『協う』2004年10月号 人モノ地域

豊中インキュベーションセンター MOMO


  「インキュベーションセンター」 とは 「孵化器」 のように、 「起業家」 を支援する機関の総称です。 自治体や大学、 企業がもつスペースやオフィスを起業家に賃貸し、 新しいビジネスの創出を支えています。 現在、 官民合わせて大小約200以上の 「インキュベーションセンター」 があると言われていますが、 今回は、 若者が集ってたいへん元気だという大阪府豊中市の蛍池にある 「MOMO」 を訪問しました。
「協う」 編集委員 廣瀬 佳代

= MOMO とは=
  「起業」 が注目されています。 「ベンチャービジネス」 が、 開発や技術で展開されていくイメージがあるのに対し、 起業は、 「就職活動」 や 「サラリーマン」 の対極にあるものとしても捉えられています。 特定非営利活動促進法 (NPO 法) や中小企業挑戦支援法の施行により、 あまり資金がなくても起業が可能になったという背景もあるのでしょう。
 今回、 訪れた 「豊中インキュベーションセンター MOMO」 (以下、 MOMO) は、 社会問題として浮き上がっている地域の福祉や教育などを解決していく 「コミュニティビジネス」 を行なう起業家が入居しているのが特徴のインキュベーションセンターです。 豊中市の公民館が隣の建物に移転した跡の建物を利用し、 WWB ジャバン (女性のための世界銀行) が、 とよなか TMO (「中心市街活性化法」 にもとづく 「まちづくりと商業等の活性化を一体的に推進する」 機関) より委託されて運営しています。 市民と企業と行政が協働し、 地域に密着したコミュニティビジネスの拠点として2003年5月より準備が始まり、 今年4月より本格稼動しています。
 現在、 MOMO はインキュベーションマネージャーの山根多恵さんと4人の事務局スタッフで運営しています。 お助けコミュニティバス、 コミュニティカレッジ、 ペインティング自転車などの事業を行い、 MOMO への入居者も10人を越え、 日曜大工、 育児をサポートするアイデア商品企画、 ワクワクダンスなどの事業を行なっています。
 MOMO のミッション (使命) は、 地域や社会の問題に目を向け、 関わる人が自己実現・自立をしながら、 その解決をめざすことです。 運営・管理も MOMO のスタッフ全員の自治で行なっています。

=お互いが理解しあうために=
 山根さんが MOMO に赴任したのは1年半前。 生まれも育ちも山口県、 大学も県内でという方が、 関西で地域密着型のコミュニティビジネスを支援する役割を担うというのは、 「随分と重荷ではなかったか」 とたずねてみました。 赴任して3ヵ月ほどの間は、 入居者や委託元の豊中市の担当者に対して、 いろいろなことが 「なぜ、 理解してもらえないのだろうか」 と悩むことが多かったそうです。 でも、 理解してもらうには、 自分が理解しようとすること、 そして本気になって理解してもらおうとすることの大切さを知ることになったと語ります。
 現在、 協働する者同志で使っているジョブディスクリプション (ある期間における自分の仕事内容・スケジュールを書き記したものを週に1回書く。 自分の状態を知り、 管理することができると同時に、 仲間に流すことで、 仕事量と内容を他のメンバーとも共有できる) というシステムも、 入居者とどうすれば理解しあえるのかを試行錯誤して得た教訓のひとつです。 「わかっているつもり/伝わっているつもり」 という曖昧なままでは、 「協働」 しようにも自分の思い込みに陥りがちになってしまいます。 自分が何をしようとしているのか、 自分で管理すると同時に他人に見られることによって客観視することができます。 「協働」 のためには、 お互いが理解し合うことが不可欠です。 それは自ずとできていくものでははく、 理解し合うための努力が必要です。

=自分の生活を楽しむために=
 山根さんが、 コミュニティ・ビジネスに興味をもたれたのは、 学生時代の1年間のカナダへの留学がきっかけといいます。 カナダには、 日本では感じられなかった生活の豊かさがありました。 おおざっぱにいえば、 日本はお金のために仕事をしているけれども、 カナダでは自分の生活を楽しむために仕事をしているという姿を肌で感じてきて、 これを日本でもやっていけないだろうかと思ったそうです。
 カナダから山口に帰ってきて、 同級生たちが一様のリクルートスーツで就職活動する姿をみて、 結局はそうしていく (企業に就職していく) しか選択肢をもちにくい日本の現実に、 がっかりしました。 そして大学で 「起業」 について講義されている片岡勝さん (市民バンク代表) に出会い、 コミュニティビジネスで地域の問題解決をはかることを目指すようになりました。 この山口での活動がやがて MOMO へとつながりました。
 山根さんが目指しているのは、 「仕事を通じて、 社会を変えていく」 ということです。 多くの学生が4年生になれば、 就職活動していく現実は、 結局のところかつての価値観 (いい大学、 いい企業、 安定した生活) を踏襲しているにすぎません。 この価値観が、 崩壊しているにもかかわらず、 それ以外の価値観が見つけられない閉塞した日本の社会。 その閉塞感を解消するには、 「自分の生活を楽しむためにはたらく」 という働き方だといいます。
 今、 教育は 「生きる力」 「考える力」 を重視しているとはいえ、 それらをどう活かしていくのかという将来像があいまいなままでは、 崩壊した価値観に寄りかからざるを得ないのが現実です。 旧来の価値観を求めない人たちに、 コミュニティビジネスという 「かたち」 は、 ひとつの光となり得るものだと思います。 企業に 「選ばれる」 という受身の自分ではなく、 自分が社会で 「選ぶ」 立場になること、 やがてそれが社会を変えていくことになるのです。 それは、 ひとりひとりの自立が前提になります。
  「協働」 でなにかをすすめていくということは、 それゆえの困難もともないます。 人が集まれば、 思いの強弱もあれば、 得手/不得手、 リーダーシップがとれる人とそうでない人など、 いろいろな人がいます。 それらの違いをお互いに認めることから始め、 やがて 「評価」 によって明確になります。 それはひとつの価値観による評価ではなく、 それぞれが現状をオープンにして競争をしていくこと、 そして、 個性、 多様性を認めたなかでの評価です。
 地域や社会の問題に目を向け、 関わる人が自己実現・自立をしながら、 その解決をめざすことというミッションに、 どうアプローチしていくのか、 アプローチの多様性を認めて、 それに挑戦していく人を作っていくことを MOMO はすすめています。

=集う人たちのエネルギー=
  「若者と非営利・協同」 というと、 どこか 「みんなで集まって楽しく」 というものを感じ、 社会から目をそむけているのではないかという予断をもって、 MOMO を訪れました。 その予断は、 まさに予断にすぎませんでした。 「協同する」 ということは、 むしろより自立していないとできないのです。 ゆるぎないミッションをもっている人でなければ、 残っていけないという厳しさ、 そういう思いを互いに刺激しあってできていく楽しさ、 それが MOMO に集う人たちのエネルギーだと感じました。
  「なんのために仕事をするのか、 なんのために勉強するのか」 と問われて、 「自分の生活を豊かにするため」 と言い切れる人がどれくらいいるか、 いろいろな人に尋ねてみたくなりました。

MOMO (旧公民館) の入口
マネージャーの山根さん
若い事務局スタッフと起業家
MOMO の講習室の内装 「身の丈アート」