『協う』2006年8月号 特集2

シンポジウムを振り返って
~ミッションとビジネスモデルの再定義までの中間段階~

当研究所研究委員会代表 的場 信樹(佛教大学 社会学部教授)


1.シンポジウムでは何が行われたか
 進化の現実性を問う 
 昨年のシンポジウムでは「進化」をキーワードに市民生協の現状認識を問うた。つまり、組合員一人当たり利用高の減少と個配事業の確立をもって市民生協の危機と進化の可能性と言えるのではないかという問題提起を行い、幸い多くの参加者から肯定的な評価をいただくことができた。
 今年は、さらに、この進化の現実性を問うために、現場で起きている変化の胎動に焦点を当てることにした。その中でも、とくに、個配事業や福祉事業、組合員活動の現場で急速に進行しているネットワーク化の実態を共有化してその意味を考え、現場で繰り返し議論されている「何のためにこの仕事が、生協があるのか」という問いに真摯に耳を傾け、この現場からの問いについて関係者がともに考える場を設定することを目的にシンポジウムを開催することにした。

 外部の目、内部の目 
 シンポジウムはパネルディスカッションと二つの分科会によって構成することとした。パネルディスカッションでは、個配事業を受託しているトランコム株式会社の執行役員事業開発グループ統括マネージャー松岡忠氏、地域福祉事業を総合的に展開している庄内まちづくり協同組合の理事長山中洋氏がゲストとして報告を行い、討論に参加した。
 分科会では、第1分科会が「個配、品揃え、組合員の関係性づくり―「くらし発」共同購入・個配の現場から」、第2分科会が「福祉事業、組合員活動、地域ネットワークの連携―「地域発」協同の現場から」をテーマに、それぞれ3氏が報告者として立つことになった。
 こうしたシンポジウムの構成や人選は、パネルディスカッションの場合のように、報告者が外部の人でもあると同時に内部の人でもあるという意味で、ネットワークの効果を存分に生かすことにつながったのではないかと思う。
 こうして進化の現実性が参加者の検討に付されることになった。そして、この進化の胎動を、私たちは「第2の創業」と呼ぶことにした。

2.シンポジウムでは何を目標にしたか
 進化の現実性を問うという目的に少しでも近づくために、今年のシンポジウムの獲得目標を、現場で起きている変化の情報を参加者の間で共有すること、そしてできればそれに意味を与えることに設定した。そして、シンポジウムが進行していく中で、情報を共有することとは言葉を共有するための共同作業であること、現場で起きている変化に意味を与えることとはミッションとビジネスモデルを再定義する力作業だということがしだいに明らかになってきた。
 そして、ミッションとビジネスモデルを再定義するとは次のようなことを意味した。生協はどこに資源を投入しようとしているのか、その意思決定ができているのか、現場で起きているさまざまな変化の中にどのような方向性を見いだそうとしているのか、たとえば株式会社と生協の間でネットワーク化という新しい関係性が生まれているが、それは生協にとってどのような意味を持っているのか等々を問うことでもあった。
 アウトソーシングないしネットワーク化は短期間のうちに生協の事業構造を変えようとしている。早急に事業構造の変化に対応した経営や組織のあり方を模索していく必要がある。その際どのような論点を検討すべきなのだろうか。その論点整理に役立つことがシンポジウムの目的の一つでもあった。

3.シンポジウムでは何が議論されたか
 今年のシンポジウムの三つのキーワード「ネットワーク化」「何のために」「現場」に即して何が議論されたのかを振り返ってみることにする。

