『協う』2006年12月号 くらし・人・地域・モノ


協同組合方式による多重債務者の支援

取材・文責:林輝泰
当研究所事務局スタッフ


  いま、 戦後最長の 「景気回復」 といわれる一方で、 庶民のくらしのなかではその兆しが一向に実感できない。 それどころか、 膨大な多重債務者が生み出され、 「景気回復」 なるものの実態があぶりだされ、 その主要な要因たる消費者金融の法制度を含めたあり方が問わることになった。 そうした中で、 生活資金の貸付事業をしている生協が全国にただ一つ岩手にあると聞き、 さっそく本部のある盛岡を訪ねた。 岩手県消費者信用生活協同組合の活動内容をお聞きする中で、 改めて、 協同組合の 「助け合い」 の意味を考えた。

信用生協の概要
  岩手県消費者信用生活協同組合 (以下、 信用生協) は、 今から40年近く前の1969年に組合員同士の助け合いを基本に、 低金利での生活資金の貸付を目的に設立された。 生協という 「非営利組織」 の原則にもとづき、 年度毎に生み出した剰余金は組合員 (出資者と利用者) に還元されるということも総代会議案書を読んで知った。
  信用生協の主な事業内容は、 生活資金や債務整理資金の貸付事業であり、 生活資金に関する相談事業や消費生活についての講演会など啓発活動にも取り組んでいる。

貸付事業の発端
  まず、 信用生協の業務部長の上田正さんに、 貸付事業のきっかけからお聞きした。
   多重債務者向けの相談と貸付事業のスタートは1989年からで、 その発端は1987年に岩手県の沿岸部にある宮古市で起きた集団名義貸し事件だったとのこと。
  この事件の集団被害者は、 高校を卒業したばかりの若者約230名だったが、 彼らが同じ詐欺に合い、 その債務総額が約3億円という社会的にも 「自己責任」 ですまされない規模となった。 信用生協は 「被害者相談会」 を開催し、 弁護士の協力のもとに被害者救済に当たった。 そして、 救済のために不可欠な緊急貸付が必要となり、 行政を動かしたのである。 宮古市は5,000万円を地元金融機関に預託し、 その金融機関はその2倍の協調融資 (1億円) を信用生協に対して行った。 信用生協は、 この1億円に生協独自資金も加えて集団被害者の組合員に対し 「緊急貸付」 を行い、 被害を最小限に食い止めた  
  以上が、 きっかけにまつわる上田さんのお話のあらましである。

信用生協の規模としくみ
  2005年度末現在の概要をみると、 組合員数約15,000人、 出資金約10億円、 貸付残高は約78億円である。 この78億円という貸付金の調達方法が 「岩手方式」 と呼ばれるもので、 組合員の出資金以外に、 市民と行政と金融機関との連携で調達されている。 この連携は、 宮古市での取り組みが原型となり、 4者 (信用生協、 市町村、 弁護士会、 提携金融機関) による多重債務をはじめとする消費者問題を解決するための公的システムとなり、 消費者救済資金貸付制度 (通称:「スイッチローン」) と呼ばれている。 2006年3月現在、 県内の2村を残す全自治体 (33自治体) が預託自治体となっている。
  また、 信用生協では、 購買生協と同様に、 決算後に剰余金が生じた場合は組合員への還元がある。 2005年度の当期剰余金は約9,000万円で、 総代会で決まった出資配当が2%で、 利用高 (組合員が生協に支払った利息分) 割戻し率が6.73%になっている。 (ちなみにスイッチローン2005年度貸出年利率は9.25%、 消費者金融なら通常24~29.2%)

不良債権の不安
  以上で、 「信用生協は事業を行なうための資金をどのように調達しているか?」 という疑問が 「なるほど…」 と解けた。
  残された疑問は、 2点である。 一つは 「貸付が不良債権となって貸付金が戻らないことはないのか?」 ということ。
  これに対して上田さんは、 貸し倒れ率は1%以下、 2005年度では0.16%と即答された。 もちろん購買生協とは単純に比較できないが、 購買生協でいえば、 商品代金の滞納未収金はおよそ0.1~0.2%と聞く。 「信用生協ではおそらく数%はあるだろう」 と想定していたのだが、 予想は外れた。 貸付事業は、 当然継続性のある信用事業でなければならないが、 貸し倒れ率が低く抑えられている秘密は、 信用生協の 「相談事業」 にあった。

