『協う』2006年12月号 コロキウム


三酔人共済問答

非営利・協同総合研究所いのちとくらし
主任研究員
石塚 秀雄

教導(協同)先生 久しぶりにお仲間の封建 (保険) 亭主と恐妻 (共済) 君が連れ立ってやってきたので、 今日は伏見の生一本で一献傾けて、 大いに談論風発を楽しみたいものだ。 二人とも自他共に愛妻家で通っているが、 封建君は相変わらず意気軒昂で、 口癖は“稼いでいるのは俺だぞ、 誰に食わせてもらっているのか”と細君を恫喝して己れの支配下に置くことが細君への愛情だと信じている。 一方、 恐妻君はいささか民主の気風をもって、 細君をおそれ敬うことが細君への愛情と考えているらしいが、 近頃、 恐妻君はいささか元気がなさそうだね。

恐妻(共済)君 私が憂い顔の亭主なのは、 わが日本の金融庁が封建君の肩をもって、 今年2006年に保険業法を改正して、 すべての恐妻家 (共済組織) に廃業するか封建亭主に転換するかどちらかを選べと言う、 まことに、 封建時代に戻せという反動的なお達しを出したからだ。 このきっかけは、 アメリカからの要求だと言われているが、 現に在日米国商工会議所の対日要望意見書 「共済問題」 の中身と日本の金融庁のお達しとはほとんど同文なのだ。

封建(保険)亭主 われわれがアメリカの力を頼んで恐妻家の皆さんを排除しようとしているというのは言いがかりにすぎない。 われわれは恐妻家たちが、 まほろばの 「美しい日本」 大和において本道である封建亭主に立ち戻りなさいと主張しているにすぎない。 すべての男は封建亭主であるべきだ、 と。

教導先生 いやはや、 市場原理的 「第一の性」 としての主張ですか。 多様性を認める現代社会ではどうも時代遅れと思われるがね。

封建亭主 いや保険システムは過去にも現代にも通じる普遍的なものなのですよ。 現に、 恐妻君だって日常的には封建 (保険) 的な態度で暮らしているのだから。

恐妻君 封建君の超歴史的感覚には辟易しますな。 たしかに恐妻家の中には、 表看板は恐妻家であっても、 実質、 封建亭主と変わらない暮らしぶりのものもおり、 また保険会社と仲良くやっている者もいる。 しかし、 保険の原理や技術は、 原理と技術であるかぎりは、 道具にすぎないのだから、 誰にでも使えるものでなければならない。

封建亭主 ともかく保険技術はわれわれのものであって、 それを使うならばすべからく封建亭主になってもらわねば。 あるいは亭主廃業をすべきだ。

教導先生 アメリカの要求では共済 (kyosai)、 すなわち協同組合保険 (cooperative insurance) を廃止せよと書いているようだが。 また共済を二つに分けて、 一方は農協共済、 生協共済、 全労済、 労働組合共済などを根拠法のある制度共済とし、 他方は医師団体、 PTA 団体、 スポーツ文化団体などを根拠法のない 「無認可」 共済としているね。 農協や生協は自分たちの法律改正を要望して、 員外利用の緩和、 県域撤廃、 共済事業の保険化促進などを希望しているね。 また自分たちは根拠法のある共済だからしばらくは良しとしているようだが、 広く共済セクター全体を考えるという思考にはなっておらず、 根拠法のないいわゆる無認可共済については頬かむりしているような状態だ。

恐妻君 まことに政治において言葉は大事であると古人は言ったが、 無認可などという言葉はその最たるものだろう。 それだけで非合法の存在と思わせる。 だいたい日本人は規則が好きだということもあり、 なにか規定されていないと心配だという性格がある。 イギリスのようになるべく法律は作りたくない、 できるだけ実際の運用に任せたいという実定法主義的な考えも大事だと思う。 規則を厳密にすればうまくいくというものでないことは、 あまたの社会問題を見ればわかることだ。 農協や生協の 「根拠法のある」 共済事業もアメリカの要求にあるように、 5年後の見直しでは共済としては消滅する可能性がある。 2つの協同組合法と保険業法の改正は、 協同組合衰退の 「死の接吻」 になるかもしれないぞ。

