2001年12月号
人モノ地域1


緊急学習会 11月3日

「“同時多発テロ”と、 世界・日本経済のこれから」

「同時多発テロ」 からすでに3ヶ月が経過し、 アメリカによるアフガニスタンへの報復攻撃、 北部同盟の攻勢によるタリバン政権の崩壊、 タリバン後の政権協議へと事態は新たな展開を見せつつあるが、 アフガニスタン国民の苦難をよそに、 諸派と支援国の利害が入り乱れ、 混迷の度は増すばかりである。 一方、 アメリカ国内では、 消えないテロの恐怖と参戦の影響で景気後退が加速し、 その影響は、 アジア、 日本をはじめ世界経済全体にまで波及しつつある。 果たして、 「同時多発テロ」 によってこれからの世界と日本の経済はどうなるのだろうか。

この問題を考えるため、 くらしと協同の研究所では、 テロ事件当日、 調査のためニューヨークに滞在し、 事件の衝撃を目の当たりにされた経済学者3氏を11月3日にお招きし、 緊急学習会を開催した。 ここでは、 その3氏の講演の要旨を紹介する。



アフガン攻撃の背景に国際石油資本新戦略

奥村皓一氏 (関東学院大学教授)

今回のテロ事件の背景には、 冷戦構造崩壊後のアメリカ企業主導によるグローバリゼーションの急速な進展と、 世界中の富と情報のアメリカへの集中、 その結果としての貧富の格差の著しい拡大がある。 ニューヨークの世界貿易センタービルは、 まさにその金融・情報センター、 いわば世界資本主義の象徴であり、 今回のテロはそれに対する真正面からの攻撃であるといえるだろう。 富の集中と貧富の格差の拡大に対する不満は、 第三世界のみならず先進国内でも大企業批判という形で現れており、 アメリカの大企業の首脳は、 テロに対する批判が反企業・反グローバリズムと結びつくのを恐れている。 ブッシュ政権がテロへの批判を外に向け、 「国際テロリズム対アメリカ・自由世界」 という構図で処理しようとしているのもそのためだろう。

もっとも、 アフガニスタンにおける戦争は、 米英国際石油資本にとっては軍事力活用の新たなグローバル戦略の開始でもある。 クウェート戦争以降、 サウジアラビアの石油関連施設はすべて米軍の管理下におかれているが、 今回の戦争を契機として中東の防衛体制は強化されつつあり、 さらにアメリカはウズベキスタン、 タジキスタンといった中央アジアにも新たに軍事同盟を広げつつある。 その背景には、 地球環境問題への対応として発電用、 水素ビジネス用に需要が伸びている天然ガスの埋蔵量のうち、 ロシアの60%に次ぐ34%が中近東に存在しているという事情がある。 90年代中頃に、 中央アジアからのガスパイプラインをアフガニスタンに通す計画がスタートしたが、 それにいち早く名乗りを挙げていたのが、 エクソン・モービル、 テキサコ・シェブロン、 BP・アモコ、 ロイヤル・ダッチ・シェル、 トタル・エルフといった米・英・仏の石油資本だった。 いまやアフガニスタンは、 国際石油資本の21世紀エネルギー戦略の要衝となっており、 これら石油資本を有する国々がアフガン戦争に熱心なのはそのためである。

したがって、 現在、 米・英・仏の軍事力集中下で追求されている新たな秩序は、 これまでの収奪型のグローバル資本主義をさらに強化するものとなるだろう。 それはテロを根絶するどころか、 むしろ新たな国際テロの拡大やイスラム民族主義の激化を招く危険性をはらんでいると言わねばならない。


問われる多国籍企業主導のグローバリゼーション

夏目啓二氏(龍谷大学教授)

今回のテロリズムは、 航空産業、 観光・ホテル業への直接的な影響とともに、 個人消費の急激な落ち込みにより、 アメリカ経済の景気後退を加速させており、 また、 IT 不況の連鎖を通じてアジア経済、 日本経済に対しても少なからぬ影響を与えている。 こうしたテロリズムの世界経済への影響について考えるためには、 今日における IT 革命とグローバリゼーションの進展についてみておく必要がある。

