『協う』2005年4月号 特集
○京都議定書発効と今後の課題 浅岡美恵
○ “生協ならでは”の環境活動
-おかやまコープの環境活動から- 橘 達子
○ 菜の花プロジェクト
-菜の花が生み出す環境への2つの循環- 玉置 了
2005年2月に京都議定書が発効した。 京都議定書は、 温室効果ガスの削減を国際的に進めるという、 人類史上画期的な約束であり、 その発効は地球環境と人類の未来を守るための大きな意義を持った第一歩です。
この温室効果ガスの削減のために 「生産・消費のあり方」 を社会システムとして、 考えてみたい。
京都議定書発効と今後の課題
浅岡 美恵 (気候ネットワーク代表、 弁護士)
1 危機を乗り越え発効
1997年12月に気候変動枠組み条約第3回締約国会議 (COP3) で京都議定書が採択されてから7年余の歳月を経て、 ようやく2005年2月16日午後2時をもって発効した。
この間、 議定書の運用ルールをめぐって複雑な交渉が行われてきたが、 世界の CO2 排出量の25%を占める最大の排出国である米国が、 ブッシュ政権に交代直後の2001年3月に一方的に議定書からの離脱を宣告し、
深刻な危機に見舞われた。 もともと京都議定書は、 その採択の前に、 米国上院が議定書を批准すべきでないとの決議を行っていたことから、 議定書の発効要件は先進国の排出量の55%を占める国の批准とされ、
当面米国の批准を待たずに発効することを予定していた。 しかしながら、 クリントン政権が条約には署名をしていたにもかかわらず、 ブッシュ政権になって 「議定書は死んだ」
との立場さえとり、 明確に議定書に敵対する態度を明らかにしたことの国際社会へのインパクトは小さくなかった。 とりわけ日本やカナダなど親米外交を機軸とする国の批准が危ぶまれたが、
これらの国が2002年に批准した後も、 米国の離脱によって経済的メリットが乏しくなったロシアの批准が大幅に遅れ、 2004年11月にようやくロシアが批准し、
90日を経過して発効の日を迎えることになった。
このような中で発効を後押ししたのは、 一つには“温暖化の進行”である。 温暖化は誰にも体感できるものとなっており、 氷河や北極の氷床の融解が進み、 各地で異常気象や巨大台風による洪水や高潮被害が頻発するなど、
温暖化の影響が先進国・途上国を問わず現実のものとなってきている。 遠い先の問題ではなく、 今すぐに削減対策をとらなければならない問題であり、 取組みが遅れれば異常気象などの影響が経済にも悪影響を及ぼすとの認識が広がり、
議定書を蘇らせた。
もう一つの要因は、 “ブッシュ政権の単独行動主義に対する国際社会の危機感と、 国際協調主義を追求する動き”が議定書の発効を試金石としてきたことである。
発効に至る過程で、 9・11事件やイラク戦争も起こり、 唯一の超大国となった米国に対してその他の国々の多国間交渉による紛争解決のモデルとして議定書の発効を導いたといえる。
2月16日には京都議定書採択の地である京都、 EU 本部のあるブラッセルや条約事務局がおかれたボンなど世界各地で発効を祝う行事が行われたが、 京都ではこれらの会場を中継でつなぎ、
CO2 など温室効果ガスの排出削減社会に向かって取り組む決意を交換した。 既に141ケ国と EU が京都議定書を批准しており、 今後はこれまで以上の困難があることを認識しつつ、
温暖化への取組みを通して新たな事業の発展と雇用の拡大のチャンスととらえ、 将来世代への責任を果たすべく挑戦しようとしている。
2 京都議定書の意義と目標達成のプロセス 92年に採択され94年に発効した 「気候変動枠組み条約」 は先進国に CO2 の排出を2000年までに90年の水準に抑制することを求めていたものの、
努力目標に過ぎなかった。 この反省を受けて、 京都議定書は先進国全体で CO2 など6種類の温室効果ガスについて、 2008年~12年 (第1約束期間)
に90年の排出水準から5.2%削減し、 先進39国の法的拘束力のある国別削減数値目標を合意したものである。 日本は90年比で6%削減、 米国は7%、 EU
が8%であり、 こうした議定書の発効は脱温暖化への長い挑戦に踏み出す“歴史的転換点”ともいえるものである。
