『協う』2006年6月号 人モノ地域

食をつなぐコミニュティービジネスへの挑戦

『協う』編集委員 安田 則子 


 高齢化にともなう地域福祉、安心して暮せるためのコミュニティーの形成、生きる力となる食と農、それらをひとつにつなぎ解決していくために、動き出し実践しているところがある。有機無農薬の野菜づくりにとどまらず、販売、レストラン、配食サービスなど次々と活動と事業を展開されている「NPOひょうご農業クラブ」。実際の運営はどうなっているか?その背景は?活動拠点の相生市と神戸市を訪れた。

 2001年に設立の「NPOひょうご農業クラブ」(以下、クラブと略)は、“食、農、暮し、地域、環境の再生”と“食を通して健康と福祉のまちづくり”をめざしている。主な事業としては、相生市などで有機無農薬野菜の栽培、相生市と神戸市にある2店舗で野菜や米の販売、野菜中心メニューを提供する食堂・レストラン5店舗の運営、さらに配食サービスやミニディサービスへと5年間で活動は進化をみせている。永年コープこうべで活躍された増田大ひろ成しげさんを代表に、現在15名の正会員と有給者10人、有償ボランティア45人、無償ボランティア7人で運営され、05年度の事業高5,000万円と拡がっている。

「生産」の場、相生で
 JR相生駅から増田さんの案内で現場をまわった。相生は増田さんの出身地であり、活動の重要な拠点である。もともと実家周辺に土地を所有しながらも、人に貸して農地を維持している。法的にも農業者となるために、相生の実家に単身移住し、別に3.5アールの畑を借りて、退職後の1999年から野菜の栽培をしている。駅から15分ほど車を走らせた所に、畑の状況、時節やニーズを見極めながら常時20種ぐらいの野菜を「多品目、少量、有機無農薬」の考えで育てている。現在は、需要に応えるため、近隣農家のほかに千種町などからの出荷につなげ、クラブの考え方に賛同する農家は15名に広がった。
 「仲間と栽培ルールの確認はどのように?」と聞くと、増田さんは実に自然体で「厳しい規制に縛るのではなく、気候風土のほど良い立地条件の中山間地で、自然と共生しながら、できる限り無農薬での栽培という確認のみで、それぞれのキャリア、人柄に委せている。その土地の保有する力と野菜の生命力を信じ、ほんのわずかな手助けで育てていく。人の介護と同じですよ」と。邪魔者と思われがちな雑草をどう見るのかで、つくる人の考え方がわかる。草の根と葉の部分には、それぞれ違う微生物が存在する。多様な草が生えていることで、より多様な微生物が土にバランスよく分布して、自然の連鎖を上手に活かせるのだそうだ。「結局、野菜そのものに人柄が現れるよ」と、思いは人間観にまで及ぶ。増田さんご自身、生産者でありながらも流通の担い手として、週に何度も相生~神戸を行き来し、1日に多い時は300kmも車を走らせ、農村と都市をつないでいる。

「消費」の場、神戸で

 増田さんは、野菜作りを始めた翌年の2000年から、生活の場である神戸六甲アイランドで、週一回野菜の朝市に取り組んだ。「始めると、いろいろなことが見えてきた。食、農、環境、暮し、福祉、文化と、地域には課題が山積です」「あの大震災の実体験から、人と人とのつながり、コミュニティーの重要性、そこから生きる力も生まれることを痛感した」と。クラブの活動の原点はまさにここにあるという。
 現在、六甲アイランドの中心部のショッピングモールに3店舗を構えている。今でも人口の多い地域ではあるが、シルバーマンションの住人も含めて高齢者は確実に増え、特に震災後の復興住宅住民の高齢化は深刻だ。一方、モール街の状況も変りつつあり、次々と空店舗ができていく。地元からの要請でまちの活性化のためにも、と店舗を借り受けたのだ。手づくりで野菜料理中心のレストラン「よりあい向こう洋よう」は夜も営業し、ヘルシーなメニューが評判で昼間はOLにも大人気だとか。「よりあいクラブ食しょく楽らく」では、高齢者への配食弁当づくりと、昼間は同じメニューをここで一緒に食べることもできる。価格は630円、ひとりで来られるお年寄りも多いが、夫婦そろって来られる人もあり、ここでのコミュニケーションを楽しんでいらっしゃる様子。人と人とのつながりを深める地域の食堂だから「コミニュティングレストラン」と呼ぶ。65才以上で会員となれば、食事の2割引サービスが受けられる。現在会員数は400名、誰でも利用できる両店だが、利用者の4割が65才以上だそうだ。
 もう1店、地産直買の場「よりあい野菜クラブ」が05年7月に開設された。農産物直売所へ行けない消費者が、都市の住宅街で新鮮な農産物を買うことのできる「直じき買がいの場」とされている。増田さんたちが栽培した多品目野菜がここに並ぶ。
 ここでは、若い世代や子どもたちも多く、幼稚園の母親達の強い要望で、週3回、1日120食だけ現場で盛り付ける昼食の配食を受託している。また地域の「こども野菜クラブ」にも協力して、子どもたちが、親子で豊富な野菜の料理体験や食体験をする。「地域の料理、家庭料理が伝承されにくくなっている今日、作ること食べることに愛情が無くなっているのでは?」「おいしい野菜を使って食べて、何かを記憶に残して欲しい」と増田さん、「食育」ではなく「食愛」とも主張される。「食」の問題は、これまで家庭や個人に任されてきたが、社会の変化や生活スタイルの変化のなかで問題解決が困難になってきた。都会も田舎も同じく、地域全体で補っていくことが求められているようだ。

