『協う』2003年12月号 人モノ地域

「地域づくり」 としての農業
― 和歌山県那賀町 紀ノ川農協を訪ねて ―
編集委員 廣瀬 佳代 (京都生協組合員)

 日本の食糧自給率は約40%でここ数年、 横ばい状態です。 2010年には45%にという目標があるにもかかわらず、 事態が好転するような状況はありません。 安い輸入農産物が増え農産物の価格が低迷する、 さらに生産者の高齢化と、 農業をとりまく環境は厳しくなっています。 このような状況の中、 地域づくりのなかで農業を再生する取り組みを始めている紀ノ川農業協同組合 (以下、 紀ノ川農協) のことを耳にし、 和歌山県の那賀町を訪れ、 組合長の宇田篤弘さんに話をうかがいました。
 紀ノ川農協は1983年に設立、 組合員数は940名 (2003年1月現在)、 年間供給高は26億円です。 ほぼ同じ地域にある総合農協の JA 紀の里の組合員数が13562人 (2003年3月現在) という数からしても、 紀ノ川農協の 「個性」 がみえるような気がします。 その前身はミカンの暴落を機に生協へ直接販売を開始した那賀町農民組合 (1976年発足) で、 16名の生産者から始まりました。
 紀ノ川農協では、 組合員は増えているけれども、 生産量 (供給高) の伸びにつながっていないのが現状です。 ミカンの減反もあり、 耕地面積が減少、 また生産者の高齢化で、 玉ねぎのような重量物の生産が困難になっています。 とくに山間部では、 耕作できない田んぼがたくさん出てきています。
 このような目の前で起こっている 「農業」 の困難を踏まえて、 将来どう 「地域づくり」 をしていくのか、 紀ノ川農協での模索が始まりました。 そこには 「産直での販売専門の農協」 から 「農村と都市の関係の豊かさを創造する紀ノ川農協」 への発展のビジョンがありました。 それは農業を中心とした 「地域づくり」 のなかに、 「都市」 をどう取り込んでいくかの試みでした。


地域農業の再生へ ―生産者が元気になるということ
◆ファーマーズマーケット 「ふうの丘」
  「ふうの丘」 は、 1995年から始まった日曜市を発展させて開設された紀ノ川農協の直売所です。 2002年度はおよそ10万組の人が訪れ、 売上高は1.5億円です。 近隣の JA 紀の里の直売所 「めっけもん広場」 (2000年開設) は20億円ですからその地域での直売所としては、 それほど大きなものではありません。 めっけもん広場の当初の売上予定は5億円程度だったそうで、 その地域の 「直売所」 は主に大阪から来ている消費者のニーズとうまく合致したものと思われます。
  「ふうの丘」 では、 モノを売る、 買うということだけではなく、 「農業にふれる」 ということが大切にされています。 商品を通して、 人と人が触れ合うこと、 そこにお互いの学びがあります。 「ふうの丘」 へ大阪から買い物に来られていた40代のご夫婦は、 「売り場で、 お買い物に来ている人と、 『品定め』 などいろいろと話しができるのが楽しい」 と言われていました。 生産者と消費者の双方向だけではなく、 生産者同士、 消費者同士も触れ合い、 そのつながりの線がたくさんできることが、 それぞれの学びであり、 自分づくり (人づくり) につながると思いました。
  「ふうの丘」 にいちじく、 柿、 菊を納入している生産者 (60代の女性) は、 「市場流通にのせると、 出荷してから農協などで一時保管されるため、 消費者のもとに届くには3日間もかかり、 消費者に新鮮なものを届けることができない。 直売所では摘み取った朝に新鮮なうちに納入できるのがいい」 と言われていました。 生産者にとって、 商品を出荷すれば、 自分の手を離れるのは同じでも、 せっかく作ったものだから、 おいしいものを届けることを大切にされています。 食べ物はただ作るだけではなくて、 おいしく食べてもらうことが、 「生産」 への意欲になるのでしょう。 実際、 「ふうの丘」 に限らず、 直売所で消費者と顔をあわせている生産者は、 とても元気だそうです。 生産者の元気は、 その地域の元気につながります。

◆地元のスーパーでのインショップ
  「ふうの丘」 など大きな直売所がもっとも賑わうのは週末で、 平日はどうしても弱くなります。 そこで地元のスーパーに1~2坪の野菜のコーナーを作って販売するということも始められました。 地元に野菜を出すというのは、 生産者にとってはとても緊張をともなうものだそうです。 自分の作ったものが、 地元の消費者にどう受け入れられるのか、 それを直に感じることは、 緊張であるとともに自分への評価へとつながります。 地元のスーパーへ生産物を出す農家は増えていて、 ひとつのお店にかかわる生産者が5~6人で、 それが20店舗くらいに広がればと期待されています。

