『協う』2006年4月号 特集
シニア世代と生協
玉置 了
『協う』編集委員・ 近畿大学 経営学部講師
今後のわが国の社会を展望すると「高齢化」という言葉がキーワードの一つとなることは間違いない。高齢化社会といっても、介護が必要な高齢者ばかりの社会ではなく、そこではいわゆる「アクティブ・シニア」と呼ばれる元気な人々が、何事にも積極的に挑戦しようとする社会が訪れるのである。一方で、元気なシニアといっても、その背後には様々な問題や不安を抱えて日々をくらしているのであり、活力ある高齢化社会に向けて、私たちそして生協はなにをすべきであろうか。本特集では、団塊の世代より上の主に60歳代を中心とする世代を「シニア世代」と呼ぶが、その方たちの日々の生活や意識をインタビューをもとに明らかにするとともに、高齢化社会での生協のあるべき姿を考えてみたい。
●はじめに
~アクティブ・シニアの時代~
1947年から1949年にかけて生まれた、いわゆる「団塊の世代」の多くが2007年以降次々と定年退職を迎える。そのことは、職場での人材の問題や年金制度に大きな影響を及ぼすとされ、しばしば2007年問題と呼ばれる。一方で個人の視点から定年退職ということをみたとき、それはいわゆる第二の人生として、個人のくらしに様々な変化をもたらすとされている。この世代の場合、主に男性の定年退職が想定される。しかし、それはその男性のみならず、同時に家族全体のライフスタイルに変化をうながすのである。
今日、まだまだ若く元気で盛んにさまざまなことに挑戦する60歳代以上の人々を、しばしば「アクティブ・シニア」と表現し、趣味や買い物、旅行などに積極的にとりくみ余生を楽しむ姿が強調される。しかし、このような世代の生活を深くみると、そこでは次のようないくつもの生活上の問題が生じていることがわかる。介護が必要ではないけれども確実に進む肉体的老化と健康の維持、わずかな年金収入に生活を依存するという経済的不安、男性の場合は、退職による人間関係やこれまで築き上げた地位の喪失、子どもが独立する一方で訪れる親の介護の問題、さらにこれらの生活スタイルの変化が生み出す精神的な変化など、アクティブ・シニアの生活とて楽しい老後ばかりというわけではない。今日のシニア世代は様々な悩みや不安を抱えながら、忙しい日々をくらしているのである。
本特集では、60歳代というまだまだ元気だけれども、いくつもの不安や悩みを抱えながら第二の人生を生きようとしている世代を「シニア世代」と呼び、そのシニア世代と生協の関わりについて考えたい。とりわけ、シニア世代のいる家庭の消費生活と、定年後の生き方・社会生活という2つの側面に着目する。前者の消費生活については、夫の退職により、その家庭の食生活や購買行動は変化するだけでなく、健康や嗜好の変化から商品一つひとつに対する意識も大きく変わってくる。そうした変化がいかなるものであり、生協はいかに対応すべきか、まずこの点について女性の組合員へのインタビューから考えてみたい。後者の定年後の生き方については、この世代の男性の生きがいであり人間関係の基盤である職場を失ったシニア世代は、いかにして生きがいや人間関係を再構築してゆくのか、また生協がそこで支援できることはないのか、について男性の組合員に行ったインタビューから考えてみたい。
第一部 シニア世代の消費生活と生協
シニア世代はどのような商品をどのように利用し、またどのような買い方をしているのであろうか。シニア世代の日々の消費生活とそこから生協に求めることについて、5人の女性にグループ・インタビューを行なった。
1.シニア世代と消費生活
●商品の使いやすさ
まず、生協の商品に関するシニア世代の声をきいてみたい。商品について切り出されたのが、商品の味や品質に関する不満ではなく、商品の使いやすさの問題であった。例えば、「力が弱くなり、もずくのパッケージやスチールの缶詰めを開けるのにとても力が要るようになった」「老眼でよく見えないから、パッケージの開け方がわからず、雑に開けてしまう。V字の切れ目などに、色をつけておいてもらえれば」などの声である。また、「調理方法などの説明書きも、よく使う商品でもレンジで○分というのをできるだけ目立つように書いて欲しい」「注意書きの文字も小さく、消費期限・賞味期限が書いてある場所が分かりづらかったり、インクが薄すぎて読みにくい」と、肉体的な老いは商品の使いやすさに様々な不満を生み出すようである。
