2002年2月号
コロキウム
労連調査データに見る 生協職員の生協離れ・組合離れ
京都大学大学院経済学研究科 教授 大西 広
生協労連では一昨年10月に大規模な生協職員 (労働組合員) の意識調査を行ない (有効回答数正規844+パート2589=3433)、 その報告書を昨秋発行した。
これは、 組織活動や組織対象の抜本的な見直しを目的に3年前に労連内に独自に設置された 「生協労連21世紀委員会」 の責任によるもので、 筆者もその中の研究者委員として作業に加わった。
今回はこの調査結果のうち、 特に若年層正規職員の意識の変化に焦点を当ててその特徴を紹介してみたい。
不況の長期化に伴い、 野宿生活者 (ホームレス) の数が増大している。 大阪は、 全国の半数を占め、 その数およそ1万人といわれている。
野宿生活者の前職は二つに大別され、 主に、 雇用主不定の土木建設労働者と被雇用者・自営業者である。 前者の失職は、 高齢化による肉体能力の低下、 不況や公共事業削減による求職数の激減、 後手に回る行政の対応が主な原因といえる。 後者は、 今後も増加が危惧されるリストラや倒産によるものである。
就職動機としての生協アイデンティティーの衰退
そこでまず紹介したいのは正規職員の就職動機である。 次の表1にあるように、 若年層には 「生協運動の意義に共感して」 入協した層が3割を切っていることが特徴的であり、 代って流通業への就職、 良い労働条件を求めた就職、 県外通勤がないことによる選択といった実利的、 非理念的な選択となっていることがわかる。
しかし、 これらの指標の中で最も総括的と思われる 「生協運動の意義に共感」 との回答者の比率も、 40-50代では半数を越えているというのも大きな特徴である。
我々労連21世紀委員会ではこの比率が一般スーパーとどの程度異なっているのかという関心から、 この質問を 「今のスーパーの経営方針や社風に共感して就職」 と書き換えて一般スーパーの労働者に対しても行なった。
アンケート配布数は正規、 パート共に135で有効回答者数はそれぞれ2446であったので、 回収率、 回収数に問題があるが、 ともかくこの項目について生協職員とスーパー職員との意識の違いを知ることは非常に重要であるとの認識からその差に注目すれば、 次のようになる。
すなわち、 正規・パート込みのスーパー職員のこの項目への回答率 (「今のスーパーの経営方針や社風に共感して就職」 と答えた人の比率) は13.0%で、 一方生協正規職員の回答率は38.6%であった (表1の年齢平均値)。 したがって、 若年層の 「生協運動の意義に共感」 との回答者の比率がいかに低いとは言え、 それが一般スーパーを依然上回っていることは確かである。
この限りで彼らのそうした意識を活用して労働インセンティブを与えることはある程度可能である。 しかし、 それと同時に考慮しなければならないのは、 やはり年代別にこの比率が大きく異なっていることである。 20代の平均で28%ということは、 おそらく20代前半で20%程度となっているであろう。
また、 一般スーパーが13.0%であったとしても、 これはパート職員をも含めた全体の平均であって、 正規職員だけを取り出せばそれとの差は更に縮まる (生協の場合もこの項目に対するパートの回答比率は低い)。
あるいは 「無印良品」 など 「主張」 を持った一般スーパーでのこの比率は13.0%よりはもっと高いものと思われる。 つまり、 一般スーパーとの比率の差は急速に消滅しつつある。
このことの正確な認識なしに中高年層の労働動員のみに関心を向けた理念先行型の労働政策はある種の危険を伴うことを忘れてはならない。
若年層職員の期待と実感
こうした労働動員政策の危険を指摘するために、 もうひとつ興味深い計算を行なってみた。 それは、 こうした個別職員向けアンケートで 「職員は生協を支える役割が重要」 と回答した 「生協人間」 の比率を今単協別に集計し、 それを各単協の年齢別賃金 (これは毎年の労連調査により分かっている) とクロスさせたところ、 有意にマイナスの相関が見られたのである。
これは、 「生協人間」 をうまく集める、 ないしそうした 「生協人間」 にうまく教育することができれば理事会当局はより安く彼らを使うことができることを示している。
つまり、 生協の理事会当局にはこうした志向性を持つ客観的基盤がある。 しかし、 もちろん、 こうして労働条件を切り下げることは 「労働条件が良い」 ことを理由に新規入職をして来ている若年職員の期待を裏切ることになる。
たとえば、 次の表2をみられたい。 若年職員はどのような期待を持って入協して来た職員であっても、 その入協後は 「思ったより良くなかった」 という感想を他の年齢層より強く感じている。
