『協う』2004年12月号 視角
楽しみ、 そして行動する
イタリアのスポーツファン
黒田 勇
"FARE" イタリア語で 「作る」 「行動する」、 英語の "do", "make"
とよく似た単語だが、 この場合、 "Football Against Racism in Europe" (ヨーロッパにおけるサッカーの人種差別反対行動週間)
の頭文字である。
この行動は、 10月14日から26日まで、 ヨーロッパ33カ国で展開された。 そして、 この行動のイタリアとスペインでのコーディネートに尽力したのが、
ダニエラ(33)である。 ローマ生まれの大のサッカーファン、 生まれたときから AS ローマのティフォーゾ (熱狂的サポーター) だという女性だ。 英語、
スペイン語、 フランス語に堪能なダニエラは、 この行動のためにここ数ヶ月寝食を忘れて、 ヨーロッパ中を飛び回っていた。
この FARE、 ポスターには昨年度欧州最優秀選手で、 現在インテル・ミラノで活躍中のネドベドがフィーチャー (目玉として登場) されている。 彼はチェコ人、
彼ほどのプレーヤーであっても、 西欧の“主要”国では差別の対象になりうる。
この行動週間には、 ヨーロッパの試合会場でポスターやパンフレットに趣旨が印刷され、 この行動に賛同するアナウンスがあり、 イングランドでは、 全92チームがこの行動に参加した。
また、 それぞれのチームのサポータークラブがこの行動に共鳴し、 ともにスタジアムでパネル展示をしたり、 さまざまなノベルティー (記念品) を配布したり、
販売したりした。 さらに、 スタジアム外では子供たちの試合を主催したりもしている。
EU 統合後、 労働力の移動が活発化し、 また EU 圏外からの移民労働も増加、 また違法移民も増加した結果、 人種問題が表面に現れてきている。 ゼノフォビアという言葉で表されるが、
外国人嫌悪の雰囲気がいたるところに見られる。
イタリアもその例外ではない。 かつてイタリアは移民大国であった。 多くの貧しいイタリア移民が新大陸に渡ったが、 時を経ていまや、 旧東欧をはじめ、 アフリカやアジアからの移民が流入する国となった。
その数は400万人とも言われている。 これまで、 移民の歴史のあった国だけに、 外国人に対し寛大だといわれてきたイタリアだが、 ゼノフォビアの雰囲気は高まっている。
イタリアのサッカーでも、 アフリカ系やアジア系に対する偏見と差別はもちろん、 EU 圏の内部でも、 ときとして 「民族差別」 が表面化する。 それは社会の反映でもあり、
逆にサッカーにおける現象がさらに拡大して社会にも反映しうる。 それにストップをかけようとするのがこの FARE 行動である。 各国のスタジアムでの反響はまずまずだったようだが、
メディアが取り上げてくれない。 だからサッカーファン以外の認知度はまだ低い。 ある記者はダニエラにこう語ったという。
「人種差別 (Racism) の事件があると取り上げるけど、 そんな“いいニュース (good news)”はニュース価値がないよ。」
それでもダニエラはくじけない。
「それでもベーネ (OK)。 今回で5回目だけど、 何かを変えていく自信ができたわ。」
実はダニエラ、 UISP という団体の職員でもある。 UISP とは 「みんなのスポーツイタリア連盟」 とでも訳せばいいのか、 高齢者も子どもも障害者もみんなが参加し、
楽しむスポーツを広げようとする団体だ。 イタリア全体で100万人を超える会員を有し、 すでに56年の歴史をもつ。 サッカー、 テニス、 水泳、 ハイキングなどなどあらゆるスポーツを誰もが楽しめるように組織し、
運営する団体であり、 この FARE のほか、 反ドーピングキャンペーンなどの社会的行動も組織している。 運営資金は、 イタリア五輪委員会からの補助 (トトカルチョの売上益)
を中心に、 会費、 グッズ販売などで賄われている。
イタリアはカルチョ (サッカー) の国。 みんながテレビとスタジアムで熱狂しているのは確かだが、 それだけではない。 「するスポーツ」 にも熱心な、
豊かなスポーツ大国でもある。 スポーツは人生の中の大きな喜びであり、 そしてとても大切な権利なのだ。 日本のプロ野球のような、 クラブの破産、 売却という問題も時として起こるが、
そうしたときにも、 議論と行動の中心にいるのはスポーツファンたちである。
そしてそのスポーツファンが、 スポーツをよりよい社会を作るために活用したいと考えている国でもある。 ダニエラのような人がイタリアには何百万といるのだ。
楽しみ、 そして行動するスポーツファン。 もちろん日本でも、 今回の一連のプロ野球の騒ぎの中から、 ダニエラのような人たちが育ってきていると思いたい。
くろだ いさむ
関西大学 社会学部教授