2002年6月号
特集 #1



『食品偽装表示と生協産直』

増田佳昭 (滋賀県立大学環境科学部) 


<偽装表示問題の問いかけるもの>


相次ぐ食肉偽装問題の発生を受けて、 研究所では4月6日、 緊急フォーラム 「食肉偽装問題の問いかけるもの」 を開催した。 予想を上回る60人以上の参加があり、 生協関係者の関心の高さがうかがわれた。 詳しくは、 くらしと協同の研究所発刊の記録集 (同研究所通巻32号) を、 参照いただきたいが、 フォーラムを通じて強く問われたのは、 以下のような点ではなかったかと思う。

一つは、 食品偽装表示が構造的なものだとすれば、 生協はその構造から無縁だったのかである。 食品偽装表示は何も生協に限ったことではない。 食肉業界を典型にわが国食品業界にはびこってきた病理である。 だからといって、 生協がそれに 「まきこまれた」 ことは、 やむを得ないことだったのだろうか。 70年代の生協運動の高揚が、 「うそつき牛乳」 など不当表示問題を重要なきっかけにしていたことを考えればなおさらである。 虚偽表示を生み出す 「病理」 の構造は何か、 それに対して生協はどのようなスタンスと具体的な行動をとるかという問題である。

もう一つは、 「産直」 の評価にかかわってである。 生協が長年にわたって積み重ねてきた産直への努力は、 今回の産直提携産地の 「裏切り」 によって、 まさに危殆に瀕している。 「産直」 の抜本的な見直しは避けて通れないところまで来ているし、 現実に、 「大規模生協にふさわしくないマーチャンダイジング」 として、 これを契機に切り捨てる動きも表れている。

産直は、 「生産者を信頼するから商品を信頼する」 といういささか楽観的な人間観をベースにしてきたわけだが、 それが根底から揺らいでいることは間違いない。 また産直ゆえの未熟な事業方式が抱える問題も大きい。 産直自体を生協草創期の歴史的産物と割り切ってみることも不可能ではない。 産直の何をどう見直すのか、 ここでもそれぞれの生協の 「スタンス」 が問われることになる。 もちろん、 研究者のスタンスもである。

第3は、 虚偽表示を発生させた企業の内部システムの問題である。 虚偽表示がその会社の一部門で行われる場合もあれば、 雪印食品の国産牛偽装事件のように元専務、 元常務が関与した会社ぐるみの犯罪である場合もある。 なぜこうした不正に対して適切なチェックが働かないのか、 内部監査や外部監査、 さらには企業のガバナンスシステムなど組織におけるチェックシステムのあり方が問われている。

食品を扱う流通業者として、 この問題は生協にも問われているといえよう。 また、 産直という 「提携組織」 はともすれば、 提携する両者の責任があいまいになりがちである。 そこでのチェック、 監査システムのあり方も問われている。

さて本稿では、 その後の事態の進展を踏まえて、 生協産直を中心に若干の検討を行ってみたい。


<問われる産直 -茨城玉川農協の虚偽表示>

 偽装表示に巻き込まれたという意味では、 今回の事件は、 生協にとってそれほど深刻な問題ではないかもしれない。 もちろん、 不当表示から組合員を守るはずの生協が、 結果的に偽装表示から組合員を守れなかったこと、 そして生協が多かれ少なかれスーパー化して取引先業者の偽装を生みやすい仕入れ構造を形成していた可能性があることについては、 十分な検討が必要なことはいうまでもない。 しかしそうはいっても、 ここでは生協はだまされた被害者である。

問題は 「産直」 での偽装表示である。 産直は、 生協と産地 (生産者組織ないし農協) の両者が提携関係のもとで商品を開発し、 流通の仕組みを作ってきたものである。 それだけでなく、 生産者との交流を深め、 両者の信頼関係を基礎に組み立てられてきた商品供給システムと考えられてきたからである。

もっとも深刻なケースは、 茨城玉川農協による食肉偽装である。 新聞報道や被害者である東都生協の説明文書によれば、 農協が97~01年度の5年間に出荷した5万8364頭分の豚肉のうち52.1%にあたる3万419頭分が、 輸入品を含む他産地の豚肉だったという。 1991年から畜肉業者から輸入豚肉を含むパーツ肉の仕入れがなされており、 89年から全農からパーツ肉の仕入れがあったという事実から、 産地偽装は10年以上の長期にわたっておこなわれていたようである。

