『協う』2002年12月号 コロキウム

GIS 利用の可能性
奈良大学地理学科教授
碓井 照子

1、 サイバー地理空間と GIS
 GIS とは Geographic Information Systems (地理情報システム) を略したものであり、 1960年代に米国の地理学研究から生まれた研究分野である。 GIS の定義は時代とともに広義なものになってきたが、 簡単に言えば、 コンピュータを利用して地理空間を分析し、 意思決定をサポートするシステムと言えよう。 米国では大学等に700程度の GIS コースだけでなく GIS Specialist や GIS Professional という GIS 専門家という職業分類もあり GIS 技術者の養成が盛んである。 日本でも近い将来、 GIS 技術者のさらなる育成が必要になろう。 なぜなら GIS は、 政府機関だけでなく、 日本国内のすべての地方自治体に導入され、 学校教育や公共サービスだけでなくビジネスの現場でも身近なものとして利用される日がくるからである。
 GIS への社会的関心は、 阪神・淡路大震災以後、 急速に拡大した。 GIS 企業をはじめ GIS ビジネスなる表現も日常会話に利用されるほどである。 この状況は、 10年前の英米に類似している。 10年ほど前、 イギリスの GIS 学会である AGIS の総会に出席したことがあるが、 その頃の GIS フィーバーは今日の日本のそれと変わらない。 当時の英国における GIS ブームの背景には、 サッチャー政権が実施するビッグプロジェクトがあった。 日本でもやはり、 この GIS ブームの背景には政府の実施する国土空間データ基盤整備というビッグプロジェクトがある。 このプロジェクトは、 21世紀型における高度情報化社会の情報基盤を整備しようとするものであり、 これが整備されると自治体や民間企業、 大学・研究機関だけでなく、 一般家庭でも日常的に GIS がワープロ並に利用され、 電子申請をはじめマルティメディアを高度に利用した情報化社会が到来するといわれている。
 もともと情報インフラ整備としての国土空間データ基盤 (The National Spatial Data Infrastructure, NSDI と略す) 整備は、 米国にその先例がある。 今日の米国における経済的成長の背景には、 クリントン政権下のゴア副大統領の情報スーパーハイウェイ構想と全米空間データ基盤整備による情報社会基盤の整備があり、 当時の不況化の米国を情報産業のイニシアティブにより克服しようとしたクリントン政権の情報政策がある。 簡単にいえば、 コンピュータ上に現実世界 (Real World) を再現し、 このサイバー地理空間で社会的な活動 (経済活動、 政治活動、 文化活動) を展開しようとすることである。
 一般的には、 サイバースペースは、 現実の地理的空間とは異なり、 距離感のない世界であるといわれる。 従来の距離に制約された経済活動からの解放、 グローバルなインターネットビジネスともいわれる。 確かに、 インターネット上では、 容易に世界中とのコミュニケーションが可能であるが、 物流や人的行動は物理的に距離制約から逃れることはできない。 ナホトカ号の油流出事故のときに経験したことであるが、 情報の発信基地には多数のボランティアが訪れたが、 情報発信の少ない汚染現場では、 ボランティアにあまり知られることなく、 援助が少ないというケースもみられた。 サイバースペース時代で注意すべきことは、 情報発信の度合いに応じて差別化が進行するということである。 現在、 インターネットのサイバーマップ企業案内などは、 その例であり、 サイバーマップに登録していない企業は、 インターネットユーザーからは見えないのである。 現実の地理空間とは異なる社会システムが形成される可能性があるサイバースペースのこの問題点を解決する手段は、 距離感のある現実世界をコンピュータ上に再現することである。 それがサイバー地理空間といわれる電子国土構想である。 クリントン政権下で副大統領であったゴア氏が提案したデジタル地球構想 (Digital Earth) はこの目的に合致したもので、 図1に示したように地球規模から1国規模、 市町村レベルから1棟レベルまで世界中をくまなく、 インターネット上で見れるという利点がある。 グローバルレベルからコミュニティーレベルまでの地理空間を再現できるのである。 このサイバースペースをサイバー地理空間という。 サイバー地理空間は、 2次元の電子地図や電子画像地図としてもまた3次元の立体空間としても再現でき、 用途に応じて選択をすればよい。 3次元立体空間に行政界や道路の中心線などの2次元電子地図を重ねて表示することも可能である。 図1に示したようにこのような地球レベルから地域社会レベルまでのシームレスなサイバー地理空間がコンピュータで作成可能になった背景には、 これまで各国が独自に有していた測地系 (測量の座標系) を世界共通の測地座標系に変更したことがある。 日本では、 2002年4月に測量法が改正され、 明治以来使用した日本測地系から世界測地系に測量の座標系が変更された。 これにより、 世界中で同じ測地系を使用することになり、 地球上の緯度経度が一つの地球重心から計測されることになったのである。 これを測地成果2000という。 電子国土は、 そのスケールに応じて身近な電子地域社会から電子地球まで存在する。 21世紀の社会構造は、 この2種類の国土の上に展開するのである。
