書評特集
デフレ経済の引き続く進行のなかで、 市民の暮らしや、 そことかかわりあう 「協同」 の事業や運動は様々な試練を経て試行錯誤を続けてきた。 また、 生活協同組合運動にとっても新たな指導層の時代を迎えるなど、
新たな変化の予兆もある。 これらを背景として、 多くの研究者、 実践者が、 その展望を著書で世に問うている。 今回は少ない紙面の中ではあるが、 この間発刊された協同
(組合) 運動にかかわるいくつかの著書を、 「協同組合論」 「NPO 論」 「福祉論」 「協同組合事業論」 にカテゴライズして紹介したい。
書評特集 4 協同組合事業論
生協改革にトヨタ方式
大阪音楽大学教授 井上英之
井上邦彦 『トヨタ生協革命 -苦境からの脱出』 (日科技連、 二〇〇三年、 一五〇〇円+税)
毎週1回の常任理事会。 「長時間をかけても議論が交わされるということはない。 いたって静か。 各担当理事から順に持ち場の報告がダラダラとあり、 他の理事はそれを黙って聞くだけ。
……
『他の理事の説明や意見にへたにイチャモンを付けて、 理事同士の人間関係が悪くなっては困る。』 」
「ある店に神谷<注:変革のトップにたつことになる理事長>が行ったとき、 職員が来客に説明した言葉に接し、 我が耳を疑った。 『いま買っても損ですよ。 もうすぐ値引きされますから』
。 いったいこいつらは、 どこから給料をもらっていると思っているんだ。 …なんてえらいところにやって来てしまったんだ。」
「90年度に約17億円あった経常利益は、 94年度には2億6700万円に急落。 3期連続の減収減益。 90年度の事業剰余金約10億円が94年度には4700万円にまで落ち込んでいた。
4年で20分の1。 …しかも会計処理で苦心してようやく出てきた数字。」
本書の最初の部分から3ヶ所を引用したが、 トヨタ生活協同組合に理事長として就任した神谷 (トヨタ自工を定年退職) が直面したすさまじい現実があった。 「極楽トンボ集団」
として描かれている深刻な問題状況である。 しかし、 2002年4月には地方中核都市豊田の駅前市街地再開発ビルに撤退したマイカルグループの豊田サティにかわって出店をする。
「駐車場までのポーターサービスの他、 半径1キロ圏内のお客様には、 お買い上げいただいた商品を個別に無料で宅配サービスをします」、 「明るい店、 楽しい売り場づくりを実現します」
となり、 長崎屋、 アピタ、 豊田そごうと相次ぐ大型店撤退劇が続く中での、 強い要望にこたえた出店であった。 そこには 「生協が変わった」 という実感とトヨタ生協での改革への強い意志と具体的な改革の反映でもあった。
筆者は半年間にわたって延べ14回訪問し、 70人へのインタビューをもとにこのトヨタ生協の変革のプロセスをみごとにまとめている。 専務理事をはじめとする各理事の意識改革、
トヨタ自工に蓄積された 「改善」 の導入による物流と店舗改革、 が相次いで生協内で実現し、 いまだ途上ではあるが 「日本一の生協」 を目指す姿が描かれている。
しかも職員リストラはない。 組合員像が見えないことや、 トヨタ企業城下町という特異な状況を指摘することも出来るが、 トヨタ方式による生協改革として、 ともかくおもしろく、
今日の生協にとって参考になる本と言えよう。
「レガ」 の成功のカギはなんだったのか
京都大学大学院経済学研究科教授 若林靖永
ピエーロ・アンミラート 『イタリア協同組合 レガの挑戦』 (家の光協会、 二〇〇三年、 二四〇〇円+税)
「協同組合に未来はあるか」。 資本主義競争がますます厳しくなるなかでいくつかの協同組合が経営破綻したこともあり、 この問いは重いものとなっている。 本書の著者は言う。
イタリアのレガ (レガは、 消費者協同組合、 生産・労働者協同組合、 農業協同組合、 住宅協同組合、 輸送協同組合、 漁業協同組合などの協同組合が加入するイタリアの中央組織)
という協同組合グループの経験は、 ほかの国でもそれぞれの国の事情に適した協同組合モデルを創造すれば成功できるという楽天的な結論を示すものだと。
イタリアでの成功のカギは、 事業連合と金融機関、 大規模協同組合、 そして国家との関係である。
農業分野、 製造分野、 建設分野、 生協分野、 研究開発分野など各部門の事業連合は、 協同組合の発展の制約条件と指摘される財源の欠如、 経営管理の専門的技量の低さ、
競争力の弱さといった問題を克服する上で、 重要な役割を果たしている。 生協関係の事業連合コープ・イタリアは、 生協総購買高の9割に関係する強力な共同仕入機能を実現し、
コープ・ブランド商品として 「愛のある製品」 シリーズを開発販売している。 また、 全国的な宣伝広告戦略や流通・消費関係データの提供・コンサルティングも担当している。
レガの金融機関も、 各生協への貸付等の金融サービスと金融コンサルティングを提供している。
生協それ自体も経営管理の革新を実現して大規模化に成功し、 今日のイタリアの協同組合は大規模生協が自覚的な役割を発揮することで新しい挑戦をすすめていると言っても過言ではない。
生協の事例としては、 コープ・エミーリア・ヴェーネトがとりあげられ、 専門的な経営組織を確立するとともに、 大規模化にともなって危惧された民主的な経営の形骸化と
「協同組合のアイデンティティ」 の喪失といった組合員の懸念も杞憂にすぎないという結果を示している。
イタリアの協同組合の発展にとって国は大きな重要な役割を果たしてきた (生協はそれほどではないようだ)。 今日においては、 イタリア経済において協同組合セクターが無視できない規模となっていること、
ほかの経済セクターとの関係も深くなっていること、 雇用創出やインフレ対策など、 さまざまな社会問題の解決に貢献していることが、 国・地方政府のサポートを正当化させている。
レガの経験は、 協同組合セクターの歴史と重みが日本とは大きく異なるけれども、 大規模生協と事業連合と連合会の新たな関係が模索されている日本の生協にとって将来像のたたき台となるものであろう。