『協う』2006年8月号 特集1
シンポジウムの問題提起から
「市民生協第2の創業へ:第2の創業とは何か」
当研究所理事長 川口 清史(立命館大学 政策科学部教授)
「第14回総会記念シンポジウム」を振り返って
7月1-2日に、当研究所の第14回総会と記念シンポジウムを開催した。今回のシンポジウムは「市民生協第2の創業へ=現場からの問題提起に私たちはどう応えるのか?=」をテーマに、1日目はパネルディスカッション、2日目は2つの分科会を行い、全国から220名を超える参加者で議論された。
本特集では、川口清史氏(当研究所理事長)からの問題提起「第2の創業とは何か」の報告要旨と的場信樹氏(当研究所研究委員会代表)からシンポジウムの議論を振り返り、課題を明らかにした。
なぜ第2の創業か
昨年のシンポジウムで明らかになったこと
昨年度の決算、今年度上半期をみると、たしかに購買生協は一定の増収増益という基調で来ている。しかしながら、生協が10~20年先を見通して、本当の意味で新しい成長の軌道に乗ったのかというと、決してそうとはいえない。昨年提起した、「共同購入の危機は、生協の危機」というテーマは、依然として生きている。なぜならば、共同購入こそ、生協の事業や組合員活動や文化を支えてきた実体であるにもかかわらず、この共同購入のビジネスモデルは依然として危機にあり、共同購入の新しいビジネスモデルができたと言える段階ではないからである。
加えて、いくら生協の決算がいいといっても、店舗がうまくいっているわけではない。さらに、介護保険をはじめとする福祉事業にしても、第3の事業という位置づけとなっているが、「本当にそうなのか?」という状態が続いている。
その意味では、生協の危機は、深まりこそすれ、展望が見えてきたわけではない。
背景にある社会経済システムの転換
さらに、生協の危機は決して生協だけの問題ではないということがある。たしかに日本の企業全体は空前ともいわれる好況期にあるが、流通業・小売業についていえば、いまだ新しいビジネスモデルを確立し得ないまま来ている。一時期、「食品スーパーが次のビジネスモデルだ」と言われたが、必ずしもそのようには動いていない。ダイエーも依然として新しい展望を切り開けていないし、イトーヨーカ堂もイオンも、結局、儲かっているのはコンビニであったり、あの巨大なショッピングセンターのテナント料ではないか。それはデベロッパーとして儲かっているのであって、流通業として儲かっているとは言えないのではないか。
実はその背景には社会全体の構造変化のなかで、これまで高度成長と中間層の肥大化で支えられてきた日本の流通産業も、明らかに新しい転換点を迎えているということがある。
創業者世代、創業者同伴世代のリタイア
生協の事業体としての歴史でいえば、明らかに世代交代期に入っており、しかも二度目の世代交代期ということがある。市民生協創業者世代はほとんどリタイアされ、いまはそれに続いて、創業期に若い職員として一緒に働き、トップになった人々がリタイアの時期に入り、生協が完全に安定成長期に入った段階で入った人々が、次のトップとして中心を担いつつある。
そういう世代が、いまあらためて、生協とは何なのか、生協の事業とはどういうものなのかを考えなければいけない時期に来ているのではないか。「売り家と唐様で書く三代目」という江戸古川柳があるが、やはり三代目はいろいろ難しい時期であり、そういう時期に来ていることが「第2の創業」という提起につながっている。
現場から見える第2の創業
『第2の創業』とは何か
では「第2の創業」とはいったい何なのだろうか。理念論や「あるべき論」ではなくて、きちんと現場から問題にすべきだ、ということが今回のポイントである。「第2の創業」という場合、決して「新しいことをやろう」と提起しているわけではない。まったくその逆に、なぜ日本で60年代後半から70年代にかけて、これだけ生協が急速に伸びたのか、その原点を再確認するとともに、この間環境が激変しており、そうした変化のもとで原点をもう一度考えてみようというわけである。
これを言い換えると、ミッションの再定義とビジネスモデルの再構築ということになる。組織の出発の際、情熱を込めて語られたはずのミッションも、環境の変化のなかで色あせ、しばしば単なる言葉になってしまう。生協のミッションはかつては「安全・安心」や「組合員参加」といった言葉で語られたが、いまの時期、いったい何なのかということが、トップから現場まで含めて共通の言葉で語られることが必要である。
さらに、もうひとつ重要なことは、生協はビジネスなのであり、再定義されたミッションはビジネスモデルとして再構築されねばならない。昨年のシンポジウムで議論したように、「共同購入は生協としてのビジネスモデルを構築し得たし、このことが生協の発展の非常に大きな要素だった。しかし、いま、このビジネスモデルが危機に瀕している。だからこそ、このビジネスモデルの再構築が必要だ」ということなのである。
生協ビジネスモデルの特徴はいくつかあげられるが、その重要なひとつが「ソーシャル・キャピタル」という言葉で表現されるものであろう。ソーシャル・キャピタルは、ある意味で、現在の非営利協同の世界のキーワードでもある。「くらしの協同」「参加」「ネットワーク」「信頼」などさまざまな言葉で呼ばれてきたものを総括して「ソーシャル・キャピタル」ということができる。日本語では「社会的資本」、あるいは「社会関係資本」と翻訳されることもある。