 しかし、 ここで注意しなければならない点は、 サイバー地理空間の位置精度と新鮮さ (データ更新の問題) にある。 つまり、 サイバー地理空間は、 グローバルレベルからコミュニティレベルまで縮小可能であるが、 精度がよいサイバー地理空間を作成しないと拡大や縮小に耐えられないという点にある。 つまり、 地球上の同一の場所の位置が、 使用するサイバー地理空間のスケールによってバラバラに異なった位置に表示されるなら社会的混乱が生じてしまう。 サイバー地理空間を共通の社会資源と考えるなら、 社会基盤的骨格情報は共通で使用する必要がある。 ここに、 国土空間データ基盤整備の必要性があるといえ、 この国土空間データ基盤の精度は、 最も良いものでなければならない。
 従って、 国が整備する社会情報基盤に求められるものは、 社会的混乱を起こさない為の位置参照の枠組みといえよう。 つまり、 基準点、 道路、 河川界、 行政界…等の基本的な骨格情報が、 高度情報化社会には不可欠のものであり、 この電子的な位置参照の骨格情報を国土空間データ基盤というのである。 日本における国土空間データ基盤は、 阪神・淡路大震災の経験を踏まえて、 政府が本格的に整備するようになった。 震災という社会的危機状態の中で、 国土空間データ基盤の必要性や GIS の応用可能性が明確になり、 従来の GIS の問題点や国土空間データ基盤の要件が明確になってきたからである。



2、 電子自治体・電子申請と
      国土空間データ基盤整備
 阪神・淡路大震災では、 神戸市長田区役所の窓口業務支援に GIS が導入され、 瓦礫撤去業務支援にわが国としてはじめての防災 GIS 活動が京都大学防災研究所 (亀田研究室) と奈良大学地理学科 (碓井研究室) で展開された。 この活動は、 その後の国土空間データの基本的な考え方に影響を与えたが、 その一つが、 窓口業務から受付申請業務と同時にデータベース (各種台帳と地図) の更新を自動化するという考え方であった。 それは、 その後、 電子申請と GIS のデータ更新を結合することになり、 前述した GIS データの新鮮さの問題点を解決することになるのである。
 電子自治体で実施される公共事業や建物建設関係の電子申請業務の図面から GIS のデータベースを日々、 更新することにより、 実世界で建設される建物や道路の変化が GIS データベースの更新につながり、 そのことから、 GIS で作成されるサイバー地理空間の更新も可能になるのである。 今や、 GIS は、 電子自治体の図面管理システムとして地方自治体の行政情報システムの中核に位置付けられている。 この地方自治体における GIS 導入を [統合型 GIS] の導入という。
 阪神・淡路大震災後、 地理情報システム (GIS) 関係省庁連絡会議が1995年9月に組織され、 22省庁が連携して国家的な取り組みがなされた。 省庁再編の中で国土交通省の国土地理院 (http://www. gsi. go. jp/REPORT/GIS-ISO/gisindex. html) と国土計画局総務課国土数値情報整備室 (http://www. mlit. go. jp/kokudokeikaku/gis/index. html) がその事務局である。 GIS 関係省庁連絡会議 (課長級) は、 「中間とりまとめ」 (1996年6月) の中で、 GIS 研究会の報告書をベースに国土空間データ基盤の定義をしている。 国土空間データ基盤とは、 ■ GIS の利用を支える地図データとしての基礎的なベクトルデータ (測地基準点、 標高、 道路、 河川、 海岸線等、 道路中心線、 行政区域、 建物データなど) と■住居表示や地番などの間接的な位置参照情報 (基本空間データを地図データにリンクする住所や地番の経緯度や測地座標で示される代表点) ■基本空間データ (基本的な統計データや台帳データ) ■デジタル画像であり、 この内、 ■と■を空間データ基盤としている。 つまり、 国土空間データ基盤とは、 空間データ基盤、 基本空間データ、 デジタル画像からなる社会基盤情報である。
