『協う』2006年8月号 くらし・人・地域・モノ
究極のかぼちゃを求めて
京都大学大学院 地球環境学舎博士後期課程 望月 康平
前出のシンポジウムの中で、大きな反響を呼んだのが、「組合員に役立つ研究会(京都生協自主研究会)」(以下「研究会」)が発表した「かぼちゃの研究」だ。シンポジウム参加者からは、「楽しくユニークな研究をしている」「新しいマーケティングの視点でアプローチしている」「自主研究会でそこまでやるか!と感銘を受けた」「自主的な行動が起こる背景を知りたい」などの感想が寄せられた。この研究会の取り組み内容やその経過、誕生した背景をみてみたいと、取材した。
研究会のテーマは・・・「かぼちゃ」?
「組合員に役に立つ研究会」のシンポジウム発表タイトルは「かぼちゃの研究」である。これだけを読むとその研究内容は「かぼちゃは緑黄色野菜で、βカロチンが豊富、その語源は…」というものかな?と想像してしまうかもしれない。ところが、実際に研究会を訪ねてみると、「かぼちゃ」にとっては大袈裟とも思えるような「ナレッジシステムを構築して…」「コレスポンデンス分析を用いて…」、「データマイニングを基にして…」などなど、経営コンサルタント顔負けの専門用語が飛び交っているではないか。かぼちゃの世界はかくも奥が深いのか…??
そう、確かにかぼちゃの世界も奥が深いのであるが、実はこの研究会の真のテーマは「かぼちゃ」に限定されたものではなく、「組合員が望む商品を知るためのコミュニケーションとはどうあるべきか」そして「組合員の望みを実現する商品の品揃えとはどうあるべきか」という、非常に大きなテーマだったのである。そして、この挑戦的なテーマに対して、研究会は「研究成果」を提供しつつある。「研究成果の紹介」や「真のテーマとかぼちゃの関係」は本稿後半に譲るとして、まずはこの研究会がどうやって誕生した、どんな組織なのかを紹介しよう。
(編集部注:ナレッジシステムとは、研究や観察から得られた事実情報を活かす手法。コレスポンデンス分析とは、相関係数分析のこと。データマイニングとは、数値分析のこと。)
設立の背景~「組合員にとって役に立つ」とは?~
設立前夜
自主研究会「組合員に役に立つ研究会」が誕生したのは約1年前。京都生協内のオンライン・ツール「意見のひろば」(職員が改善提案や意見交換する場)での議論が設立のきっかけになったのだそうだ。
はじめに、意見のひろばの中で、「組合員に役立つことを考えるなら、各組合員の利用高を軽視し、利用組合員数の拡大にばかりに目を向けるような仕事のあり方でいいのか」、「毎回千円の利用金額で、くらしにあまり役立てていない組合員さんが全体の3分の1もいる」という不安の声が上がった。そしてその後「1万円、7千円、千円、と注文される組合員さんがおられるとすると、この3人の組合員さんの利用金額の差は一体どこに原因があるのか」というように問題意識が明確化され、さらに「1万円利用者は『おかず商材』をどんどん注文するけど、千円利用者はそこの部分に踏み込んでこない」「一人ひとりに役に立つためには、組合員の望む商品を知り、それを提供することが必要なのではないか」といったように、現状分析や解決策の模索の議論にまで発展した。
このように、生協が組合員一人ひとりにもっと役に立つ(=一人ひとりの利用高を上げる)ためには何が必要なのか、ということを議論しあい、知恵を出し合う場を設定しようということで、研究会が立ち上がったのである。
第1回研究会から「増殖」を
第1回研究会は、13名のメンバーが集まり2005年8月に開かれた。皆、それぞれの立場でそれぞれの問題意識を持っていた。「ひとりの地域担当者として、組合員さんにどう接していけばいいかが見えてくればいいな」と思って、研究会活動を自分の実践に活かしたいという考えの人もいれば、「仲間作りだけに目を向けている戦略を見直し、利用高を高める取り組みをやらなければいけないのではないか」といった生協の改革にまで踏み込んだ取り組みをしようという声も多数あった。
