2002年2月号
人モノ地域1


一人ひとりの大学生活の想いや願いが実現するプロセスでの学びや成長

大学生協京滋・奈良地域センター 事務局
滋賀大学教育学部4年生 脇本 靖子


大学生活とその中での生協

大学に生協があっても 「ただのお店」 と思われていることは結構多い。 でも、 ある時からその 「ただのお店」 が 「私たちのお店」 になることがある。 それはどんな時なのか?2つの実践を紹介しながらその意味を探りたいと思う。

身近な興味・関心が活かされる協同組合の場

「なんとなく大学ここしかなかったし・・・。 うちの大学はあまり好きじゃない。

とりあえず大学行けばなんか見つかるかと思って・・・」 そんな学生はたくさんいる!

---そんな生活がある日をきっかけに変化する---


1 奈良県立大の機関紙づくり---紹介者 (山口くん)

(1)奈良県立大とは・・・

夜間主の大学で授業は14時から21時までである。 学生の年齢層は幅広い。 今年から 「地域創造学部」 が新設された。 大学は地域とどう関係をつくるか課題としている。 生協の組合員数は約450人。 食堂・購買が一緒になっている小さな生協である。

(2)きっかけ

2回生の山口くんたちは、 入学してきた一回生に機関紙を一緒に作る中で自分のやりたいことを見つけるきっかけにしてほしいと思った。 機関紙が日常的にはなかったので、 春夏秋冬と季節ごとに作ってみたかった。

(3)取り組みの流れ

どんな機関紙にしようかいろいろ考えていたところ、 「どうせやるなら奈良県立大オリジナルのものにした方がいいよ。」 と店長に言われた。 「確かにはじめは楽しいかもしれないけど、 他の大学と同じような機関紙や関西ウォーカーのようなものならわざわざいらないし、 義務的になってしまい読み手も書き手も楽しくないかもしれない。」 と気づいた。 そこで 「自分も含めた組合員にとって読みたくなるような機関紙づくり」 というテーマで行うことにみんなで決めた。

すると新入生の歓迎パーティで寄せられた質問の中に、 「心霊スポットはないか」 というものがあった。 そこで、 心霊スポットツアーを計画し募集したところ、 差出人の田中君以外にも川畑くんの参加があり学校近くのいわくつきの場所へ行った。 そのことを通して 「生協はこんな面白いことをしているんですね。 入りたいです。」 ということで僕らの仲間になった。 機関紙で特集を書き、 一号を発行した。 すると、 周りの反応は想像以上で、 いろんな人が読んでくれ感想をくれた。 学長は、 「学内だけでなくすぐ近くに船橋商店街があるからそこのことも載せたりするとどうか」 と提案された。 そこで、 秋号では商店街の穴場を散策し、 パン屋の特集をしたところ、 「機関紙秋号の発行後若い子が来てくれる様になって嬉しい」 と喜んでくれた。 他にも床屋さんが機関紙をもってきたら割引をしてくれるなど、 僕らにとってもすごく嬉しいことがたくさんあった。 そして勢いづいて冬号にとりかかった。 すると以前より知り合いだった社会人の岡田さんに 「いつも機関紙を読んでいて料理のコーナーがあるけど、 もしよかったら料理のレシピ本を出すのが夢なので、 ぜひ私に書かせてほしい」 といわれ、 書いてもらうことになった。

毎日確実に機関紙が生協からなくなっているのをみて僕は思った。 こんなに小さな学校なのに、 一人ひとりが持つ夢や可能性の大きさに驚いた。 機関紙以外にもさまざまなオファーがある。 例えば元栄養士の森田さんは自分のノウハウを学食で活かしていきたいと、 食堂のメニューづくりにかかわってくれようとしてくれたし、 あまり興味なさそうに見えた水口さんも、 生協のレイアウトについて一人で真剣に考えてくれて、 僕らに思い切って声をかけてくれ、 仲間になった。 彼女にとって生協の場が大学生活を明るくする糧になったらしい。

(4)これらを通して

機関紙を発行したことにより、 生協内だけでなく、 学生一人一人が機関紙を通して得意を発揮したり主体的に声を出したりする人が増えた。 地元の地域の人にも喜ばれ、 これからもますます盛り上げてみんなで楽しくしていきたいと思う。

2 樟蔭女子大のパフェを通じて始まった実践---紹介者 (吉井さん)