●適切な商品の量
さらに、子どもの独立などにより家族の人数が少なくなってくると、一つひとつの商品が大きすぎる場合もあるという。そのため、商品を選ぶ際に量が少ない「小分けパック」になっているということが評価のポイントになる。さらに、小パックで少しずつ消費するものは、消費期限が個々に印刷されていないと途中で分からなくなることもあるという。このような、少量・小分けに対するニーズは高齢化社会を迎える今日、様々な場所で指摘されている。しかし、何でもそうであればいいというわけではなく、買い置き保存ができる根菜類などは、安い値段で買っておき、長年培った主婦の知恵で使い回す方がいいという。
●健康の維持と食品
また、徐々に深刻になりつつある健康の維持という問題も商品の利用に影響している。一人ぐらしのため野菜不足になりがちななかで、野菜ジュースを飲んだり、コレステロールの値が高くなってから生野菜を食べるようにしているとCさん。とりわけ、生で食べても美味しい野菜が手に入る生協は、シニア世代の健康のためにもメリットがあるという。しかし、Bさんの夫が高血圧のために、塩分控えめの食事を余儀なくされると、生協の既製の味付けでは辛くなったという。そのため、夫と他の店へ買い物に行く機会も増え、生協の利用が減ってしまったそうだ。
●加工食品の使いみち
加工食品と聞くと「忙しい若い世代が料理の手間を省くために使う」、そんなイメージが湧きがちだが、シニア世代も加工食品を上手く活用しているようだ。例えば、お弁当用の加工食品などは、野菜がたくさん入っていて少量を食べる際にちょうど良いとDさん。
この他にも興味深い加工食品の用途がみられた。夫が定年退職を迎えると、1日3食の準備だけでも大変だという。インタビューに参加した女性たちは、地域での活動、病院への通院、親の介護に孫の世話、趣味や旅行、友人との遊びなどに忙しい日々だ。月曜から金曜まで地域の活動などで外出しているAさん宅では、レトルトの八宝菜や焼き肉丼を購入しておくと、夫がお昼に自分でつくって食べるようになり、今では配送が来た日には、次の注文で欲しい商品をご主人が自分で○印をつけるようになったという。シニアとか、第二の人生といっても、暇を持て余しているわけではないようだ。加工食品は、アクティブ・シニアの生活を支えるうえでも大切な役割を果たしている。
●注文書とカタログ
商品の注文書については、以前に比べると、活字もシートも大きく見やすくなり、不満は感じないという。またカタログについては、商品の選択がわずらわしくないようにシニア向けの商品を絞って提案すればいいかというと、そうではないらしい。品揃えが多いほうが、見るのが大変と感じることもあるけれども、孫のためなど商品を選ぶ楽しみがあるという。一方で、子どももの、若者向けのものなど、自分に関係のないものについては邪魔に感じる方もいるようである。
●共同購入とコミュニケーション
共同購入というシステムについて聞いてみた。商品を配達してくれることについては、車がなかったり、忙しいシニア世代には、その利便性は魅力的だという。また、班配か個配かという問題については、生協歴何十年というヘビーユーザーの方々にも個配利用は浸透している。その理由として、アクティブさゆえに様々な用事で外出が多くなると、班を組む同じような年代の人に重い荷物を自宅まで運んでもらうのが申し訳なくなり個配に移行したという声が聞かれた。
さらに、班でのコミュニケーションという側面に目を向けると、班でのおしゃべりも昔は楽しかったし、その地域に溶け込むきっかけとなった。しかし、最近は、若い人は荷物を受けとるとさっさと帰ってしまうので、コミュニケーションがとりたくても、かえってそこでの人間関係がストレスになってしまうこともあるという。
世代の問題が、班のあり方やコミュニケーションの問題と深く結びついていることがわかる。
2.シニア世代が生協に求めること
以上の声は、あらゆるシニア世代に当てはまるものではないかもしれないが、今日のシニア世代が持っている意識や行動傾向をよくあらわしているのではないだろうか。商品事業ひとつとっても、今日の生協は、シニアの生活にまだまだ対応しきれていない部分も多いのではないだろうか。生協はいかにあるべきか、そのことについて考えてみたい。
(1)シニアが求める商品のあり方