先進国の排出量の36%を占める米国の離脱 (削減目標7%) によって、 京都議定書の目標は先進国全体で約2.5%減に減殺されることになり、 ますます小さな削減目標となった。
しかし、 米国が参加しないことを口実として他の国も取り組まなければ、 人類社会は温暖化の明白な進行を前にして無策であったということになる。 米国の参加をいたずらに待つのではなく、
その他の国々がまず一歩を踏み出すことで、 米国の参加を促す道を選択したのは当然である。
また、 京都議定書は中国やインドなど排出量の多い途上国に“削減義務”を課していないことをもって欠陥議定書であるとする意見がある。 確かに2000年排出量で、
中国は世界の12.3%、 インドは4.7%を占める (図1) が、 一人当たり排出量でみると中国は米国の約10分の1、 日本の5分の1である。 このことは条約第2条に、
温暖化に対する 「共通だが差異ある責任」 の考え方として明記されている。 2000年までの累積排出量の8割が先進国からである現状をみれば、 まず先進国から削減するとの確認のもとで京都議定書が採択されたのは当然であろう。
ところで、 産業界からはしばしば、 日本は省エネ世界一であり、 京都議定書における日本の6%削減目標は不公平で不平等条約だとも言われてきた。 日本の90年比でマイナス6%とは、
1988年の排出量水準である。 確かに GDP 対比でみれば、 日本のエネルギー消費量や CO2 の排出量は欧米よりも小さいが、 「購買力平価」 で比較すると日本は、
欧州とはほぼ同じ水準である。 また、 日本の家庭と運輸の部門での効率は良く、 欧米の半分程度である。 このことは日本の製造業が欧米に比べ、 まだ 「途上国」
型であることを反映したものであり、 決して製造業が 「乾いたタオル」 ではないと言える。 (図2)
京都議定書は目標達成のために植林、 再植林や森林管理による CO2 吸収分を目標達成にカウントできる仕組みを取り入れている。 そのもとで、 新たな植林の余地が乏しい日本などは間伐など
「森林管理」 による吸収分を第1約束期間の目標達成にカウントすることを選択できることとさせ、 数値目標の交渉を紛糾させてきた。 結果的に、 日本の批准を人質として、
EU や途上国に3.9%の CO2 吸収量を認めさせ、 日本の数値目標は実質的には6.0%-3.9%=2.1%に変わったに等しい。 ただ、 日本の森林整備がなされること自体は温暖化対策にとどまらず必要なことであり、
これを機に日本の森林が循環型になることは望ましい。
また、 京都議定書は数値目標達成の補完的措置として、 国外での削減を購入して自国の削減にカウントできる 「京都メカニズム」 と呼ばれる仕組みを取り入れ、
その制度設計の交渉に多大の時間を費やしてきた。 ロシアの余剰排出枠を購入して日本国内の対策を怠ることは避けなければならないが、 クリーン開発メカニズム
(CDM) によるプロジェクトを途上国の持続可能な発展に寄与する形で実施することは、 先進国の途上国支援の今後の重要な柱となるであろう。 途上国からの要請を受けて、
CDM 事業は議定書の発効前である2001年からスタートしている。
3 重要な2013年以降の将来枠組み
京都議定書では2005年末までに、 2013年からの第2約束期間の目標についての交渉を開始することを定めている。 だが、 米国及び日本の経済産業省や経済界は、
世界の増大するエネルギー需要に応えるには革新的な技術の開発によって解決するほかないとして、 京都議定書とは別の枠組みに引き入れようとしている。 それは排出増加を容認し、
削減には数十年後の技術開発に期待するとすることにつながる。 化石燃料によらず、 かつ原子力発電のように別の環境問題を引き起こしかねないものでない、 新たなエネルギーの開発も必要である。
しかしいつ、 どのような形で実用化されるのか不確実であり、 そのような革新的技術が仮に得られたとしても、 それまでの気候の変化の速度に植物や動物が適応できず、
気候が不可逆的な段階に至ることもありうる。 数十年後の革新的技術開発への期待を理由に今できることを先送りしてはならない。
第2約束期間は京都議定書のトラック (軌道) の拡充が基本となる。 この期間では、 先進国には第1約束期間よりも大きい排出削減の約束が求められ、 韓国やメキシコなど先進国に位置付けられてはいないが
