2002年6月号
視角
報道・表現の自由を侵害する 「個人情報保護法案」 を廃案に!
久米 弘子
個人情報の保護とは
今、 国会で審議されている 「個人情報保護法案」 をご存知でしょうか。
「個人情報」 とは、 氏名、 住所、 生年月日、 職業、 財産、 思想、 信条、 前科・前歴、 病歴など 「個人」 に関する全ての情報をいいます。 住民基本台帳法改正 (1999年) による個人情報の全国コンピュータ化や、 情報通信技術の発展による個人情報の集積によって、 本人の知らない間に利用・流通するなどプライバシー侵害の危険が増えたことから、 個人のプライバシー権を保護し、 自分の個人情報の開示や訂正を求めることのできる立法を求める声が高まりました。
しかし、 今回の法案は、 国民の側からのこの要求に応えたものではありません。 むしろ、 「人権擁護法案」 や 「有事法制関連法案」 とともに、 報道による人権侵害を防止するという名目で、 メディア対策・メディア規制をし、 国民の知る権利を侵害しようとしていることが大きな問題になっています。
取材や報道を妨げる 「基本原則」
法案には個人情報を取り扱う者全てに適用される 「基本原則」 として、 「利用目的を明確にする、 適法・適正な取得、 正確で最新の内容を保つ、 漏洩防止など安全性の確保、 本人が適切に関与できるよう配慮する」 の5つが定められています。 この点について日本新聞協会の意見書では、 「取材を受ける側の情報提供が萎縮したり、 基本原則を口実に取材を拒否するケースが増加し、 十分に報道できなくなることが予想される」 と指摘しています。 例えば、 鈴木宗男議員の疑惑にかかわる外務省内部文書などは、 「個人情報」 としてその 「適法かつ適正な方法での取得」 や 「本人が適切に関与したか」 が問題にされ、 追及できなくなるおそれがあります。 医療過誤や薬害、 食品の安全性や生産地などに関する内部告発なども同様のおそれがあります。
罰則付の 「義務規定」
法案は、 違反の場合の罰則付 (6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金) で 「個人情報取扱業者」 に対して、 個人情報の適正な取得や第三者への提供の制限、 本人からの開示、 訂正、 利用停止などの請求に応じる義務を定めています。
これは、 一見、 国民の求めるプライバシー保護立法の内容を認めたように見えますが、 最も基本的な自己コントロール権の規定がなく、 むしろ、 国民が自分の個人情報の開示を求めても 「事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」 には事業者が拒否できる、 との規定をおくなど、 きわめて不十分な内容です。 また、 思想、 信条、 前科・前歴、 病歴等センシティブ情報の収集を禁止していないことや第三者提供の制限が不十分などの問題もあります。
何よりも大きな問題点は、 「個人情報取扱事業者」 の範囲と、 その義務規定の適用除外についてです。
「取扱事業者」 からは、 まず国の機関や自治体等は除外されています。 政令で定める 「小規模事業者」 も除外されますが、 「小規模」 とは取扱う情報が5000件程度までというのが政府答弁ですから、 一定の規模の労働組合やその連合体、 医療機関、 市民団体、 生協などはほとんどが対象になり、 主務大臣が 「義務違反」 と判断すれば、 是正勧告や利用停止命令が出せることになります。 また、 報道機関や政治団体、 宗教団体、 学術研究機関などは適用除外とされていますが、 主務大臣が報道や政治活動の 「目的外」 と判断すれば適用可能となります。 「報道機関」 として明記されていない雑誌、 出版社、 文学者、 写真家などについては、 主務大臣の判断次第となります。 このように主務大臣の判断にゆだねられていることから、 不正や疑惑追及にストップのかかるおそれがつよくなります。 (生協は適用除外にはあたらないのがほとんどですから、 その機関紙等の記事の取材や報道は写真も含めて 「義務規定」 の適用対象になります。)
「人権擁護法案」 と 「有事法制関連法案」
「人権擁護法案」 でも、 報道機関等の取材・報道活動による 「人権侵害」 を差別的取扱いや虐待等と同列に 「特別救済手続」 の対象とし、 また、 その救済機関を政府から独立したものとせず法務省の管轄におくことにしています。
さらに、 「有事法制関連法案」 でも 「武力攻撃事態」 では NHK など指定公共機関に対して、 首相の指示権や代執行権が及ぶ可能性があり、 報道規制が予想されています。
ぜひ廃案に
一部マスコミによる過剰報道やプライバシー侵害については、 マスコミ自身にも深い反省と是正が必要ですが、 このように取材や報道の自由を国家権力で制限するような法律は国民のプライバシー保護とは無縁であり先進国には例がありません。 松本サリン事件の報道被害者である河野義行さんが、 「権力が被害者からメディアを遮断する根拠となり、 結果的に権力に都合のいい情報だけが選択されて流されかねない。 メディアが権力を監視できなくなる」 (京都新聞2002. 5. 15) として反対されているのは、 法案の本質をついています。 ぜひとも廃案にしましょう。
前のページへ戻る