シニア世代の女性たちからは、まず商品の使いにくさや説明書きの見にくさという商品の不満が聞かれた。わざわざ老眼鏡をかけてなくてもパッケージの開封動作ができるようなデザイン面での工夫が求められよう。説明書きや消費期限の表示の見にくさなどは、老眼鏡をかければ済むではないかと考えるかもしれない。しかし、一目見てその商品の使用方法が正しく理解できない商品の利用には、絶えず不安がつきまとうものである。これまで生協は、商品について品質面での安全・安心は追求してきた。しかし、高齢化社会を迎えるにあたり、商品の使いやすさ、購買のしやすさといった面での安心をさらに向上させていく必要があろう。他にも、いずれのシニア世代も家族の人数が減ることにより、商品の分量が問題になるとのことであった。商品の包装方法の工夫や品揃えの充実などで対応することが求められる。
また、シニア世代といっても、決して時間的に余裕があるわけではなく、元気なシニアは、より若い世代と同じく加工食品、レトルト食品を積極的に求めている。今後、定年退職を迎える男性が急増する中で、男性が自分でつくることのできる食品のニーズがより高くなりそうだ。そうした加工食品には、塩分控えめなど、シニア世代特有のニーズもある。このようなニーズに応えるべく味付けや分量を工夫した商品の開発が必要となろう。
(2)カタログによる選ぶ楽しみと面倒さ
今回インタビューした女性たちは、そのほとんどが生協のヘビーユーザーであり、共同購入での買い物をうまく使いこなしながら、シニアライフを充実させているようであった。まさしく共同購入なしには、今の生活はあり得ないという生活である。そのためか、長年慣れ親しんだカタログや注文書に対して、字のサイズが見直された今日ではそう不満は無いようであった。しかし、自分のライフスタイルと関係のない商品も案内されるなど、希望する分野だけのカタログを送って欲しいという要望はあるようだ。このことは、シニアに限らず全世代が共通してもつニーズであろう。
また、彼女らは「シニア向けにはこれがおすすめ」というような、あらかじめ商品数を絞って、生協があらかじめ取り揃えた商品の中から購買するのは嫌だという。たくさんある商品、若者向けも含めて、色々な新商品が並ぶカタログの中から商品を選ぶことも楽しみだという。見やすさ・選びやすさと商品の豊富さを両立させたカタログを求めているということであろう。
(3)共同購入とコミュニケーション
配送方法については、5人のうち、3人が個配利用、2人が班での利用であった。3人の個配利用者は、班配に時間を合わせられない、引っ越しにより近所の人に頼みにくくなったため個配に切り替えたとのことであった。班を利用する2人も、長年班を組んでるから続けているというものの、地域のコミュニケーションの場としては、その魅力は低下しているようである。若い頃には、引っ越した際に地域に溶け込むきっかけとなり、また地域でのおしゃべりの場、生活情報の交換として楽しんできた班という場も、今では多くのシニア世代が個配に移行し、班に残ったシニア世代も、今どきの若い組合員とはなかなかうまく近所付き合いがしにくいとこぼす。
一方、個配であっても班配であっても、配送担当者とのコミュニケーションは楽しいようである。彼女らは、かならず顔を出して受け取ることはもちろん、個配の場合「担当者ニュース」がない地域があり、それが寂しいという。このシニア世代の組合員と担当者とのコミュニケーションについて若い配送担当者に話を聞いたところ、彼らも同様に、彼女らとのコミュニケーションが、親子みたいな感じがして楽しいと話す。また、決して「年寄り扱い」するのではないが、いつも子どものような気持ちで、少しでも荷物を運んであげるなど、困ったことがあれば何でもしてあげたいという気持ちになるという。
また、そうしたささやかな気遣いは、組合員にとっても助かるであろうし、たとえ肉体的に持てる重さであっても、その気持ちが嬉しくさせるのであろう。これらのことは、今後の高齢化社会に向けて、共同購入の荷受け場が、商品の受け渡し場所のみならず、高齢者のくらしの支えやコミュニケーションによってくらしを楽しむ場になりうることを意味している。さらに職員にとっても、シニア世代との心の通うコミュニケーションが癒しとなり、働きがいとなるのである。しかし、配達担当者の側も、シニア層の方には、少しでも何かしてあげたいが、一ヶ所の荷受け場にそうゆっくりしているわけにもいかず、申し訳ない気持ちになりながら次の荷受け場に向かうことも多く、コミュニケーションが十分にとれないという現状がある。