ソーシャル・キャピタルとしての「信頼」はビジネスにおいて重要な要素である。コストや品質といった市場の価格ベースの取引だけでなく「信頼」という要素を取り込むことによって、いっそう効率的なビジネスを展開できる。このような考え方を、経済学では新制度学派といい、日本的経営の強さといった角度から説明する議論もある。その意味では、協同組合企業の強さはまさしく「ソーシャル・キャピタル」「信頼」をビジネスに取り込むかどうかが決定的なポイントだ、ということを再度確認しておきたい。
共同購入の「進化」
ひとつの領域は、もちろん共同購入の分野である。前回シンポジュウムではコミュニケーションの問題をかなり強調したのだが、今回あらためて強調したのは「ネットワーク」という切り口である。これは共同購入に限るわけではないが、とりわけ共同購入を、個配を含めてひとつのビジネスモデルとして確立していくためには、ネットワークを取り込んだビジネスモデルを確立しなければいけないということがはっきりしてきた。
その際重要なことは、コストからだけでアウトソーシングするということでは協同組合のビジネスモデルにはなり得ない、ということである。信頼を基礎に置いて連携・提携できるかどうかが、相手が株式会社であれ何であれ、決定的に大事になってくる。異なる企業形態や企業文化、ミッションを持つところと戦略的に提携する経験を蓄積することが、非常に重要になってきている。
提携、コラボレーションの目的は何なのか。第1に、品質であれコストであれその分野で業界の水準を手に入れることにある、コラボレーションよって、これまで生協に欠けていた部分を容易に手にいれることができる。同時に、生協と取引することによって相手企業も伸びことができる。たとえば物流企業が生協という資源を使うことによって、いままで物流企業としてやり得なかった水準を獲得できるといった、両方にとって新しい水準を切り開いていけることが重要である。また、そういうことがなければ、おそらく戦略的にもならないし、長期の提携にもならない。
これらを重要なポイントとして、いま生協の現場で起きていることをもう一度振り返らなければならない。物流から始まって、「共済も」「仲間づくりも」と、委託領域が広がっている。これはそのための人材の育成もアウトソ-シングすることになるわけで、それにはコストがかかる。このコストは誰が負担するのか。生協の業務としては、何を残すのか。それは十分考えたうえでやっているのだろうか。そういう議論をもう一度やらなければいけない段階に来ている。
物流業者の従業員は、物流業務として、運転業務のプロとして働いている。そういう人たちに対して仲間づくりや共済の目標を提起するのは、現実にかなりの負担になっている。それが原因で辞めていく人たちもいる。戦略的判断としてそう決めるなら、それはそれでひとつの判断であろう。しかし、議論もせずにそれをやっているのなら、両方にとってマイナスである。
状況に流されず、戦略的判断をすることこそが、「第2の創業」という意味合いである。これはそれほど簡単ではないかもしれない。事業的に成り立たなければ意味がないのだが、それは短期であってはならない。相手企業の評価をきちんとしきって、長期に提携し得る相手なのかどうかを含めて評価し、あるいはコア業務と委託業務をきちんと分けたうえで、長い意味でのコスト計算をやって、委託する。それによって初めて、10年20年もつモデルとして確立していくのである。
生協店舗事業のビジネスモデルを求めて
西日本の生協のほとんどでは、店舗は苦戦につぐ苦戦を重ねていて、短期的に黒字を出すことはあっても、生協のビジネスモデルとして店舗事業が確立したとは、ほとんど言えない状況にある。
いま全国の生協はチェーンストア化の努力を進めており、日生協の中期計画でも、東日本から西日本ではコープこうべも含めて、400~500店以上のレベルのチェーン化を図っていくことになっている。近畿では、京都・奈良の連携から始まって、きんき事業連合レベルの店舗のチェーン化が戦略的課題となっている。食品にしろ、生活財全体にしろ、いまや小売事業はチェーン化しなければ成り立たない、チェーン化はおそらく必然であろう。
しかし、チェーンストア化だけで本当に大丈夫なのだろうか。「生協として、あるいは協同組合事業として成り立たせる」という点が加わることが大事なのではないか。そこでは結局、生協にしかない資源を競争力に転化できるかどうかということが問題になってくるし、ソーシャル・キャピタル(信頼、協同、参加など)をいかに店舗事業に取り込むかということがカギになるだろう。
その際、組合員や地域住民の信頼・参加とともに、店舗事業でもネットワーク事業があり得るのかどうかということも、かなり重要な検討の対象になる。そういう実践はすでに一部に現れているが、十分に調査しきれていない。