もともと、 茨城玉川農協が東都生協に販売していた豚肉は LWB とよばれるもので、 ランドレース種 (L) のメスと大ヨークシャー種 (W) のオスから生まれたメス (LW) にバークシャー種 (鹿児島黒豚・B) のオスをかけ合わせて生まれた豚 (LWB) である。 黒豚に近い肉質で純粋黒豚よりも低価格で供給できるということで開発された商品で、 バークランド豚という商品名で生協に供給されていた。

LWB は生産効率が低い、 脂肪が付きやすく歩留まりが低い等の理由で、 生協は市場価格よりも100円程度高いキロあたり550円の 「生協基準価格」 でこれを購入していた。 農協は生産者から出荷された豚をと畜場でと畜した上で市場価格で買い戻し、 生協基準価格との差額はミートセンター経費等を差し引いて生産者に還元していた。 しかし他産地からの仕入れ分に対応する差額は、 生産者に還元されておらず、 農協が不当に受け取っていたとみられている。

東都生協と茨城玉川農協の産直取引が、 産直あるいは協同組合間協同として 「有名」 な事例であっただけに、 生協や産直研究者に大きな衝撃を与えるものであった。

この事件の背景には、 前項で述べた欠品をおそれる農協の姿勢や商品の差別化があったにせよ、 上記の事実を見る限り、 長期にわたって取引相手をだまし続けた 「詐欺事件」 であることは間違いなかろう。 まず何よりも、 そうした犯罪について徹底的な真相究明がなされる必要があろう。 それとともに、 産直という事業方式がもつ可能性と限界、 あるいは落とし穴について、 冷静な評価が下される必要があろう。


<事業方式としての産直>

さて、 産直についてはさまざまな定義があるが、 ここでは、 消費者が組織する生活協同組合が行う事業方式という視点からこれをとらえてみる。 もちろん、 生協産直が生産者との提携 (すなわち生消提携) であり、 生産者協同組織の事業方式でもあるが、 ここでは生協の側からみたい。

協同組合は組合員のニーズを充たすことを目的とする利用者主導型の事業体である。 協同組合は、 何らかの経済的活動 (事業活動) を通じて組合員のニーズを充たすのであるが、 その具体的な方式を事業方式と呼ぶ。 事業方式は、 協同組合が組合員のニーズを実現するための事業として体系化された手段と考えることができる。

生協産直という事業方式が目的とするところは、 一般的には、 安全で安心な農産物や食品の供給である。 もちろん生産者との交流や自給率の向上が目的と意識されることはあるが、 共通する目標は上記だといえよう。

安全で安心な農産物や食品の供給へのアプローチは、 残留農薬規制や添加物規制という直接的な規制、 また各種の表示規制強化によることもできるし、 一般の市場流通の中で相対的に優良な商品を選び出す (選択的に購買する) ことによっても可能である。 その意味では、 産直はいくつかの手段のうちの一つである。

にもかかわらず、 産直という方式が選択されてきたのには理由がある。 京都生協の産直三原則は、 「生産者が明らかである」、 「生産仕様が明らかである」、 「生産者と交流がある」 の三つを産直の要件としているが、 その理由を端的に表しているといえよう。

当該農産物が安全であるか否かは、 外観上確認が困難である。 たとえば栽培過程で農薬を使用していないという 「生産仕様」 は、 表示制度が今日ほど整備されていない状況下では、 「生産者が明らかで」、 「生産者と交流がある」 という条件の下でしか、 保証されなかった。 生協産直という事業方式は、 安全や安心という 「拡張された品質」 を、 生産者の確定と消費者と交流、 それによる両者の信頼関係の形成によって担保しようとする事業方式だったといってよい。

<産直事業方式の特徴と弱点>

したがって、 産直取引は両者の信頼関係ができるほどに 「長期的」 なものにならざるを得なかった。 また価格については、 需給関係によって日々変動する市場価格はその取引方式になじまず、 生産費を補償する 「生産費補償方式」 や市場価格に一定のプレミアムを付ける 「プレミアム方式」 など、 独特の価格形成方式が採用されることになった。 取引の長期固定制と当事者間での独自の価格形成は、 産直事業方式の大きな特徴といってよい。

