が設けられたがために、 かような事態が長年にわたって温存されてきたのである。
ところが、 現代の異常な多重債務被害を踏まえて、 最高裁判所は今年1月に、 グレーゾーン金利を認める規定の要件を極めて厳格に解し、 事実上グレーゾーン金利の徴収を認めないとする画期的な判断を示した。 すなわち利息制限法の上限金利を超える利息については、 支払義務がないことが明確となった。 その結果、 場合によっては、 債務者から貸金業者に過払い金の返還を請求できるケースが増えてきた。
この最高裁判所の判断を受け、 行政と政府与党においても貸金業制度改革が議論され、 紆余曲折がありつつ、 実施まで経過期間は設けられるもののグレーゾーン金利を廃止し、 従来29.2%とされていた刑罰金利の上限も20%に引下げるという方向で法案がまとめられ、 10月末に閣議決定がなされた。
現在 (2006.11.27.) 改正案は衆議院財務金融委員会において審議中であるが、 刑罰金利の20%引下げについては経過期間が認められているし、 制度改革の議論の中で出てきた少額特例金利制度の導入と利息制限法の制限金利の実質的な引き上げについて2年半後に見直しをするという規定も盛り込まれるという問題も残っている。
4 今後の運動
貸金業制度改革を実現するためには、 今国会における法案の成立は不可欠であるが、 成立したとしても、 なお、 上記のような大きな問題が残されることになる。 しかしながら、 多重債務被害の救済のためには、 今後金利の引き上げは決して許されるべきではなく、 むしろ、 利息制限法の制限金利の大幅な引下げが望まれるところである。
まきの さとし
ブライト法律事務所 弁護士