『協う』2002年12月号 人モノ地域

田舎発信のTV局
名和 洋人 (京都大学大学院経済学研究科 博士課程) 


 狂牛病騒動や食品偽装問題、 さらには残留農薬問題などが頻発し、 消費者の食品に対する不信感は、 ここ数年大きくなる一方である。 にもかかわらず、 食品の購入に際して、 都市の消費者は店頭にならんだ商品を見て判断する以外にない。 つい最近になって、 一部に改善への動きも見られるようになったが、 それでも食品の生産過程が十分に都市の消費者に伝わるようになったとは言いがたい。 こういったなかで、 都市の消費者と農村の生産者との間にある距離を、 インターネットを活用して少しでも埋めていこうという取り組みが兵庫県の町で始まった。
 兵庫県氷上郡春日町では、 非営利団体 「シフトアップかすが」 (NPO 法人申請中) が、 まちおこし団体として昨年秋から本格的に活動を開始している。 ここで特に注目したいことは、 この夏から、 春日町の農業や地域のすばらしさを、 インターネット上に放送局を開設して動画を用いて都市に住む人たちに伝え、 さらには全世界に発信していくという野心的な活動を、 この 「シフトアップかすが」 が開始していることである。 そのウェブサイトの名前はズバリ 「田舎.tv」 (http://inaka.tv/)。 ここには、 昔ながらの農村風景が残された田舎の空気をそのまま伝えるテレビ番組がならんでいる。 稲刈りや稲こきの作業、 茶畑の刈り取り作業、 松茸山の入札の様子、 秋祭りの盛り上がる活気などを、 地元の人たちへのインタビューを交えた番組が目白押しである。 動画として発信されているので、 写真や文字では伝えられない田舎の生活感や雰囲気も、 都市住民が自宅に居ながらにしてわかるのである。
 また、 「田舎.tv」 のなかに設置されているオンラインショップにも、 楽しい工夫がなされている。 そもそも、 地域の生産物販売という目的ではなく農業や農村生活そのものを含めた 「田舎の価値観」 を発信することを目指してサイトが作られているため、 品揃えにもこだわりが見られる。 田舎の父母が都会へ出た我が子の健康や生活を心配して、 宅配便で送ってくれそうなものばかりが商品として厳選されているのである。 たとえば、 とうに在庫は売り切れてしまったようだが、 秋に売り出された限定品の松茸などは、 田舎の農村にありがちな裏山の魅力をたっぷりと伝える、 こころのふるさと産品であろう。 また、 自家製の番茶は、 味わいが豊かであるうえ望郷の念さえおこさせる。 そのほかにも、 同様のこだわりの逸品が並んでいる。 さらに、 それぞれの商品について、 生産者の実像がよくわかるような仕掛けがなされている。 いくつかの商品にいたっては、 その栽培、 収穫、 製造過程が動画や写真付で紹介されているのだ。
 ところで、 なぜ 「春日.tv」 ではなく 「田舎.tv」 なのか。 「シフトアップかすが」 の小橋昭彦代表によると、 「田舎.tv」 の目的が、 春日町や丹波の魅力を伝えることだけに限られないからだという。 このネーミングは、 「いまではコンクリートジャングルとなった都市に住む人たちは、 春日町や丹波という地域以前に、 漠然とした 『田舎』 という日本の農村そのものに親近感を抱くのではないか」 という点を考慮した末のことだそうだ。 また、 戦後、 労働力が農村から都市へ大移動してすでに半世紀近くになり、 帰るべき田舎のない人たちも多くなった。 都市に住む人たちに日本の農村の原風景を提供するうえでも、 このような心のふるさと作りは必要ではなかろうか。 実際、 「田舎.tv」 を見て春日町に関心をもち、 実際に訪れて、 しばし心を休める人もいるとのことである。 こういった意図も持ちつつ 「田舎.tv」 は運営されている。
