2001年12月号
特集
食品リスクにどう向き合うか
---EUに学ぶ狂牛病(BSE)対策---
BSE (牛海面状脳症) の発生は食肉に対する消費者の大きな不安をよび、 同時に、 食肉消費の低迷は畜産関連産業に大きな打撃を与えている。 今、 日本は、 食肉の安全性確保による消費者保護と食肉市場の保全という2つの課題に直面しているが、 この2つは表裏の関係にある。 食肉の安全性確保システムを構築するためは何が必要か、 80年代以来の相次ぐ食肉スキャンダルを通して、 今日の日本以上の厳しい経験をしてきている EU 諸国の対応策からそれを考えてみることにする。
京都大学大学院農学研究科助教授
新山 陽子
1.食品の安全性問題の新段階と対応の方向
(1) 食品をめぐる安全性問題の新たな状況
今回の BSE の発生、 さらにさかのぼれば、 96年の O157 事件、 2000年の雪印食中毒事件、 所沢ダイオキシン事件など (欧米でも同じような事件が起こっている) は、 食品の安全・衛生問題が新しい段階に入ったことを示している。
まず、 特に微生物起源の食品危害は人類にとってきわめて手強い問題であることを思い知らされたことである。 細菌性食中毒1件あたりの患者数は世界的に増加傾向にある。 また、 BSE の原因と目されるプリオン (タンパク) も O157 (大腸菌) は、 もともと動物や人間の体内に存在するものであり、 自然界に存在する物質が何かを契機に大きな危害要因となってしまうことが示された。
また、 被害の規模がきわめて大きくなり、 伝播の範囲も広がった。
その原因は、 第1にリサイクルによる波及範囲の広がりである。 今回の BSE でも、 羊や牛の副生物 (食肉以外の部分) 処理の結果生み出される肉骨粉が牛の飼料に利用されたことから、 海面状脳症が牛の間に伝播したとみられている。 さらに、 その他の牛の成分 (肝臓や血液、 胆汁、 ゼラチン、 骨エキスなど) が医薬品や化粧品、 食品に使用されていたため、 危険はないが企業イメージを守るための自主回収もふくめて、 回収品が多くの分野に広がった。 普段は目に見えない部分も多く、 リサイクルはこれからの社会の目標でもあるが落とし穴もあることに気をつけねばならない。
第2に、 食品も家畜の飼料も生産規模が大きくなり、 同一業者から大量供給されるため、 いったん危害が起これば影響は広い範囲に及ぶ。
第3には、 貿易障壁を取り除く世界的な動きのなかで、 食品や家畜飼料などの流通圏が地球規模で広がっていることがある。 今回の BSE でもヨーロッパから輸入された肉骨粉が原因とされているし、 イギリスの口蹄疫発生時には各国の空港で消毒剤がおかれたように、 人の移動にともなうこともある。
(2) 新しい対応策の考え方
このような食品安全性問題の新しい広がりには、 新たな対応策が必要となる。
第1は、 食品リスクへの取り組み方である。
微生物や添加物など、 食品から危害要因を完全に排除することできない。 安全性のリスクは常に存在する。 このようなリスク認識とそれを前提にして対策を講じることの必要性が世界的に確認されてきている。
そうしたときに大切なことは、 (1)危害要因を特定し、 健康に危害をおよぼす危険水準を査定すること、(2)そして危害要因を危険水準以下に削減する方策を確立し実行すること、(3)さらにその情報を共有することである。 これは 「リスク・アナリシス (危険性解析)」 という仕組みとしてまとめられている。 「リスク・アセスメント (査定)」、 「リスク・マネジメント (管理)」、 「リスク・コミュニケーション (情報交換)」 の要素からなり、 国際的にはコーデックス委員会がその一般原則を示している。
さらに、 後に述べるように EU では、 より予防的な立場に立って生産物や原料のトレーサビリティ (追跡可能性) の導入をすすめている。
安全を確保するシステム作りは危害を削減するが、 安全を保証するものではない。 ところが日本では、 BSE の安全宣言が早々とだされたことにもみられるように、 このような枠組みでリスクをとらえることがいちじるしく遅れている。
また、 上記のリスク認識に立つと、 関係者が相応の責任を果たすことが求められる。 政府にはリスク・アナリシスにもとづく適切な規制政策の責任がある。 生産者と企業には実際の生産過程において危害要因を危険水準以下に削減する自己管理責任があり、 消費者にも残されるリスクに対して、 自己判断にもとづき危険を回避する行動をとる自己責任がともなう。 お互いがうまく行動できるには情報交換が必要であるが、 とりわけ消費者に対して必要なのは、 何が危険であるか、 何に対してどのような対策がなされたのか、 危険回避行動に必要な情報である。 その説明責任は政府にあり、 政府はそれによってはじめて信頼を得ることができる。