相生で、もうひとつの実践
 相生、かつて造船で栄えたこの企業城下町も80年代になると様変わりし、人の流れも変わってしまった。増田さんのこのまちでの活動は、朝市でのあるできごとから始まった。市の中心地の商店街で始めた朝市に、いつも自転車で立ち寄って世間話だけして帰る高齢男性がいた。その人の買物袋の中身はいつもインスタントラーメンで“食事はいつもこれだけ。ここに来て人と話すのが唯一の楽しみ”という。これに増田さんの心と体が動かされたのだ。「元気でいるためには、食生活が大切、そして人と人との関わり合いで、生きる力になる」と。これを機に、消費の地だけでなく生産の地で食の提案の必要性を痛感したという。栄養バランスのとれた食事がゆっくりと味わえ、日々つながりを深めて集える「コミュニティングレストラン」を03年3月に始めることとなった。
 相生市内で3つに増えたレストランからは配食サービスも行われている。有償ボランティアの方々に運営について伺うと、「中心となるのが3~4人で、だいたい10人前後で運営。利益は平等な分配がベースで、調理担当者に多少出せても、あとのメンバーは有償と言える額かどうかは…。わずかずつでも利益が上がっていけばやる気にもつながるし、もっと工夫が必要ですね」と。50歳代後半から60歳代の方々が中心で、「地域のなかで困っている人のために何か手助けができて、喜こんでもらえると嬉しいし、自分自身ここに来ることで元気になれる」と、気持ちが大きいようだ。
 「食事」提供のコンセプトは、第1に素材を大切にすること、第2にだしの素や化学調味料など既製品は使わずに手作りであること、第3に家庭料理であること、この3点を全店の決まりごととして、あとは現場にまかせている。「一律チェーン店化や規則で制約するやり方は、それぞれの自主性、やる気を阻害してしまう。NPO組織のようなところには適切ではない」ときっぱり。店舗それぞれで地域のニーズをとらえ、働く人たちの創意でメニューも運営方法も決めていく。

地域の財産をつなぐ
 一食の価格は、609円で提供している。相生市の福祉政策では、65才以上の自分で食事づくりが困難な方には、食事チケットで一部、助成がされる。市内には他に仕出し屋などが配食サービスを行なっているが、市全体の半分ぐらいの約140食をクラブで扱っている。
 この06年3月にオープンしたばかりの「よりあいクラブ緑ヶ丘」は、農協撤退後の空事務所を借り受け、オープンの費用の一部は国の補助金制度も有効に利用した。厚労省が推進する「自立支援事業-体を動かし、健康づくり-」に対応して、「食物から自立支援をしていく」というクラブの取りくみが認可されたのだ。「ここは家賃もいるので運営もこれからが大変、知って利用してもらうためにもっと口コミで広げなくては」と、責任者の船曳さんと飯田さんは言う。一方「よりあいクラブ古池」は、地元の自治会館の中にあり、家賃不要。クラブの活動に市も議会も賛同し、りっぱな厨房も無料で改装してくれたそうだ。
 商店街にある相生1号店の「よりあいクラブ旭」では、「レストランと直買所ができてから、人の流れが少しずつ変化してきましたよ」とお向かいの喫茶店店主が言う。商店街の賑わいは地域活性化につながる。この店にも、経済産業省「商店街活性化福祉事業制度」と県や市からの助成金やJA「あいおい」からの協力があった。何より本町商店街振興組合の協力は大きく、活動するのにとても良い場所を得た。リーダーの小松さんは、「ここで働く皆さんは、お金のためじゃなくて、世の中の役に立ちたい、集まること外に出て行くことが楽しいという人ばかり」と言う。「バランスのとれた食事でも、一人で食べると引きこもってしまう。寄り合って一緒に食べることが健康の秘訣なのだ」と言う増田さんの言葉に、だから「よりあいクラブ」なんだと納得。

地域の合理性で
 地域での関わり合いがむずかしいのだろう、男性の参加は支援する側もされる側も少ない。「いずれは高齢者の仕事づくりの場を考えていきたい」と増田さんの思いは尽きない。それは経済「合理性」に任せるのではなく、「地域の合理性をベースに共生の論理をもって、NPOがコーディネィターになり地域を守るために何かをしなければならない。私だけという“私益”から、地域の皆のためにという市民がつくる“公益”の世界へ拡げて行くためには、NPO単独では難しいことでも公的な機関や地域の商業者の協力があれば可能だ」「地域の合理性で事業経営が成り立つのかどうかを立証するためも、実績を重ねデータ的実証をしていきたい」と力強い話であった。
 食を通して都市と農村がつながり、人と人とがつながる。食を通して、地域の経済活性や福祉の充実に貢献していく「NPOひょうご農業クラブ」の活動が継続しつづけ、成功しつづけることを願う。