以上のような特徴をもつがゆえに、 産直事業方式は弱点もあわせ持っていた。 その第1は需給調整問題である。 そもそも、 特殊な品質のものであるから代替品は一般に存在しない。 農産物の場合は、 天候の影響で供給量に変動が生じる。 需要の方も、 組合員の当該商品への注文数は同等商品の市場価格やさまざまな状況に規定されて大きく変動する。 産直は、 需給変動に伴う過剰と不足の危険性をつねに抱えた事業方式であるともいえる。

もう一つの弱点は、 値決めの困難である。 安全や安心の価格は簡単には決められない。 それに大きな価値を見いだす人もいれば、 そうでない人もいる。 もちろん生産者にとっては高い方がよい、 消費者にとってはやすい方がよい。 価格形成が当事者間の話し合いで決まるだけに、 その決め方は困難をともなう。

こうした問題に対しては、 それぞれの産直取引において、 さまざまな工夫がなされてきた。 需給調整の困難は、 余剰問題や欠品問題を引き起こすが、 初期の産直は、 「全量引き取り」 や 「分け合い」 といった需要側の調整、 野菜パックや鮮魚パックなどの供給変動への需要の適合などの方法で、 この需給調整問題に取り組んできた。 また値決めの困難については、 売り手買い手双方の濃密な情報交換と話し合いによって、 両者が納得できる価格を形成してきたのであった。

しかしながら、 茨城玉川農協の場合は、 需給調整問題は他産地もののパーツ仕入れで対応し、 独自の固定的価格が不正な利益追求の手段となったわけであり、 産直事業方式の特徴が不正の温床となったといえるだろう。

<産直をめぐる環境変化と産直の準市場流通化>

「拡張された品質」 へのこだわり、 生産者・消費者の信頼による品質の担保、 長期固定的取引、 独自の価格形成、 需給調整の困難といった特徴をもつ産直事業方式は、 もはや時代おくれなのだろうか。 今日の流通や今日の社会に不要なシステムなのだろうか。 巨大化した生協にはなじまないマーチャンダイジングなのだろうか。

80年代の産直発展期とは異なる近年のいくつかの環境変化をみておきたい。 第1は、 品質表示制度の充実である。 安全をはじめとする 「拡張された品質」 に関する表示制度は、 近年急速に変化して一定の充実をみた。 有機農産物等については、 農水省ガイドラインを経て平成9年の JAS 法改正によって、 認証制度をともなう有機農産物表示制度がつくられた。 また原産地表示の大幅な拡大がおこなわれた。 さらに遺伝子組み換え食品についても、 表示制度が一応整備された。 各県でもさまざまな独自認証制度が創設されている。

生協が独自の品質と生産仕様を定めることの意義は、 80年代に比べれば大きく低下したことは間違いがなかろう。 その限りでは、 生産者と消費者の 「信頼」 といった漠としたものよりも、 表示制度の整備と 「規制強化」 を通して、 「拡張された品質」 を担保することが容易になっている。

第2は、 生協産直でしか供給できなかった商品が、 スーパーなど他の小売業者からも供給されるようになってきたことである。 チェーン量販店の多くは、 プライベートブランドで、 減農薬や有機栽培の農産物を供給しており、 畜産物も生協と同様の差別化をすすめてきた。 いまや安全安心は、 生協の専売特許でなくなったといってもよい。 また逆に産直産地の多くが、 生協以外の量販店に商品を供給していることも事実である。

第3は、 産直流通自体が準市場流通化してきたことである。 先述のような需給調整問題は、 産直産地にとっても克服が必要な課題であった。 欠品を避けるために、 産地は慢性的過剰生産を余儀なくされてきたが、 リスク分散のために、 販売先の多様化、 余剰品の市場出荷が行われるようになった。 それとともに、 産直産地のネットワーク化による供給力強化とリスク分散があわせてすすめられた。 それを担っているのがいわゆる中間流通組織であるが、 その活動は、 生協の需要 (注文) にあわせて供給を確保し納入するという、 いわば卸売市場における仲卸会社に類似のものになってきた。 それと同時に、 価格形成も、 市場価格連動方式が主流となり、 この面でも産直の準市場流通化がすすんできた。