◆農村公園―ブルーベリー園
 紀ノ川農協では、 生協の産直をすすめてきた経過があるので、 消費者が紀ノ川農協を訪れるということは、 すでに継続的に取り組まれ、 1年で約5000人がみかん狩りやピオーネ狩りに訪れています。
 さらにブルーベリー園の開園で、 「ものを作って出す」 から 「生産現場にきてもらう」 ということを強めていく計画です。 そのことで農村の情報が都市に伝わり、 お互いの豊かな関係づくりへとつながっていくということだけでなく、 「農村」 そのものの地域づくりも積極的にすすめていこうとするものです。
 ブルーベリーは、 実を摘んで食べるということだけでなく加工品の幅が広いという特徴があります。 また、 他の地域ですでに成功事例があるということでその研究もしながら、 現在約0.4ヘクタールで準備をすすめ、 やがて5ヘクタールで5万人の人に訪れてもらう事業にしたいと考えられています。 耕作放棄され荒れていた畑をブルーベリー園として再生し、 高齢者にもそこで何か役割を果たせるようにする、 そのような地域のとりくみが伝わる方法としての農村公園構想です。

◆那賀町有機農業実践グループ
 紀ノ川農協は、 生協へのミカンの直接販売という地域のなかではいわば 「異端」 のようなきっかけから始まりました。 しかし、 有機農業をめざす取り組みは紀ノ川農協だけという狭い範囲だけですすめられるのではなく、 農業を通じて 「地域」 にどう根ざしていくのかという方向にすすんでいきました。 すでに先進的にすすめていた宮崎県の綾町に有機農業を学び、 地域に根ざして足元の生産力を高めていくためのとりくみへとつながっていきます。
 そのような紀ノ川農協の取り組みを宇田さんたちと一緒に進められてきた、 紀ノ川農協理事の畑さんが副代表をつとめられる、 那賀町有機農業実践グループも訪問しました。 このグループも 「花野果 (はなやか) さん」 という小さな直売所を2003年3月に開設しました。 紀州材がつかわれている建物は、 和歌山県の 「木の薫る店」 事業の補助によるモデル事業です。 生産農家は直売所近くの約80戸で、 買いに来られるのも地元の方というもっとも小さな地域での 「地産地消」 が実践されています。 1日の売上は数万程度ですが、 学校給食やレストランへの食材納入で経営を成り立たせています。 直売所の売上が少ないと 「餅つき」 などのイベントをして集客につとめるなどの 「小回り」 も小規模な直売所だからこそ、 できることなのでしょう。
 また、 このグループは那賀町の学校給食用の野菜を出荷するというかたちでも地元へもしっかり目が向けられています。 とくに学校給食は、 安全安心な給食を子どもたちに届けることだけが目的ではなく、 子どもたちに地域を知ってもらうことにつながるようにという思いで取り組んでおられます。 品揃えに関しては、 紀ノ川農協がグループをフォローする役割を担っておられるとお聞きしました。 その地域の 「特別な」 生産者だけではなく、 地域全体の取り組みなることが 「地域づくり」、 つまり地域の力になるのだとといわれる宇田さんの思いが形として見える例だと感じました。


交流を積み重ねた関係づくりへ
  「地産地消」 ということがさまざまなところで掲げられ、 実践されようとしています。 でも、 その 「地」 とはどういう範囲の 「地」 なのかということは、 あまり明確にされずに語られています。
 今回、 わたしたちが訪れた紀ノ川農協では、 大阪という大きな消費地を視野にいれた 「地産地消」 が実践されています。 だから紀ノ川農協が自らの組織のビジョンを語るとき、 それは同時に消費地の人たちに 「こうあってほしい」 というものが含まれています。
  「農村」 からの 「豊かな関係」 の構想に 「都市」 はどう応えていくのか、 それにきちんと応えることは、 ほんとうはとても難しいことなのかもしれないけれど、 都市の人が農村公園を訪れて、 そして帰りには直売所での買物を楽しむ、 そうして1日を過ごすことで発見できるのかもしれません。
 生産者が 「ものを作って売る」、 消費者が 「ものを買う」 という必然の行為であっても、 そこに交流を積み重ねることで、 お互いが元気になり 「豊かな関係づくり」 へとつながっていくような気がしています。