『協う』2005年8月号 視角


「日本の農業に関する提言」 (日本生協連) をどうみるか
増田 佳昭


 本年4月、 「日本の農業に関する提言」 が日本生協連の 「農業・食生活への提言」 検討委員会から答申された。 提言のベクトルは、 現在すすみつつある農政改革を積極的に推し進める方向である。 農政提言のポイントの一つは、 担い手農業者への 「直接支払制度」 と同時に農産物の 「関税引き下げ」 を求めたことである。
 提言の論理はこうである。 高品質の農産物がリーズナブルな価格で提供されることは、 消費者の共通の願いだが、 高関税によって日本の消費者は高い価格で農産物を購入している。 高関税の低減は自由貿易体制の下で避けて通れないから、 関税削減の下で国内農業生産を守るためには、 WTO でも認められた品目横断的直接支払制度の導入が必要だ。 直接支払の前提として、 高関税の逓減による内外価格差の縮小を求める提言である。 紙数の制約もあって、 2点のみコメントしておきたい。
◆ 「高率関税引き下げ」 が組合員の声か
 一つは、 「高率関税」 という現状認識である。 わが国の農産物平均関税率は12.0%、 さすがに米国は低くて6.0%である。 ところが EU は20.0%、 スイス51.0%、 韓国62.0%である。 平均関税率で見る限りわが国はきわめて低い部類に入る。 畜産物の原料とも言うべき飼料用トウモロコシや大豆などは無税だし、 野菜は10% (WTO 加盟国8.5%)、 高いと言われる牛肉でも基本税率50%、 暫定38.5%である。 これらの税率はけっして OECD 諸国の中で高いものではない。 米国でさえ、 関税率割当品目の枠外税率は牛肉、 砂糖などは20~50%であるし、 バター、 脱脂粉乳などは50~100%、 タバコ、 ピーナツなどは100%以上である。
 では何が高いのか。 わが国の関税構造は、 多くの農産物が低関税の中、 特定の産品が著しい高関税という特殊な構造になっている。 200%を超える高関税商品は、 コメ、 小麦、 バター、 落花生、 こんにゃく芋、 砂糖などの8つであるが、 これらは落花生などの地域品目とコメ (稲作)、 バター (酪農) というわが国の土地地用型農業の基幹品目である。 提言のいう 「高率関税を引き下げよ」 は、 とりもなおさず、 わが国農業の太宗である稲作と酪農の関税保護水準を引き下げよと主張していることなのである。
 戦後段階的に進められてきた輸入自由化と関税引き下げの結果、 ほとんどの品目は国際的な競争と輸入圧力にさらされ、 最後に残った重要品目について、 生協グループが 「関税引き下げ」 を求めたことになる。 しかし、 現段階において、 コメやバターの関税引き下げが、 生協組合員の農政への最大の要求なのだろうか。 コメと水田農業のあり方については、 生協グループ内部でも様々な見解があるはずだ。 抽象的な高率関税一般論でなく、 わが国のコメと水田をどうするのか、 それと密接に関係する農村をどう再生させるのかといった視点から、 実のある議論をして欲しかったところだ。
◆ 担い手限定の直接支払は魔法の杖か
 もう1点は、 政策手法の問題である。 「関税を引き下げ、 担い手を限定して所得補填を行う」 という手法で、 果たして水田農業は守れるのだろうか。 あるいは消費者を含めた国民の期待に沿った形で、 水田農業が維持ないし改革されるのだろうか。
 水田農業の現場をみているものの立場からすれば、 提言の言うような直接支払で水田農業が 「産業として力強く再生し発展する」 などとはとても思えない。 稲作部門は赤字で転作助成金を得て辛うじて黒字になっている大規模水田農業経営、 獣害に悩まされ、 放棄地を増加させている中山間地域水田農業、 担い手崩壊状態下でのむりやりの受け皿法人づくり等々。 こうした情況に、 担い手を限定した直接支払は水田農業を再生させる 「魔法の杖」 になるのだろうか。
 おそらく、 税金による直接支払は市場価格によるほどの保護効果を維持できないだろう。 とくに、 対象を担い手に限定することによって、 農道、 用排水路等の農業インフラの維持管理、 里山などの周辺環境の保全はますます困難になるだろう。 農業を維持しようとするなら、 関税による保護は不可欠で、 直接支払はそれを補完する位置づけにならざるを得ないのではないか。 土地利用の面も含めて、 総合的な視野からの農政提言があってよいのではないか。
 文書は、 生協の立場からの、 もっと組合員感覚に近い現実的な日本農業への期待をしっかりと述べるべきだったのではないのか。 農業が食料生産の場であることは確かだが、 中山間地域の目に余る水田の荒廃を何とかしたい、 もっと消費者が農業生産や農村と関われるようになりたい、 そういった組合員の期待を政策提言できなかっただろうか。
  
ますだ よしあき 滋賀県立大学環境科学部