『協う』2004年12月号 書評2

郊外化とその病理
清水 隆
研究所事務局長

『ファスト風土化する日本
-郊外化とその病理-』
三浦展著
洋泉社 2004年9月 760円+税

  「ファスト風土」 とは、 外食産業のファストフードにひっかけた造語である。 「ファスト風土化」 は、 過去20年ほどの間に日本で起こったこと――都市部でも農村部でも、 地域固有の歴史、 伝統、 価値観、 生活様式をもったコミュニティが崩壊し、 代わって、 ちょうどファストフードのように全国一律の均質な生活が拡大したことをいい、 より直接的には地方農村部の郊外化や中心市街地の没落を指す。 そして本書は、 そうした 「ファスト風土化」 がもたらす地域社会の変容を、 犯罪を生み出す土壌としての観点から集中的に書かれたものである。
 ここ数年、 これまでの理解を超えるような事件が数多く発生している。 ごく最近も、 奈良県で小学1年生の女児が誘拐され殺されるという悲惨な事件が起こった。 私たちはこうした事件を伝え聞く中で、 身近な普通の住宅街がいつでも極めて危険な場所になりうることに気付かされる。 しかし、 そこに至った社会の変容を深く省みることなく、 再発の防止=犯罪の取締りのみに目を奪われていることも少なくない。 著者は、 そうした近年の犯罪増加の 「引き金」 として不況があったとしながらも、 その 「引き金を引けばすぐに爆発する 『火薬』 がとりわけ地方の土壌の中に埋め込まれ」 ていることを、 「ファスト風土」 という造語に込めて様々な角度から指摘している。
 本書はまた、 そうしたファスト風土に至る日本社会の歩みを、 その造語にも現われているユニークな視点から活写することで、 私たちが一方で利便性を享受してきた近代社会の原理を告発し反省を迫るものとなっている。
 著者は、 80年代以降、 日本中で起こった 「総郊外化」 の波が地方に過剰な消費文明をもたらしたと指摘する。 その結果、 地方はコミュニティと昔からの街並を崩壊させ、 「人々の生活、 家族のあり方、 人間関係のあり方をことごとく変質させ、 ひいては人々の心をも変質させたのではないか」 と問うている。
 本書では、 そうした地域の風景を 「ジャスコ文明と流動化する社会」 「消費天国になった地方」 などの章で展開しているが、 それは、 けっこう私たちの日常感覚とも符合する。 さらに 「国を挙げてつくったエセ田園都市」 「階層化の波と地方の衰退」 といった章では、 ファスト風土を生んだ背景とそこですすむ人々の意識や社会構造の変化にも切り込んでいる。 そして、 その急激な変化の結果、 いま地方のコミュニティは液状化して不安定となり、 「道路の横にも、 田圃の真ん中にも、 家の中でも匿名空間が出現」 して、 犯罪がいつ起きてもおかしくない危険な場所となっていることを指摘する。
 このように、 本書は 「ファスト風土化」 しつつある地方の現実に鋭く迫りながら、 終章では、 その現実を変える兆しや著者自身の提言にも触れている。 いささか“くどさ”を感じる面がないではないが、 地域の再生を願い、 社会に起きている現実とそこに至る日本社会の歩みを改めて捉え直そうとする者にとって刺激的な書となっており、 一読をおすすめしたい。