 ネットワーク化 
 シンポジウムでは、組織や個人の間に何らかの関係性のパターンが存在しているとき、それをネットワーク化と呼ぶことにした。組織や個人がそれぞれ独立して存在しているだけでは持ちえなかったような特性、組織や個人が結合し、あるいは関係しあったときにはじめて生まれる新しい性質を「創発特性」というが、その創発特性に注目することによって、さまざまな事例からネットワーク化のいくつかの重要な側面が明らかになった。
【多様性】
 委託事業における株式会社と生協の関係では、価値観やミッションを異にしていて協力だけでなく対立する局面もあるように、違いがあることを前提とし対立と協力が共存する多様性こそがネットワークの特質であることが明らかになった。
【中心性】
 情報の収集や影響力の中心は、ピラミッド型組織では頂点にあるのが普通であるが、ネットワーク化によって現場が、組合員や地域の情報が議論され共有され再定義される中心になることが明らかになった。
【触発性】
 医療生協や購買生協によって設立された「庄内まちづくり協同組合」の場合、異質なものが出会うことによってはじめて新しい事業や組織をつくることができた。ランダムに人が集まってくる職員の自主研究会の事例、組合員活動として福祉事業を展開しその成果が生協にも反映している事例などもこうした触発性の典型である。

 生協では、組合員ネットワーク、産直ネットワーク、生協間ネットワークから、福祉事業における地域のネットワーク、これまで生協事業の根幹と考えられてきた配達業務における株式会社とのネットワークまでネットワーク化が進行していることが明らかになった。このような変化に直面して生協がもう一度主体と目的を再定義するときに、「組合員のネットワークをどう利用するかという考え方でビジネスモデルをつくられてはどうですか」という松岡氏の指摘が問題の核心を突いているように思われる。

 何のために 
 庄内まちづくり協同組合からの報告は、協同組合のネットワークによって現実化する展望をふくめて、まちづくりというミッションを明確に提起したことが多く参加者の共感を呼んだ。また当研究所理事長である川口氏によって「ソーシャルキャピタル」という《社会的資源としての人々の関係性》に触れられたことに関連して多くの質問が寄せられたこともミッションの再定義に関心が強いことを示している。
 シンポジウムで問われていたのは生協のミッションだけではなかった。目の前にある自分の仕事の意味を知りたいという職員や委託の担当者の願いにこたえることも、この「何のために」には含まれていた。ミッションは与えられるだけでなく自ら定義することが必要なのである。この点で、おおさかパルコープ都島支所の事例、生協しまねの「おたがいさま」の報告は当事者性をどのようにして実現するかという工夫にあふれていた。
 同時に、若い参加者が例年より増えていたこともあって、当事者性を大切にしようというセンスの新しさにも多くの共感が集まっていた。

 現場 
 現場で起きている変化そのものに焦点を当てて議論したのは二日目の分科会だった。
 第1分科会の京都生協自主研究会「組合員に役立つための研究会」の報告、第2分科会の生協しまね「おたがいさま」の報告は、ともにまったく新しいタイプの職員参加の活動と組合員活動の紹介で、両会場で新鮮な感動を呼んだ。これまでの固定観念では相容れなかったり境界が曖昧だったりした、研究会と事業、組合員活動と福祉事業、協同組合とNPOといった領域を融合して独自のスタイルを構築していることがその理由だったように思われた。
 第1分科会のパルコープ都島支所の報告からは、私たちが使っている言葉の重みが問われているように感じた。チームメンバーの話し合いの中で《組合員が「利用する」ことと「参加する」ことの違い》を明らかにしていく過程が紹介され、言葉を丁寧に扱うことによって仕事の質を改善していく様子が説得力を持って語られた。コミュニケーションという言葉では語りつくせない関係性や共同性の世界があることを知っているからこそできる活動だと思った。
 第2分科会の生協ひろしまの福祉事業に関する報告は、福祉事業というものが、ネットワークがなければ成立し得ない事業であり、コミュニケーションそのものというより、圧倒的にコミュニケーションの質に依存する事業であることが具体的な事例にもとづいて語られ、強い印象を残した。
 第2分科会の庄内まちづくり協同組合からの報告は、地域の実態を調査してニーズを的確に把握すること、地域ネットワークを駆使して正確な情報を集めること、マネではない独自性のある事業計画を立案すること、事業化にはスピードが必要であることが具体的な数字を使って述べられ、大きな反響をひき起こした。
 第1分科会のトランコム株式会社の報告からは、生協にとってアウトソーシングが問題の先送りに過ぎないのだとしたら、生協の存在意義そのものが問われることになるという思いを強くした。個配の現場では、指標の共有化、業務の標準化、人材の育成などの課題が山積みである。委託の現場ではトランコムのマネージャーが、生協のマネージャーが直面している同じ課題に取り組んでいる。そして指標の共有化や業務の標準化のためには委託事業者のマネージャーとの協働が不可欠になっている。事業構造の変化に対応した経営や組織のあり方を模索していく必要性をあらためて感じた。

