『協う』2005年4月号 書評1
川口清史・毛利敬典・若森資朗 著
くらしと協同の研究所 編
『進化する共同購入』 ―コミュニケーション、商品・品揃え、ビジネスモデル―
(コープ出版、2005年11月、1400円+税)
田中 秀樹(広島大学大学院生物圏科学研究科教授)
ひと頃、「共同購入は成長期が終わり成熟期に入った」と語られ、生協の今後は店舗業態が握っていると、「共同購入から店舗へ」が生協の大きな流れとなった。しかし、店舗業態もどちらかといえば苦戦を強いられているし、今のところ、店舗展開の行く末に、生協らしい未来が描けているとは思われない。
共同購入は「衰退するビジネスモデル」という評価が未だに根強いなかで(たとえば『生協運営資料』2005年11月、No.226、p.29)、「進化する共同購入」を対置し、その行く末に生協の未来を見据えようとしているのが本書である。全般的に共同購入が危機にあることも確かであるが、それは共同購入の本来的事業特徴を十分活かしていないからである。そして、共同購入とは「コミュニケーション事業」である、というのが本書の核心的主張である。
コミュニケーション事業を言い換えると、「商品を介しながら人と人との関わりの中で営まれる事業」であり、そこにおける商品とは「人と人とのつながりを豊かにする媒体」であり、単なる売るモノではない。したがって、「おしゃべりが豊かな班ほど1人当たり利用高が高い」のであり、関係性の広がりや豊かさが利用の広がりと高さとなるはずである。
しかし、現実に多くの共同購入の現場では、組合員は「生協の事業の都合をお願いする対象者」(売る対象)になってしまい、数字で見てしまいがちな状況がある。それが共同購入の危機につながっているのであるが、現場の配達担当者の中には1人当たり利用高を伸ばしている者もおり、そうした実践に学び普遍化するようなマネジメントを工夫すれば、共同購入は進化可能である。
本書の主張のように、1人ひとりの組合員のくらしに寄り添い、くらしから商品を位置づけるように発想を転換し、マネジメントを組み立てれば、共同購入はまだ進化可能である。今でも「単品結集」、たとえば「ウナギを売ろう」という、「モノからの発想」が根強く見られるが、「1人ひとりのくらしにとってどんな商品が必要なのか」という「人(ヒト)のマーチャンダイジング」、言い換えれば、「担当している組合員のくらしをどう支えたのか」というとらえ方が大切である。問題は、1人当たり利用高を高めている個別の優れた取り組みを個別にとどめず、それをシステムとしてマネジメントすることである。そして、コミュニケーション事業という観点からは、カタログの位置づけも「チラシ」ではなく、「情報と交流の媒体」となり、配達担当者のニュースにも工夫が展開する。共同購入事業は単なるノンストアリテイリングではない。組合員を主人公とする協同組合であるからこそ可能な事業システムであろう。
さらに本書の主張は事業システムとしての進化発展へと展開しており、「個配の上に班配を乗せる」という興味深い提起もされている。そして、こうしたコミュニケーション事業としての共同購入事業の進化は、グローバル市場化により貧しくなりつつある食の内容と食の関係性に対して、「新しい食の社会性」へと展開可能であり、失われつつある「生協の社会的役割」の復権へと結びつくだろう。同時に、高齢化しつつある住宅地域のなかで、地域に根ざした共同購入と助け合い・おたがいさまの取り組みが結びつけば、そこにはくらしの安心を支える生協の豊かな未来像が見えてくる。
本書を読んで、生協の豊かな未来像は、共同購入の進化発展の延長線上にあるとの確信を強く持った。店舗が位置づくとすれば、現在の、共同購入と切り離されたチェーンストア展開路線ではなく、共同購入と結びついた共同購入の補完としてではないだろうか。