90年代に進展した IT 革命は、 企業活動の部面では、 サプライ・チェーン・マネジメント (SCM) による生産性の向上と在庫の削減を実現するとともに、 グローバル・アウトソーシングによる生産拠点の世界的な最適配置を可能にした。 IT 革命とグローバリゼーションとは一体のものであり、 いまやアメリカとアジア、 日本、 中南米は、 情報と通信、 物流の同時的、 即時的関係で結ばれた緊密な相互依存関係を形成している。 したがって、 グローバリゼーションの展開には国際社会の安定と自由な社会が前提となるが、 多国籍企業主導のグローバリゼーションの進展は、 むしろ国際社会の不安定化をもたらしている。 すなわち、 国際金融の自由化と経済の撹乱、 企業間競争による 「勝ち組」 と 「負け組」 の存在、 所得階層の二極分化、 先進国と途上国および途上国間の格差の拡大、 そして貧困問題や地球環境問題、 労働問題や人権問題のグローバル化であり、 こうした国際社会の不安定化こそが反グローバリズムの基礎となっている。 私は、 今回のテロリズムを反グローバリズムの極限的形態としてとらえているが、 それはテロリズムが、 自由で安全なモノ、 ヒト、 サービスの移動・交流を妨げるものであり、 グローバリゼーションと世界経済の基礎そのものへの挑戦になっているからである。

このようなテロリズムの根絶に必要なのは、 国際社会の自由と安定をつくり出すことである。 そのためには軍事的手段ではなく、 国際社会の不安定化を生みだしている多国籍企業主導のグローバリゼーションのあり方をこそ見直す必要があるだろう。


国際的サプライチェーンマネジメントの矛盾

上田慧氏 (同志社大学教授)

今回のテロ事件は、 アメリカの安全保障にさまざまな問題を投げかけている。 その第一は、 今回のテロ事件の発生が、 アメリカ政府・情報当局の泳がせ的なテロ対策の失敗ではないかという疑惑である。 事件後、 複数の議員から、 「諜報機関の失敗」 を非難する発言がみられるように、 情報当局が事前にテロやその容疑者の情報をつかんでいたのではないかという疑惑は根強く、 もしそれが事実とすれば重大である。 第二は、 ビンラディンらの反米テロリストはもともとアメリカが育てたもの、 これまでの中東・アフガン政策など外交・安全保障政策の結果であり、 その意味で彼らはアメリカの生んだ 「フランケンシュタイン」 であるということだ。 そして第三は、 そうしたテロへの対応として、 アメリカが新たな軍事ドクトリンに転換しつつあるということである。 アメリカはクリントン政権時代に経済制裁を乱発したが、 この間、 その効果が疑問視されて制裁措置の見直しが進められていた。 今回のテロを契機として、 その制裁対象国も再編されつつある。

もう一つ、 テロ事件が投げかけた問題として重要なのが、 多国籍企業のグローバル戦略への影響である。 夏目先生の話にもあったように、 多国籍企業はこの間国際的なサプライ・チェーン・マネジメントを構築してきたが、 それがテロの脅威を背景とした国際物流の効率低下で、 逆にコスト高になりかねなくなっている。 物流とセットになってこそインターネットは真価を発揮するのであり、 多国籍企業はその強さの源泉であったはずのシステムの軌道修正を迫られていると言えるだろう。 そのことはまた、 市場原理主義とグローバル化のもとで、 国家の機能低下=バーチャル化が進むという今日の企業と国家の関係についても問題を投げかけていると言える。

したがって、 現在、 アメリカ政府は巨額の軍事費を投入してイスラム原理主義に対抗しようとしているが、 それによって彼らの 「自由主義原理」 を貫徹させることもまた容易ではないだろう。 今後もアメリカの政府、 企業、 軍事の動向を注視しつつ、 今回の事件が世界にいかなる変化をもたらすのかを見極めたいと思う。

(文責:豊福裕二)


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