4.シンポジウムが明らかにしたこと
 社会という言葉の使い方の違い 
 シンポジウムでは社会という言葉について異なった使い方が行われていた。「社会という意味があまり理解できなかった」という趣旨の松岡氏の発言もこの点を指摘していたのだと思う。じつは社会という言葉の使い方の曖昧さは日本では日常茶飯事である。シンポジウムの中でも、社会という言葉で、法律や道徳の体系としての社会(市民社会)と地域社会ないし実感共同体としての社会(コミュニティ)が混在して使われていた。この点をはっきりと整理して議論できなかったことはコーディネータの責任が大きかったと思う。ただし、今後シンポジウムの議論をさらに深化させるためには、社会という言葉の意味をはっきりさせておくことが必要だと思われるので、何が論点になりうるのか問題の所在だけでも紹介しておきたい。
 たとえば、トランコム株式会社の松岡氏が「当社は一部上場をめざしているので長時間労働などコンプライアンス(法令遵守)の問題を解決しなければならない」という場合、念頭に置かれているのは市民社会のことである。一方、庄内まちづくり協同組合の山中氏が「地域で協同組合を実感できる場が必要だ」と主張する場合、ここでは地域社会でありかつ実感共同体としての社会が想起されていることになる。
 この二つの社会はともに必要なものでありながら異なった原理で動いていて、まったく別のものなので、どんな組織も一方の原理だけで済ませておくことはできない。生協に即して考えれば、組織や事業のあり方を市民社会とコミュニティの間でどのように折り合いをつけるのかが問題になる。たとえば、市民社会の原理に即していえば、生協は生協職員の労働条件だけでなく委託事業者の担当者の労働条件にも当然責任を負うことになる。また、コミュニティの原理に即していえば、当事者性を保障することが必要だと思う。

 当事者性 
 当事者性が問題になるのは、組織が大きくなったり社会のシステムが複雑になったりして、官僚主義や代表制が蔓延してきたために、当事者であるにもかかわらず重要な決定や帰属集団から疎外されていると感じる人が増えているからだとされている。
 当事者性とは次のような考え方を指す。コミュニケーションはできるかぎり間接的でなく直接的に行う、たとえば当事者間に伝達のためだけの代理人は置かない。できることは当事者が行ない代行者は置かない。当事者性といっても完全な自律を目指しているわけではないので他人(たとえば専門家など)が目標や課題を設定することは当然あるが、その際当事者が責任を負える状況をつくっておく。参加も当事者性が保障されていなければ、参加のための参加では意味がない。
 効率性や機能性を当然視する考え方からすれば、当事者性を重視するということは組織観や人間観の転換を意味する。しかし、自己責任の議論とは違って当事者性という考え方は、当事者が責任を負える状況をどのようにして保障するのかという発想から出発しているので、もともと協力や協同を前提としている。新しい協同の形として当事者性に注目する必要があるのではないだろうか。

5.シンポジウムが提起した課題
 シンポジウムでの報告や議論を通して、現場で起きている変化について情報を共有することはある程度実現できたと思う。「何のために」とネットワーク化に意味を与えることについては必要性が理解され、さまざまな論点が提起されたが、まとまった成果を提示するには至っていない。ミッションとビジネスモデルを再定義することが課題として残されたままである。

