『協う』2005年2月号 人モノ地域
海・川・森のつながりを求めて
自然環境問題は、 私達の食の生産環境に多大な影響を与えつつある。 よく知られるところでは、 土壌の浸食、 地下水の涸渇、 気候変動に伴う生態系の変化などが世界中で恐れられている。 私達の食を考える上で、 こういった環境問題を座視できないのは当然のことであろう。 そこで今回は、 失われつつある海の生産環境を取り戻そうとする、 漁民達の活躍をとりあげる。 「協う」 編集委員 名和 洋人
広島のかき養殖業
広島県は、 言わずと知れたかきの名産地である。 2002年の統計によると、 全国のかき類生産額 (393億円) のうちの4割近くを占めている。 広島県の海面漁業・養殖業生産額308億円のうち、
かき類養殖業は153億円、 約5割を占めている。 かき類養殖業は広島県漁業のなかで大きな位置を占めるばかりでなく、 広島県の主要産業の一つである。
ところが近年、 その生産量が減少しつつある。 1970年以前には3万2千トンあったものが、 2万トン程度に、 また生産額の全国シェアでも15年程前には約70%だったものがいまは39.8%にまで落ち込んでいる。
現在、 広島県下には、 かき関連業者が400社近くあり、 1社あたり平均数十人を雇用していることを考えるならば、 地域産業の面から見ても、 看過できない事態であった。
瀬戸内海の汚染は、 戦後の高度経済成長と歩調をあわせて進んできた。 赤潮の発生によりさまざまな漁獲資源が少なくなるなかで、 広島湾のかき養殖は長い間その被害を大きく受けずにきた。
この理由は、 広島湾に注ぐ太田川の恵みにあったとされる。 しかし、 1992年以降、 新たな問題が発生した。 かきを食べた場合に、 舌、 唇、 顔面の麻痺や下痢・腹痛を引きおこす要因である
「貝毒プランクトン」 が大量繁殖すると同時に、 二枚貝を大量に壊死させる 「ヘテロカプサ赤潮」 が発生したのである。 これらの影響は大きく、 広島湾におけるかきの身入りは次第に悪化し、
生産量も減少するようになった。 海の環境変化の影響が、 太田川の流れ込む広島湾においても顕在化してきたのである。
漁業者による植林事業
広島県漁業協同組合連合会を中心とした漁業者は、 この事態について、 かきの餌となる植物プランクトン減少の影響が大きく、 その根源に、 太田川からの流入水の減少や水質の変化があるのではないかと考えるようになった。
実際に、 広島湾に流れ込む窒素の50-70%、 リン酸の60-90%が太田川からもたらされているのである。 広島湾に注ぐ河川からの流入水の変化という新たな事態に対処し、
かき養殖に適した海を育てるために、 連合会はいかなる取りくみを行ったのだろうか。
連合会は、 漁業者が主体となって植林・育林活動を行うことにより、 森林整備に貢献すると同時に、 魚介類の生育環境の改善、 さらに海・川・森のつながりを尊重してもらえるような自然環境保全意識の高揚を図ろうとした。
「豊かな森」 が豊かな海づくりにあたっての不可欠な条件であることに、 多くの人が気づき始めたのである。 連合会は、 地元森林組合の支援を受けつつ、 財団法人広島県農林振興センターと共同で、
1996年から2000年まで 「豊かな海の森林整備事業:広島かきと魚の森」 を実施し、 2001年からは水産庁の 「漁民の森づくり活動推進事業」 により、
瀬戸内海に注ぐ河川の上流域において植林活動をすすめてきた。 加えて下草刈などの育林活動にも取りくんでいる。
多様な参加者
広島県漁業協同組合連合会は、 島根県境、 太田川の上流域に位置する芸北町において継続的に植林活動を実施している。 毎年、 幼木が根付きやすい秋の一日を選んで、
針葉樹ではなく、 ブナやナラ、 ヤマザクラなどの広葉樹を植林している。 広葉樹を植林するのは、 落葉により土壌に栄養分を与え、 その栄養分の河川への流出を見込んでいるからである。
1996年に150名の参加でスタートした事業は年々盛り上がり、 2004年には約250名が参加している。 参加は、 沿海部の各漁業協同組合、 太田川における各内水面漁業協同組合、