教導先生 まあまあそう八つ当たりせずに。 恐妻君は保険業法の改正に気がつかなかったのかね。

恐妻君 われわれがぼんやりしていたというよりも、 小泉政権の下で、 法律がほとんど国会審議や一般の意見聴取なしにいかにも安易に作られるという手法が取られたこと、 また政権の常として、 ある政策を進めるときに、 ネガティブ・キャンペーンを張って、 悪い奴の取り締まりはしょうがないと思わせて、 実は大きな網をかけて規制するという常套手段があるが、 それが今回もとられたのだ。 たとえば、 生活保護基準適用を厳しくしようとするときには、 まずやくざなどの不正受給問題をマスコミなどで取り上げさせて、 当然と思わせてから本丸をねらう。 保険業法改正については、 いわゆるニセ共済であるオレンジ共済などの取り締まりを名目にしたものだから、 人々は当初、 そうした悪質な保険詐欺を取り締まる法律だと考えていた。 実は“敵は本能寺”というわけだ。

教導先生 ならば、 恐妻君としては大いに自己弁護しなければならない立場に立っているのだから、 共済組織とはなにかについて、 ご高説を伺わせてもらおうではないか。

恐妻君 では、 保険と共済の違いからやってみましょう。 保険の主体である保険会社は、 保険を提供することで営利を追求していることがあげられ、 共済は非営利を特徴とする。 また保険は不特定な契約者を対象とするが、 共済は特定な者を対象とする。 さらに、 欧米では保険会社と共済組織は併存しているのである。 しからば、 そもそも共済とはなにか。
EU は1991年から EU 共済組合法 (指令) の検討を進めている。 ほぼ最終段階になっていると思うが、 EU の定義では、 共済組合は非営利で社会的目的をもった社会的経済の一部であり、 協同組合、 アソシエーション (非営利組織)、 財団などと社会的経済セクターを構成するものである。 共済組合の原則は、 ①ボランタリイで開かれたメンバーシップ、 ②1人1票原則、 ③自立と独立、 ④株式資本を持たない、 である。 共済組織は、 非営利、 連帯原理に基づき、 メンバーが事業の統治 (ガバナンス) に民主的に参加する。 また、 保険会社とちがって、 カネだけではなくて、 いろいろな事業サービス (医療、 文化、 スポーツ、 社会サービス) などにも取り組んでいるところがあることだ。 すなわち、 社会的利益の追求であって、 公益や私益とは区分されるところだ。 ところで保険の定義はどうなのかね、 封建君。

封建亭主 保険は、 保険者が事業を行い被保険者に保険商品を提供する契約行為で、 保険料に応じてリスクの確率計算をして支払う。 数が頼みであるから、 再保険制度 (保険者が損をしないように、更に他の保険者〈会社・団体・政府など〉に保険をかける) も不可欠である。 また、 契約対象は不特定多数だね。

