『協う』2002年10月号 コロキウム

切り離される
「食」と「農」をどうするか
九州大学大学院農学研究院教授
村田 武


〈BSE・牛肉偽装・会社解散〉
 昨年2001年9月10日に農水省が国内1頭目の BSE (牛海綿状脳症、 いわゆる狂牛病) の疑いのある牛を発見したというニュースは、 世界を震撼させた翌9月11日の米国での 「同時多発テロ」 とブッシュ政権の報復戦争のニュースに押され気味であった。 しかし、 事態は意外な方向に急展開した。 国 (農水省) が BSE 対策として10月下旬に実施した国産牛買上げ・焼却事業 (300億円) を悪用して、 輸入牛肉を国産牛肉に偽装して業界団体に買い取らせた事実が、 本年1月23日の雪印食品を先頭に連続して暴露される事態となったのである。
 雪印食品がまもなく4月30日には会社解散のやむなきに至ったことは驚きであった。 私には、 殿中刃傷の即日に切腹を命じられた浅野内匠頭と雪印食品とその従業員の姿がスクリーンに二重写しになった。 そのほとぼりの冷めぬ6月28日には、 BSE 発生後の消費者の牛肉離れもあって経営悪化に陥っていた日本食品 (福岡市) の偽装が明らかになり、 これまたそれに 「便乗」 するかのごとく、 あわただしく7月3日には福岡地裁に民事再生法の適用を申請した。
 また、 この間にあって、 全農チキンフーズの鶏肉偽装 (タイ産・中国産の鶏肉を鹿児島産と偽装) から茨城県の玉川農協の東都生協との産直豚の偽装など、 相次ぐ JA グループの不正事件が生協の産直事業を揺るがしている。
 8月中旬、 連日各紙朝刊1面には、 業界最大手の日本ハムグループまでもが、 牛肉偽装・隠ぺい問題で、 農水省の自粛指導に基づいて牛肉事業停止に追い込まれたことが報じられた。 日本ハムは食肉業界にとって BSE の逆風のなかで、 「独り勝ち」 と言われてきたのにである。 また、 この間、 牛肉の買上げ・焼却事業 (300億円) を行った農水省が、 「国産証明書」 の提出を義務づけず、 しかも当初はその検査について抽出検査にとどめ、 偽装が続発するなかでようやく本年4月下旬になって全箱検査に踏み切ったものの、 買取り申請をした企業名の全容を明らかにしないなど、 その偽装・隠ぺいに対する甘い対応は食肉業界との癒着だと批判されてもやむをえまい。 また、 この間の偽装の暴露は、 大半は内部告発によるものであり、 労働組合によるものではなかった。 事件発生後も労働組合の発言は、 ほとんど聞かれない。 このことも含めて、 この牛肉偽装事件は、 まさにわが国の食や農業をめぐる現代的特徴をまざまざとさらけ出しているように思える。
 第1に、 なぜ、 雪印食品が会社解散に追い込まれ、 日本ハムのハム・ソーセージと加工食品の販売数量が一挙に4割減になるのか。 大手スーパー、 イトーヨーカ堂 (178店)、 イオン (グループで約750店)、 西友 (グループ含め約400店) が先を争うように、 さらにダイエーも追いかけて日本ハムグループの商品を店舗から撤去したからである。 国内の牛肉供給の1割余り、 ハム・ソーセージについては人気商品 「シャウエッセン」 などで20%のトップシェアを誇る業界トップの日本ハムグループを先頭に、 食肉業界の寡占企業化が進む一方で、 食肉流通分野も大手スーパーが支配する世界になっている。 食肉製品のナショナルブランド化とそれをめぐる独占的企業のシェア争いが、 テレビ・コマーシャルで消費者の意識に日常的に 「ブランド・イメージ」 を叩き込む競争を強い、 異常なまでの超ナショナルブランドを生み出してきたのである。 今回の偽装事件は、 「社会的に信頼のおけない企業」 というレッテルを自らに貼り付けたということであって、 消費者向け商品を偽装したわけではないにもかかわらず、 超ナショナルブランド食品メーカーであるからこそ、 そうした 「ブランド食品」 の品揃え競争にしのぎを削ってきたスーパーの、 「失墜したブランド」 メーカーとの心中はお断りだという、 これまた独占企業的巨大スーパー資本なればこその冷徹なマネージメントにさらされたのである。 わが国の食料供給・流通において、 食生活の 「高度化」 を象徴し、 高付加価値で企業に対して高収益を保証した食肉の分野が、 まさに巨大な加工メーカー、 量販店チェーンに握られているという事実があってこそ、 偽装事件とその後の事態の展開があったのである。

