『協う』2005年12月号 視角
アメリカ産牛肉の輸入再開をどう考えるか
―アメリカのBSE対策措置は充分か―
新山 陽子
京都大学大学院農学研究科教授
アメリカでのBSE発生(2003年12月)によって停止されていた牛肉輸入再開の審議が最終盤を迎えている。アメリカからは日本向け輸出プログラムが提案されているが、厚労省・農水省は、そのプログラムのBSE対策措置が日本のBSE対策措置と同等であるかどうかについての判断を食品安全委員会に諮問している。プリオン専門調査会の報告がまとめられて、市民からの意見聴取(パブリックコメント)にかけられているところである。
今回は、2003年制定の食品安全基本法に食品安全確保のために導入されたリスクアナリシス(リスク解析)の本格的な適用例となった。リスクマネジメント(政策立案)を担う厚労省・農水省側から、食品安全委員会にリスクアセスメント(科学的見解)の依頼をし、その結果を受けて総合的判断を行い政策立案や規制措置を講じるというのがその考え方である。アセスメント、マネジメントが適切に行えたかどうかについては後日検証が必要であろう。
日本の農水大臣らは、アメリカからの頻繁な貿易再開の要求に対して「食品安全委員会の見解を待つ」と発言してきたが、プリオン専門調査会の委員のなかからは、委員会の科学的見解を尊重する姿勢とみながらも、政策決定を行う行政側の判断基準が示されないため「すべての判断を科学的評価に押しつけている」という批判がなされている。進め方に危惧を感じ、辞表を出した委員もあった。
アメリカからは、2003年の早い時期から貿易再開要求や経済制裁の強権的な発言が繰り返されてきた。アメリカ側の主張は、OIE(国際獣疫事務局)の国際基準にもとづいて措置を講じることが食品安全に関する科学的な立場であり、それ以上の高い措置を要求するのは貿易障壁だとする。しかし、いくつもの点でそれは正当性をもたない。
ひとつは、アメリカのBSE対策について、2003年2月に国際専門家調査団が改善勧告を出しているが、まだその改善措置が実施される前から強権的な再開要求をしていることである。また、日本は、OIEの牛の調査(サーベイランス)レベルは低すぎると考え、見直しを提案している。現在の国際基準が望ましいとは限らない。歩行不能牛や死亡牛などの高リスク牛のみ調査を行うOIEの基準を適用すると、全頭検査で発見された日本の20頭のBSE牛のうち4頭しか捕捉されない。
プリオン専門調査会の報告も、アメリカのBSE対策の実施状況については多くの問題を指摘している。メディアは最後の結論のみ報道するきらいがあるが、同等性評価は輸出プログラムの措置が適切に実施されればという条件付きである。重要なのは問題指摘の方である。指摘からすると、措置が確実に実施される担保がないため同等性は確認できないと結論が出されてもおかしくない。実際、調査会の最終盤で委員長代理など、複数の委員から意見書が出された。
指摘された問題点をあげよう。�@飼料規制の不十分さ(牛の特定危険部位を牛以外の家畜に利用することは禁じられていず、飼料製造工程でそれが混入するのを防ぐ措置や規制の遵守が完全ではない)。�A2004年6月から年間25万頭に調査頭数が拡大された(全体の1%に満たない)が、今後も維持されるかどうか不明。�BBSE検査の不明確さ(材料採取方法、検査法=ウエスタンブロット法の手順、判定会議の人数やメンバーが不明確、と畜場の検査員の数が不十分)。2003年5月までは新しい検査法が使われておらず、それまでの免疫組織化学法で検出できないBSEは見逃されていた可能性がある。�Cと畜検査で月齢を確認する方法は出生証明書と肉の成熟度評価であるが、確認できるのは多くみて35%程度である(輸出プログラムは月齢確認できるもののみが対象)。�D特定危険部位の除去は、日本では全頭除去だが、アメリカは脊髄、脳、眼球、脊柱は30ヶ月齢以上、扁桃、小腸のみ全頭除去である。輸出プログラムでは全頭除去されることになっているが、適切に除去されているかどうかをどのように確認するのかなど、いずれも大きな問題が指摘されている。(『農業と経済』昭和堂、2005年12月、牛肉輸入再開問題特集号を参照されたい)