書評特集
 デフレ経済の引き続く進行のなかで、 市民の暮らしや、 そことかかわりあう 「協同」 の事業や運動は様々な試練を経て試行錯誤を続けてきた。 また、 生活協同組合運動にとっても新たな指導層の時代を迎えるなど、 新たな変化の予兆もある。 これらを背景として、 多くの研究者、 実践者が、 その展望を著書で世に問うている。 今回は少ない紙面の中ではあるが、 この間発刊された協同 (組合) 運動にかかわるいくつかの著書を、 「協同組合論」 「NPO 論」 「福祉論」 「協同組合事業論」 にカテゴライズして紹介したい。

書評特集 2 NPO 論
  NPO論を読む -新しい研究分野の胎動-
立命館大学産業社会学部助教授 秋葉 武 


  「協同組合」 に対する社会からの逆風は根強い。 それを象徴するのが日本の大学で開講される 「協同組合論」 の授業が減少し続けている事実である。 1970-80年代、 多くの大学の経済学部や農学部で 「協同組合論」 という科目が開講されていた。 しかし90年代以降、 大学改革のなかで、 この科目は閉講となっていった。 従って、 現役の大学生が授業で協同組合に触れる機会は少ない。 また、 協同組合をテーマとした書籍が出版される機会も相対的に減少している。
 一方、 大学では阪神大震災以降の90年代後半、 「ボランティア論」 といったボランティアという名称の付く科目が増加した。 2000年代になると、 「NPO 論」 「非営利組織論」 という科目がここ数年急速に増えてきた (私も大学で 「NPO ・ NGO 論」 を担当している)。
 こうした教育界における“NPO ブーム”は日本だけではない。 「NPO 大国」 アメリカでは、 1990年代以降、 大学の NPO 教育カリキュラムが充実し、 専門的な教育がなされている。 また発展途上国においても NPO ・ NGO に関する教育プログラムは増加している。
 こうした時代の流れのなかで、 日本の研究者は協同組合だけを研究対象とするのではなく、 「非営利セクターの一つとしての協同組合」 「NPO 論を軸とした協同組合分析」 といいう研究を志向し始めている。
 今回は主に、 こうした意図を持って出版された書籍や NPO 関連の本をいくつか紹介したい。

■佐藤慶幸 『NPO と市民社会 -アソシエーション論の可能性-』
 NPO ・ NGO が近年なぜ台頭しているのかについて、 日本では従来、 「市場の失敗」 「国家の失敗」 という 「公共経済学」 の立場から論じることが主流だった。 社会学者である著者はそれらと立場を異にしている。 NPO を人々の 「異質性」 に対応する組織であるという観点から、 アソシエーション論を基軸として論じている。
 本書では、 ヨーロッパ (フランス、 ドイツ、 スウェーデン等) やアメリカなど諸外国で非営利セクターがいかに展開したかを歴史的に論じている。 続いて、 日本の生活クラブ生協、 生協組合員のワーカーズ・コレクティブについても取り上げている。 また、 巻末の講演記録 「自立する個人による新たな組織論」 は、 社会の変化と生協の変化について取り上げており、 生協関係者にとって新しい示唆を与えてくれる。

■田渕直子 『ボランタリズムと農協』
 本書は非営利組織論の視点を取り入れながら、 「新しい農協論」 を示した力作である。 「保守的」 といわれる農協の組織内部でも、 女性組合員の福祉助け合い組織の誕生等新たな動きが胎動しており、 それが農協の新たな事業創造につながる可能性を秘めているという視点から描写している。
 著者は 「ボランタリズム」 に着目しつつ、 北海道・栃木県の農協を事例として農協の組織構造と福祉助け合い組織の誕生について分析している。 また、 ボランタリズムの維持が決して容易でないことも冷静に指摘している (生協の組合員活動の形骸化という観点からも本書は興味深い)。
 農協をこのような視点から捉え直した書籍は稀有であり、 同時に閉塞的な状況に陥りがちな生協の現場にとっても有益な示唆を与えてくれる。