〈輸入急増のなかでの残留農薬〉
 この10年余り、 野菜の輸入が急増している (図1)。 かつては、 冷凍ものはアメリカから、 生鮮が中国からという棲み分けがあったが、 今や中国が生鮮、 冷凍を問わず、 野菜輸入相手国のトップに躍り出た。
 その背景には、 いくつかの要因が指摘されている。 第1に、 国内における野菜消費が減少に転じるとともに、 野菜産地における生産農家の高齢化などによる生産の減少がいよいよ顕著となっていることである。 第2に、 野菜消費が家庭消費よりも、 外食や調理食品 (最近では総菜など持ち帰り調理食品を 「中食」 (なかしょく) と呼ぶことが多い) の消費が増加し、 それが家庭消費需要よりも、 加工原料野菜の定量・低価格供給を求める業務用需要を伸ばすことになったが、 そうした需要には主として生鮮野菜供給を担ってきた国内野菜産地には対応が困難であった。 第3に、 野菜小売流通においても、 従来の 「野菜屋」 に代わって、 スーパーマーケットのシェアが圧倒的となり、 スーパーの低価格品の安定的な品揃え要求が野菜小売り流通を支配することとなり、 これまた卸売市場向けの共販体制の構築に力を入れることで、 収益の上がる価格の実現に努力してきた国内産地にとっては逆風となった。 業務用需要、 スーパー流通の増加は、 商社や中央卸売市場の荷受け資本、 食品加工メーカー、 そしてスーパーマーケット・チェーンをして、 ニュージーランド、 アメリカ、 そして中国、 韓国と、 環太平洋の全域で海外野菜の調達競争を激化させ、 今や中国については、 農村労賃がわが国の20分の1以下という低水準による低コスト・低価格野菜の 「産地開発」 によって安定的な輸入を日常化させるにいたったのである。
 そして、 ここにきての冷凍ホウレンソウやエダマメなど中国からの輸入冷凍野菜からの安全基準値を上回る残留農薬の相次ぐ検出である。 中国産冷凍野菜に依存してきた外食産業界が恐慌状態に陥り、 これに前述の食肉偽装事件や、 頻発する食品表示偽装、 さらには中国産ダイエット食品による死亡者の発生などが重なって、 国民消費者に食品の安全性に対する注意をいやが上でも喚起する事態になっている。
 問題の発端は、 農民運動全国連絡会 (農民連) の食品分析センターがスーパー店頭などの冷凍ホウレンソウを検査したところ、 次々に基準値を超す残留農薬 (クロルピリホス) が検出されたと今年3月に発表したことにあった。 農民連の告発に慌てた厚生労働省は、 「冷凍など輸入加工食品を農薬残留基準の検査の対象としない」 としてきた方針を転換してモニタリング検査を開始せざるをえず、 7月10日には、 輸入業者に対して中国産ホウレンソウの事実上の輸入自粛を指導せざるをえなくなったのである。
 商社やスーパーマーケット・チェーンは、 現地では契約農家に厳格な栽培基準を求めているものの、 常時検査できるわけもなく、 加工業者は原料の不足分を市場で調達することもまれでないうえに、 農民にはわが国の昭和30年代にみられたような農薬への過度の依存の状況があるのだから、 中国国内で大きな問題になっている 「毒菜」 が日本向け加工原料野菜に紛れ込むのはやむをえないことであろう。

