『協う』2006年6月号 特集2
生協ひろしまの福祉事業は、どのように発展したか
~現場職員のがんばりが、黒字化につながった~
編集部
今、全国の購買生協の中で福祉事業を行なっているのは、47生協(2005年度末)で、組合員から福祉にかんする生協への期待が年々大きくなってきている。その中で、福祉事業を黒字化している生協ひろしまの実践を日本生協連の高田公喜氏(前生協ひろしま福祉事業部統括部長)に、「生協と福祉研究会」の上掛利博と鈴木勉がインタビューした。
-障害者の支援費事業が多いのが、生協ひろしまの特徴でしょうか-
(高田)この2006年4月から実施の障害者自立支援法は、「応益負担」を導入して、利用者にも事業者にも、時間の制限など大きな問題となっています。支援費事業が大きく伸びた背景として、現場ではわからないなりに「支援費制度が始まるから一応受けて走ってみよう」と内部合意し、壁にぶつかりながら走ってきたという経緯があります。知的障害の方や自閉症の方との接し方も含め、プランをケアマネジャーがつくるのですが、どのように関わっていけばいいのかとコーディネーターも苦労しました。当時は、内部でもストレスがたまるような論議もあって、それを組織的に乗り超えてきたかなという点が今、力になっていると思います。
介護の職場は、実利と理念がいろんな局面に出てきますが、支援費事業の利用者がなぜ増えたかを考えてみると、障害者の願いを事業につなぐとき、その人にあったシナリオが一つひとつあって、そのシナリオの地道な蓄積があると思います。同時に障害者の方々は、横のつながりが強いですから、一つの信頼が「じゃ、生協だったら利用してみようかな」ということで地域に拡がってきたのではないかと思います。
-生協ひろしまの福祉の“事業”と“活動”の関係をどう見ておられますか-
(高田)「生協福祉の強みは何ですか?」とよく聞かれますが、それは生協が「福祉活動」だけや「福祉事業」だけでなく、一人ひとりの個人を主人公にした場合の選択肢をたくさん持っていることではないかと思います。「活動と事業」の領域で、切れ目のない関係づくりを生協が最善の策をやっているところを、地域の方々は見ておられると思います。環境の変化に対応し、くらしの助け合いの会と福祉事業も今後は再編していって、最善の策をめざしてダイナミックに変えていくことも必要だと思っています。「組合員や地域の方々のニーズとその変化に的確に応えていく」ということに生協の価値があるのではないかと思います。同時に、身の丈を超えた空想的なものでなく、リアルに実利を見ながら、設計図をどういうふうに描いていくかという視点も必要かと思います。
-「生協ひろしまの福祉事業では、何故黒字化ができたのか?」に関心が集まっていますが-
(高田)前提に介護保険事業と障害者支援事業を主力に1,200名を超える利用者という到達があると思いますが、昨年度取り組んできたことは、次の5つのことです。
まず1つ目は、「新規事業のデイサービスが2年目で何とか黒字化できた」ということで、デイの職員がすごくがんばり、地域回りも行ない、利用者に笑顔で接するなど、最高のメンバーぶりを発揮したことだと思います。デイの稼働率が対定員比75~80%で優良デイと言われますが、月によっては9割を超える人がデイに集まってきます。実は、デイの運営で大変なのは、家からデイに来ていただけるかどうかということですから、デイ自体が楽しくないと利用者は来るのを嫌がられます。調理する人は、手作りのものを用意して、温かくおいしいものを用意し、リクレーションとか過ごし方については介護職の方が親切丁寧に対応した結果、何とか経営剰余が黒字になりました。
2つ目は、福祉専門職の人事諸制度の改革に着手し、2005年度7月から施行しました。専門職員は嘱託制度でしたが、ヘルパーさんは委託契約という形から雇用契約に切り換えました。その際、賃金水準や労務管理も含めて現状のままでの存続はむりだろうと思い、今のうちに福祉事業に従事する人の地位をきちんと確立できるようにと正面から真剣に話し合いました。賃金水準では、ヘルパーの手取りで身体介護が1,200円、生活介護が1,100円だったものを一律1,000円に引き下げさせてもらったことが経営改善の大きな中身になっています。賃金水準は、自分たちのがんばり次第で上がることは可能なわけです。契約から雇用に切り換えて、社会保障とか直接受け取らない部分の保障が増えたり、現任研修は受講料を払って受ける福祉従事者が多いので、研修もできるだけ内部化していったということです。ですから、一旦賃金引き下げもやむなし、という判断をさせてもらいました。この取り組みは、全国的にも早かったと思います。
3つ目は、福祉事業の決め手はやはり人材ということで、その育成を目標に研修センターを常設化しました。地域での福祉の担い手づくりとして取り組んできたヘルパー養成講座は、32期目で1,000人を超えるまでになりました。ケアマネやサービス提供責任者の資格者に対しても、内部での現任研修がある程度までできるレベルになりました。厚労省の通知の一つひとつを平準化・基準化すること、仕事の価値形成も含めた人材育成の面には力を入れてきました。
