『協う』2004年4月号 書評1
社会保険史の中に見え隠れする今日的課題
中川 規生
研究所事務局
『日本社会保険の成立』
相澤與一著
山川出版社 2003年11月 800円+税
本書は、 明治以降太平洋戦争時までの 「日本社会保険史」 である。 著者は冒頭で 「本書の中心課題は、 日本における社会保険の成立過程とその特徴」
を 「とくに労働・社会問題と労働・社会政策の歴史の中に位置付けながら」 明らかにすることだと述べている。 その言葉の通り論考は多岐にわたり、 単に社会保険制度の変遷にとどまらず、
その社会的背景が 「労働運動」 や 「社会政策」 にも触れながら見事に整理されている。 そのため、 「社会保険」 に関する知識を特に持たない私であっても、
その成立過程や特徴を把握しやすかったように思える。
全体は大きくわけて6つの章によって構成されている。 社会保険制度の前史ともいえる 「救貧制度」 や現在の共済組合保険の土台となる 「企業共済組合」 にはじまり、
「社会保険法の成立」、 「失業保険」、 「国民健康保険制度」、 そして 「年金制度」 について、 変遷をまとめている。
保険制度は時代とともに変化してきたが、 その裏には保険料徴収という形での 「強制貯蓄」 「通貨回収」 による 「資金流用」 「インフレ抑制」 などの経済財政的意図があり、
被保険者 (労働者、 国民) の管理・統制に社会保険制度が利用されてきた姿が浮かび上がってくる。
文中で紹介されている具体的制度内容の多くは、 当時はもちろん現在の私たちの 「生存権を保障する生活保障」 に結びつくものだと思う。 しかし本書を読んだことで、
今日の社会保障制度の中に、 著者の言う 「構造的な欠陥」 が存在するのではないかと疑わずにはいられない。
1941年3月に 「労働者年金保険法」 (1944年の改正で 「厚生年金保険法」 となり、 現在の厚生年金保険制度の大枠を形成) が公布された。 著者はこれを
「侵略戦争遂行のために強制労働を課し、 賃金・労働諸条件、 生活水準を切り下げながら、 将来に労働者年金の空約束をし、 幻想をあたえて騙し、 酷使しようとしたのである。
『戦時社会政策』 の一大企図をなすものである」 と評している。 「侵略戦争遂行のために」 の文言を除けば、 現在の日本社会における多くの労働者の年金制度に対する不満や不安とオーバーラップするように思えるのは、
私だけであろうか。
いずれにせよ、 社会保険の問題や年金問題を単に将来の生活不安解消のための問題として捉えるだけではなく、 今日の 「社会政策」 全体の是非にまで目を向ける必要性がある事を考えさせられた一冊である。