2001年12月号
コロキウム


福祉ワーカーズ・コレクティブ
-環境変化のなかで-

立命館大学 産業社会学部
人間福祉学科助教授 (NPO・NGO論)
秋葉 武

1. はじめに

介護保険の導入、 それに続く 「社会福祉基礎構造改革」 等、 福祉サービス市場における行政の 「独占」 が崩れるなか、 企業セクター同様、 非営利セクターの存在が高まっている。 こうしたなか、 非営利セクターの一翼を担う生活協同組合も福祉事業に関心を寄せ、 食に関する購買事業が停滞するなか、 新たな組織戦略としてこの事業を位置づけようとしている(注1)

生協は福祉サービス市場に参入するにあたり、 「くらしの助け合いの会」 や 「ワーカーズ・コレクティブ」 といった、 既存の福祉の組合員グループを活用しようとしている(注2)。 特に、 後者は首都圏の生活クラブ生協組合員を中心として80年代後半以降結成され、 組織の運営方式は福祉 NPO の 「モデル」 として、 他の NPO に影響を与えるまでになった。 彼女達の提供してきた先駆的なサービスは、 協同組合関係者だけでなく、 一部の社会福祉関係者からも高い評価を得るようになった。

しかし、 筆者がワーカーズ・コレクティブを研究する過程において、 従来あまり認識されていなかった課題が浮かび上がってきた。 それは1990年代後半以降、 ワーカーズ・コレクティブと、 それを支援してきた生活協同組合およびワーカーズ・コレクティブ連合会の間にコンフリクト (conflict) が散見されるようになった事象である。

筆者はこうした事象を、 偶発的なそれとして捉えていない。 むしろ、 環境変化のなかで生協に様々な示唆を与えているという視点からワーカーズ・コレクティブを論じていきたい。

2.ワーカーズ・コレクティブの概要

(1) 組織の設立された背景と生協

本節では、 介護分野におけるワーカーズ・コレクティブやワーカーズ・コープが台頭してきた背景について論じる。 80年代後半以降、 生活クラブ生協といった一部の生協が、 組合員に対しワーカーズ・コレクティブ (コープ) の設立支援を始めた注3。 これは、 当時の生協--組合員間関係に限界が生じ、 生協側が事業ドメイン (領域) の再定義を求められたことと関連している。

従来の生協における事業は、 専業主婦の組合員による商品の班別共同購入を主軸とし、 さらに班は 「生協活動への参加を促す回路」 (藤井 1996、 86頁) としての役割を果たしてきた。 班という組合員間のコミュニケーションの場を基盤として、 生協は 「環境」 「健康」 「福祉」 といった社会的諸テーマに関するグループや趣味のサークル注4の結成を促した。 このことは生協が 「一定の価値観に基づいた内部市場」 (同、 86頁) を形成する役割を果たし、 その事業戦略の優位性を高めたといえよう。

しかし、 生協が前提としてきた組合員像に変化が生じてきた。 この点について、 生協枠内のグループ活動に収まらない組合員が台頭し、 活動の自立志向が強まってきたことがあげられよう (同、 87頁)。 また、 組合員の中心を成す専業主婦層がパート労働に流出するようになり、 無償の班活動やグループ活動は、 一部の組合員とのニーズとずれが生まれていた。 また、 組合員の関心が食中心から多元化し、 特に公的制度の量的・質的限界が露呈していた 「福祉」 への関心は高かった。

このように、 無償活動ではない自己実現を目指していく 「新しい組合員」 のニーズに応えるため、 生協はワーカーズ・コレクティブという新たな形の組織の設立を側面から支援することになった。 組合員は生協や関連組織の支援 (生協機関紙等を通じた広報、 人材募集、 立ち上げ運営ノウハウの提供) を受けて組織を結成することになっていったのである。

(2) 「NPO モデル」としてのワーカーズ・コレクティブ

ワーカーズ・コレクティブは従来の福祉 NPO と様々な点で異なっており、 その後全国に誕生する NPO のモデルになっていった。 その組織特性の一つは、 会員制、 有償という住民参加型在宅福祉サービス団体注5としての要素を持っていたことである。 従来ボランティアによる無償サービスが一般的であったが、 これら組織は会員に低価格ながら有償でサービスを実施し、 その方式は多くの団体に取り入れられることになった。

さらに、 ワーカーズ・コレクティブは利用者との関係性が、 既存のボランティア団体とは異なっていた。 後者は一般に事実上 「行政の末端組織」 (岡本栄一) である市区町村社会福祉協議会の強い影響下にあり、 社協に経営管理の相当部分を代行してもらうなどして、 サービスも行政補完の傾向が強かった。 それに対し、 前者は行政や社協にコントロールされることなく、 公的制度では成し得ない利用者のニーズに即した福祉サービスを提供することができた。