 ソーシャルキャピタルとは何か 
 シンポジウムでは、「ソーシャルキャピタル」の議論が深められないままで終わってしまった。ここでは、ミッションを定義するために避けて通れないと思われる論点を紹介しておきたい。
 ソーシャルキャピタルという考え方はネットワーク研究の中で登場し、1990年代にイタリアでの実証的研究をきっかけに世界的に注目されるようになった。現在では、「人々の協調行動を活発にすることによって社会の効率性を高めることができる、信頼、規範、ネットワークといった社会組織の特徴」(ロバート・D・パットナム)と定義されている。
 具体的には、中小企業のネットワークや協同組合のネットワークにおける市民参加による地域の経済的発展や政治的安定機能をソーシャルキャピタルと呼ぶ。その特徴は各種のネットワークを通じて中小企業の経営者や市民、消費者がそれぞれのミッションを追求することによって自然発生的に形成されるところにある。こうした経済的政治的機能を日本で実証した研究は依然認められない。また、個々の組織の活動がその総和としてソーシャルキャピタルに転化するメカニズムも明らかにされていない。それはどのようなことを意味するのだろうか。

 産直 
 ミッションやビジネスモデルを再定義する際に産直の経験は無視できないと思う。
 産直は、組合員が参加して消費者と生産者がネットワークを構築し、産直商品の新しい市場をつくった。しかも、それは人々の協働と信頼によって行われたのである。しかし、産直がどのような経済的政治的効果を、どのようにしてもたらしたのか、その本質もメカニズムも明らかになっていない。産直が成功したビジネスモデルであると同時にソーシャルキャピタルの事例として評価されることになるのか、それはまだわからない。
 産直は一つの典型事例である。ミッションやビジネスモデルを再定義する際に、ソーシャルキャピタルの議論にかかわらせて接近してみることはシンポジウムのあと残された課題の一つである。

 事例紹介から事例研究へ
 
 最後に、今回のシンポジウムを準備する過程でお世話になった方々に心からお礼を申し上げたい。そして、私たちがシンポジウムを機に新たにした決意ないし願望を述べて振り返りのまとめとしたい。
 私たちは今回のシンポジウムを準備するに当たって、現場で起きている最近の変化を理解するために、いくつかの事例を取り上げ、ヒアリング調査を重ねてきた。ところが、こうした方法は変化しつつある対象の最新情報や典型事例を知るには有効ではあっても、変化に意味を与えたりモデルを提起したりするには不十分である。そのためには、パルコープ都島支所でチームリーダやチームメンバーが行っていたように、特定の事例(個々の生協や連合会など)を対象に掘り下げて研究する事例研究が必要になっている。
 また、生協を内部から観察するだけでなく、生協とそれを取り巻く環境を合わせて研究する必要がある。そのためには、流通構造の調査、組合員やライフスタイルの調査が欠かせない。さらに、こうした生協の事例研究や流通構造の調査、ライフスタイル調査を行う場合、地域性をどう考えるのかという問題を避けて通ることはできない。こうしたさまざまな問題に対処するためには、結局多くの団体や関係者の支援を仰がなければならなくなる。
 できれば、こうした条件を一つひとつクリアしながら、今年のシンポジウムが提起した課題に応えていきたい。いずれ、生協のミッションとビジネスモデルを再定義し、その成果をあらためてシンポジウムなどの形で問いたいと考えている。


【参考文献】
梅田望夫『ウェブ進化論―本当の変化はこれから始まる―』ちくま新書、2006年.
川口清史、毛利敬典、若森資朗『進化する共同購入―コミュニケーション、商品・品揃え、ビジネスモデル―』コープ出版、2005年.
パットナム、ロバート・D『哲学する民主主義―伝統と改革の市民的構造』(河田潤一訳)NTT出版、2001年.
安田雪『ネットワーク分析―何が行為を決定するか―』新曜社、1997年.

第1分科会-「くらし発」共同購入・個配の現場から-
第2分科会-「地域発」協同の現場から-