書評特集
 デフレ経済の引き続く進行のなかで、 市民の暮らしや、 そことかかわりあう 「協同」 の事業や運動は様々な試練を経て試行錯誤を続けてきた。 また、 生活協同組合運動にとっても新たな指導層の時代を迎えるなど、 新たな変化の予兆もある。 これらを背景として、 多くの研究者、 実践者が、 その展望を著書で世に問うている。 今回は少ない紙面の中ではあるが、 この間発刊された協同 (組合) 運動にかかわるいくつかの著書を、 「協同組合論」 「NPO 論」 「福祉論」 「協同組合事業論」 にカテゴライズして紹介したい。

書評特集 3 福祉論
  豊かなセンスで 「福祉」 の概念を広げる
   -生協と福祉に関する4冊の本- 
京都府立大学福祉社会学部教授 上掛利博 

(1)
 2000年春に公的介護保険が実施される前後から、 福祉関係者の関心が介護保険制度の範囲内に押し込められ、 高齢者 (=人間) のくらしや地域社会のありようと切り離されてきているのではないかという感じを強くしているのは、 私だけではあるまい。 先日も、 中山千夏さんが 「集団強かん」 について書いた文章を読んでいて、 無自覚な (批判的精神をなくした) 情報化の導入のなかで日本社会が画一化されてきていることをあらためて認識させられた。 中山さんいわく、 女性差別や婦女暴行を奨励していたわけでもあるまいに、 どうして早稲田大学の先生が報道カメラの前にずらりと居並んで謝罪するのか、 「大学は自由な成人に専門的学問を教授する場であって、 その生き方を管理する組織ではない」 のだから軽々に謝罪しないでもらいたいと。 そして、 どうしても責任を感じて謝りたいのなら、 「ひっそりと被害者に謝罪するのが美しい」 と中山さんは指摘していた ( 『週刊金曜日』 2003年8月8日号)。 ここで問われているのは、 センス (感性) の問題である。
 民間企業だけでなく公的機関や生協でも、 教育や医療や福祉においても、 日本の様々な現場で効率が求められ管理が強められるなかであればこそ、 新しい視点や発想にたって人間の能力を活かし幸せを増大させるように 「福祉」 の概念を広げることが求められているのではないだろうか。 生協と福祉に関連して、 この1年程の間に出版された4冊の本を、 こうした観点から検討してみよう。
(2)
 まず、 千田明美 『ほほえみに支えられて~コープこうべくらしの助け合い活動19年間の歩み~』 (コープ出版、 2002年5月) が興味深い。 著者は、 「くらしの助け合いの会」 の発足当初から事務局コーディネーターを担ってきた当事者である。 その千田さんが、 助け合いの会にも 「きまり」 や原則がありそれを守るのは大切だけれど、 「くらしは一人ひとり違う」 という現実があるので、 くらしの個別性を考え様々なニーズにできるだけ対応していく姿勢を大切にしてきたと述べている。 こうした柔軟なセンスは、 人間相手のいわば 「待ったなし」 の福祉現場はもとより、 様々な分野で欠かすことのできないものであろう。 以下は、 私の経験。 舞鶴湾を望む美しいロケーションに、 精神障害者の共同作業所が新たに始めたフランス料理のレストラン 「ほのぼの屋」 がある。 おいしい料理とおしゃれな店が評判をよんで週末は予約でいっぱいという人気、 障害をもつ仲間も活き活きしてきたとして、 店長は 「相手の立場に立って働いている福祉労働者であれば、 最高のサービスを提供できる」 ということを話してくれた。
 千田さんは、 人間関係が希薄になるなか、 助け合いの会では 「支え支えられる関係」 が脈打っているとして、 奉仕会員と利用会員の対等の関係を強調し、 多くの奉仕会員が活動を進めるうちに 「支えられているのは自分かも知れない」 と気づいていくことに着目している。 また、 「利用者に共感できる力、 感性」 や 「柔らかい頭で応用問題を解く力」 を身につけることを援助者に求めているが、 これがマニュアル通りでない 「福祉」 の発想である。 なお、 助け合い活動の出発にあたって福祉文化事業委員会がまとめた基本的考え方 (1982年) では、 「家族だけに頼るのではなく、 地域全体で高齢者を支えるしくみづくりを行う」、 「単に 『消費生活』 を協同するだけでなく、 人のくらし= 『生活』 そのものを協同する新たな生協活動として位置づける」、 「活動から得た経験や高齢者のニーズを社会的に反映し、 互いが助け合って生きる地域社会づくりをめざす」 とされていたことを忘れてはなるまい。 「行政による福祉のしくみがどんなに整備されていっても、 隣人同士の助け合いは必要である。 プロの専門性と隣人同士の助け合い活動、 どちらが欠けても豊かな社会は成り立たない」 という本書の指摘とともに、 介護保険下の今日の福祉においても重要な意味を持っていると思う。