■李妍■ 『ボランタリー活動の成立と展開 -日本と中国におけるボランタリー・セクターの論理と可能性-』
 本書は日本と中国において 「ボランタリー活動」 がどのように成立し、 そして展開しているのかについて論じている。 社会学者として 「個人の自発性」 の動員と 「他者との連帯」 の維持という一見相反する課題がどのような条件のもとで、 達成されうるのかを検証している。 著者はボランタリー活動において特に 「創発型リーダー」 に着目し、 組織を取り巻く外部環境 (行政とのパートナーシップ、 人的ネットワークなど) と共に考察している。
 本書では直接生協が扱われることはない。 しかし、 生協の組合員活動、 組合員組織などとの共通項も多く読み取れる。 専門的な内容であるが、 生協の組合員活動に関心がある人にはぜひ読んで欲しい1冊である。

■谷本寛治 『SRI 社会的責任投資入門 -市場が企業に迫る新たな規律-』
 NPO 論とは直接関係ないが、 近年注目を浴びる社会的責任 (SRI) を扱ったのが本書である。 従来、 企業への投資は財務的評価からのみ行われていた。 しかし、 SRI は社会的・環境的評価を加え、 投資を行っていく。 その歴史的経緯から、 各国の現状、 具体的な評価までを踏み込んで論じた入門書として極めて興味深い。 自分の老後や将来設計に不安を抱く人は多く、 財産運用、 資産運用に関心が高まっているが、 そうした人にはぜひ本書を読んで欲しい。

■日本協同組合学会 編訳 『ILO・国連の協同組合政策と日本』
 本書は協同組合とつながりが深い、 国連機関である国際労働機関 (ILO) と日本協同組合学会ほかが主催した 「ILO 新勧告案シンポジウム」 (2002年1月26日:青山学院大学) の成果を中心にまとめたものである。
 雇用環境が世界的に大きく変わるなかで、 ILO が協同組合に対していかなる期待を寄せているのが読み取れる。 マクロ的視点から論じられる本書は、 生協の現場に直接役立つ、 という類の書籍ではない。 しかし、 政府関係者や研究者、 また生協幹部は協同組合が政策的にどのように位置づけられているのかを知る上で重要だといえよう。

■行岡良治 『食べもの運動論』
 九州を中心に展開するグリーンコープ連合で、 事業を行ってきた著者による実践報告ともいえる本。 グリーンコープは食品の安全性への強いこだわりやワーカーズ・コレクティブ方式の店舗運営など全国的にもユニークな事業展開を行っている。 本書では事業よりも、 むしろ組織の理念、 使命などを中心に論じられており、 その点がユニークな点といえる。 組合員よりもむしろ専従職員 (特に管理職) 向けの書籍といえるかもしれない。

■石見尚 『第四世代の協同組合論 -理論と方法』
 長年、 協同組合を研究してきた著者による協同社会論ともいえる本である。 協同組合を 「世代論」 として捉える著者は、 現在第4世代の協同組合が現れているとして、 医療生協、 地域福祉に取り組む農協、 モンドラゴン協同組合、 コミュニティ協同組合等を取り上げている。
 著者の主張は 「21世紀のグローバリゼーションに対抗する現代協同組合運動の視点」 から論じることである。 しかし、 「グローバリゼーション」 「グローバルスタンダード」 という現象、 それに 「対抗する協同組合」 を著者はややステレオタイプに捉えていないか、 というのが評者の率直な感想である。

佐藤慶幸 『NPOと市民社会 -アソシエーション論の可能性』 (有斐閣、 二〇〇二年、 二八〇〇円+税)
田渕直子 『ボランタリズムと農協 -高齢者福祉事業の開く扉』 (日本経済評論社、 二〇〇三年、 二六〇〇円+税)
李妍■ 『ボランタリー活動の成立と展開 -日本と中国におけるボランタリー・セクターの論理と可能性』 (ミネルヴァ書房、 二〇〇二年、 四〇〇〇円+税)
谷本寛治 『SRI 社会的責任投資入門 -市場が企業に迫る新たな規律』 (日本経済新聞社、 二〇〇三年、 二八〇〇円+税)
日本協同組合学会編訳 『ILO・国連の協同組合政策と日本』 (日本経済評論社、 二〇〇三年、 二二〇〇円+税)
行岡良治 『食べもの運動論』 (太田出版、 二〇〇二年、 一七一四円+税)