第2は、 生産段階でのチェックのシステムである。 今までは、 衛生条件や残留農薬、 食品添加物など、 個別に規制と検査が行われてきたが、 原因物質が多岐にわたるようになったために、 それでは非効率であり、 原因物質を総合的に管理する必要がでてきた。 また、 新たな原因物質の出現に直ちに対応できるようにするには、 何をチェックするかだけではなく、 チェックする体制そのものを一つのシステムとして確立しておくことが必要になった。 ここでも有効なのはリスク・アナリシスの仕組みであり、 工場段階でのシステムとして有効とされているのが、 HACCP (危害分析・重要管理点監視方式) であり、 ISO9000 シリーズである。
さらに第3に、 今回の BSE で明らかになったのは、 食品の安全性チェックシステムで重要なのは、 特定段階の工場だけでなく (HACCP や ISO9000 はひとつの工場内のシステムである)、 フードシステムの全体にわたるチェックシステムが備えられることである。 食品は生産や加工、 流通にたずさわる多段階の業者の手を経て供給されており、 また、 家畜や農産物の生産、 飼料や肥料などの原材料の供給、 食品の原材料の供給のシステムが相互に関連しあっているので、 その全体をコントロールできるようにすることが必要とされるようになったのである。
また、 第4に対策体制については、 政府の適切な規制政策と、 医学的、 社会心理学的、 統計学的分野を総合した原因究明体制、 社会的危機に発展したときの危機管理体制の整備が必要であるが、 さらに、 日常的な原因物質の総合的チェック・食品の安全管理は、 その生産にかかわる生産者および企業の自己責任においてなされることが不可欠でありかつ効果的であると考えられるようになっている。
2.食肉の安全性に対する EU の対策
(1) EU の食肉スキャンダル
EU (欧州連合) では、 1980年代後半からの家畜飼育過程での成長ホルモン使用疑惑 (86年)、 イギリスの BSE 発生 (86年)、 さらに、 BSE の人間への感染可能性の表明 (96年)、 アメリカ産輸入牛肉からの成長ホルモン検出 (99年)、 ベルギーの鶏肉と卵からのダイオキシン検出、 BSE の EU 大陸への拡大 (2000年) に至るまで、 相次いで食品の安全性に関する社会的事件が発生している。
当初の BSE 対策は後手にまわり、 BSE をイギリスから大陸諸国へそして世界へ広げてしまった。 そして、 このような一連の食肉スキャンダルは EU 諸国に壊滅的な牛肉消費減少をもたらし、 畜産農家のみならず、 と畜、 流通業までが大打撃を受けた。 96年には、 その対応をめぐって EU の結束を揺るがしかねない激しいやりとりに発展したこともある。
このようななかで80年代後半以来、 EU は、 食品安全性に関する消費者保護と市場保全という難題に取り組んできた。 その結果、 食肉の安全性や衛生・健康問題に対する EU の対策は、 (1)危害要因の除去 (疫学的対策)、(2)長期的予防措置として、 トレーサビリティ確保 (義務的システム)、(3)畜産関連業界からの自発的対応策 (品質管理と品質保証システムの構築) とそれに対する EU 委員会・政府の支持、(4)政策に法的基礎を与える 「食品法」 の制定と安全性に関する科学的分析を行う 「食品庁」 の設立、 という4つの方向に整理されてきている。
(2) EU の食品品質政策
一連のスキャンダルを通して、 消費者の食品に対する意識はますます強くなり、 市場の存続のためには、 安全性・衛生を含む品質問題において消費者の信頼を獲得することが不可欠の課題となっている。
この過程で、 食品の品質概念は大きく変化し、 「製品そのものの品質」 から、 「製造プロセスを重視する品質」 へ、 さらには 「品質は消費者によって形成されるもの」 と認識されるようになった。 これを受けて、 品質管理の手法も、(1)完成製品の抜き取り検査から製造プロセス管理へ、(2)トレーサビリティの導入、(3)製品に対する保証から管理システムの保証へ、 と変わってきた。
EU の食品品質政策は消費者保護を起点にしながら、 同時に市場の状態を整備し生産者保護を達成する総合的な政策 (消費者保護と生産者保護とを結合) であることがめざされている。 また、 政策は常に 「義務的政策」 と 「自発的政策」 に識別され、 2つの組み合わせで効果をあげるようにされている。
