『協う』2003年2月号 特集

第5回生協
女性トップセミナー (講演1)

  「男性は、 終身雇用・年功序列賃金が保証され、 福利厚生が充実した企業で働いて家族を養う。 女性は専業主婦であることにアイデンティティを見出し、 『主婦の友』 に描かれるような標準的な生活を目指す」   戦後日本がくらしの 「モデル」 としたこんな生活の中で、 生協運動は生まれ、 発展してきた。 しかし、 もはやそういった 「標準モデル」 は存在しない。 それにもかかわらず、 現代の成熟した社会においてもまだ、 生協が前提としているのは古い 「モデル」 ではないか。 そのことが生協運動を、 一部の人だけのものにし、 現実のくらしから乖離させることになっているのではないか。
 1月25、 26の両日、 大阪で開催された 「第5回生協女性トップセミナー」 (当研究所主催、 参加理事27人) は、 戦後日本の生活及び生活者の意識と、 女性の働き方の変化という視点から、 労働を含む生協運動のあり方や理事の役割を考えるものとなった。 従来のセミナーは、 生協の中から問題点を抽出し考えようというものだったが、 今回は、 生活者の視点から生協のあるべき姿を捉えようと試みた。 このセミナーの模様を要約して紹介し、 各単協で進む組織改革がよりどころとすべきもの、 現代の生協に求められるものを考える一助としたい。
 なお 『協う』 今号では、 お茶の水女子大学生活科学部教授・御船美智子さんの講演及びそれを受けての会場の意見や感想を取り上げる。 一橋大学社会学部教授・木本喜美子さんの講演 「雇用・労働市場の激変と、 女性が働くこと-ジェンダー視点にも重ね合わせて」 については次号で紹介する。 また、 2日間の講演録の作成も進めており (3月下旬ごろ完成予定)、 両講演の詳細と、 お2人のお話をふまえての関西大学商学部助教授・杉本貴志さんの講演 「今、 生協に求められている組織変革の課題」 についてはそちらを参照されたい。


くらし、 意識、 地域社会の
      大きな変化を見据えて
―生活者視点、 生活起点の生協運動と理事の役割を考える―

お茶の水女子大学
御船 美智子さん
生活科学部教授

1、 最近のくらし―家計、 意識を例に
 今日は、 会場の皆さんのあふれるオーラを感じ、 私自身が元気をもらえる講演になりそうです。
 まず、 家計と人々の意識の変化から、 最近のくらしを分析してみます。
 家計調査によると最近、 金融資産も収入の伸び率も減少しています。 可処分所得 (収入から社会保険料や税金などを引いたもの) が最も多かった97年を100とすると、 01年は93.5で、 消費支出も同様に97年の100に対し01年は94.0でした。
 意識の面では、 02年の内閣府などの世論調査で 「現在の生活に満足している」 が61% (95年の調査では73%) に対し 「不満」 が37% (同25%) となっており、 オイルショック翌年の75年ごろの状況と似ています。 ただし、 当時と比べて絶対的な所得水準は高くなっているし、 グローバル化や構造改革、 情報化が進み、 社会そのものが制度的に大きな変革期にあります。 私は、 そのような社会変化の中で、 あせらずに自分の生活を見据えて、 組み立て直していこうという人々の意欲を感じているのですが、 皆さんはいかがでしょうか。
 具体的な家計の支出項目の変化を見ると、 人々のくらしが 「衣食住」 から 「交流・情報・快適」 へシフトしていることが分かります。 食料費と貯蓄額の関係からも、 興味深い点が見えてきます。 63年には貯蓄は食料費の53%でした。 75年には99%とほぼ同額になり、 90年には136%、 01年には177%です。 食べ物やファッションについては、 友達と気軽に話したり情報交換したりしますが、 お金や所得というのはプライバシーの最たるものであり、 それを題材にしたコミュニケーションは難しいものです。 以前の 「教え、 教えられ」 という生活の知恵の交流が相対的に減っていることが、 ここからもうかがえます。