その他の水産関係団体、 県、 小学校、 海上保安庁の海洋エコクラブ、 さらに、 各地域の子ども会などで、 全体のうち小学生が約3分の1程度を占めている。
このように児童生徒の参加が多いのは、 近年、 小学校において総合学習の時間が設けられたことも影響している。 子ども達は県の重要な産業である、 かき養殖業を学ぶ一環として植林活動に参加するのである。
環境教育に熱心な教師も増えつつある。 他方で、 水産業関係の大人たちも植林という慣れない仕事に奮闘している。 水産業と異なり林業は、 子や孫、 さらにその先の世代を視野に入れた長期的な仕事であり、
漁業関係者にとって新鮮な驚きを伴うものであった。 海にとっての山や森の大切さの理解がこうした取りくみの中で広がっている。
超えるべき課題
しかし一方で多くの課題をかかえているのも事実である。 まず、 山仕事の経験のない人たちが難なく仕事ができるよう、 植えやすい土地を整地して植林しているという現状がある。
そのため、 植林場所を確保することすら難しく、 山全体を植林するという大規模な事業には至らず、 イベント的色彩の濃い取りくみにとどまっていることである。
この点は、 林野庁の 「水源の森」 のような他の事業により補完していく必要があろう。 さらに、 太田川が、 戦前から進む電源開発によって、 いまでは流域には多数のダムが設置され、
全流量の3分の2が発電用導水管内を流れる川になっていることだ。 また、 森林管理者との連携が不十分で、 「昨年植林した場所に林道の建設工事が行われ失望させられた」
などという笑えない出来事もある。 植林範囲の拡大や補助金の削減などにより費用面の問題が今後発生した場合、 現在の森づくり運動を停滞させずに継続していけるか否か不透明である。
そのほか、 事業の趣旨に共鳴し支援してもらえるスタッフの確保も課題となっている。 このように海の生産環境のためには、 広葉樹の植林以外にも解決すべき難題がまだまだ山積しているのが現状だ。
大きな期待、 全国的なひろがり
より良い海の生産環境づくりに努力しているのが広島県だけに限られず、 漁民による植林活動は全国各地に広がりつつある。 そのため、 相互の情報交換や連携もすすみつつあり、
さきに述べたような課題も徐々に解決していけるだろう。 良く知られるところでは、 「森は海の恋人」 をキャッチフレーズにした、 三陸のリアス式海岸沿いに位置する宮城県気仙沼湾における活動例がある。
ここに注ぐ大川源流の室根山においては、 1989年よりかき養殖業等に携わる漁民などにより広葉樹の植林が続けられている。 この取りくみは、 今では、
小学校5年生の社会科の教科書にも写真つきで紹介されるほどになった。 気仙沼湾においては長年の取りくみを通して、 次第に成果が出てきている。 20年以上も姿を消していた鰻が川に戻りはじめ、
海にはめばる、 竜の落とし子などが復活し海の環境がよみがえり、 かきの成育も改善しつつある。
また、 以上のような漁業者によって始められた取りくみは、 より大きなものへと発展しつつあるようだ。 2003年10月、 農林水産省の水産庁と林野庁、
また国土交通省の河川局が、 森、 川、 海を通じた栄養分の供給機構とそれが海域の生物に与える影響を把握し、 漁場海域の健全な生態系の維持・構築のための調査を開始した。
2004年4月には調査結果がまとめられ、 森林や河川のあり方が海域の魚介類の生産環境に一定の影響を与えていることが指摘された。 今後は、 より詳細かつ長期的視点に立った調査の充実や、
調査・解析手法の検討と確立、 関係機関の連携などが必要とされる。
「海・川・森」 のつながりを重視すべきとの声は、 次第に大きくなりつつあるがこれまでみてきたように、 その取りくみは簡単なものではない。
効果をあげるにも長い期間を要し、 又、 広島のように多くの課題をかかえる地域もある。 しかしこうした地道な取りくみが都会の消費者や子どももまきこんで、
これからも広がっていくことを期待したい。