(3) 食肉の衛生・安全性に関する義務的政策
食品の品質のなかで、 安全性、 衛生、 健康に関連する要素は、 「義務的政策」 の領域に分類され、 EU の統一規制が講じられており、 EU 委員会と各加盟国政府の役割が強調されている。
まず、 食肉の安全性規制はこれまで、 「フレッシュミート指令 (衛生基準の統一)」 「飼料に関する指令」 「家畜健康に関する指令」 などによってなされてきた。 BSE に対しては、 通称 「TSE 規則」 によって (97年に制定、 2001年に改正)、 上記3つの指令に対する特別の疫学的規制が設けられた。 内容は、(1)TSE 検査、(2)食肉からの危険部位の除去・廃棄、(3)肉骨粉飼料の使用禁止からなっている (TSE とは、 すべての家畜の海綿状脳症のこと)。
さらに、 BSE 対策として新たに講じられた政策がトレーサビリティシステムの確保である。 以上の疫学的対策によってもさらに残されるリスクに関する予防措置である。 「牛の登録システムと牛肉・牛肉製品の表示に関する規則」 (96年制定、 2000年改正) に定められている。 全ての牛は、 国、 生産農場、 牛個体のコード番号を表示した耳標を装着すること、 家畜が移動する際には、 パスポートを保持し個体ごとの出自を特定すること、 食肉に牛個体と食肉の照合番号、 と畜場の認可番号・国名、 解体工場の認可番号・国名を表示することが義務づけられている (2002年からは、 出生地、 肥育地、 と畜地が加わる)。 パスポートをもたない牛はと畜することができない。 これによって病気が発見されたとき、 直ちに農場までさかのぼって家畜群を特定し、 全段階で対策を講じることができるようになっている。
(4) 農場から食卓までの品質管理・保証プログラム-民間機能-
安全性、 衛生、 健康以外の品質要素は 「自発的政策」 領域に分類される。 ここでの管理は、 主に関連企業の自発的管理手段と表示に依存しており、 国家は調整者としてそれを支持することで市場を支える。
EU 理事会は規則 (「良質な牛肉と子牛肉の販売促進に関する規則」 92年) によって、 家畜飼育から食肉消費までのプロダクションチェーンを貫く食肉の一貫した品質コントロールを行うプログラムの開発を支援してきた。
これに前後して、 EU 各国では民間機関の手によってそれぞれの品質コントロールシステムが開発された。 家畜飼養、 家畜輸送、 と畜、 解体、 食肉輸送、 小売のすべての段階にわたって仕様書が作成され、 仕様書に管理すべき要素、 管理の基準・方法、 記録の作成と保管について定められている。 管理すべき要素は、 健康・衛生、 残留物質などの安全性、 動物愛護、 施設・機械・作業員の条件、 トレーサビリティなど多岐にわたる。
この品質コントロールシステムが実効性を持つためには、 その検証を可能にする社会システムとして認証システムをもつことが重要であり、 客観性を備えた第3者機関が仕様書の開発と認定にあたっている。
ドイツの CAM (ドイツ農産物貿易振興会) 「検査印」 プログラムは厳しい基準で知られており、 普及率は20%程度である。 ドイツでは州政府もプログラムを作っており、 バイエルン州政府の 「QHB」 (バイエルン優良肉) は80%の加入率を誇る。 オランダでは PVE (オランダ・ミート&エッグ・ボード) の 「IKB (統括連鎖コントロール)」 が85%の普及率である。 フランスでは、 高品質プログラムである CERQUA (農産物・食料品品質承認開発センター) の 「ラベル・ルージュ」、 標準品を対象にした Interbev (全国家畜食肉関連業者団体連合) の 「品質適合証明」、 さらに 「有機農産物」 の3種類があり、 いずれも政府の認定検査をも受ける2段階認証制度をとっている。
(5) EU 食品法、 食品庁の提案へ-対策の発展-
BSE 対策の確立には10年以上を必要としたが、 これを契機に食品の安全性確保のシステム全体が根底から問い直された。 トレーサビリティや、 農場から食卓までの一貫した管理と保証など、 BSE に対してとられた新しい考え方は、 食品全体の安全性管理に導入されることになった。 それが2000年の 『食品安全白書』 の発表、 「食品法」 の制定と 「食品庁 (フード・オーソリティ)」 の設立の提案へつながっている。 品目ではまず、 遺伝子組み換え農作物への適用が準備されている。