2、 生活と経済―産業経済と生活経済
 今の例もそうですが、 私は 「生活」 を経済構造の中できちんととらえるために、 経済というものを従来とは異なる視点で見ることが必要だと思っていました。 ヘーゼル・ヘンダーソンの 「経済の3層構造」 (図参照) が参考になります。
  「経済」 というと GDP や景気の話だと思いがちですが、 経済的活動と家庭のくらしのありようは不可分です。 家事には経済的な側面もありますが、 「私の味を子どもに伝える行為」 でもあります。 また、 数字にならない 「アンペイド・ワーク」 がさまざまな経済的部分を生み出し、 それを家庭で消費していると考えれば、 家計に比べ家庭経済というものは非常に膨らみます。
 さらに今後は、 ボランティアや助け合い活動のように、 家庭経済ではまかなえない社会的協同経済が、 生活のレベルや充実度を考えるにあたって、 とても重要になってきます。 家庭経済が個人の親密な関係の上に成り立っているのに対し、 社会的協同経済は多様な生き方がぶつかる場ですが、 そこにこそ生協の今後の可能性もあると考えています。
 不可分に重なり合う 「経済」 「経営」 「教育・文化」 「人間関係」 の相互作用としての生活の中で、 私たちは、 家族や職場、 趣味の会、 NPO、 町内会などの一員として、 さまざまな社会的役割を持っています。 個人が多くの組織に属する今の時代、 自己のアイデンティティを意識的に考え、 組織に対しても自分の生活を説明していくことが求められています。


3、 生活の大きな変化
 個人が多くの組織人格を持つに至った背景には、 生活の大きな変化がありました。 戦後の生活の変化は3段階に大別できると考えています。
 まず、 67年くらいまでは 「やりくりをして日々の必要を満たす、 最低必需的な生活」 の時代でした。 その後、 所得水準の向上で衣食住が満たされるようになり、 日々の関心は 「標準的な経済生活」 「生活設計」 に移ります。 これが85年ごろまで続きます。
 これ以降を 「成熟時代」 と名づけました。 この時代の象徴は、 88年に雑誌 『婦人倶楽部』 が廃刊になったことです。 同誌は 『主婦の友』 『主婦と生活』 『婦人生活』 とともに、 戦後のサラリーマン家庭に家庭生活全般の情報を提供してきました。 「主婦」 であることに自己アイデンティティを持つ人がいて、 日々の生活が成り立っていた時代でした。 四大誌体制が終了後、 こうした雑誌は急激に専門誌化しました。 「一般的な生活」 というものがなくなったのです。 「高度情報化社会」 と 「情報の洪水」 「情報格差」 が表裏の関係にあるように、 成熟社会とは、 「自由な」 自己決定と個人の責任をベースにして生活を組み立てることが要請される社会であると思います。