<産直の現段階をどうみるか>

 こうした事実をみて、 産直時代遅れ論なり産直空洞化論を主張するのはたやすい。 しかし、 少なくとも以下の点には留意する必要があろう。

第1は、 産直の先進性についてである。 上記のような表示制度の充実やスーパー等での差別化商品の取り扱いを先導し、 促進してきたのは生協産直だったという歴史的な事実である。 その点で、 生協産直はもっと自信を持っても良い。 大事なことは、 生協産直がいかなるかたちで先進性を持ち続けられるか、 現段階においてあらためて問い直すことである。

第2に、 それにもかかわらず、 食品の生産と流通においては、 検証可能なシステムにすべてを委ねることが困難であったり、 必要以上にコストがかかるために、 最終的に担当者の 「良心」 や 「正直」 といったモラルに依存せざるを得ない部分が存在することである。 確かにそれは、 生産者なり企業の 「自己責任」 の問題ではあるのだが、 食品の最終消費者である消費者との交流や提携はそれを担保する重要な手段であり続けているのではないか。

第3は、 上述のような条件変化に対応して、 生協産直自体も一定の発展と成熟を遂げてきたことである。 特定産地と特定生協との間の長期固定的関係のゆるみ、 価格形成の独自性の薄れという点では確かに産直の空洞化ではあるが、 他方で、 生協の 「大衆化」 にともなう需要調整能力の低下がもたらす需給調整問題の深刻化を、 ネットワーク形成によってそれなりに解決しようとするものだった。 生協の大型化、 大規模化、 大衆化に対応した、 産直事業方式の対応と一定の 「成熟」 という側面ももっていたし、 それなりの対応可能性を示してきたのである。 少なくともよりよい食べ物を供給しようという生産者と消費者の努力は、 既存の産直の改善から出発するのが基本になるのではないか。

第4は、 産直という活動の持つ多面的な広がりや可能性である。 昨年10月に鳥取で行われた産直フォーラムに参加した学生の感想を聞くに付け、 生産者との交流自体が持つインパクトの強さを痛感した。 そのインパクトの根源はいくつかあろうが、 最大のものは一種の異文化体験である。 体験交流自体は、 産直交流以外でもさまざまなかたちで行われているのだが、 生産者と消費者両者の間に 「食」 を通じる関係性があるからこそ、 その交流はより参加者にとって身近なものになるのである。 手段としての産直事業方式の持つ 「交流」 の意義をもっと重視し、 それを商品事業に付随する単なる 「おまけ」 でなくしていく方向というのは考えられないのであろうか。

<最低限のルール遵守と合理的で透明な産直事業方式を>
 では、 産直をどう見直し、 どう発展させるべきなのだろうか。 なによりも重要なことは、 産直における生産と流通において、 最低限のルールを守ることの再確認である。 ルールが不明確であるなら、 それをはっきりさせることも含めてである。 もちろんその前提として、 法的な表示規制の遵守はいうまでもない。

さらに、 準市場流通化した産直において重要なことは、 取引自体の透明性を確保しつつ合理的な事業方式を作り上げることであろう。 過剰な商品差別化の抑制、 注文方式の改善によるできる限りの注文数の安定化、 産地ネットワーク、 生協ネットワークの拡大によるシステム全体としての需給調整能力の向上などの改革が必要であろう。 その上で、 偽装表示を監査する何らかの自主監査システムのビルトインが必要であろう。

もちろんこのことは、 準市場流通的産直への全面的なチェックシステムやトレイサビリティシステムの導入を意味するわけではない。 生産者 (組織) の自己責任を基本に、 ものを言い合える風通しの良いシステム作りが必要であり、 その大前提は生産者・消費者の信頼の形成だからである。

繰り返しになるが、 今回の事件で産直はまさに危機に瀕している。 組合員の疑念をはらし、 この危機を乗り越えることができるのか、 生協と提携産地が正念場を迎えていることは確かだろう。



(本稿の執筆にあたっては、 文部科学省科研費による産直研究会-代表者・宇佐美 繁氏-における論議に負うところが多い。 もちろん、 文責は増田にある。)



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