教導先生 共済組合は協同組合とほとんど似ているが、 違いは資本 (出資金) 配当がない点だね。 共済組合では保険会社のようにメンバーが保険商品を買うのではなくて、 相互扶助原則にもとづいて保険計算により共済掛け金 (保険料) を支払うということでいいのかな。
恐妻君 ともかく次の表を見てください。 EU 共済組合法が作られつつあるように、 ヨーロッパでは共済組合の存在は自明のものとして社会的に認知されているのです。 ヨーロッパには2つの種類の共済組織がある。 第一は医療社会保障を対象とする共済組合です。 これは国家の社会保障制度に先駆けて存在したもので、 病気、 障害、 労働不能、 死亡などに対する保障を行う。 これは社会保障制度とリンクしている場合があり、 補完的制度と呼ばれることが多い。 第二は、 共済保険であり、 保険リスク (事故、 生命) などを対象とし、 保険業法に基づくものです。
また、 興味深いことは、 アメリカにおいても実は共済組織が多数存在しており、 内国税法の中で非営利扱いすなわち課税控除を受けているということだ。 自国内では営利の保険会社と非営利の共済組織が共存しているのに、 日本に対しては共済の営利保険化を要求するとは、 アメリカ得意のダブルスタンダードもいいところだ。 ついでに言えば、 アメリカでは協同組合は営利組織だという日本での通説があるが、 これも正確ではない。 内国税法501項によれば、 公益・非営利の事業をしているとみなされた協同組合 (たとえば医療協同組合、 社会サービス協同組合など) は非課税扱いになっている。

教導先生 アメリカには州の数だけ基準があるのではないかな。 協同組合の公益性・非営利性・共益性の議論はもっと深めにゃならん。

封建亭主 しかし EU の共済組合法の考え方やアメリカの要求は、 市場における保険会社と同じとりあつかい、 すなわちイコールフィッテングをすすめているのではないかね?

恐妻君 だからそれは共済組合の事業種類のうちの共済保険という一分野なのだよ。 ヨーロッパでは、 それだからといって共済組合が保険会社すなわち営利企業になれとは言われはしない。 また逆に、 共済組合を狭い相互扶助と完全非営利 (市場からの排除) の場に限定するという議論にも反対するヨーロッパの共済団体も多い。

教導先生 共済組合と保険会社を分かつのは非営利性と営利性ということだが、 また市場性と非市場性という区分も重要であろうが、 画然とした線引きが妥当かどうかは議論すべき点だろう。 しかし、 協同組合でもそうだが、 市場競争をする側面もあるから、 その点はどう考えるのかな?

恐妻君 それを解くキイワードは社会的経済だと思う。 社会的経済は市場における自らの活動を排除していない。 ヨーロッパでは共済保険組織は、 ユウレサ (EURESA) という組織を作って、 自らを社会的経済セクターの一員と位置づけて、 民間保険セクターと競争している。

封建亭主  社会的経済の共済保険連合会だって? それはきっと幽霊さ。

恐妻君 ちゃちゃを入れたね。 猫座布団一枚あげよう。 ユウレサは1990年にヨーロッパの社会的経済セクターに属する保険会社が集まって設立された団体だ。 本部はパリにある。 現在加入している保険会社全部をあわせると2000万人の加入者、 24,000人の職員がいる。 これらの組織はまたEEIG (EU 規則1985年。 ヨーロッパ経済利益グループ、 本部ブリュッセル) という組織を作り、 社会的経済セクターに貢献している。 共済セクターの目標は、 社会的不平等を克服していくための社会的連帯だ。 2000年にヨーロッパの社会的経済セクターが集まって CEP-CMAF (ヨーロッパ協同組合・共済組合・アソシエーション・財団会議) を設立した。

教導先生 このうちスウェーデンの Folksam (フォルクサム) やイタリアの Unipol (ウニポール) は協同組合陣営に所属する保険会社だね。 フォルクサム (人々の協同) は、 3つの診療所があるし、 環境問題、 自治体と協力しての犯罪防止活動、 国連の人権問題のグローバルコンパクトにも取り組んでいる。 ウニポールは、 保健センター478カ所、 病院診療所153カ所、 歯科診療所120カ所と提携しているそうだし、 フランスの共済組合も診療所や介護施設などをたくさん持って市民の健康や治療を担っている。 またこうした組織が 「社会的報告書」 や 「社会的会計」 などを通して金銭数字だけではなく社会的貢献の中身も公表している。

