2002年4月号
人モノ地域1


ILO 「協同組合の促進」 新勧告案の意義と日本の課題

山梨学院大学 堀越 芳昭


2001年6月の ILO 総会において、 1966年の ILO 127号勧告が見直され、 「協同組合の促進」 に関する新勧告案が提出された。 同勧告案は1年間の検討の上、 2002年6月の ILO 総会で採択に付される。 ILO の勧告は条約と異なって、 規定条項を実行する義務を負う拘束力はないものの、 各国の政策・立法・慣行の指針となり、 その実施状況を ILO に報告する義務がある。 したがって、 この新勧告は国際的にも日本にとっても協同組合のあり方に重要な影響を与えることから、 よりよい勧告制定に資することを目的として、 2002年1月26日青山学院大学において、 日本協同組合学会主催・日本学術会議経済政策研究委員会後援による、 シンポジウム 「ILO 『協同組合の促進』 に関する新勧告案をめぐって」 が開催された。


シンポジウムでの主な議論 (1) 6つの報告

同シンポジウムでは、 ILO 本部、 ILO 東京支局、 日本政府 (厚生労働省)、 労働側 (日本労働組合総連合会)、 使用者側 (日本経済者団体連盟)、 労働者協同組合の代表および協同組合学会が報告者として出席し、 協同組合学会からは私が報告した。 参加者は大学・研究所の研究者、 農協・生協・労金・労協・高齢協関係者、 労組・ILO・官庁・報道関係者など130人におよび、 活発な議論が行われた。 (日本協同組合学会ニュースレター Vol.13No.1、 2002年2月15日、 参照)。

第1報告の堀越芳昭 (山梨学院大学) は、 ILO が 「協同組合を人びとの生活と労働条件の改善に重要な役割を果たす存在である」 と位置づけてきた ILO の歴史に触れながら、 ILO の 「新勧告案」 を、(1)途上国・移行国・工業国を含んだ全世界のすべての協同組合に適用されること、 (2)ディーセント・ワークを実現し、 雇用創出とインフォーマル・セクターにおける協同組合を促進すること、 (3)国連における協同組合のガイドライン制定に貢献すること、 に意義があると強調した。 また 「新勧告案」 は日本の協同組合政策の抜本的見直しを迫っているとした。

第2報告の堀内光子氏 (ILO 駐日代表) は、 「ディーセント・ワーク」 を 「安心して働ける仕事-権利が保障され、 十分な収入を得、 適切な社会的保護、 対話のある生産的な仕事」 と定義し、 協同組合こそこのディーセント・ワークを社会的に実現するためのパートナーである、 と強調した。 また 「雇用の確保」 がきわめて重要になってきた現在、 リストラを進めている大企業よりも中小企業にこそ雇用の機会があること、 従来の伝統的な 「労使」 の枠組みを越えた雇用のあり方について認識を高めるよう述べた。

第3報告の森實久美子氏 (厚生労働省国際課) は 「協同組合での仕事のあり方もひとつの就業形態であり、 その意味で (1966年の) ILO 127号勧告の見直しは大きな意義がある」 と主張した。 また、 「新勧告案」 は法律に基づく 「正規の協同組合」 のみに適用されるべきであるとの見解を示した。

第4報告の臼井啓能氏 (日経連教育研修部) は、 「新勧告案」 は 「多様な協同組合が対応できるよう、 柔軟でシンプルであるべきである」 「協同組合を含めすべての経済主体にとって平等な競争市場が確保されるべきである」 と主張した。

第5報告の田中光雄氏 (連合国際政策局) は、 労働組合も 「雇用創出を真剣に検討し、 実践しなければならない。 また地域密着型のサービス・事業への需要が増大していることから、 それに相応しいサービス・事業活動を担う労働者協同組合の役割も高まる」 と述べ、 「連合としては 『協同労働の協同組合法』 の法制化を推進することを政策局レベルで決定したので、 それを政府や政党への政策提言に含める」 と主張した。

第6報告の菅野正純氏 (日本労働者協同組合連合会) は、 「ILO がディーセント・ワークの実現に協同組合を位置づけたこと、 協同組合は働く人たちの主体的力量の形成と社会連帯に相応しい有効な組織であること、 またすべての形態の協同組合が促進されるべきことを明確にしたことは重要である」 と強調し、 新勧告は法律に基づく協同組合だけに適用されるのではなく、 協同組合であるにもかかわらず準拠法を欠いている協同組合のために法律を制定していくこともその趣旨に沿うものだと指摘した。