そしてこのような取り組みを実現するための前提として、「毎週200万件の利用データが出てくるが、いつも縦割りで部門ごとにしか見ていないので、利用の事実が見えてくるような仕組みを作っていきたい」、「現場にいたころ、利用高を上げるために自分でデータ分析をしてみたが、ひとりの力では限界があり挫折してしまったので、それを実現したい」といったように、現在のデータ分析不足の認識が示されると共に、「コース別、コマ別損益について分析したい」など新しい分析方法も提案された。
そして議論が進む中で、研究会の方針として、「事実(データ)に基づいて検証しながら、仮説を立て、実行してみて、それをフィードバックしていけるサイクルをまわしながら、研究会という形で何かつかめるようにしていきたい」という研究会のスタイルが確立された。そしてこのようなスタイルのもとで、会を重ねるごとにメンバーは増殖し続けたのである。
研究のアプローチの方法
このような経緯で確立された研究会のスタイルを若干補足的に説明したい。図1のように、研究会では、生活協同組合を「組合員の声を聞いて、商品と品揃えによって組合員の声に応えるシステム。組合員は生協の商品を利用し、生協はそのデータを分析して、キャンバス(京都生協の商品案内媒体)で返し、それが循環していくシステム」と定義した。
つまり、商品と品揃えに関する数値分析を行い、分析結果から仮説を立て、実際に品揃えを企画し、その仮説の結果を検証して、また仮説を立ててという循環になる。この循環を補うためのサブシステムとして、新加入者からのウエルカムアンケートや「よかった&よくする」カード(クレームやリクエストなど組合員の意見・要望を出すカード)、担当者の書く組合員の声日報などのデータが補完している。かぼちゃの例で言うならば、①組合員のかぼちゃに対する購買行動情報や意見を収集・分析する、②分析の結果から、「かぼちゃの品揃えは、現状の1玉売りや半玉売りではなく、4分の1カットで提供すべきである」という仮説が導かれる、③実際に品揃えとして提供する、④その結果としての購買行動、組合員の声を検証する、というサイクルになる。
理論と実践が結びついているから、一見難しい論理展開やデータ分析に関する専門用語も研究会の参加者にスムーズに浸透している。今までデータ分析をしたことがなかったメンバーからも「実際に組合員に聞き取りをしてみると、このデータマイニングの結果は怪しいですよ」とか「農産と畜産と水産でPI値の傾向の違いが出るかな?」など、サラっと専門用語が出てくる。取材に行った研究者の卵(筆者)は冷や汗をかきながらコッソリ資料を調べて用語の意味を確認している始末である。
(編集部注:PI値とは、1000人あたりの買い上げ点数。)
研究会の成果の紹介
このような大きな研究目標としっかりとした研究手法をバックボーンにして、41名にまで増えた研究会メンバーがチームをつくり、15のテーマを設けてそれぞれ役割分担をしながら調査・分析を進めた。そして研究会は現在京都生協が抱えている問題を明らかにし、この問題に対応するために、「究極の品揃え」と「コミュニケーションツール」と呼ばれる2つの「実験装置」を作るところまで進展している。紙面の都合でその全てを紹介することはできないが、それぞれの概略を紹介したい。
衝撃の事実
研究会が利用高の現状分析を行ったところ、衝撃の事実が明らかになった。今まで暗黙のうちに皆が了解していた「組合員の利用高は加入してから年を追うごとに増加する」という認識は間違いであり、現実には「利用高は年を追うごとに減少している」ということが明らかになったのである。確かに「生協に加入してから現時点で10年目の組合員の集団」と「現時点で20年目の組合員の集団」を比べると、「20年目の集団」の方が利用高が高いため、一見すると年を追うごとに利用高が増加しているようにみえる。ところが、過去数年間の利用高の変化を加入年数ごとに分析してみると、「10年目の集団」も「20年目の集団」も(そしてその他の加入年数の集団もすべて)それぞれの利用高は年を追うごとに減少しているのである。このデータが意味するのは、このままいけば「現時点で10年目の組合員」は10年後に「現時点で20年目の組合員」と同じ利用高にまで増加するどころか、現時点の彼らの利用高よりもさらに減少する、ということである。