 1996年9月から GIS 関係省庁連絡会議は局長クラスに格上げされた。 学識経験者からなる 「GIS 整備推進検討委員会」 (委員長;岡部篤行、 1996年11月設置) で調査、 検討、 資料作成をおこない、 その結果をもとに GIS 関係省庁連絡会議が、 1996年12月に長期計画 (1996から1998の基盤形成期、 1999~2001) を策定し、 日本における国土空間データ基盤整備の検討を本格的に開始した。 1999年3月には、 空間データ基盤を国土空間データ基盤標準として整備項目が決定された。 詳しい内容は、 地理情報システム (GIS) 関係省庁連絡会議 (1999) の以下のサイト (国土空間データ基盤標準及び整備計画:http://www. mlit. go. jp / kokudokeikaku / gis / seifu / seifu_f.html) で公開されている。
 また、 政府は、 2002年2月に 「GIS により豊かな国民生活を実現するための行動計画」 という副題の GIS アクションプログラム」 (地理情報システム (GIS) 関係省庁連絡会議、 2002) を公開した。 その内容は、 政府全体で進められている 「e-Japan 重点計画」 と整合を図り、 政府が作成した GIS データは、 すべて公開されることになったのである。 このことにより、 新たに、 政府の各分野において GIS を率先して有効に活用し、 自ら行政の効率化と質の高い行政サービスの実現をはかり、 広く国民一般に普及することをその政策目標としたのである。 (GIS アクションプログラム2002-2005:http://www. mlit. go. jp/kokudokeikaku/gis/seifu/seifu_f.html)
 政府が GIS 整備を国家的なビッグプロジェクトとする背景には、 21世紀の IT 革命で形成される21世紀型高度情報社会の基盤技術として GIS が認識されているからである。



3、 21世紀と GIS
 21世紀の情報革命は、 現実の地域社会だけでなく、 電子地域社会をコンピュータ上に形成するといわれている。 電子政府/電子自治体、 電子国土等といわれる政府の GIS 関係のビッグプロジェクトはそのことを示しているのである。 図2は、 現実世界 (Real World) とサイバー地理空間の関係を示したものである。 20世紀の社会科学は、 自然科学とは異なり実験場をもたず、 社会で実践する科学であるといわれてきた。 都市開発や農村開発は、 開発理論が直接、 実践され、 道路やダム等が建設されたが、 一方で、 過密や公害なども生じて来たのである。 これは、 開発政策が適切であるかどうかを社会的実践以前に実験する方法がなく、 その評価が事前に不可能であったからといえる。 しかし、 21世紀には現実世界と同等のサイバー地理空間として電子国土や電子地域社会があり、 コンピュータ上でダムや道路建設による社会的影響を実験することが可能になるといわれている。 サイバー地理空間の作成と分析を可能にする技術が GIS である。 GIS は、 コンピュータ上に現実社会と同じ、 電子地域社会や電子国土を構築し、 それらの上で、 様々なシュミレーションを可能にする IT 技術である。
 20世紀、 地球環境は開発により破壊されてきた。 21世紀には、 地球環境の開発と保全が社会的な重要課題である。 GIS により政策リスクの少ない政策意思決定が可能になるだけでなく、 住民との双方向の政策決定も可能になるといわれている。 図2に示された電子国土とは、 従来、 公共事業で建設されてきた道路や橋梁、 ダム、 公共施設などの社会基盤の電子的な社会情報基盤であり、 実世界で実施するまえの政策等を実験できるサイバー地理空間である。 このことが政策リスクを下げ、 地球環境にやさしい政策のみを実現させるのである。
 図3は、 空中写真や高解像度衛星画像や DEM から3次元地理空間を作成したものである。 DEM とは Digital Elevation Model とよばれる地球上の地表面のモデルで、 地面の標高が1mから50m、 250mなどの格子点の間隔で経緯度と標高の対のデータを計測し作成される地形モデルである。 DSM が地面に限らず建物や植物の表面の高さを計測するのに対し、 DEM では、 地面の標高 (地盤高) のみを計測する。 図3では、 DEM から等高線を作成し更に、 土地利用を分類し表示したものである。 この3次元地図では、 上空から飛行機に乗って景観を眺望しているようなフライトシュミレーションが可能であり、 河川の断面図や水田の面積計算等も容易にできる。 また、 集落を拡大し、 建物をクリックすると居住者や所有者の情報も見られ、 自宅に最も近い診療所の位置の検索もネットワーク分析で可能である。 さらに、 道路に沿った10mの緩衝域をバッファリングで作成することにより道路の騒音公害を受けるであろう農家を選択することも可能になる。 GIS がコンピュータグラフィックスと区別されるのは、 景観の3次元表現だけでなく、 バッファリングやネットワーク分析、 面積計算や空間検索などの多様な空間分析法が利用できる点にある。



4、 GIS を利用した地域情報化と生協活動