食品庁は、 4000万ユーロの予算、 250人のスタッフと125人の科学者を要するものとして構想されている。 リスク・アセスメント (分析と科学的諮問への答申)、 リスク・コミュニケーションの機能を担い、 リスク・マネジメント (政策) の機能を担う EU 委員会と権限を分担する。 食品の安全性に関するすべての法は、 科学的根拠にもとづいてたてるべきとされ、 その根拠を提示する役割を食品庁が果たすのである。
3.EU に学ぶもの
(1) リスク認識と説明責任
日本では、 政府が早々に安全宣言なるものを出したように、 はじめに述べたリスク認識が欠けているといわざるを得ない。 生産者・企業や消費者も同様であろう。 リスク認識の定着とリスク・アナリシス (査定→管理;情報交換) の導入が早急に必要である。 また、 それを進める上で科学的分析と諮問に答える専門的な機関が不可欠であろう。
(2) 食肉供給におけるトレーサビリティの確保
BSE 対策で、 全頭検査、 危険部位の除去・廃棄、 肉骨粉の飼料への利用禁止という最低限の疫学的措置はとられたが、 リスク認識の欠如から、 残されたリスクへの予防的対応措置の必要性に対する認識が遅れている。 EU はとりわけ予防原則を重視している。 そこから導かれたトレーサビリティシステムの確立が日本でも早急に求められる。
現在のところ決定されたのは家畜の段階での個体識別制度の導入にとどまる。 したがってと畜後の食肉まで一貫したトレースのシステムをつくるところまでは進んでいない。 それをつくるのは技術的には容易だが、 難しいのは、 生産者から、 と畜施設、 食肉業者、 スーパーマーケットなどをふくむ流通業者など、 多数の多様な業者が協力し合わねばならず、 全体の充分な合意をいかに確保するかである。
(3) 民間の機能の向上と第3者機関による認証の重要性
EU でトレーサビリティシステムが導入されたとき、 業者団体の合意がスムーズに得られたのは、 すでに食肉の品質管理プログラム開発へ向けた民間の自発的な動きがあったからであった。 より高次の品質を確保するには、 生産、 流通を直接担っている民間の役割は大きい。 技術的潜在力、 消費者との近接性、 自己組織力において民間の機能は優れていると考えられるからである。
日本では他に先駆けて全農 (全国経済農業協同組合連合会) がプログラム (「全農安心システム」) を開発中であるが、 検証が客観的になされるように、 第3者機関による認証が必要であろう。 食肉のコントロール内容には衛生・健康にかかわる要素が多いので、 法に規定された検査 (家畜衛生検査、 と畜・食肉検査など) を組み込まねばならず、 第3者機関は有機農産物などに認められている民間会社ではなく、 半ば公的な機関であることが必要である。
(4) 消費者の位置の重要性-消費者団体・生協の役割-
消費者はフードシステムの重要な構成要素である。 「消費者主権」 時代は、 商品の選択権をもたされただけで、 あたかも王様であるかのように祭り上げられてきた。 これからは、 品質の共同決定者として、 システムのあり方にも積極的に発言していかねば自らの健康と生活の質は守れない。 裏腹に自らの行動への評価を含め、 フードシステム全体を視野に入れたバランスのとれた認識と判断が求められる。
BSE をはじめ食品安全問題では、 消費者と生産者の利益は一致するようになってきた。 消費者の信頼を得なければ市場は守れず、 生産物の安全性を確保することは生産者にとっては市場=所得を守ることと同一である。 これまで産直事業を進めてきた生協は、 そのような両者の関係がもっともわかる立場におり、 フードシステムの全体もみえやすいはずである。 そのような優位性を活かして、 BSE 問題でも、 食品安全を確保する仕組みづくりでも、 生協は社会的な発言ができ、 また、 生産者、 製造企業、 同じ小売段階のスーパーマーケットなどへ、 共同行動の呼びかけをしていけるはずである。
産直の枠のなかだけで安全性を確保していくのではなく、 そこで得られた成果を、 社会的なシステム作りに活かしていけるように、 活動の視野を広げて行くべきではなかろうか。 今そこに生協の社会的役割が期待されていると思える。 食品安全性問題では政府の役割は決定的に重要であるが、 政府をそのように動かすのも民間の力である。 政府になすべきことを要望することはもちろん大切であるが、 むしろ民間が知恵をもち自らなし得ることをなして行くことが、 より大きな力になる。 (にいやま ようこ)
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