組合員と担当者との地域におけるコミュニケーションは、生協が今後の高齢化社会における数々の問題を解決するうえで貢献するためにも、また組合員と生協との間で良好な信頼関係を築くうえでも、必要不可欠なものであろう。しかし、今日の地域社会における人間関係の変容や、効率も求める生協の配送事情をみると、その実現は難しいようにも思える。今後、班利用での優遇施策やゆとりあるコミュニケーションを重視した配送の実現などが課題となる。
(4)新たなコミュニケーションの場を求める声
最後に、商品以外での生協への要望を聞いた。彼女たちは、同世代・異世代の不特定多数の人々が気軽に集まれるコミュニティ施設が欲しいという。班でのコミュニケーションには消極的な人でも、班とは異なり、日常生活のしがらみがなく、何らかの興味や関心、価値観が合う人とのコミュニケーションだったり、それも参加したいと思ったときに気軽におしゃべりに参加できるような場所は欲しいという。誰かとコミュニケーションはとりたい、いろんな人との出会いを楽しみたいけれども、場所がなかなか無いという現状があるようだ。
インタビューをした生協の組合員集会室は、ビルの3階にあり、階段の上がり下がりが大変など、友人を誘うには気兼ねするという。人間関係のあり方が変容する今日では、ご近所という絆よりも、自発的にコミュニケーションをとりたいという気持ちが日々のくらしの楽しみや協同を生みだすようである。こうした地域社会のつながりの変化にいかに対応するかということも、今後の生協の課題としてあげられよう。
今回お話をうかがった5人(大阪府在住、自転車で行ける距離に生協店舗はなし)
Aさん(女性,56歳) :定年退職した夫と娘との3人暮らし。買い物はほとんどが共同購入(個配)
Bさん(女性,57歳) :夫と娘との3人暮らし。夫が数年前に心臓の病気を患う。以前はほとんどの買い物が生協だったが、最近は6割ぐらいが共同購入(班利用)
Cさん(女性,66歳) :夫を数年前に亡くし、現在は一人暮らし。少し前までは、共同購入(個配)が買い物の100%を占めていたが、最近は近所のスーパーで買うことも。
Dさん(女性,60歳) :夫・娘・息子との4人暮らし。共同購入(個配)が買い物の多くを占めるが、スーパーに買い物に行くことも。中国地方に介護をしている母がいる。
Eさん(女性,68歳) :夫・息子との3人暮らし。毎月の支払いが怖いほどの生協のヘビーユーザー。近所の同世代と共同購入(班利用)
第二部 定年退職後の生き方・社会生活と生協
シニアの消費生活にも、多様なニーズがあることがわかった。第二部では、シニア世代の生活を、定年退職後の生き方や社会生活という視点からみてみたい。シニアはいかにして日々の生きがいや楽しみを見つけてゆくのか。また、そうしたシニアに向けて、生協ができる支援はないのであろうか。3人のシニア世代の男性にお話を聞いた。
Fさん(男性,62歳) :2004年に生協を退職し、現在は同生協の店舗でアルバイトをしている。趣味はハーモニカと水彩画。
Gさん(男性,63歳) :3年前から京都の生協店舗で月一度ひらかれている「男の料理教室」に創設時から参加。現在は同教室の事務局をしている。
Hさん(男性,70歳) :2年前よりGさんと同じ料理教室に参加。現在では会長の役割を担っている。
1.定年後の生活と生きる楽しみ
●仕事生活から定年後の生活へ
「定年後の生活は、毎日が日曜日」といわれるが、Fさんは、「組織から離れ自由になった生活は、自分自身で何をすべきかということを考えなければ何も始まらない生活だ」という。生協在職中は1日24時間仕事のことを考えていたため、退職後は、生活を180度転換することを求めた。そこで、はじめにFさんが取り組んだのが、ホームヘルパー2級講座の受講である。Fさんは仕事としては生協とひと区切りつけたいけれども、これまで生協で培ってきた生き方は次ぎにつなげたい。そこで、関心を持っていた福祉について勉強したいと考えてこの資格に挑戦したという。
さらにFさんは、ハーモニカや水彩画という趣味にも積極的に取り組むようになった。ハーモニカには、折りに触れて歌を歌ってきた若かりし頃の想い出や、小学校時代に授業で先生がよく吹いてくれた懐かしさがあるそうだ。また、所属する教室が加入する全国組織が定期演奏会をしており、その演奏会には同世代、またそれ以上の世代の方々が多数参加されており自分にもできると確信したこと、老人福祉施設へのボランティア演奏も盛んであることがハーモニカを始めた理由だという。