ワーカーズ・コレクティブが発展する過程において生協は、 以下のような重要な役割を果たしたといえよう。 まず、 社会参加意欲が強く自立的といわれる市民が、 生協に集まっておりワーカーズ・コレクティブにとって人材供給源と成り得たことである。 当時 NPO に関する法的・社会的環境は整っておらず、 生協を基盤にしなければ市民の自発性に基づいた組織を立ち上げることは難しい (藤井 1996、 84頁参照) 環境にあったといえよう。

次に、 ワーカーズ・コレクティブはマネジメントを行うに際して、 生協のグループ活動や委員会活動を通じて学習した、 合意形成のあり方などを取り入れ、 応用していた。 これら組織において自発的な経営管理が機能したといわれるのは、 組織構造だけにあるのではない。 塚本 (1999、 66頁) がいうように、 「組織図や文書に書かれた組織構造が民主的であっても、 そのことは実際に管理が民主的基礎のもとで行われていることを意味しない」。 ワーカーズ・コレクティブが自発性を発揮しうるような学習過程を生協内の活動が保持していたといえるだろう。 各地にその後誕生した福祉 NPO のなかには、 こうした意思決定の手法をモデルとしている組織も少なくないのである。

3.利用者との関係性と外部環境

(1) ミックスヘルプ

サービス供給を継続するなかでワーカーズ・コレクティブの一部は、 利用者との関係性を重視する立場から、 生協やワーカーズ・コレクティブ連合会のみならず、 地域内の多様な福祉資源を活用することを重視するようになった。 なぜなら、 地域における在宅介護においては各組織が互いの資源を持ち寄る 「ミックスヘルプ」 という形で、 初めて成り立つからである。 施設介護と異なり在宅介護においては、 一組織単独では利用者のニーズを満たせない。 利用者のニーズに応えていくための専門的な介護技術の習得や、 ミックスヘルプを実施しなければならない。

つまり、 発足後数年経つと自治体、 市区町村社会福祉協議会、 保健所、 地域ケアプラザ、 特養ホーム、 医療機関、 民間企業などと連携することがより重要になってくる。 反面でこのことは、 ステークホルダーとしての生協やワーカーズ・コレクティブ連合会の比重の低下をも意味している。

(2) 外部環境の変化

前節ではいわば利用者との関係性が組織に影響を及ぼすということについて触れた。 本節では福祉を取り巻く外部環境の変化と組織の人材との関係について述べておきたい。

第1に、 公的介護保険法や NPO 法の成立によって、 非営利組織として専門的な活動を展開することが可能になり、 同時に組織に従来の生協組合員とは異なる、 新しい人材を必要とするようになった。 つまり、 介護保険の居宅指定事業者を目指す、 あるいは訪問看護ステーションを設立するといった専門的な活動が増えるにつれ、 生協内部から人材を調達することは難しくなっている。

第2に、 これに関連して人材確保をする上で、 生協組合員活動の経験者であることの価値が相対的に低下してきたことである。 前章で触れたように、 生協はかつて数少ない社会参加の場であったため人材が結集していたが、 社会環境の変化によって人材は拡散していった。 若い世代の組合員にとって、 生協は社会参加の 「選択肢の一つ」 になっている傾向は否めないとの声も聞かれる。

また、 従来のような 「同質性」 の高い一定の価値観に基づいた組合員で構成される組織は、 前節で触れたように多様性を必要とする地域福祉に適しているとは限らないのである。

4.おわりに --新しい生協とワーカーズ・コレクティブとの関係に向けて--

以上ワーカーズ・コレクティブについて端的にみてきたが、 生協の支援によって発足したこれら組織は、 当初想定していた以上に社会的広がりをみせ、 福祉改革のなかで大きな期待を担う存在にまでなった。

しかし、 ここで留意しなければならないのは、 組織が地域で高い評価を受けるようになったのは、 ワーカーズ・コレクティブのスタッフ自身が自発性を発揮してマネジメントを担ってきたからであり、 生協は側面の支援者であるという点である。 購買事業と異なり、 福祉サービスにおいては、 地域社会における利用者との双方向の関係が極めて重要になる。 従って、 官僚制化した生協であるならば地域の多様なニーズを把握することは困難となる。

そうしたなか、 大手といわれていた複数のワーカーズ・コレクティブが、 生協から距離を置きはじめた事象は着目に値する。 その後のこれら組織の一層の活躍は、 全国の福祉関係者からも高い社会的評価を受けており、 このことは生協にガバナンスの再構築を迫っていると考えられるからである。

つまり、 従来の生協は組合員組織や活動を生協の組織活動に限定することで、 結果的に組合員の自発性を抑制していた点があるといえまいか。 特に地域福祉においては、 組織構成員の自発性が重要であり、 生協はそれに即した関係をこれら組織と構築することが求められている。 同時に本論で触れたように、 生協内から資源を調達するだけでなく、 外部から資源を調達していくことが期待されており、 生協は外部組織ともネットワークを形成していけるような 「より社会に開かれた」 組織になることを求められているといえよう。



引用・参考文献




(あきば たけし)


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