このように「すべての年代で、年を追うごとに利用高が減少している」という事実は、「組合員数の拡大のみに着目し、利用高を軽視してよいのか」という研究会設立当初の問題意識が決して杞憂ではなかったことを表している。研究会はこのような深刻な現状を認識した上で、以下2つの「実験装置」を提案することで、解決策を提供しようとしている。
「究極の品揃え」
15のテーマを調査分析したうち、たとえば「2人世帯の利用という視点から見た『キャンバス』の『ゆるせない商品』調査」では、非常にたくさんの「ゆるせない商品」が取り上げられた。例えば、3個パックのヨーグルトを2つセットにして6個で売っている、ハムやベーコンも、1つの袋をわざわざテープで束ねて3袋セットになっている、そしてかぼちゃが半玉売り…。「2人世帯ではとても利用できない品揃え」「ゆるせない商品」がたくさんでてきたのである。このような地道なデータ分析が他にもたくさん行われ、利用高を上げるための仮説が抽出された。それらの仮説を図2にまとめた。
研究会は、これら7つの仮説を実際にモデル企画としてラインアップし、問題解決に向けた「農産部門の究極の品揃え」の提言としてまとめた(2007年2―3月の2週分の商品企画)。農産部門に焦点を当てた理由は、コア利用者(京都生協で最も利用高の高い44~52歳世代)の第一の特徴として農産の利用高の構成がずば抜けて高いからだ。この一方で30~34歳の多くは低額利用者で、85%は「3点未満の利用」の組合員であるから、この利用構造を改善できれば組合員全体の利用高を高める可能性があると考えたわけである。他の世代の利用高を下げることなく、さらに供給高やGPR(粗利益率)を落とさずに30~34歳世代の利用高を上げることを目標としたのである。
このような7つの仮説を盛り込んで、企画モデルを作成すると以下のようになる。たとえば「企画単位はできるだけ小さく」という仮説に基づいて、「がんこ南瓜」は、いままでなかった4分の1カットの企画を入れた。他にも「オマケに弱い」という仮説から「ダナバナナ」は、「抽選で1万人に携帯ストラップが当たる!」という企画をして計画数を上げ、「セットものの支持が高い」という仮説を基にして玉ねぎとメークインは各198円で企画しているところを350円のセット企画も導入した。
以上はごく一部の紹介であるが、このモデル企画では、供給高は271万円アップ、供給剰余は210万円アップ、GPRも2.1%アップという予測結果になったのである。集品のコストアップ分やダナバナナのストラップ費用を差し引いても、ちゃんと剰余がでている。
データ分析から抽出された、利用高を上げるための仮説が、「究極の品揃え」という形で実験装置化され、それが正しかどうかを証明できる仕組みができている。
「コミュニケーションツール」
次にもう一つの実験装置「コミュニケーションツール」を紹介したい。
コミュニケーションツールの1つ目は「リコメンデーションシステム(商品お薦めツール)」である。これは、組合員の購買実績の中から似通った購買傾向を示す組合員をグループ化して、嗜好を推測し、一人ひとりの組合員にそれぞれのおすすめ商品をピックアップするシステムである。たとえば、好みが似ている組合員グループのうち、1人だけがダナバナナを買っていないとすれば、その組合員へのおすすめ商品としてダナバナナを抽出することができる。このシステムを使うと、単品結集ではなく、組合員一人ひとりのデータに基づいて、潜在的な要望を探り当てたおすすめができる可能性がある。
2つめはテキストマイニング(自由記述文の分析ツール)を利用した分析である。担当者は毎日、日報を書いているが、そうした膨大な日報は支部の壁や本部に貼られていたり、ミーティングで支部長が目についたものだけピックアップするといった程度の活用しかされていない現状がある。しかし、テキストマイニングを活用すると、客観的にグラフ化された傾向を抽出できる。テキストマイニングは、言葉を単語レベルに分解して、その単語の頻出度を傾向値として分析することができるツールなので、たとえば担当者の1週間の日報をテキストマイニングすると、「インド綿」「ストレッチ」というキーワードに対して「いいわ」「いいね」という反応が強かったことがわかったり、「ナス」や「牛乳」では、「おいしい」という言葉の出現頻度が高いこともわかる。