OECD には加盟している国も参加していくことになっている。 その実施のためには省エネを進め、 太陽光や風力など再生可能なエネルギーを拡大し、 森林吸収源を保全し、
バイオマスを活用していくことが不可欠である。 先進国の第2約束期間の目標には公平のための基準の具体化も重要となる。 いずれにしても、 第2約束期間の国別の削減目標が適正に設定されなければ、
第1約束期間の目標の法的拘束力も実質的には失われることになる。
同時に、 途上国での低炭素社会を促進するトラック、 温暖化の悪影響に脆弱な途上国への資金や技術の移転のためのトラックの整備も緊急の課題である。
4 日本の目標達成のための施策の強化
京都議定書の発効によって日本は6%削減の国際公約を達成することが法的義務となった。 しかし、 政府計画案では前述の 「森林管理」 による吸収分 (▲3.9%)
と 「京都メカニズム」 (▲1.6%) を目標達成にカウントすることによって、 国内対策による削減はわずか▲0.5%である。 また、 CO2 など6種類のガス全体で、
2003年では90年比で8%増加 (エネルギー起源の CO2 では12%増加) しており、 目標とのギャップは14%にもなる。
さらに、 前述の国内対策による削減▲0.5%のうち、 CO2 では0.6%増加とする目標達成計画案が提起されている。 その部門別の割りふりは表1の通りである。
確かに産業部門よりも家庭や業務など民生部門や運輸部門が30%前後の増となるなど増加が大きいが、 もともと産業部門の割合が大きく、 業務や運輸も企業活動によるもので、
企業と公共系が約80%を占める。 家庭からの排出は世帯数や床面積が増えているうえ、 マイカー部分を含めても20%に過ぎない。 こうしてみると、 産業部門での削減が不可欠であり、
かつ対策効果も上げることができる。
また、 削減の実現を確実にする施策を強化する必要が確認されたものの、 具体化にはほとんど至っていないことが目標達成を懸念させるものとなっている。
その第1は、 経済的仕組みとしての政策が、 昨年の政府税制調査会で先送りとなっていることである。 温暖化への影響の大きい活動がより負担をする温暖化対策税を導入し、
削減へのインセンティブとするとともに、 対策に必要な財源を得ていくための炭素税などは、 温暖化対策の基本的施策といえる。 炭素の少ない天然ガスへの転換には不可欠である。
第2に、 製造業及び業務や運輸を含めて大規模排出事業所ごとに、 ガスごとの排出量の把握・報告・公表の制度化は今後の温暖化対策の基盤として不可欠であるが、
これまでは経済産業省がエネルギー消費量を報告させていたに過ぎなかった。 自らの排出状況を把握することは削減対策の第1歩であり、 これらが共通ルールのもとに一覧性をもって開示されることで他社の取組み状況を知ることができる。
その結果、 自社の取組みも促され、 消費者市民も事業者の選択の判断資料とすることができる。 今回事業所ごとの報告、 公表制度が導入されたが、 その際、
事業者の意向で秘密扱いをすることがあってはならない。
第3に、 少数の大規模排出事業者からの排出が日本全体の排出の主要部分を占める (図3)。 大規模輩出事業所に排出枠を定めて削減分を取引できる国内排出取引制度は、
EU では2005年1月から開始され、 2008年からはカナダなども参加する予定である。 わが国においても、 重要である。
第4に、 エアコンや冷蔵庫などの買い替え時に、 初期投資が少し高くてもエネルギー効率のよい製品を選択する消費者行動を誘導するための施策 (省エネ性能の表示制度や価格インセンティブを付与するなど)
も必要である (図4)。 建物の省エネ性能の基準化、 自然エネルギーを飛躍的に普及させるための施策も必要である。
日本には京都議定書を守り育てていく責務がある。 市民や消費者が参加して進めるその道は、 日本の民主主義を高め持続可能な社会づくりへの道であり、 国際社会に貢献する道でもある。
図1 世界の CO2 排出割合
図2 エネルギー消費量/GDP (2000年購買力平価)
日本のエネルギー効率は 「家庭」 と 「運輸」
表1 エネルギー起源 CO2 の部門別排出状況と計画 部門 2003年度
実績 達成計画案の