 GIS とはサイバー地理空間で様々なシュミレーションを行い、 意思決定を支援するシステムである。 したがって、 生協活動で GIS を利用する場合、 ベースになる電子地図が必要になるが、 最近では、 政府の国土空間データ基盤整備の成果としてデータが入手可能である。 特に、 1/2500縮尺の市町村レベルの電子地図と街区レベルの位置参照データをインターネットで無償公開している。 (前述の国土交通省のサイトからダウンロード可能) 県レベルの電子地図は、 2002年度から2003年度中に無料で国土地理院のホームページから公開される 「数値地図25000」 も利用可能になる。
 将来は県別に 「GIS センター」 (各県別に名称は様々) が作られ、 県域のすべての GIS データはインターネットから入手可能になる。 現在はその準備期であり、 各県ごとに多様な取り組みがなされており、 岐阜県の 「ふるさと地理情報センター」 (http://www. gis. pref. gifu. jp/) や三重県の GIS サイトは、 先進的な事例であるといえよう。 これは、 前述した統合型 GIS の先駆的な事例であり、 統合型 GIS が地方自治体で整備されると住民への GIS サービスが一気に進むと考えられる。
 つまり、 現在、 電子自治体政策の中で実施されている 「地域情報化」 政策は、 GIS を利用したサイバー地域社会の形成とその運用を政策目標とした e-Japan 政策の一つである。 これは、 国土空間データ基盤整備と連動しており、 地域社会の住民のすべてのサービスの向上を GIS を利用して実践しようとするものである。 この政策の背景には、 米国における GIS ベースのコミュニティ政策がある。 米国においては、 オープンな情報社会を形成するため、 WebGIS の技術を多くの地方自治体や民間企業が利用しており、 例えば、 最もサービスがよく、 尚且つ自宅に近い医療機関を WEB 上で検索し、 Web 上で予約ができるようになっている。 福祉、 教育、 犯罪、 消防活動などすべての住民サービスに WebGIS が利用されているのである。 日本における、 先進的な市レベルの地方自治体の統合型 GIS の事例として西宮市、 豊中市、 横浜市などがあり前述した岐阜県のサイトにリンクされている。
 生協活動は、 地域住民の生活に密着しているため GIS を利用して地域住民の特性を分析し、 そのニーズに見合った活動を展開する必要がある。 そのために、 生協活動で当面必要な GIS を利用した調査として以下のものがあげられよう。
■組合員の居住地特性を GIS で分析し、 売上予測シュミレーションをする。 (地域別組合員年齢構成と購入額の関係、 国勢調査地域別年齢構成と組合員年齢構成のミスマッチなど)
■現在、 戸配が増加しているが、 組合員の住所からみた配送計画の効率的見直し (ネットワーク分析による配送計画の効率性の評価分析)
■組合員のニーズ調査を地理的分布図に表現し、 その地域特性を分析して商品開発に利用 (組合員の住所から政府が無償で提供している街区レベル位置参照情報を使用し、 組合員分布図を作成すると商品別購入分布図がすべて作成可能)
■生協オリジナル製品のトレーサビリティの充実 (生協の製品に記載された住所から検索するとその生産地の様子を WebGIS 上で見れるようにする。 組合員は、 インターネットから生産地の情報を確認できる。)
■に関しては、 Autodesk 社の MapGuide という GIS ソフトを利用して実用化している生協もある。 つまり、 地域情報化がすすめば、 サイバー地理空間の基本的な GIS データは、 地方自治体が提供する GIS センター等からダウンロードが可能になる。 このことは、 生協活動が地域社会とは不可分なゆえに21世紀型の生協活動では GIS は日常的に利用されるということを意味している。 生協活動における GIS 利用の可能性は100%といえよう。 ただし、 それは、 政府の国土空間データ基盤整備や地方自治体における統合型 GIS 整備の進捗状況に応じて、 GIS の多様な利用が実現されると考えられる。 21世紀は、 GIS なしでは、 暮らせないといっても良いほど、 すべての社会生活に GIS は関係してくるのである。


               
プロフィール
うすい てるこ
奈良大学文学部地理学科 教授
GIS 学会会長 関西事務局長
市民生活協同組合ならコープ理事
主な論文・編著書-
「GIS 研究の系譜と位相空間概念」、 人文地理 47-6 pp.42-64
「活断層からの距離別地震被害の GIS 分析-阪神・淡路大震災における西宮市の建物被害と地下埋設管被害-」、 第4紀研究 39-3 pp.399-412
「GIS 原論」 古今書院、 (共著・翻訳)
「電子国土の動向を探る」 (共著)
図1 地球レベルから地域社会レベルまでのサイバー地理空間
図2 20世紀と21世紀の相違と GIS
図3 サイバー地理空間と GIS データモデル 「ひとり勝ち」 ではなく無数の 「一番」 を生む手法