とりわけ、 「労働条件がよい」 として入協しながら、 その期待に裏切られたとする職員の比率は非常に大きく、 また中高年層との格差が目立っている。 この問題を軽視してはならないだろう。
さらにもっと言うと、 こうした若年層の変化の背景には彼らの職業観以前の人生観のようなものがあるように思われる。 たとえば、 次の表3にあるのは、 20代の職員が 「仕事を続けていく上での希望」 として挙げた上位3種のものを他の年齢層と比較して整理したものである。
「仕事人間」 ではなく 「自分の生活や家族を優先」 との基本的な姿勢がよく伺われる。 ただし、 このような特徴も、 若年層が仕事について何も考えていないのだと誤解されてはならない。
次の表4は 「あなたにとって次の役割はどの程度重要か」 との質問に 「1:非常に重要、2:重要、 3:あまり重要でない、4:重要ではない、 5あてはまらない」 との選択肢を用意し、 それへの回答を1=100、 2=33、 3=-33、 4=-100と点数換算して各年齢層の平均値を計算したものである。
表3と同様に、 この表では20代前半層で得点の多い順に並べられている。 そこでは、 やはり 「家族の一員」 との回答が上位に位置しているものの、 「組合員への仕事」 や 「職場の一員」 としての役割意識も強いことが分かった。 ただし、 ここでは表3のような 「自分の生活」 というものが項目として聞けておらず、 また独身が多いことから 「家族の一員」 との回答が20代前半層で低くなっているのは当然とも言える。
また、 「経営を支える」 という役割アイデンティティーが他の年齢層より格段に低くなっていること (50代後半層でも低いのは回答数の少ないことによる標本バイアスと思われる) は先と共通するものとして確認しておく必要があろう。
労働組合への期待と組合離れ
こうして、 若手職員 (正規) の 「生協離れ」 が起こっているが、 それは同時に 「労組離れ」 ともなっている。 このことは、 上の表4の 「役割アイデンティティー」 において、 20代の平均的 「労組員アイデンティティー」 が非常に低くなっていることからも伺われる。
20代後半ではこの指標で-7となっており、 20代前半層との違いも気になるが、 それはこの層の回答数の少なさ故の標本バイアスによるものではないかと思われる。 20代前半層の総回答数が43、 後半の総回答数が180であることからすれば、 この表より20代全体のこの指標での加重平均値は (この項目への回答数が手元に無いのでこれは概算だが) -3.7となる。 他の年齢層との違いは明らかである。
このことと関わって重大なのは次の図に示された結果である。 50代を除く他の年齢層も基本的に同じ傾向を持っているが労組への満足度は低く、 「やや不満」 と 「不満」 を足すと、 20代では6割の組合員が不満を感じている。
ちなみにパート職員が同項目で 「やや不満」 ないし 「不満」 と答えた比率は約30%であった。 103万円問題などの論争的テーマがないわけではないが要求が明確なパート職員の要求を労組は反映しやすいが、 経営寄りの中高年職員とそうでない若年層職員の間で正規職員の利益の代表のあり方に迷いがあるのかも知れない。
とすると、 どのようにして労組は彼らの不満を抑えることができるのだろうか。 あるいは、 逆に言ってなぜそうした不満が蓄積しているだろうか。 この問いに答えるためには、 まずは彼らが本来労組に何を期待しているのかを知らなければならない。 そして、 それは年齢別に集計されていないものの次のような順になっていることから伺うことができよう。
すなわち、 2:「賃金や労働条件を守りよりよくしていくため」 (72.3%)、 1:「業務からだけでなく労組から情報が得られるため」 (33.0%)、 3: 「経営の横暴や監視に参加できるから」 (30.7%)、 4: 「職場の問題解決ルートや場になっているから」 (23.0%)、 5: 「日ごろは必要ないが困ったときに頼れるから」 (20.1%)、 6: 「社会や生協について新しい知識が得られるから」 (17.6%)、 7: 「職場で交流の場になっているから」 (13.8%)、 8: 「職場の仕事や人間関係での問題を解決できる場だから」 (13.0%)、 9: 「本音で話せる仲間ができるから」 (6.6%)、 10: 「楽しいレクリエーションに参加できるから」 (6.1%)、 11: 「働く人たちの政治運動に参加できるから」 (3.4%)、12: 「生協労連や地連の支援を受けられるから」 (2.9%)との順となっている。