割振り 産業 -0.02% -8.6% 民生 +10.7% 家庭 +28.9% +6.0% 業務その他 +36.9% +15.0% 運輸 +19.5%
+15.1% エネルギー転換 +3.6% -16.1% (数値は各部門毎の1990年比増減)
図3 大規模排出事業所からの排出割合
“生協ならでは”の環境活動
-おかやまコープの環境活動から-
全国の生協のホームページをのぞいてみると、 「おかやまコープは京都議定書の発効を歓迎します」 という大きな文字が目に飛び込んできた。 生協の環境問題への取組みで、
元気な組合員の活動が見られるのではないかと、 おかやまコープの組合員活動部とおかやまコープが会員の中心となって、 地域とともに活動している財団法人 「おかやま環境ネットワーク」
を訪ねた。
■ 「誰でも気軽に楽しく参加できる」 環境活動
おかやまコープは、 「未来ある地球を守り、 持続可能な社会をつくる」 の理念のもと、 ISO14001 にもとづく取組みをすすめている。 その中でも
「環境を守る暮らしを広げたい」 という組合員活動についてお話をうかがった。 今回は2002年度から実施している 「家庭の電気ダイエットコンクール」 (以下、
電気ダイエット) について紹介してみたい。
この取組みのキーワードは 「誰でも気軽に楽しく参加できること」 で、 今年で3年目を迎える。 家族全員で環境のことを話し合いながら学び、 環境にやさしい暮らしのすそ野を広げることを目的としている。
エコライフを始めるきっかけとなり、 家計にもプラスになり、 さらに 「どなたにもチャンスがあります!」 という表彰制度もあるということで、 応募は2841名
(前年1659名)、 有効報告数は1389名 (前年813名) と広がっている。 その参加の広がりは、 「日常生活の中で、 家族といっしょにおしゃべりしながら」
という、 生協組織の強みを生かした“生協ならでは”の取組みとなっていることが大きい。 寄せられたコンクール報告書からもうかがうことができる。 家族ぐるみで取り組んだ様子や仮説を立てて実施したことなど、
さまざまな努力や工夫で楽しくすすめられることが感じとれる。
また、 この取組みには300名近い職員が家族ぐるみで参加をしており、 職員が組合員と一緒になって参加していることも大きな特徴となっている。
〈2004年度電気ダイエットの参加体験や感想より〉・「こどもも大きくなって各自部屋に入っていることも多くなりましたが、 コンクールにより、 一つの部屋に集まる機会がふえました」
・「電気代はがんばった結果が表れやすくて楽しい1ヶ月間でした。 今まで何に使っていたのか不思議に思うばかりです」
・「わが家の電気ダイエットの敵は、 お父さんだ。 絶対に間違いない!」
■ 電気ダイエットコンクールに取り組んでみて
今年の取組みでは、 「1日あたり電力使用量前年比1位」 の受賞者は、 削減率が78.5%と12月の寒い時期に、 肝を抜かれる奮闘ぶりである。 また、
「一人当たり消費電力1位」 の受賞者は、 平均の10分の1程度の使用量となっている。 「がんばったで賞」 の受賞者は、 朝・昼・夜と電気メーターを確認、
本番の前にシミュレーションを行い対策を実践している。 この期間で、 中国電力 (岡山支社内) の電力使用量は前年比4.1%の増加となっているが、 取組みの結果コンクール参加世帯平均は前年比13.2%の削減となり、
実績として電力使用量= CO2 削減につながっていることが示された。
今後については、 非日常的、 一過性の取組みにならないように、 また電気に限定せず 「生活全般」 に関する取組みにすること、 さらに多くの世帯への啓発につなげるような取組みにすることなど、
課題も明確にされている。
■ 組合員の取組み成果を環境保全活動へつなぐ
おかやまコープでは、 飲料紙パックの回収やレジ袋経費節約などで得た成果を環境収益金として明示し、 毎年その使い方を決めている (2003年度は約2500万円の収益)。
その使い方の内訳は、 この6年間でみれば、 財団法人 「おかやま環境ネットワーク」 に60%、 環境商品の普及・電気ダイエットコンクールの費用などへ13%、
太陽光パネル・容器包装リサイクル費用などへ22%、 学校教育や社会活動へ5%となっている。 このように、 おかやまコープとしての社会的責任の意味を確かめあうことが意識的になされている。