4、 生活者のニーズは…?
 では、 成熟社会における生活者のニーズとはどんなもので、 どのように満たせばよいのでしょうか。 実は 「どんなニーズがあるか」 は、 自分自身でもはっきり分からないでしょう。 成熟社会のニーズは、 「おなかがすいた」 ではなく 「何かおいしいものが食べたい」 なのです。 それは探さなければないし、 やってみなければ分かりません。 以前のように、 「ある商品」 でニーズを満たすのでなく、 生活経営や生活設計の中でニーズを探しそれを実現する過程そのものでニーズを満たす時代なのです。
 今、 企業では、 消費者相談窓口を取締役と直結させて経営の中枢に置き、 潜在的なニーズを顕在化させることに、 非常に関心を持っています。 生協にはそれが真の意味でできる可能性がありますが、 組合員のニーズを引き出そうという意欲や緊張感をもって関係を作っているでしょうか。
 かつては 「生協だから安全だ」 「商品の取り扱いもきちんとしている」という社会の目が緊張につながっていました。 しかし今、 他の食品スーパーの水準が上がったことなども含め、 緊張感が薄れがちではないでしょうか。 また、 協同というのは、 いろいろな話をする中で、 本人も気づいていないニーズを引き出せる場なのですが、 そのことを意識した語らいの場になっているでしょうか。
 さらに、 生活者を支援するというのは重要なことですが、 一方では支援されすぎることは能力の低下につながります。 すぐに食べられる食品を絵皿トレーに載せて提供することはサービスでしょうか。 生活者の主体性や文化性を奪うことにならないでしょうか。 それがやりすぎになるかどうかは地域の実情によって違います。 地域にどういうニーズがあり、 どこまでを商品化するのかという次の段階も含めて考える必要があるのではないかと思います。
 今、 生協は小売業だけではなく、 NPO など協同に関しても競争相手が増えています。 以前は、 生協の先輩に子育ての相談をしたものでしたが、 今は生協とは別の 「育児サークル」 の活動が盛んです。 育児サークルのように協同の形が細分化し、 競争相手が増えることを、 逆にいい緊張関係が持てるチャンスだと考えてはどうでしょうか。


5、 くらしのフロンティア
 ニーズの商品化とは別に、 今の消費者が非常に求めているのは、 お金・時間・情報の意味を問い、 アイデンティティの編集をすることで自分自身の生活に太鼓判を押すことです。
 特に情報の意味という点で、 私は最近 「自己情報」 ということを強調しています。 商品を選ぶにあたって、 将来こういうことをするためには資金がこれだけいるので、 ここでこういう金融商品を買おう…というように、 自己の生活や将来にとって有効なものを選ぶためには、 自己情報をしっかり整理し、 それに足りない社会情報を見つけて、 自己情報につなげていく力が求められます。
 あふれる社会情報を有効に集めて蓄積するということにおいて、 生協の役割は大きいと思います。 情報には、 例えばこの場での私の話を聞いて得られる 「静的情報」 と、 話を受けて皆さんが話し合ったり自分で考えたりする過程で生み出される 「動的情報」 (金子郁容 『ボランティア もうひとつの情報社会』 岩波書店、 1992年 を参照されたい) があります。 動的情報は、 ある程度時間や場所を共有できる仲間との関係の中で有効に形成されます。 動的情報の生産過程で、 自己情報も更新できるのです。 そういう意味では、 生協というのは組合員自身の成長にとっても非常に可能性をもった組織ですし、 生協にとってもこうした動的情報の中から生まれた創造性が、 商品開発には欠かせないものです。


6、 これからの生協運動と
     理事に求められる役割
1 生活問題解決から生活課題設定へ
 生活問題の解決に取り組んだかつての生協においては、 何が問題なのか、 原因究明、 解決方法の理論武装をすることが先でした。 お話してきたように生活が大きく変化した今、 これからは生活課題設定が必要になります。 そこでは、 アイデアや柔軟な考え方が求められます。 分析的な人ももちろん必要ですが、 組合員がニーズだと意識していないことを自由に語る中でニーズとしてつかむには、 創造力の磨きあいができる人材が本当は必要です。
 そのために理事の方々には、 個人人格を磨くことを勧めます。 「私はここが面白いの」と熱く語る人がいれば、 他の人も 「私はここにすごく関心があるの」 と言い出します。 生活の立場からこそ、 生活者の専門家が出てくるのです。 生活を起点にきちんと積み重ねていくという学問はまだ発達していませんが、 それを理論化することが、 やはり生協や生活の専門的な協同組合にとって必要でしょうし、 そこでしかできないでしょう。 理事さんの個人人格を十分発展させながら、 忙しさにつぶされない組織人格作りを、 組織で進めていかなければならないと思います。
2 生活を見る目
 まず生協が生活を起点に、 社会がどのように見えるのか、 一般の私たちの生活がどのように見えるのかということを整理し、 それを政策にまで持っていき、 政策を生協を通じて個人に返すという循環を作ることが必要かと思います。 生活の政策というのはかなりの部分地域をベースにしますから、 どこまでが 「私だけの問題」 で、 どこからが 「地域の一般的な問題」 なのかを、 生協が咀嚼した上で、 生活に還元することが必要でしょうし、 生協がどのような役割をどのように発揮できるかを判断するためには、 地域の基本的なデータを取り揃えることや、 地域とのコミュニケーションが欠かせません。
3 自立と相互依存
 自立だけではなく、 相互依存が大切です。 まかせられるところはまかせないと、 若い人が育ちません。 理事経験者がいつまでも 「昔はこうだった」 などというのを聞くにつけ、 経験者がどういう役割を果たせるのかを組織的に考える必要があると思います。 経験者に適切なポストや行動を用意し、 昔の経験を今風にアレンジすることが求められます。
4 生協力を高める
 先ほど言いましたが、 サービス化で必ずしも生活者の能力が上がるわけではないのです。 サービス力と生協力は違います。 サービス業に徹するのではなく、 5年後の生活と生協、 10年後の生活と生協ということを見据えながら、 生協の使命を考えていくことが必要ではないでしょうか。


