『協う』2005年2月号 視角
平成の農政改革 (戦後農政の総決算) を問う
小池 恒男
2004年は、 いわゆる食料・農業・農村基本計画の見直しの年、 そして食糧法改正初年度の年でした。 前者は1999年に施行された食料・農業・農村基本法とそれに基づいて策定された基本計画のおおむね5年に1度の見直しという規定に基づく見直しであり、
後者は、 95年に施行された食糧法の10年めの改正ということで、 かつての食糧管理制度時代のシステムをすべて断ち切る方向での食糧法の改正であり、 その方向に沿って第一歩を踏み出すという意味をもつものでした。
このように、 今日言われるところの農業政策の転換は、 大きくは 「平成の農政改革」、 「戦後農政の総決算」 の一環をなすものであり、 ここ数年の動きはその全体のなかにあってすでに最終ラウンド、
総仕上げの部分をなすものといえます。 「平成の農政改革」 の契機はやはりグロバリゼーションに求めざるを得ませんし、 したがってそれは、 本格的多国籍企業段階における農政対応ということになるでしょう。
そうであってみれば、 そのめざすところは、 日本農業の国境を低くすること、 あるいは取り払うこと、 ということになります。 そのための食糧法の改正、
食料・農業・農村基本法の施行であったわけです。
以下では、 向こう10年間の農政の指針となる新たな食料・農業・農村基本計画について検討し、 農政転換のめざすところを明らかにしたいと思います。
食料・農業・農村基本法は (以下では基本法)、 食料安全保障の確保 (食料の安定的供給の確保、 第2条)、 農業の多面的価値の実現 (多面的機能の発揮、
第3条) という二つの農政理念をかかげています。 そして、 その実現のためには農業の持続的な発展がなければならない (第4条)、 また、 この農業の持続的発展のためには、
■望ましい農業構造の確立 (第21条)、 ■農業の自然循環機能の維持・増進、 ■農村の振興 (第5条) の三つの政策条件が整っていなければならないとしています。
しかしながらこの基本法については、 周知のように、 成立時点から 「矛盾の政策体系」 という問題指摘がなされてきました。 主要な矛盾点として指摘されているのは以下の諸点です。
矛盾の第1に、 ■の望ましい農業構造の確立でいう 「効率的かつ安定的な農業経営の育成」 という政策課題と、 ■の自然循環機能維持増進という政策課題は、
究極的には効率性か環境安全かという根本的に異なる政策理念に依って立っているわけであり、 予定調和的に両立するものではないことです。 第2は、 この 「効率的かつ安定的な農業経営の育成」
という政策課題と、 ■の地域農業の健全な発展、 地域社会の維持発展という政策課題もまた同様に、 単純に予定調和的に両立するものではないことです。 第3に、
■については、 とくに 「農業の生産条件の整備」 あっての 「農村の振興」 であると規定しているにもかかわらず、 一方における 「市場原理を重視した価格形成」、
いわゆる 「価格政策なき生産政策」 をいう矛盾の構造です。 第4は、 「食料の安定供給の確保」 を言い、 基本計画で 「自給率の目標」 を定めることを規定しています。
しかしながら、 食料自給率を引き上げるために必要となる生産刺激的政策は、 WTO 農業協定との関係で 「価格政策なき生産政策」 となってしまう政策矛盾です。
第5に、 「効率的かつ安定的な農業経営の育成」 という政策目標と、 「国内の農業生産の増大を図る」 (第2条第2項)、 自給率の向上という政策目標 (第15条)
は、 常に予定調和的に両立可能なものではありません。 第6に、 自給率は相対概念であるから、 「国内の農業生産の増大」 がなくても、 国内需要の縮小があれば、
自給率は上昇することもあり得ます (つまり、 絶対値としての日本農業の 「自給力」 を問題にする必要があり、 絶対値としての農業生産目標の設定が必要ということになります)。
これら6つの政策矛盾の根源については、 言うまでもなくわが国にとっての農業の必要性をめぐっての根本理念の対立、 引いては国民合意を欠くという問題にまでさかのぼって認識されなければなりません。
03年8月から開始された 「基本計画」 の見直しの議論も、 基本的にはこれらの矛盾点をめぐっての展開されているようです。 また、 第1と第2の矛盾に対しては、
「持続性の確保の範囲の中で効率性の実現」 という明確な認識に立脚しつつ、 二つの理念の実現の可能性を実践の中で見い出していく取り組みが提起されるべきです。
そして、 二つの理念の両立をめざしている地域の先進的な取り組みに大いに学ばなければならないと思います。
こいけ つねお 滋賀県立大学環境科学部