こうした膨大な利用実績や声は、京都生協の多くのチャンネルを通じて集められているが、現在はそれぞれ独立して運用しているために、たとえば日報にリクエストやクレームが書かれるなど、多くのツールがありながらそれらが相互に関連して一つのシステムとして機能していない。そこで、研究会はこれを1つにした「声の循環システム(仮称)」を提唱している。このシステムは、各チャンネルを統合して、データベース上で利用実績データとリンクさせ、組合員の声や情報を一元管理するもので、このデータベースをバイヤーやメーカーや生産者も直接閲覧できるようにすることで、企画支援システム・媒体作成システム・営業支援ツールとして有効に活用できるのではないか、という壮大な構想である。
これが完成すれば、生産者は担当者の日報の分析結果をリアルタイムで閲覧できることによって、いま届けている商品の評判をすぐにつかむことができるようになる。また、メーカーは、組合員のリクエストや日報を直接見ることで、営業情報として把握できるので、より早く対応できる可能性がある。
また別の活かし方としては、脱退者の利用傾向をつかみ、一定の利用傾向がでたときに「この組合員はもうすぐ脱退する可能性が高い」という「警告フラグ」として知らせる仕組みができるようになるという。
以上のような「コミュニケーションツール」は従来の「コミュニケーション」=「相対の言葉によるやりとり」というだけでなく、「コミュニケーション」=「システム全体の情報の伝達」という新しい概念の上で構築されているのである。このような新しい「声の循環システム」を提唱し得たことも研究会の大きな成果であろう。
研究会の魅力
以上のように、研究会では自主的に時間外に行われている活動とは思えないような、興味深い成果を報告している。これらの成果が、現時点で研究会設立当初の目的、「1人ひとりの組合員の役に立つ=利用高を上げる」ためのシステムの構築を完全に達成したとは言い切れないかもしれないが、そのきっかけ、あるいはそのアプローチの方法を提示したものとして大きな意味があるのではないだろうか。
ところで、このような研究成果以外にも研究会には大きな魅力がある。というのは、研究会に参加している方々が皆とてもイキイキとしているのである。「研究会でのデータ分析を経験したため、普段担当の組合員さんがどのような野菜を買っているのかに注目するようになった」と地域担当者のメンバーは語る。また、バイヤーは「研究会を通して現場の声を聞いて、このような発想もあったのか」という感嘆の声をあげる。
現在研究会には様々の立場の41名が参加している。それぞれ、地域担当者、チームリーダー、支部長、バイヤー、本部スタッフ、役員のほか、印刷関連企業、IT関連企業など、そのメンバーは設立当時よりもさらに多様になっている。毎月の研究会の際には肩書きや立場を超えて、率直な意見交換がされ、活気があふれている。研究テーマとそれに対するアプローチがしっかりしており、そしてなによりも参加者が非常に多様だから、縦割りの会議では生まれない斬新なアイデアが次々と生まれてくるのである!
「この研究会は生協のミニチュア版のようなものだ」とは研究会の中心的なまとめ役を果たしている福永晋介さんの言葉である。一般企業で言えば、営業マン、中間管理職、企画宣伝部、経営戦略スタッフ、取引企業が集まる研究会ということになるのかもしれない。このような横断的な研究会は、生協以外の組織を見渡しても、極めて珍しいと思われる。このような新しい形態の研究会は、組織論や意思決定論という観点からみても実に興味深いのではないだろうか。「組合員に役立つ研究会」は、提言書の作成を最後にこの8月にその活動を終えることが決まっている。「閉会」を惜しむ声も多数聞かれる。それだけに今後、研究会が蒔いた「かぼちゃの種」が大きく育ってほしいと思う。