水彩画については、家族が美術に関心が強かったこと、自分の思いを線や色で表現できることに魅力を感じ、しばしば植物園に行って絵を描くようになったそうだ。いずれの趣味も肉体をハードに使うものではない。というのも10年後に今よりもさらに肉体的な老化が進んでも花開く趣味を、とりわけ水彩画はたとえ病室のベッドの上にいたとしてもできるものをとの理由から選んだとのことであった。しかし60歳を超えると習ったことを忘れることも多くなり、複雑な動作もしにくくなるため、本来であれば50歳代からこうした趣味を片手間にでも始めておけばよかったとも話してくれた。
●退職後の生協との関わり
他方で、Fさんは、現在も生協の店舗でアルバイトをされている。年金だけでは生活が苦しいためにはじめたこのアルバイトも、今やFさんにとって生きがいの一つとなっている。そうした生きがい・やりがいは、在職中に生協が発展してゆく中で蓄積した店舗運営のノウハウを若い職員に伝えたり、在職中はすぐに店長になってしまったために経験できなかった店内の各部門で「現場」の仕事を体験できたりすることで実感するのだという。
また、Fさんは生協のヴィスタの会(退職者と現役職員のグループ)にも参加している。退職すると日々のくらしをめぐる情報が入ってこなくなる。そこで、このような会が年金や介護保険などの実状や体験を交流し、自分より上の世代の人々の生活を知ることで、自分の10年先を想像するいい契機となるという。つまり、他のシニアと交流を持つことは、年々変わりゆくわかりづらい制度と、自分自身も老いていくという変化の中で生活するための情報交換という面でも意味を持つのである。また、会合や旅行自体も、たまにしかできない贅沢・非日常を味わえるよい機会となっているようだ。
2.料理教室と仲間づくり
●料理教室との出あい
Gさん・Hさんの二人の男性は、いずれも生協の組合員活動「男の料理教室」に参加している。この教室は生協の店舗集会室で月に一度開催しており、午前10時の生協の開店と同時に食材の買い出しからはじめ、不器用な男性十数名が講師の女性3~4名とともに約2時間かけて本格的な料理に挑む。参加者の多くがシニア世代である。奥さんにお尻をたたかれて参加するようになったGさんとHさんは、同教室の楽しみを次のように話す。Gさんは、初めは料理に関心はなかったけれども、数回目に肉ジャガをつくった際に、作り方次第でこんなにも味が違うのかということを実感して、料理に関心を覚えたという。そして今では、奥さんが所属する団体のバザーやお正月・クリスマスにお客さんをもてなすために、料理教室で習った「紅茶ポーク」を振る舞うのが楽しみだそうだ。
しかし、Gさん・Hさんは共に、教室に参加していても料理の勉強はそれほど進んでいないし、真剣に料理をマスターしようという気持ちは少ないと口を揃える。この二人にとって料理教室の楽しみはほかにあるようだ。二人は料理教室という場所を通じて知り合った仲間と料理することが楽しく、さらにその仲間と教室外で行う課外活動がこのうえなく楽しいという。「反省会」と称して、料理の反省はせずにたわいの無いおしゃべりをしたり、季節ごとに納涼会や忘年会、山へ出かけたりするそうだ。そうした、本当に参加したい人だけが参加する場でのコミュニケーションが楽しみで料理教室にも参加しているという。また、Gさんは、事務局としてそうした場を暗黙のうちにうまく自分の考える方向へ運営すること、またそれによってほかのメンバーが楽しいときを過ごすことができて喜んでくれると思うことも楽しみだという。
●異世代との交流
GさんとHさんが、楽しみにしていることのひとつに、3人の高校生メンバーとの交流がある。「男の料理教室」では、十数人の参加者のほとんどが年配の男性であるなかで、飛び抜けて若い高校生が3人参加している。彼らの存在は、GさんやHさんにとって、孫や子どもというより、お互いに観察しあい、刺激しあう存在だという。そんな彼らと触れ合うことで、ものの見方・考え方が変わったとGさん。Gさんの趣味の1つである映画の見方一つにしても、彼らとのおしゃべりの中で、自分とは異なる若い人の映画の見方を学べると話す。