■ 県内の環境活動の連携と強化をめざす
地域のネットワーク
おかやま環境ネットワーク (以下、 環境ネット) は、 「豊かな郷土を子どもや孫に残しましょう」 「緑の地球環境を守るため、 あなたにできることがあります」
を合言葉にしたネットワーク組織である。 岡山県内の環境問題を把握し、 様々な活動を有機的・効果的に関連づけること、 それぞれの組織がお互いに交流し情報を共有化しあうこと、
県民の環境問題への関心と知識の普及を図ることなどを設立趣意とし、 2001年に認可された財団法人である。 メンバーは 「岡山の自然を守る会」 など環境団体代表、
研究者、 企業代表、 弁護士などさまざまな分野から250を越える団体が参加している。
環境ネットの事業構想のベースには 「学習、 啓発活動」 がある。 環境団体は、 「こうでないといけない」 という主張が強い傾向があるが、 環境活動を正しく拡げるためには基礎となる知識を養う必要があるということことで、
市民環境リーダー養成講座などフィールドワークも交えた講座を立ち上げている。 また地域環境を保全するための団体の活動 (ほたるを守り育てる活動、 河川の自然環境調査など)
へ毎年、 助成を行っている。
■ 行政との協働も広がる
2004年6月には、 環境省・岡山市・倉敷市が主催し、 環境ネットが運営上協働するという連携体制で 「瀬戸内海国立公園指定70周年記念のつどい」 が開催された。
この取組みを通して、 NPO、 企業、 行政など80を超える団体間の情報交換の場が提供された。 また、 2005年は岡山市との共同で 「おかやまエコライフカレンダー」
(環境家計簿) を作成し、 普及に取り組むなど、 暮らしに広げる活動も進んできている。
今回の取材では、 生協も含めた岡山県下の環境ネットワークの広がりを感じた。 ネットワーク型の運営の要でもある環境ネットが、 各団体の得手・不得手をお互いに補い合い、
地域に根ざした環境活動で、 岡山県内にとどまらず全国に発信が行なわれることを期待したい。
(文責: 『協う』 編集委員 橘 達子)
エコファミリー講座での生き物調査
菜の花プロジェクト
-菜の花が生み出す環境への2つの循環-
滋賀県愛え知ち郡ぐん愛東町 (2005年2月11日の合併後は、 滋賀県東近江市愛東地区) には、 春の訪れとともに、 現在約12ha (甲子園球場3個分)
もの菜の花畑が各所にひろがる。 一輪だけ咲く菜の花はどこか寂しげだが、 何万本もの菜の花が一面に広がる風景は、 心の安らぎとともに、 生きる活力をも与えてくれる。
そして、 愛東町のそれは今日の環境問題を考える上でも、 様々なことを教えてくれている。
● 菜の花プロジェクトのルーツ
この活動は1977年に琵琶湖で大規模な赤潮が発生したことから始まった 「せっけん運動」 を起源にもつ。 「せっけん運動」 は、 赤潮の発生がそれまでの公害問題のように企業だけに原因があるのではなく、
家庭用の有リン系合成洗剤の使用や廃食油が赤潮発生の大きな誘因となっていることから、 住民一人ひとりの責任についても自覚することで始まった運動である。 この運動は、
80年代にかけて広がり、 日本初の環境生協が滋賀県で発足することにもつながってゆく。
しかし、 「せっけん運動」 は、 その後の無リン系洗剤の普及によって、 粉せっけんの需要が減少したことや、 それによって粉せっけんの原料として回収していた廃食油の再利用がいきづまり、
その用途が新たな問題として浮上するなど、 大きな問題に直面することとなる。 ところが、 そうしたさなかに東京の業者が廃食油を精製して車の燃料に利用する実験に成功したことや、
環境先進国ドイツにおいて菜の花から得た菜種油が、 環境に優しい石油代替燃料として活用されていることを環境生協の関係者が知ることになるのである。 そして、
これを契機として、 環境生協と愛東町、 当時の滋賀県工業技術センターとの連携による廃食油燃料化の調査・研究が始まり、 その後1996年には、 自治体としては初めてとなる廃食油燃料化プラントが環境庁
(当時) と県の助成を受けて完成する。 このプラントの導入については、 環境への取組みに熱心で、 廃食油回収システムが確立していた愛東町が協力することとなった。