生協ならではの相談事業
  現在、 新規相談は年間で5,000件を越え、 1日平均でも20件近くとなる。 依然として多重債務で悩む利用者が多く、 早期相談の必要性がますます重要になっている、 と聞いた。 特にこの数年間の相談の特徴は、 ①パートやアルバイトなど非正規雇用の方や年金生活者が増加、 ②年収別では、 200万円以下の層が2005年度で52%まで増加 (2002年は26%)、 ③経済不況が反映した中高年者の増加。 したがって借り入れする動機のトップが 「生活費の補充」 で全相談者の32%にまで増えているとのことであった (動機の第2位が遊興・飲食・交際で23%)。
  「相談事業なくしては、 通常の金融業と変わらない」 「家計診断や家族を交えて無料で行っている相談が大事です」 と、 上田さんはきっぱり言われた。 これはかつての 「結」 や 「講」 の現代版で、 まさに 「共助」、 「助け合い」 の精神の発揮だそうだ。 実際の相談事業の鍵は、 「弁護士の支援 (大半がボランティア)」 であり、 「早期相談」、 「つつみ隠さず」、 「家族ぐるみ」 の4つである。
  この相談事業へのこだわりが、 「組合員の安堵感あるくらしの実現を支援する」 という信用生協の使命の具現化に他ならなかった。 特に弁護士の専門的な協力によって、 既に借りている金融業者とも折衝し債権カットにつながった事例もあるし、 貸付だけでない解決方法 (自己破産や特別調停など) が提案されていると聞いた。
  あくまでも貸付することは、 問題解決の一つの手段であって、 必要であれば利用されることになる。 すなわち、 借りざるをえない原因をいかに取り除くかという個別の支援が何よりも必要であり、 「リピーターをつくらない」 ことも強調されたのである。
  事業スタンスとして上田さんが挙げられた、 ①消費者のくらしをしっかりと見つめ、 ②職員は、 助け合いのプロフェショナルをめざし、 ③ 「気軽に行ける相談窓口」 となる雰囲気づくり、 ④弁護士、 行政とのネットワークづくりに地道に取り組まれていることの成果であろう、 と実感できた。

心のケアへの広がり
  2002年からは、 経済的な支援策だけでは不十分だということで、 心のケアに取り組んでいる。 信用生協と同じビルの中に NPO 法人 「いわて生活者サポートセンター」 が設立され事務局員が信用生協からの出向という形で派遣された。 同センターの事務局 (相談員) の阿部江利子さんは、 “開設以降、 「気軽に相談される窓口」 をめざし、 ギャンブル依存症やドメスティクバイオレンス (DV) などの相談にあたってきている。 昨年からは虐待やいじめから子どもを守る子どもの法律相談窓口も始めた”と相談活動に取り組む意味を熱く語られた。

他府県での取り組み
  最後の疑問は 「岩手にはあるのに、 なぜ他府県では信用生協がないのか?」 であった。 岩手の事例は、 行政と連携した公的なスイッチローンのしくみを取り入れたのが特徴だが、 他の資金調達の方法の研究も必要かも知れない。 また現行の生協法では、 信用事業は、 条文上では生協には認められていないとする解釈が一般的であり、 これまでのところ岩手のような専門生協のケースは例外中の例外といえる。 事実、 他の都府県ではこの種の生協は認可を得ることに失敗している。
  購買生協本体の事業経営そのものが厳しい中で、 専門的な力量と弁護士や行政などとの地道なネットワークが必要となる新たな分野への挑戦は安易なことでは始まらないであろうと思う。 しかし、 福岡では定款変更により、 共済事業の一環として生活資金の貸付とくらしの相談事業をこの8月より始めた生協も出てきている。

今後の課題
  今後の課題は、 経済不況や国の施策からくる行政の財政難のもとで、 いかに地域でのセーフティネットの役割が発揮できるかであろう。 また、 信用事業ならではの組合員ガバナンスや監査体制の強化が、 さらに求められるのではないだろうか。
  この岩手の経験が、 青森や東京などでも広がろうとしている中、 協同組合方式の共助の取り組みが広がることを期待しながら、 宮沢賢治生誕の地、 岩手を後にした。