4つ目に、これが最もこだわった「運営力強化」、つまりマネジメント力の強化です。現場を中心にどう仕事を組み立てるかという大きなテーマです。事業所ごとにローカルルールが一杯できて、リスクマネジメントや介護保険の運営基準でも解釈が違ってきます。そのことを個々まかせにせずに、組織として横ぐしを通すことに力点をおきました。具体的には、内部コミュニケーションを高めるなかで、リスクマネジメント(サービス時の事故削減、利用者からのクレーム削減など)、個人情報管理やコンプライアンスの事例を毎月話し合う委員会や職員会議の定例化などの努力をしてきました。
最後の5つ目は、「地域の中でのネットワークの構築」です。これはトップの仕事で、当時の役割からすると私の仕事でした。社会福祉協議会や行政、NPOの方々と定期協議を行ないながら、生協の身の丈と実利の部分もご理解いただき、私たち生協ができない分野を多くの福祉に携わっている方々がやっていただいているわけで、その力を借りながら生協が地域に同化していくような中身でネットワークをつくっていくということになるかと思います。
以上5つの相乗効果として、黒字化が実現できたと思っています。
-地域社会から見たとき、生協の福祉事業はどのように見られているとお考えですか-
(高田)難しいですね。広島市内では、介護保険でまだ5~6%のシェアではないかと思います。大阪府生協連合会「生協組合員の活動実態調査」(2005年度)をみると、「介護保険制度は、保険料を国民が負担したり、収入がなくても年金から差し引かれることは知っているか」という質問で「知っていた」と「聞いたことがある」が84%、それにひきかえ「購買生協の介護福祉事業の取り組み」については、同回答がわずか30.2%、「知らなかった」が67.9%という結果でした。生協ひろしまでは同様の調査をしたことがないので明確には言えませんが、購買生協の福祉事業については組合員の認知度はまだ低い状況と言えます。全国の生協の中に「福祉事業は第3の事業だ」ときちんと評価していただける土壌かあるかといえば、2005年度の損益で言うと47生協中、4~5生協しか黒字になっていないのが現状であり、組合員の中でさえ認知度が低いという現実があるわけですね。地区別総代会などでは、この数年「組合員の高齢化に伴うライフスタイルの形成を生協に期待している」という声が多く聞かれる一方で、「生協の福祉事業は赤字ですが、ぜひ信頼して任せてください」と言っても安心して任せられない、というのが実情だと思います。ですから、生協として福祉事業の認知度を高めていくための組織的な努力、広報戦略が重要だと思っています。
もちろん、スケール拡大イコール黒字化と単純には言えません。事業収入の伸長が止まってしまうと後は縮小均衡のスパイラルに入ってしまうわけで、生協ひろしまでは多くの方に利用してもらえるような「人材とキャパ」をつくっていこうと言い続けています。
-生協の福祉事業の今後の課題や全国連携のあり方をどのようにお考えでしょうか-
(高田)生協で福祉事業に従事している人には重い言葉になるかも知れませんが、「もうひと踏ん張りも、ふた踏ん張りしないと社会的には認知してもらえる状況にはなりませんね」という評価をせざるをえない現状です。日本生協連は、「2010年ビジョン」で厳しい環境ではあるが「福祉事業を第3の事業」として位置づけてきたわけです。福祉事業が、3分の2の生協で赤字という状況下で、そういう方針を出したということは、「それだけ暮らしを営んでいく事業分野として大事だ」ということなんです。いかに事業損益を改善し黒字化していくかというと、介護報酬の改定もあって今まで通りのことをしていては、利用者にとっても合わないことになるでしょう。例えば介護システム一つ取ってみても、各生協がそれぞれ別のシステムで動かしているわけです。今回、報酬改定があると言えば、どの単協でもシステム改定に時間も経費もかけ、頭も痛めてやっているわけです。このようなことは、オールジャパンでやった方が、開発の時間、コストメリット、スケールメリットが活かせ、単協にもメリットがあるのではないかと思っています。また、日常運営で手一杯、専門職員の研修教育も組めない生協もある。そこの底上げをするために、研修教育体制も生協連でカバーできるような中身をつくっていきたいと思っています。
最後に、事業の再構築と合わせ、この先10年を見据え場合に、どういう変化が社会で生まれるかという福祉ビジョンが必要です。具体的には、事業をやる上でも、「地域にどんな高齢者社会を描けるのか」という視点が重要ではないでしょうか。団塊の世代が新しい高齢者になってくるわけで、自分の時間を自分なりに、その人なりにできるようなデイサービスを設計していくことだと思うのです。団塊世代の方々の多くは、パソコンも使いこなして、自分の考えでものを言われる。サービスの内容も多機能になってくると思います。
そういうところも含めて、どういうフィールドを生協が描いて、どういうことを担えるかですね。そこをイメージできるようなビジョンの作成を、実利の部分とそれを政策に置き換えてやっていくことを同時並行で行っていかないといけないと思います。実利だけで行くと、「どういう方向性でいくか」ということが出てこないと思います。
(文責・まとめ 林 輝泰)