● 菜の花の栽培を通じた資源循環型社会へ
1998年には、 原料となる菜の花の栽培が始まり、 これまでの環境活動に循環作用を生み出す新たな展開が始まっていくことになる。 これが資源循環の地域モデルとされる
「菜の花プロジェクト」 である (表紙の循環図参照)。 菜の花は成長過程で CO2 を吸収する。 搾油した菜種油をそのまま燃料として用いるのではなく、
一般家庭での料理や学校給食に用いる。 調理で用いられた菜種油を、 これまで取り組まれてきた廃食油のリサイクルシステムを通じて回収し、 燃料や粉せっけんに生まれ変わらせる。
そして、 その燃料を農耕車に使用して菜の花の栽培をおこなうのである。
こうした資源循環型の社会づくりである 「菜の花プロジェクト」 は、 愛東町がその先駆けとなり、 いまや全国140を超える地域・団体において取り組まれ、
2001年からは年に一度 「全国菜の花サミット」 が開かれるほど広がりをみせた。 その理由のひとつは、 この循環のどの部分からでも参加できる点にある。
菜の花の種を蒔くことや廃食油の回収に参加するなど、 一人ひとりが気軽にやれることからこの輪の中にはいっていけるのである。
● 菜の花がもたらす、 もうひとつの循環
この菜の花畑の広がりは、 資源の循環という面だけでなく、 地域の環境意識を向上させるという役割も果たしている。 その一つは、 栽培された菜の花が地域の子供たちの環境学習に対する教材として用いられていることである。
菜の花の栽培や収穫、 また搾油を体験することによって、 地球環境の大切さやこれまで取り組んできた廃食油の回収事業などの意義を学ぶのである。 二つは、 子供たちの環境についての学習は、
家庭の中で環境について話しあう機会を生みだし、 地域全体の環境意識までも強めるという効果をもつ。 三つは、 人びとを魅了する菜の花の美しさが、 町の一大観光資源となり、
様々な地域からその菜の花畑を目指して人びとが訪れるようになったことである。 観光客には単に菜の花畑を見て楽しんでもらうだけでなく、 毎年ゴールデンウィークに行われる菜の花祭りで、
菜の花畑でつくった迷路を始め、 環境に関するクイズや菜種油で揚げた天ぷらの試食などを行うことで、 訪れた人びとの環境意識の向上や菜の花プロジェクトの輪を広げる機会へとつなげているのである。
そして四つは、 まちに美しいシンボルが存在することで、 まちへの愛着を生みだし、 地域の人びとの絆を深め、 何よりも地域住民の環境意識をさらに向上させる効果をもったことである。
つまり、 菜の花は、 地域における環境活動に、 「もうひとつの循環」 地域内外の環境意識を高め、 環境への取組みを活発化させるという を生み出していると言うことができる。
● さらなる資源循環型社会の構築を目指して
今年の1月、 「あいとうエコプラザ菜の花館」 (以下 「菜の花館」) という、 菜の花プロジェクトをはじめとする環境活動の拠点となる施設がオープンした。
この 「菜の花館」 は、 廃食油の燃料化や、 もみ殻を土壌還元するために“くん炭化”するプラントが設置され、 愛東町の資源循環をより拡大するための基盤としての役割を担うことになっている。
また、 全国に広がる菜の花プロジェクトの拠点施設としての役割も期待されている。 施設内には廃食油から粉せっけんを製造する場所があり、 市民活動の実践の場としても機能している。
また、 観光客や地域の人々が、 菜の花の栽培・収穫・搾油を体験したり、 菜の花プロジェクトに対する理解を深めるための情報提供を行うなど、 地域内外の人びとの学習の場としての役割も果たしている。
「菜の花館」 は運営の一部を NPO に委託しているが、 そのことが市民と行政をつないでいる。
つまり、 この 「菜の花館」 は、 ハードとソフト両面から循環型環境プロジェクトの推進力となることが期待されているのである。
菜の花を媒介として、 一人ひとりの環境への意識と行動が、 より大きな意識・行動となって広がっていく。 何かを我慢をしたり負担するだけではなく、 喜びや楽しさを感じながら、
地域内外の人々のつながりの中で地球環境を守ってゆくという姿が、 愛東町の環境活動から見えてくる。
(文責:京都大学大学院 経済学研究科 博士後期課程 玉置 了)