 さらに小橋代表は、 上に述べたようなコンテンツを、 都市の人たちに楽しくわかりやすい形で提供することだけでは満足しない。 本来であれば自然の営みに根ざす農産物が、 農薬漬けになり、 旬を無視した形で店頭において販売されている現状を憂慮して、 さらに一歩、 都市の人たちに語りかけている。 「都市に住む消費者の方たちは、 自然の営みに根ざす農業や農産物の本来の姿をもっと尊重して食品つまり農畜産物を見てほしい。」 と。 「田舎.tv」 は、 今の都市型ライフスタイルのマイナス面を浮き彫りにすることをも視野に入れているのである。
 ここまでに見たとおり、 農村から都市へ数多くのメッセージを発する 「田舎.tv」 の果たす役割は、 とても重要なものであることがわかってきた。 こうした一方で 「田舎.tv」 は春日町や丹波地域への影響力も大きいことを忘れてはいけない。 第1に、 「田舎.tv」 を中心とした 「シフトアップかすが」 の活動は、 地域の生産者に大きなプラスの作用をもたらす。 地域の生産者は、 都市の消費者との直接のつながりを、 「田舎.tv」 が確保しておいてくれることに期待を寄せている。 なぜなら彼らはこの結びつきを通して、 直接販売を行うだけでなく、 都市の消費者のニーズをつかみ、 生産に生かすことができるようになるからである。 こうして今では、 農協を経由して生産物を消費者に届けていた時代に比べて、 より積極的かつ自主的な生産活動を地域の生産者は行うようになりつつあるようだ。 第2に、 「田舎.tv」 が地域の若い世代を動かしつつあることが挙げられよう。 従来、 春日町の若い世代が地域の活動に関心を持つことは、 そう多くなかった。 しかし、 この 「シフトアップかすが」 の取組みには、 春日町の若い世代が大きな期待を寄せているとのことであった。 農村地域の振興においては地域ブランド力をつけていくことが重要といわれているが、 春日町は、 丹波というすでに確立された強力な地域ブランドを持つ地域に属している。 この丹波では 「大納言小豆」 「丹波の黒豆」 などの地域を代表するブランドが、 数多く作り上げられている。 今後、 このブランドのすばらしさを都市の消費者により広くアピールしていく際にも、 「田舎.tv」 は大きな役割を果たしうるのだ。
 このように、 「田舎.tv」 は、 春日町の人たちに自らの町をより深く見つめて、 その潜在力を開花させるきっかけを与える役割を担うようになりつつある。 止まっている自動車が、 力強く走り出すためには、 ギアをシフトアップしなければならない。 同じように、 春日町の潜在能力を十分に生かし、 春日町が力強く走り出だすにあたって、 「田舎.tv」 を運営する 「シフトアップかすが」 が果たす働きはとても大切なものといえるのではないだろうか。
 このように大変に興味深い活動を続ける 「シフトアップかすが」 であるが、 まだ動画の配信を開始したばかりであって、 今後ますます発展する可能性を秘めている。 なぜなら、 春日町は農村地域であるためか、 現状ではインターネットの認知と普及そのものが、 まだまだ発展途上であるからだ。 たとえば、 ビデオ (あるいは写真) の撮影者やレポーターを積極的にかって出てくれる地域の人が今後さらに増えて、 小学生から高齢者にまで拡大していくことにより、 コンテンツも豊富になり、 さらに楽しいテレビ局になりうるのである。 加えて今後、 インターネット回線が高速化されていくことに伴って、 画質が向上して動画送信もずっと容易となり、 「田舎.tv」 がもっともっと魅力的なテレビ局として発展していくことは間違いないだろう。
 都市と農村、 あるいは消費者と生産者を結びつける 「シフトアップかすが」 のインターネット放送局はまだ始まったばかりだ。 今後も 「田舎.tv」 (http://inaka.tv/) から目を離せそうもない。