情報提供や交流の場などの要求もあるが、 当たり前のことであるが労働条件の改善に役立って欲しいというのが基本的な要求項目であることが改めて確認される。 したがって、 上記の 「労組離れ」 はやはり職員の要求実現で労組の役割が十分に果たされていないことで生じているものと見られなければならない。
そして、 その意味では、 経営危機とリストラが進行する現在、 本当にこの課題に労組が応えているのかどうかが気になる。 そのことを各世代の正規職員が現在の経営危機とリストラに対して労組がどのようにすべきと考えているかで調べると次の表5のようになる。
この表は特にその特徴をクリアーにするために20代と40代のふたつの層の意見分布しか表していないが、 それによるとまず、 「労使の共同」 といった経営サイドに近い発想をする若年職員は40代に比べて少なく、 それにともなって 「職場の議論」 や 「政策活動」 の重視の程度も低く、 逆に 「反対運動」、 つまりまずはこの危機に経営と闘えとの意見が相対的に強いことがわかる。
もろろん、 その20代職員も 「反対運動」 と答えた者が 「職場の論議」 や 「政策活動」 と答えた者の半分に留まっているが、 それでも14%の者が経営危機だからといってすぐにリストラにつなげられることに大きな不満を感じていることは無視されてはならない。
「労組に期待しない」 との比率が労組員の中でも20代では10%を越えている。 この層は 「期待しない」 にも関わらず高い組合費を払い続けている。 こうした層がさらに進んで組合を離脱しないようにするために労組活動は十分配慮しなければならないだろう。
総じて、 一般に言われている若年層職員 (労働者) の 「生協離れ」 や 「労組離れ」 はやはり着実に進行している。 生協経営が順調であった時期においてはここでまじめに働きさえしていれば将来は守られるとどの職員も信じることができた。 賃金も上がったし、 職位も上昇、 さらにリストラもなかった。
だから、 彼らはその理事会を信頼して働き続けることができたのである。 が、 しかし、 今やこの時代は終わり、 経営危機の下で昇進どころかリストラが横行するような状況となっている。
そして、 さらに問題なのはこのリストラ・経営危機の背景に無計画的な採用政策による職員の年齢分布の偏り (成長期に若年層のみを採用した結果としての職員年齢の中高年化傾向とそれによる将来の一人当り賃金の上昇) という理事会の政策的ミスがあったこと、 もっと言えば経営者としての無責任ぶりが明らかとなってしまったことである。
この責任はどうとられるのか、 そのところがたとえば非常勤理事を追及するわけにはいかないなどの生協の組織構造の問題と相俟って非常に曖昧となっている。 各生協の理事、 特に常勤理事はこの経営危機を引き起こしながら殆ど首を切られることなく在職し続けている。
その一方で責任のない生協の一般職員は首を切られそうになっているのである。 「生協離れ」 が止まるはずはない。
したがって、 筆者の意見としては、 経営危機に本当に 「労理」 が一致して対処する前提には理事会側の責任がどうとられるのかということが必要であり、 さらに言えば今後もまたそのような無責任な経営がなされないようにするための制度的な問題の解決が必要となろう。
いわば一般の経営組織、 株式会社組織で当然に問われるような経営者責任が生協でも問われなけれはならないということでもある。 もちろん、 若年層職員が 「離れ」 ているのは 「生協」 に対してだけではなく、 「労組」 に対してもであるのだから、 労組にもリストラや賃金カットなどを招いた労組幹部の責任が追及されなけれはならない。
これは経営者が追及されなけれはならないのと同じである。 が、 少し安心をしたのは、 筆者自身が生協労連の 「21世紀委員会委員」 として上記のような諸問題の討議に加わり、 組合活動自体の改善をも労連が非常に熱心に議論をしていることを知ったからである。
経営側と労組側、 そのどちらが過去をより深く総括し、 未来を切り拓くことができるのか。 期待を持って見守りたい。
プロフィール
おおにし ひろし
経済学博士 京都大学大学院で教鞭を振るうと共に、 NPO 法人・京都日中文化交流中心の副理事長をつとめる。 また生協労連の研究事業にも参加。
著 書
『ポスト戦後体制への政治学』 (大月書店、 2001) 碓井敏正、 大西広編
『資本主義以前の 「社会主義」 と資本主義後の社会主義』 (大月書店、 1992)
『環太平洋諸国の興亡と相互依存』 (京大学術出版、 1998)
『「政策科学」 と統計的認識論』 (昭和堂、 1989)
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