また、この料理教室では数人の女性が講師をしている。こうした講師の先生からも、単に料理の仕方だけでなく、ゴミの分別や後片づけのコツなどを学び、また先生方とのつながりで家計簿の講習会にも参加するなど、これまで何十年と生きてきても知らなかった地球環境や日常生活に対する知識や意識を学べたそうだ。
●互いに褒め合い・励まし合う仲間に
さらに、教室では年に一度、教室を通じて頑張った人や感動することをした人に対して表彰をする制度を設けている。一日も休まずに参加した人、奥さんへ日ごろのお礼のために自分でフルコースの料理を作った人などが表彰されている。みんなの前でそのような話を発表することで、本人の励みにも自信にもなるであろうし、また周囲も聞くだけで嬉しい話に心が和み、自分も頑張ろうと思うようになるという。また、教室の時間中も、互いの包丁さばきなど料理の腕や働きぶりを褒めあう様子が目立つ。GさんやHさんも、働いていたときの肩書きや地位といったものから離れ、定年後は新たな人間関係をつくりたかったという。自由な立場で参加し、互いに褒め合い、認め合い、新たな楽しみを広げてゆく、そうした新たな関係づくりのあり方を、男の料理教室での活動からみることができる。
3.生協によるコミュニケーションの
場作りのサポート
(1)趣味を身に付け表現することの楽しみ
まず、生協が組合員活動としてコミュニケーションの場をつくることが、シニアにとって何よりも有意義な支援になると思われる。このようなコミュニケーションの場の最も重要な意義は、なによりシニア世代の生きがいを実現するという点にある。ハーモニカと水彩画を習うFさんにとって、それらの習い事は、単に暇つぶしとして新たな技術を身につけるだけでなく、幼き日の想い出や家族への思いを再確認すること、また自分の思いや考えを音や絵で表現することなのである。つまり、自分がこれまで生きてきた証と今の自分を自分自身で確認し、誰かに向かって表現しているともいってもいい。Fさんは、そうして身につけた能力を「ちょっといいカッコをして」披露することが生きがい・やりがいにつながるという。
しかし、こうした習い事には月2回程度で4~5000円の受講料がかかる。何か趣味をつくって仲間と楽しみたいと思っていても、わずかな年金収入しかなく、金銭的な問題からそれができないシニア世代も少なからずいる。生協が、趣味や関心に応じたクラブやサークルを組合員活動の一環として支援したり、また事業としてカルチャーセンターを低価格で提供することで、シニア世代は少ない負担で普段のくらしに生きがいを見いだすことができよう。Fさんは、生協の組合員であったことから、民間のカルチャーセンターの入会時に数千円の割引を受けたという。生協ではまかないきれない側面については、提携による支援も有効な手段であろう。
(2)コミュニケーションから生まれる楽しみ
奥さんに半ば強制された形で料理教室に通いはじめたGさんとHさんからは、Fさんとは違って、その場に参加することで新たな趣味や楽しみ、それによる生きがいが次々と生み出されるという姿が見えてくる。仕事を退職し、何をすればいいのかわからないときに、生協にこうした気軽に参加できるクラブがあることはとても有意義なことであろう。料理教室の仲間は、単なるお茶飲み友達ではなく、料理という一つのことに共に取り組むということで人間関係の形成を促進しているのである。趣味の上達を目指すのではなく、コミュニケーションそれ自体を楽しむ場をつくるということも高齢化社会をより生きいきとしたものにするための一つのあり方であろう。
また、料理教室での高校生との触れ合いが、シニア世代のものの見方や考え方を広げたり、いい意味での刺激となっているというように、異世代間のコミュニケーションを促進する場にすることも重要である。このことは、参加する若い世代にとっても、シニア世代とのコミュニケーションは様々な面で刺激や勉強になる。若い世代への文化や知恵の伝承という社会的な意義をもつといえよう。
個人の趣味や価値観が多様化する中で、ある特定の趣味の上達を目指すという目的では、生協が主体になって狭い地域で趣味を共有できる仲間を集めるのは難しいのかもしれない。しかし、あることをきっかけに、おしゃべりや触れ合いを楽しみながら、仲を深めていく過程の中で影響し合い、共に楽しめる新たな趣味を見つけるという、そうしたコミュニケーションの場の提供も、支援のあり方の一つだと考えることができる。
(3)コミュニケーションを育むための支援