恐妻君 ヨーロッパの国際的な共済連合会としては、 半分が協同組合保険会社である ACME (ヨーロッパ協同組合共済組合保険連合会)、 AISAM (国際共済保険会社協会)、 AIM (国際共済組合協会) などがある。 また EU での共済組合法の議論の中では、 共済会員の権利保護、 共済組合員の新設、 共済組合の社会サービスにおける公益性の推進などが焦点となっているが、 会員の権利保護は単に契約者消費者の利益保護という狭い文脈で理解してはならない。 協同組合の組合員制度と同じようなものとして考えるべきだ。

封建亭主 しかし共済保険もまた市場競争に参入し、 グローバル化に追従しようとしているのでは。

恐妻君 営利保険会社は株式中心の株式会社で利潤追求が唯一の信条であるが、 われわれ共済は人間中心の人的事業体だから、 人々の社会的防護を無差別に実行することが第一目的という大きな違いがあるのさ。 すなわち社会的連帯、 地域的連帯を基礎にしているので、 EU のようにコミュニティにおいてさまざまな社会サービスが提供できている。 また、 他の非営利団体、 協同組合、 事業体などと協力しつつ、 雇用創出、 職業訓練教育、 障害者活動支援、 社会的排除克服活動などを行い、 企業の社会的責任を果たしている。 こうした社会的経済ネットワークの発想や実践が日本ではきわめて不十分なのは残念なことだ。

教導先生 協同組合保険も共済組合も非営利・協同セクター (社会的経済セクター) の金融機関である。 そうした第3セクターを支援し社会的貢献をすることで公共性や社会性を実現できるといえるね。 そろそろ伏見の酒も尽きてきた。 最後に一言ずつお願いしようか。

封建亭主 ヨーロッパと米国では市場においては営利の株式会社 (および相互会社) 保険、 共済保険、 協同組合保険が共存競合しているようだね。 保険と共済は生まれも育ちも似ているようで違う。 確かに、 日本のように協同組合保険や共済組織を潰そうというのは野蛮なことだ。 しかし、 共済が市場に進出してくるのならば、 市場という共通の場では共通のルールの下で闘わねばならない。 恐妻君の社会連帯的姿勢がどのように構築されるのか、 あるいはミイラ取りがミイラになるのか、 お手並み拝見といこうか。 封建亭主としては儲けて家族を食わせていくのだという信念はかわらないぞ。

恐妻君 ヨーロッパにおいて共済組織は非営利の自主的な人々の組織であり、 市場、 非市場、 公的社会保障制度などの分野にまたがっている。 またその活動範囲も保険、 共済、 相互扶助、 社会保障、 社会サービス、 雇用、 教育、 環境、 文化スポーツなど様々である。 それらはいずれも、 コミュニティ (地域、 職域) を基礎にしたものが多い。 共済組織による社会的連帯はヒト、 モノ、 カネの補償であり、 目に見えない社会的貢献をするもので、 それによって公益性の実現にも寄与することになる。 またコミュニティの社会的資本や社会的資源を有効にネットワーク化することによって、 より存在意義のあるものになりうる。 ヨーロッパにはそうした共済セクターが力強く存在しているということだ。 多様な存在を認め、 連帯と自己責任を重視することが民主社会の基本である。 一つの立場から恣意的に制度政策を操作してはならない。 そろそろ家に帰り、 お互い細君の小言を聞くことにしようか。

一同散会

 

プロフィール
石塚秀雄 (いしづか ひでお)
1948年生まれ。 非営利・協同総合研究所いのちとくらし主任研究員。 都留文科大学非常勤講師。
主な著書に 『バスク・モンドラゴン』 (彩流社)、 共著に 『協同組合思想の形成と展開』 (八朔社)、 『福祉社会と非営利・協同セクター』 (日本経済評論社) など。 主な訳書に 『福祉国家』 (白水社)、 『異教のスペイン』 (彩流社)、 共訳に 『社会的経済』、 『社会的企業』 (いずれも日本経済評論社) など。