シンポジウムでの主な議論 (2) 一般討論

特別報告のテレシータ・デ・レオン氏 (ILO アジア太平洋地域コーディネーター) は 「新勧告の趣旨と要点」 を説明し、 白石正彦氏 (東京農業大学) が各報告者に対するコメントを行い、 ILO と協同組合学会および政・労・使が一堂に会したシンポジウムは日本では初めての試みであり、 本シンポジウムが日本における協同組合の発展を大きく切り開く契機となるであろう、 と述べた。 一般討論は活発になされた。 そこでは、 生協で行われたリストラは 「雇用の創出」 にとってマイナスであり、 希望退職者に対しワーカーズ・コープが存在し機能すれば、 かれらも別の選択肢を考えたのではないか、 厚生労働省のいうように 「正規の協同組合」 だけを対象としている限り雇用の創出や促進は効果が上がらない、 わが国における各セクターの協同組合の代表が一堂に会し日本の協同組合のあり方について協議すべきである、 といった発言など多くの意見が提出された。

ILO 新勧告案の意義

この新勧告案の意義は、 途上国のみならず、 移行国、 工業国における協同組合の新たな役割 (仕事、 サービス、 社会的排除に対して) を明らかにしたこと、1:国家の役割の変化にともない協同組合の自治の重要性を明らかにしたこと、 2:1995年 ICA 原則を踏まえた 「21世紀の ILO の協同組合政策」 を提示したこと、 に求められる。 したがって新勧告案は、 ILO による協同組合の基本政策であり、 あらゆる国、 あらゆる協同組合に適用される普遍性をもっている。 またそれは ILO 固有の課題、 すなわち 「ディーセント・ワーク」 (適切な労働、 尊厳ある労働) を実現する一環として、 とくに 「雇用創出」 と 「インフォーマル・セクター」 (労働法・雇用法の適用がない部門) における協同組合の役割を促進するものである。 しかしこの 「ディーセント・ワーク」 や 「雇用創出」 が今日の生存権 (日本国憲法25条1項)・労働権 (日本国憲法27条1項) としての基本的人権に関わる以上、 それは ILO の特殊な課題ではなく、 国連において重要課題となっているようにすぐれて普遍的な性格を有する。

ICA-ILO-国連連携の協同組合政策

また新勧告案は、 ICA-ILO-国連の協同組合政策の一環として位置づけられる。 国連では、 1999年12月に引き続き、 2001年12月 「社会開発における協同組合」 (貧困の撲滅、 雇用創出、 社会的統合における協同組合の役割の促進、 政府と協同組合のパートナーシップの形成等) の国連総会決議がなされ、 国連社会経済理事会において事務総長報告と 「国連ガイドライン」 改訂案が提出された。 そして、 それら一連の実施・検討が各国政府に要請され、 その結果を2003年12月国連総会で報告されることになった。 もちろん日本政府もその義務を負う。 協同組合を促進するための各国政府の責務を明示したより普遍的な 「国連ガイドライン」 策定にあたって、 ILO 新勧告の制定は重要な役割を演ずる。

新勧告案の改善すべき事項

しかし新勧告案をよりよいものとするために、 改善すべき点がないわけではない。 すなわち、 1:1995年 ICA 原則の全文を採用すること、 2:第3原則の 「共同財産・不分割積立金」 原則を政策化すること、 3:協同組合の目的として、 「地域の経済と社会の発展」 (コミュニティの再生) および 「安全で安定した食料の生産と流通」 を追加すること、 4:新勧告に対する各国政府の遂行責任と報告責任を明確にし、 各国において勧告がどのように適用・実行されたかについて、 定期的に報告・公表する義務を明記すること。 そしてこれら改善点を何らかの方法で ILO 本部に提示していく予定である。 わが国協同組合政策の見直しの必要 このように、 わが国の協同組合政策はいまや抜本的な見直しが迫られている。 協同組合の研究者、 実践者、 政策当局者等関係者のそれぞれおよびお互いに、 ILO および国連の問題提起にどのように応えていくか、 わが国協同組合政策のあり方に関する本格的な検討が求められている。 すなわち、 新勧告における協同組合の目的・失業や 「雇用創出」 といった現時の社会的問題に対する政策化、 労働者協同組合 (ワーカーズコープ、 ワーカーズコレクティブ等の市民事業) の法認、 協同組合基本法 (一般協同組合法) の制定、 統一的なあるいは共通した協同組合政策に関する主務官庁の設置等、 わが国協同組合政策をめぐって抜本的な改革が不可避となってきている。 こうした動向は、 生協・農協はじめわが国協同組合のあり方に大きな影響を与えるのは間違いのないところであり、 日本の協同組合にひとつの転機を迎えることになろう。

《新勧告案の検索先》
1: 02年3月最新勧告案の当該文書 http//www.ilo.org/public/ english/standards/relm/ ilc/ilc90/rep-iv-1.htm
2: ICA ホーム→ ICA・WEB → 「ICA と国連」 からの検索 http://www.coop.org/ica/ ica/UN/index.html
3:邦訳は01年6月の旧勧告案が検索できます。 http://jicr.roukyou.gr.jp/ hakken/2001/07/index109.htm (協同総合研究所 『協同の発見』 第109号、 2001年7月) (著者)


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