ディスカッションと参加者の感想より

 講演を受けてのディスカッションでは、 理事として 「個人人格」 をどう磨けばいいのかという質問が相次いだ。 これに対し御船さんは、 理事自身が 「私はこういう生活設計をしている」 「こういう生活がしたい」 という思いを持っているかと問いかけた。 「自分の個性や生活を起点にしないと、 組合員に対して熱く語ることもできません。 その人が来るだけでみなが元気になれるような魅力的な理事でないと、 誰も理事になろうとは思わないでしょう。 その魅力は、 その生協の文化でもあるのです」 と指摘。 自分の生活のプロになること、 その上で、 例えば 「今日はいい会議ができた」 と思えば、 なぜ良かったのか分析するとか、 参加者に尋ねてみることなども、 自己情報を更新し個人人格を高めることにつながるとアドバイスした。
 参加者の 「生協の中で創造力を発揮すると 『変な事を考えている』 と言われる」 「組合員からも 『理事は研修の内容を組合員に還元してほしい』 と厳しい目で見られる」 などと 「組織人」 にならざるを得ない現状を訴える声に対しては、 「まず組織人でなく個人として、 今日の研修を 『組合員に還元しなければ』 でなく 『還元したい』 と思って帰ってほしい。 還元することで、 自分の生協はどう変わるのかと考えてほしい。 その思いこそが自分を磨くことになります」 と、 今すぐできる意識改革を求めた。
 御船さん自身も大学で、 例えば、 「大学評価」 実務への参加など研究や授業以外の仕事を引き受けることがある。 御船さんはそれを 「大学評価とは何かを自分自身で整理したり、 大学改革の実際やその背景を具体的に考えるまたとない機会」 ととらえているといい、 理事も 「生協のリーダーになったことは、 自分を変えるチャンス」 だと積極的にとらえることが、 個人人格を高めるのではないかと結んだ。
 これを受けて 「理事だからこうでなければでなく、 自分の中にあふれるニーズを持ちたい」 「まず自分の生活を豊かにすることの意味を考えたい」 「忙しさにつぶされない個人人格は、 生協の中でこそ磨けると感じた」 など、 自分自身を起点に考えることで、 理事のあり方にヒントを得たという感想が多くよせられた。
 また、 生活の変化の視点を、 自分自身の生活の変化に重ね合わせて共感・納得する感想や、 生活者の視点で見る経済という考え方が新鮮でよく分かったという感想も目立った。
 2日間の日程の最後に御船さんは 「 『先生』 でなく 『さん』 で呼び合いましょう」 と提案して発言を終えた。 「お茶の水女子大の御船先生」 や 「○○生協の××理事」 でなく、 2日間を共有した者どうしの間に生まれた動的情報こそが、 個人人格を磨くなによりの材料になったことだろう。

文責) 田中薫