もちろん、生きがいや楽しみの発見は、何より参加者の自発的なコミュニケーションの中で得られるものである。しかし、場を提供するだけで、その活動が円滑に進むわけではない。GさんとHさんは、男の料理教室を運営していて、初年度に事務的な手続きを行政区委員の方に助けてもらったことが大変助かったという。他にも、講師の先生の手配やお金のやりくりなど自分たちで運営するのは、楽しみもあるが、大変な面も多いという。生協には、様々な趣味や技能をもつ組合員や自発的な組合員活動の運営ノウハウをもつ組合員が多い、そうした組合員同士を結びつける仕組み作りも求められるのではないか。
また、料理教室の二人は、外部から取材に来ると教室が盛り上がるし、いい想い出になって嬉しいという。Fさんもハーモニカを習っていて、それを発表会などで少しいい格好をして発表するのが楽しみと話しておられた。単に組合員の活動の場を用意するだけでなく、それを誰かに見てもらい、褒めてもらえるような場を提供したり、様々なメディアで活動を紹介することも支援のひとつとなりうる。
(4)場が生み出す生協へのメリット
シニア世代がコミュニケーションを行う場は、日々の消費生活や環境問題に対する理解を深めたり、また年金や介護など複雑な制度に関する情報交換の場としても機能している。さらに、男の料理教室では、環境問題に対する理解を深めたり、産地見学や商品学習会に参加することで、生協の食へのこだわりや商品のよさを初めて知ったという。またGさんは、自分で料理をする際は生協の商品を好んで利用しているという。
こうしたクラブやサークルで活動するのは、シニア世代のうちでもごく一部であろう。しかし、コミュニケーションを活発に行うこの世代が、こうした情報を口コミで広げていくことは想像に難くない。シニア世代同士のコミュニティは、彼らが日々の生活の生きがいや楽しみとなり、くらしに必要な情報を得るだけでなく、生協の商品や活動の理解や利用を促進するうえでも有益な存在になると思われる。このような点からも、今後、シニア世代の組合員活動の場をますます促進してゆくことが生協に求められている。
●おわりに
本特集では、8人のシニア世代を中心とした方々からのお話から、今日のシニア世代の生活と意識をみるとともに、それに対する生協のあり方を考えてきた。お話を聞いた8人は、みんな生きいきとお話しをされ、さまざまなことに積極的にチャレンジする、まさしく元気なシニアであった。しかし、深く話を聞いてゆくにつれて、実際には、様々な問題や不安を抱えて生活をしているということも浮かび上がってきた。そのようなシニアライフを応援するために生協には、生活に必要なモノやサービスの購買・利用に対する配慮や工夫をしてゆくことが求められる。それを追求することは、これまで安心して消費できる商品を提供してきた生協の使命であるだけでなく、今後高齢化社会を迎える中で、生協にとって大きな強みになると考えられる。
今日の生協では、シニア世代向けのカタログの制作やシニア向けサークルの事業化など、シニア世代の消費生活やコミュニケーションによる楽しみの獲得を応援する取り組みがみられるようになってきた。しかし、生協側からシニア世代に向けて、一方的な企画・提案を行うのではなく、シニアの自発的な参加の気持ちを大切にすること、画一的な対応ではなく、シニアのそれぞれが自分なりの生活を送りたいというニーズを実現することが大切に感じられた。そこでは、シニア世代全体に対して何らかの取り組みを行うよりも、職員一人ひとりが人間としてのあたたかさ、やさしさをもって、シニアに接すること、そして組合員を含めた生協全体でシニア世代の生活を応援してゆくことが求められよう。
今回、インタビューを通じて、男女ともシニア世代のくらしの楽しみは、コミュニケーションによって実現することがみてとれた。今後の高齢化社会を迎えるうえで生協は、店舗や共同購入の場だけでなく、それを超えたコミュニケーションの場を提供することが求められる。そのことは、コミュニティ今後の高齢化社会における人々のくらしを支えるだけでなく、生協の商品や活動に対する理解と利用の向上にもつながり、生協に対する愛着を深めることにもつながろう。
生協は、これまで培ってきた商品事業や、地域コミュニティということとの関わりという点からみて、今後の高齢化社会にむけて、様々な潜在能力をもっていると思われる。生協が、豊かな高齢化社会を築く一助となることを期待して、本特集を締めくくりたい。