(1)樟蔭女子大とは・・・

奈良と大阪の県境にあり大学周辺は学生の集まれる場所はない。 学生数は1000人。 学生と大学職員・生協職員との関係はお互いにとても身近な存在。 大学は授業後には学生がほとんど帰り、 さびしい雰囲気。 そんな中、 生協は学生と大学職員がともに進める活動を通して活気ある大学を創り出そうとしている。

(2)きっかけ

同志社大に行ってパフェが食堂で出されているのを見たり、 セミナーに参加して、 「女子大なのにうちにはパフェがない。 あったらいいな。」 「自分だけではなく、 周りの人と一緒に学校全体で何かできたらいいな」 と吉井、 立石、 西田さんたちは思っていた。 自分たちの想いを店長に相談すると 「それいいなぁ。 やろうか」 と喜んでくれた。

(3)取り組みの流れ

そこで、 実現できるかもと想い、 他の大学生協で活動する学生との交流会に参加。 そこで同志社大学のパフェコンテストの話を聞いた。 交流会では総代会についても話をする場があったので、 食べたいと思うパフェを自由に書けるアンケートを作り集め、 それを総会の中でも取り上げて盛り上げようと思った。 その後、 店長の案で入学してきた一回生とも一緒に取り組むことになり、 奈良女子大へパフェのことなど見学に行った。 その報告をブースにして学内に展示し、 同時にパフェアンケートを配り樟蔭生のオリジナルパフェを募集した。 研究室や大学の職員さんにも配布した。 2週間で53通も集まり、 その中から6案に絞り総代会で試食することにした。

総代会では、 「どんな想いでパフェを作ってきたのか」 をみんなに発表。 その後試食会をして、 6つのパフェをシール投票で参加者に選んでもらった。 食べた人にも勿論意見をだしてもらった。 やっぱり私たちはみんなの満足パフェがつくりたかった。 ついに食堂にパフェが登場した。

その日、 シャッターをあけると長蛇の列。 巨大ブースをつくって食べてもらった人には感想を書いてもらった。 「授業が終わってすぐ帰ろうではなくて、 サロンで20-30分でもパフェを食べながら話をしている学生が増えて大学が明るくなった!」 と水田さんは話していた。 私たちも実現できた達成感と、 大学が楽しくなってとても嬉しかった。 私はそんな生協っていいなと思ったから、 生協の職員になりたいと思った。

(4)これらを通して

パフェづくりを通して、 それまでは活気がなかった放課後のキャンパスに学生の集える場や話題づくりをすることができた。 学生の主体的な活動が生み出した学生の活気が大学にも伝わり、 オープンキャンパスの取り組みや、 来春予定の新入生対象のビジョンナビゲーションセミナーを大学と一緒に進めることができてきている。 大学と生協が、 学生のために大学の活気を一緒に作り上げていこうとする仲間としての関係が築かれようとしている実践がすすんでいる。

これらの実践からいえるのは、 はじまりは生活の中の身近な気になるできごとや、 個人的な欲求であるということ。 それが 「生協」 という場で受け止められ、 それがきっかけで 「もしかしたら自分の想いがかなうのではないか」 と喜び、 主体的に動き出す。 友達に話したりポスターを書いたりする中で、 周りにいる同じ思いをもっている学生に共感の輪が広がる。

そして、 実現した時、 ただやれてよかったという実感だけではなく、 他の人も喜んでいることに気づく。 自分の周りには一緒に喜べる人がいる。 「あぁ、 想いを実現するという事は一人ではできないんだなぁ。 みんなと一緒にできて本当によかった。 嬉しいな。」 と思える。 始めは自分の想いが実現すればいいと思っていた学生が、 取り組みを通じ周りに目を向けられるようになる。 そこには学生自身の成長がある。 前より大学行くのが楽しみで、 大学生活も面白い。 他の事にも視野が広がり、 大学生活も充実してくる。 大学生活が語れるようになり、 社会の中での自分も少しずつ考えられる。

くらしの想いや願いを受け止めてくれる生協への参加のしやすさが、 学生の主体性を活かした身近な生協・身近なお店を創り育てていると思う。 外面的には生協のお店が変わった、 いろんな学生の要望に応えるのは大変だと思われるのかもしれない。 しかし、 大事なのはそこに関わる人たちの変化であり、 そこに社会に出る一歩手前である大学という場の中で、 協同組合を営む大学生協の 「学生の学びと成長を応援する人づくり」 的な価値があるということだと私は思う。


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