今回ただひとつ訪問できたのが福井県民生協である。福井県民生協の場合、生協事業のドメインとしては食品と福祉だと言い切っている。事業ドメインの規定はミッションから出てくるのだから、食生活を支えることと福祉事業に生協のミッションを再定義したのだと理解できる。非常にユニークな点は、そう決めたうえで、この2つのドメインを別個に展開するのではなく、重ね合わせ、協同して展開しようとしているところである。店舗と共同購入と福祉事業を連携させて取り組んでいるのだが、福井県民生協はこれを「ネットワーク事業」と呼ぶ。この場合の「ネットワーク」は、事業形態・分野の連携という意味で、それぞれを重ね合わせることによって相乗効果を出そうということである。店舗はまだ全県を覆うまでに至っていなくて、剰余を出せていない段階にある。店舗利用者の7割が共同購入利用者だったという実態から、「組合員は共同購入と店舗を使い分けている」ことを前提にし、両方を視野に入れた食品供給事業を展開している。その一方、店舗に併設したさまざまな福祉事業(子育て支援、介護デイサービスなど)を行い、福祉事業の利用者を購買事業に結びつけ、購買事業の利用者に福祉事業についての理解をすすめることを展開している。
そこでは、地域のなかで必要とされるさまざまな機能で、かつ生協が対応できることについては集中的に対応することになる。店舗の場合、従来は商業集積を非常に重視してきが、商業というレベルだけでなく、生活サービスの集積という位置づけで、さまざまな機能を1カ所に集中する取り組みをしている。 福祉事業への新たな展望
福祉事業は第3の事業と位置づけられながらも、なかなか大きく育ってくる見通しができていない。いま、あらためて生協にとって福祉事業・福祉活動はどのような意味を持っているのかということを位置づける必要があり、それがミッションの再定義のひとつの中身となる。福祉活動をミッションとして再定義し、福祉という事業ドメインをどのように構築していくのかをまさしく「第2の創業」として議論して行く必要がある。
福祉事業を生協がやるということは、生協が地域の抱える最も切実なニーズに応えていくという意味がある。そうした最も切実なニーズに応えることが、先ほどから強調している「生協への信頼(ソーシャル・キャピタル)」を深め、拡大することにつながる。
また同時に、福祉事業というのはそれ自体が社会性を持つものである。あるいは、生協事業が本来持っていた運動という側面を活性化していく。「社会性を持つ」という場合、生協が社会的発言をする際の発言力の裏付けになり、深刻な社会問題に生協が応えている姿を社会的に示すことが、生協の社会的発言力を強めることにつながる。生協が行政やマスコミや地域社会全体に対して開かれた組織となり、そこにさまざまな発言を行い、さらに相手の資源を生協に取り込んで、社会との新しい接点を広げることになる。
同時に、生協が福祉事業に取り組んで、そこでひとつのモデルをつくりだすことは、日本の福祉分野に新しいモデルをつくりだすことにもなる。これは事業のあり方としても、地域住民と福祉活動とのつながりをつくるという意味でも新しいモデルになる。その意味では、単に「生協の事業」という意味を超えて、日本の福祉分野全体にとって非常に大きな意味を持つことになる。
福祉の生協事業としての位置づけを新たにする際3つのモデルがあると考えられる。
ひとつは、助け合い・おたがいさまの活動である。おたがいさまの活動は全国いろいろなところで展開しているが、しまねの現在の取り組みの水準は、組合員活動ではあるが、すでに組合員活動というレベルを超えて、地域全体を巻き込む非常に大きな存在になってきている。同時に、そのことが生協自体を強くし、生協の社会的信頼を高めることにもつながっているという意味では、従来の組合員活動というレベルを超えた、新しい水準の福祉活動を切り開いていている。
2つ目のモデルは、生協ひろしまの取り組みである。介護保険事業が生まれたことは、生協がそれを事業として展開させていく非常に大きな社会的・制度的条件になったが、生協介護保険事業でビジネスモデルを出すに至っていない。ビジネスモデルというのは、そこで拡大発展させていくという、事業としてのサスティナビリティの問題である。事業の持続可能性という意味で、ひろしまの取り組みは非常に貴重である。ひろしまの経験は、生協の事業としては、やはり多くの幅広い組合員の参加と福祉活動という基盤があって初めて成立するのだということを教える。
3つ目のモデルは、庄内まちづくり協同組合の事例である。協同組合間協同として、地域ぐるみの取り組みを行い、まったく新しい次元の取り組みが始まった。福祉の分野でもネットワークが大事で、医療生協や社会福祉法人とどうネットワークを組むかということが大きなポイントになっている。
庄内の場合、もともと庄内医療生協も鶴岡生協が基盤になってつくったという点では、文化的にも非常に近い関係にあるのだろうと思われるが、だからこそ、先陣を切り得た。医療生協と購買生協では、体質も文化も違うが、そこを乗り越えて、医療生協と購買生協がどうネットワークを組めるかということがひとつのポイントとなる。
さらにいえば、この間、いくつかの購買生協が社会福祉法人をつくって施設福祉に取り組み始めているが、社会福祉法人と購買生協のネットワークのあり方も、今後、この分野で発展させていくうえでの大きなカギになるだろう。ネットワークにおいては、その分野の水準を取り込むことが大事であり、その意味で、福祉分野では社会福祉法人や医療分野との連携を抜きにしてはあり得ない。
以上を、『市民生協第2の創業へ』の問題提起としたい。
終了後、参加者がなごやかに懇親