『協う』2004年6月号 視角

「平成の市町村合併」 を問い直す
岡田 知弘 


来年3月末に迫った現行市町村合併特例法の期限切れを前に、 全国各地で合併をめぐる動きが激しくなってきている。 とりわけ、 政府が 「三位一体の改革」 の初年度に当たる今年度の地方財政計画において、 地方交付税交付金の大幅カットを先行させたため、 「予算が組めない」 自治体が続出し、 それが 「あきらめ型合併」 を促進している状況にある。
 とはいえ、 1950年代半ばの 「昭和の大合併」 の政府目標の達成率が98%に達したのに対して、 今回の 「平成の大合併」 のそれは、 どうやら半分にも満たない見通しである。 様々な 「アメとムチ」 による合併強制政策にも拘わらず、 あえて 「自立」 や 「非合併」 を選択する市町村が300以上も存在するのである。 何よりも、 地方分権一括法によって、 建前的には各自治体の 「自主性」 を尊重しなければならなくなったことと、 「地域の未来は住民自身が決める」 という地域住民主権の取組みが着実に根を張り出しているからである。
 そもそも、 今回の市町村合併は、 決して地方自治体の側にそれを必要とする要因があったわけではない。 あくまでも、 中央政府が自ら作りだした財政赤字を削減するための行財政改革の一環として、 地方交付税交付金を大幅にカットする一手法として自治体の大幅再編を進めようとしたことが第一の要因である。 第二に、 交付金のカットや税源の移譲は、 地方一律に行われるわけではない。 農山村の小規模自治体への財政支出を引き揚げて、 大都市再生のために集中投下することが、 グローバル時代において 「多国籍企業に選んでもらえる国づくり」 の一環として、 目指されたのである。 ちなみに、 「三位一体の改革」 によって、 財政収入が全体として増加するのは、 都道府県では東京都だけであるという推計もなされている。 第三に、 このような 「国の姿のつくりかえ」 は、 現行の都道府県制度の見直しによる都道府県合併や道州制導入にも及ぼうとしている。 現在、 地方制度調査会では、 憲法 「改正」 を視野に入れたうえでの道州制が議論されている。 いわば、 戦後憲法体制で生み出された地方自治の制度的破壊ないし骨抜きがなされようとしているのである。
 以上のような 「平成の大合併」 を進めるために、 「市町村合併で地域が活性化する」 という言説が流布されている。 一見、 市町村の規模が大きくなると、 財政規模も大きくなり、 「活性化」 するような錯覚に陥る。 例えば、 総務省のホームページには、 「より大きな市町村の誕生が、 地域の存在感や 『格』 の向上と地域のイメージアップにつながり、 企業の進出や若者の定着、 重要プロジェクトの誘致が期待できます」 と書かれてある。 いかにも頼りない表現だが、 本当に 「期待」 できるのだろうか。
 市町村合併によって、 新市の財政規模が、 合併前の各自治体合計のそれを超えるのは、 合併特例法の特例措置がある10~15年ぐらいのものである。 しかも、 主として大規模施設の建設を行うための合併特例債の三分の一は、 返済すべき借金として残る。 また、 国が面倒を見るという残りの部分も交付金に算入されるため、 合併にともなう 「真水」 効果部分は急速に少なくなり、 15年もすれば合併しない場合に比べ、 財政規模は確実に縮小する。 さらに、 今回の 「三位一体の改革」 による交付金の削減も、 容赦なく襲いかかる。 このため、 すでに合併した兵庫県篠山市やさいたま市は、 財政危機に陥り、 各種住民負担の引き上げや住民サービスの切り下げをしなければならなくなっている。
 しかも、 企業の海外シフトが強まるなかで、 国内への工場立地は望み薄であり、 立地したとしてもいつ海外へシフトするかわかならない時代である。 そもそも、 重要プロジェクトや企業の誘致を地域の 「活性化」 と捉えること自体が、 これまでの日本の地域開発の失敗を顧みない謬論であるといえる。 地域の 「活性化」 は、 その地域の持続的発展を支える地域内再投資力 (当該地域に繰り返し投資をする力) の形成によって図られるものである。 その地域内再投資力の重要な部分を担っている地方自治体の財政支出を、 いかに地域内に循環させ、 所得と仕事をつくっていくかということこそが問われている。 そこでは、 住民自治が必要不可欠であり、 その意味で身近で小規模な地方自治体による地域づくりの方が、 大規模自治体よりも合理的かつ効果的であるといえる。 長野県栄村をはじめ、 それを実践している小規模自治体は多数存在する。 それを補完するものとしての都道府県や国の役割が、 むしろ重要になっているといえる。 食料や水、 エネルギー、 空気を安定供給し、 国土の圧倒的部分を占める農山村地域を滅ぼして、 大都市に住む住民や国の未来はない。
  
おかだ ともひろ
 京都大学大学院経済学研究科 教授