 次に、 田渕直子 『ボランタリズムと農協~高齢者福祉事業の開く扉~』 (日本経済評論社、 2003年3月) が参考になる。 例えば、 有償ボランティアについて問題にすべきことは、 「ボランティア・パート等 (有償ボランティア他) ・専従スタッフの結合のあり方であり、 いずれの立場においてもボランタリーに働ける場を創っていけるかどうかである」 という指摘や、 「有償ボランティア活動がメンバーの組織運営・地域福祉への参加を実現し、 その発展の先にボランタリズムを生かした事業が成り立つ」 という道筋を示していることなどである。 田渕さんの 「福祉」 認識は、 「現在の福祉問題は、 かつての物質的貧困とは質を異にし、 『豊かさとはなにか』 を学習することで初めて認識できる種類の問題である」 というように広い視野をもっている。 そのことが、 農協が自前のホームヘルパー養成講座に取り組み大量の有資格者を誕生させたことを評価して、 女性達が資格取得過程において自分の町の地域福祉の現状を理解し、 関係者との人的つながりも形成されるという副次効果を生んだとする分析につながっており、 家庭内での農家主婦の地位の変化への着目などとともに、 著者の人間理解へのセンスを示していると思う。
(3)
 生協と福祉を正面からあつかった、 朝倉美江 『生活福祉と生活協同組合福祉』 (同時代社、 2002年9月) は、 上記2冊に比べて私には少し読みにくかった。 例えば、 生活福祉の概念を、 「公的領域 (=政府)、 市場のいずれとも異なり、 生活者=市民の生活の共同関係の中に主体的・自発的に生み出された生活問題解決の方策を総称する」 と規定するところなど。 その理由は、 学位論文を母体としているからということよりも、 「福祉」 理解の違いにあるように思えた。 ちなみに、 「支え、 支えられる関係」 について朝倉さんは、 「支える」 ということは 「支えられる」 側があってこそ成り立つ概念であり、 生活問題を解決する主体が 「支えられる」 側にあることを示していると述べ、 結局のところ 「対等な関係」 の持つ意味を見失っているように思える。 また、 「生協が、 福祉サービス・生活福祉サービスを創造し、 その提供主体となることによって福祉社会を形成する可能性があり、 現実にも福祉社会を実体化しつつあるといえる」 としているが、 政府や市場ではない生協が福祉を提供するならば福祉社会になるというのも一面的ではないだろうか。
 最後に、 京極高宣 『生協福祉の挑戦』 (コープ出版、 2002年5月) は、 著者自らが 「本邦最初の生協福祉に関する総合的な専門書あるいは啓蒙書」 と述べているものである。 著者は、 厚生省サイドの 「生協が行う介護に係わる事業等のあり方についての研究会」 の座長をつとめるなど、 生協福祉のあり方について積極的に提言を行ってきた。 1996年6月に出された京極座長の研究会報告書は、 「行政のパートナーとして、 受託事業としての取り組みが必要」 という立場から、 「福祉事業における員外利用などの規制緩和や事業の継続性・安定的供給を目的とした事業形態を可能とする法的要件の検討・整備」 を課題とし、 介護保険を与件としてとらえていた。 これに対し、 同年11月の日本生協連の高齢者介護問題研究会 (一番ヶ瀬康子座長) の 「安心して老いることのできる社会システムへの提言」 は、 福祉を、 ■衣食住など基礎的生活要求、 ■人間が人間として生きていくための社会的要求、 ■健康で文化的に生きていくための文化的要求という3つの日常生活要求の充足努力として広くとらえ、 生協の存在理由に関わる課題として福祉問題を位置づけている。 それゆえ、 介護保険についても 「介護問題を解決するために必要な方策の一部分である」 としてとらえ、 その問題点をも検討していた。 京極さんと一番ヶ瀬さんの違いは大きい (この点については、 上掛利博 「非営利組織の福祉活動と規制緩和」 戸木田嘉久・三好正巳編 『規制緩和と労働・生活』 法律文化社、 1997年所収を参照)。
 京極さんは、 生協の助け合い・福祉活動の分野と課題を整理した日本生協連の図に関連して、 「先進的生協は現に取り組んでいるとしても、 一般の生協にとっては今後取り組むべき課題として列挙されている」 というコメントをしているけれど、 地域によって福祉の課題は異なるので、 それぞれの生協が独自に取り組む方向性にもっと着目してもよいのではないだろうか。 さらには、 「生協組合員はもちろん、 生協幹部にも、 また福祉行政や一般市民にも、 こうした地域福祉の要石となっている生協福祉への正しい理解が現在のところ必ずしも十分でない」 との指摘もなされているが、 千田さんや田渕さんの本にあるように福祉に関わった人間の変化を丁寧にみていくならば、 京極さんとは違った評価も可能になるのではないかという感想を持った。

千田明美 『ほほえみに支えられて -コープこうべ くらしの助け合い活動■年間の歩み』 (コープ出版、 二〇〇二年、 一二〇〇円+税)
朝倉美江 『生活福祉と生活協同組合福祉 -福祉NPOの可能性』 (同時代社、 二〇〇二年、 三四〇〇円+税)
京極高宣 『生協福祉の挑戦』 (コープ出版、 二〇〇二年、 一二〇〇円+税)