〈食料の安定供給責任の放棄〉
 さて、 わが国の食料自給率は40%にまで下落している。 龍谷大学の J・R・シンプソン教授 (フロリダ大学名誉教授) は、 「自給率40%ではなく、 海外への食料依存度60%というのが正しい」 としたうえで、 この事態に危機感をもたない日本人は信じがたいとしている (同氏著 『これでいいのか日本の食料』 、 家の光協会、 2002年刊)。
  「食料・農業・農村基本法」 (平成11年制定) は、 その第15条の 「食料・農業・農村基本計画」 において、 食料自給率を平成22 (2010) 年度に45%に引き上げるという目標を掲げているものの、 その実現はこのままでは全くおぼつかないものになっており、 まさに日本国民の食は国内農業と切り離される事態となっている。 1965 (昭和45) 年度の食料海外依存度はわずか27%であった (図2)。 当時、 供給熱量合計2,459kcal (人・日) の44.3%は米によるものであったから、 当時の食生活パターンは、 〔主食+副食〕 型の動物性蛋白質はわずかの魚介類が主であって、 大豆が重要な蛋白質源であった伝統的な食生活をまだ残すものであった。 ところがそれから35年後の2000年度には、 豊富な食肉や乳製品など動物性蛋白質や脂肪の供給が増え、 食生活は多様化して、 〔主食+主菜+副菜〕 型に 「高度化」 した。 油脂類が14.6%にまで増えており、 ここでは図表で示していないが、 他の食品に含まれる脂肪分を合計すると脂質熱量比率は28.6%にまで上昇しており、 とくに若い世代での脂質摂取の増え方が危惧されており、 生活習慣病多発のアメリカ型の脂肪摂取過多に近づきつつある (アメリカの脂質熱量比率は最近では37%)。 しかし、 まだ救われるのは、 米と小麦 (したがって、 ご飯、 パン、 麺類) を合計すると、 つまり炭水化物が供給熱量の3分の1強 (36.2%) を占め、 「主食」 の位置を保っていることにある。 しかし、 このようないわば豊かな食生活は食料の海外依存を高めるなかで実現されたものである。 ちなみに、 米を除く供給熱量合計2,015kcalのうち1,513kcal、 すなわち75.1%は海外に依存している。
 しかし、 このような日本国民の食生活の変化とそれの驚くべき海外依存の背景には、 第1に、 わが国の経済成長が輸出工業立国化によるものであり、 工業製品のアメリカへの輸出拡大の見返りに工業原料・エネルギー資源だけでなく、 農産物の輸入拡大・自由化を受け入れるものであったことがある。 第2に、 この間の国内農業は、 農業基本法 (昭和36年) の選択的拡大農政と食料管理制度による米価引上げのなかで、 かんきつ類を始めとする果樹農業や野菜・花き農業、 そして飼料をアメリカに依存したものの酪農や肉牛、 養豚、 養鶏など畜産もそれなりの展開をみせた。 しかし、 第3に、 1975 (昭和50) 年代になると、 世界的な農産物過剰と農産物貿易摩擦が激化するなかで、 アメリカの農産物市場開放要求が強まり、 オレンジや牛肉の輸入自由化に始まって、 わが国の農産物市場は大きく開放され、 1995 (平成7) 年には、 WTO (世界貿易機関) の自由貿易体制に組み込まれて、 いわば国内農業は丸裸ともいえる状態に置かれることになったのである。 政府は、 WTO 体制に対応して、 食糧管理法を廃止して食糧法に変え、 農業基本法に換えて食料・農業・農村基本法 (新基本法) を制定した。 ウルグアイ・ラウンド農業合意 (WTO 農業協定) の結果、 米までもミニマム・アクセス輸入をせざるをえなくなった。 食糧法には、 米価を下支えする機能がないこともあって、 100万haを超える減反をしながら、 米価は輸入米価格に引きずられて低下する一方になっている。
 そして、 いまや小泉内閣の構造改革は、 「BSE 問題に関する調査検討委員会」 (高橋正郎委員長) の報告書が農水省や厚生労働省の不作為を厳しく批判したことを奇貨として、 「軸足を生産者から消費者に移す」 ことを標榜しながら食料の安定供給という国の責任から逃れようとしている。 『「食」 と 「農」 の再生プラン・消費者に軸足を移した農林水産行政を進めます』 (農林水産省, 平成14年4月) は、 「食の安全と安心の確保」 を最前面に掲げる一方で、 農業経営の法人化をめざす農業構造改革の強行をめざすものである。 食料供給については、 「不測時の食料安全保障マニュアル」 (平成14年3月) で、 輸入の途絶など 「事態の深刻度」 に応じて、 緊急増産と価格・流通統制を行うという有事対応に逃げ込んでいる。 わが国農業の根幹をなす水田農業を支え、 稲作への意欲を生産者が出せる政策こそ日本農業再建の道であるのだが、 小泉構造改革はそれとはまったく逆の道を駆け抜けようとしている。
 さて、 財界の圧力を受けて、 政府はにわかに韓国やメキシコとの自由貿易協定 (FTA) の締結に躍起になっている。 グローバリゼーションのなかでわが国の生きる道は FTA にしかないとでも言いたいようである。 問題は食料・農産物問題である。 小泉首相の 「包括的経済連携構想」 が東南アジア諸国連合 (ASEAN) では不評との報道があるが、 これは、 さしあたり 「農産物市場の開放は WTO で詰める」 という基本的立場を政府として崩せないことによる。 しかし、 中国が ASEAN との自由貿易協定の農産物を含む基本合意に向けての動きが急であることを受けて、 財界を中心に、 またその意を受けたマスコミの政府への圧力が強まるであろう。 すでに韓国とは、 貿易障壁撤廃の課題を整理する共同研究会が発足しており、 その検討期間も2年以内に設定されている。 2002年7月8日に開かれた農水省と日本経団連の幹部が意見交換する懇談会では、 農水省は 「FTA の交渉に当たっては農林水産分野をセクターとして排除するものではない」 とする一方で、 武部勤農水相 (当時) は、 「日本農業の置かれた厳しい状況下で利害得失を検討し、 構造調整努力に支障のないようにしたい」 とも付け加え、 対応に含みを持たせたとされている。 財界が望むような自由貿易一本槍の 「東アジア圏構想」 は、 わが国農業と食品加工中小企業をさらに苦境に追い込み、 食料供給の不安定化を避けがたくするものである。 わが国の海外食料依存度60%のもとでの国内農業の苦境と、 食と農が切り離されるなかで脅かされる食料の安全性を考えるとき、 わが国と韓国・中国の農業の共存と共生を実現することが東アジアにおける21世紀の重要な課題である。

               
プロフィール
むらた たけし

九州大学大学院農学研究院 農業資源経済学部門 教授
日本農業市場学会 会長
くらしと協同の研究所 研究委員
エフコープ生活協同組合 学識理事

研究テーマ
・WTO 体制と農業政策・アグリビジネスと協同組合
・EU 農政       など

主な編著書
・ 『世界貿易と農業政策』 ミネルヴァ書房 (1996年)
・ 『消費者運動のめざす食と農 (共著)』 農文協 (1994年)
など