2001年8月号
書評2


長期休暇の理想と現実

名和 洋人
京都大学大学院経済学研究科博士後期課程



『大真面目に休む国ドイツ』

福田直子著
平凡社新書、 2001年5月
680円+税、 216ページ



「お盆休みは十分満喫できましたか?」 このような質問はしない方が良いかもしれない。 なぜなら、 日本の夏期休暇は一週間も取れたらいい方だからだ。 しかし、 この地球上には有給休暇が年間6週間もある、 という羨ましい人たちもいる。 それはドイツにすむ人々である。 日本とドイツはともに第二次大戦の敗戦国であり、 戦後の急速な経済成長を経験したという点で共通しており、 似たもの同士という捉え方がなされる傾向がある。 しかし休暇に関して、 両者は決定的に違っている。

本書は、 ドイツ人の少々滑稽さを伴った休暇にかける意気込みを伝えている。 まず、 ドイツにおいては旅行産業が確固たる地位を占めており、 世界一多種多様なパック旅行が商品として売られている様子が描かれている。 驚くなかれ、 彼らが世界で落とすマルクは世界の観光業売り上げの20%に相当する。 また、 彼らにとっての人気観光地についての記述も見逃せない。 ドイツ人は地中海に浮かぶスペインのマヨルカ島 (人口60万人) が大好きだ。 この島へのドイツ人観光客数は年間300万人にも達する。 スペイン領であるにもかかわらず、 今ではドイツ語が通じるようになっている。 彼らは暖かい太陽の下でドイツと同様の生活ができるように島を改造してしまったのだ。 このあたりの傍若無人ぶりは日本人とそっくりである。 さらにドイツ統合に伴い、 近年では東ドイツ地域住民の休暇の取り方が西のそれに限りなく近づきつつあり、 ドイツ人観光客数の拡大に拍車がかかっているようである。

このような恵まれたドイツ人の休暇事情は、 戦後の労働運動によるところが大きい。 ドイツでは、 労働時間と年休日数は労働協約により規定されるが、 これに基づいて、 年休日数は全産業平均で1960年の15.5日から92年の30.8日へと倍増した。 しかし、 近年における経済のグローバリゼーションの影響は避けようもないようだ。 あらゆる分野での生産性向上と長引く高失業を背景に、 休暇と引き替えに低賃金を甘受せざるを得なくなりつつある。 つまり、 ワークシェアリングが彼らの生活を規定しつつあるのだ。 結果、 短い労働時間で高価値を生み出そうとするためにストレスが蔓延し、 生活維持のために副業に従事せざるを得なくなっている。 また30年前であれば、 近くに食料品店、 郵便局や銀行などがあったが、 これらは効率化やリストラのために閉鎖され、 遠くまで行かなければならなくなり不便になっている。 このような理由から、 自由時間増加の一方で睡眠時間が減少し、 人々の生活のテンポが慌ただしいものとなっている。 これが現実の姿なのだ。

本書は、 休暇のみならず、 労働状況や家族のあり方、 時間や富の配分に対するドイツ人の人生観についても伝えている。 楽しく読める好著である。


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