2001年2月号
人モノ地域


イタリアという国で出会ったもの

岡本朋子

皆さんはじめまして。私は北海道立農業大学校研究科2年の岡本朋子です。昨年9月に機会あってイタリアへ農業視察に行ってきました。そのことについてお話をするということですが、その前に自己紹介をしようと思います。

私はこんな人

農業大学校は文部省管轄の大学と規定が違うのですが、無理やり合わせるとすれば農業大学校の研究科の2年生は大学の4年生にあたります。農業大学校は基本的に2年制の短大で、2年間勉強したことをさらに深めたい人等が研究科に進学してきます。農業大学校は農業後継者の育成が目的の学校ですが、近年は私のように非農家(実家が農業をしていない)の学生の方が増えつつあるようです。

私は京都府城陽市出身で「牛飼いをやりたいなぁ」と思い、京都府立農業大学校で牛とはどんな生き物か、どうしたら仲良くできるかを2年間勉強し、「チーズが作れるようになりたいなぁ」そして「もっと具体的に経営について勉強したいなぁ」と思い、北海道立農業大学校研究科にやってきました。専攻はもちろん酪農です。道立農業大学校は北海道十勝の東北部、本別町にあります。十勝といえばおいしい食べ物。夏、広い畑には馬鈴薯や豆類、ビート、とうもろこし等がきれいな列をなして並び、小麦が金色に輝き、風にゆれる牧草が豊かな酪農地帯でもあることを教えてくれます。本別町は酪農と畑作が半々で、畑作・酪農の複合農家が多く、中でも豆類は十勝でも有数の産地です。冬、豊かな黒い大地は真っ白な雪に覆われ、寒い日はマイナス30℃になったりします。痛いぐらいに寒いけれど、冬の十勝も良いですよ。青白い月明かりが真っ白な畑に落ちて輝く様子なんか、いつまでも見ていたいほど幻想的な光景です。今は3月の卒業に向けて卒業論文作成の追い込み中なので、ゆっくり見とれてもいられませんが。

加工では主にチーズについて、品質の一定した自分のチーズを作り上げることを大きな目標に、実習を行ってきました。おいしいチーズを作るのは難しいけど、すごく楽しい。例えば熟成期間中、ある日きゅうにチーズらしいにおいがするようになって、そんな時は「私のチーズがこんなに育った」って、すごく幸せな気分になります。ほとんど毎日チーズを観察したり拭いたりしていると「作る」よりも「育てる」という感じがします。大きくなったりしないのに不思議ですね。チーズ作りには不思議な魅力や楽しさがたくさんあります。販売についてはいろんな都合により実際に行うことができません。ですから、実際に自家生産物を販売している農家で実習、視察したりして、どんなものが求められ、どんな売り方があるのか等を自分のチーズに照らし合わせて考察しています。経営については、加工・販売を取り入れた酪農経営を中心に取り組んでいます。

すでにおわかりでしょうが、私は酪農家を、それも牛を育て牛乳を生産するだけでなく、加工と販売も取り入れた酪農をめざしています。酪農をはじめるだけでも大変なのに、加工や販売までたどり着くのかと思うけれど、毎日家と牛舎を往復するだけというのではつまらない。努力を怠ったりして自ら道を閉ざさない限り何とかなるはずと考えています。

イタリアで出会ったもの

さて、そんな私にイタリア農業視察旅行へのお誘いがきました。本場のチーズ等を生で知ることができる機会なんてそう簡単にはないでしょうから、迷うことなく参加を決定しました。「イタリアの農業」については、行ってみるまで想像することすらできませんでした。「イタリア料理」なら色々と思い付くのに不思議ですね。農業と食生活は切り離せない関係にあるはずなのに。

一番印象深かったのは、やっぱりチーズでした。イタリアの有名なチーズといえば「パルミジャーノ・レッジャーノ(以下パルミジャーノと略す)」、羊乳の「ペコリーノ・ロマーノ」、世界三大ブルーチーズの一つ「ゴルゴンゾーラ」、最近日本でもお馴染みの「モッツァレラ」等があります。私が視察してきたのはパルミジャーノを製造・販売している2つの工場でした。片方は35戸の農家で作った組合による工場で、もう片方は牛の飼料生産からチーズの製造・販売まで有機農業を主軸に一貫経営している大規模酪農家。製造している工場は違っても、一つの地域、共通した牛の品種と飼料、細かく規定されたチーズの製法や大きさ重さなどが守られているならばパルミジャーノの名称をつけることができるらしく、私は少し驚きました。「規定に沿ってさえいればよい」というのはとても簡単そうですが、目に見えない微生物が相手のチーズ作りにおいては簡単なことではありません。

工場に入るとたくさんのチーズバット(チーズを作るための大きな鍋だと思って下さい)が並んでいて、数人の職人さんがチーズ作りをしていました。大きなお餅の様になった乳固形分の塊が、次々と黄色いホエイの中にプッカリと浮かびあげられる様子はとても60㎏以上あるなんて信じられず、チーズの美しさと職人さんの手際のよさに思わず見とれてしまいました。熟成庫に入っていくと、ものすごい数のチーズが、天井ぎりぎりまである棚にびっしりと並んでいました。チーズを見比べてみるとはじめは白っぽかったチーズが、熟成が進むにつれだんだんきれいな飴色に変化して、「PARMIGIANO-REGGIANO」とかかれた刻印もはっきり読めるようになっているのがわかります。その刻印を浮かび上がらせることでチーズが自らパルミジャーノになったことをアピールしているように見えました。でもいくらアピールしても、検査を通らないとパルミジャーノにはなれません。検査は小さな金槌のような物で叩いて、中でひび割れていたりしないかを音で確かめるそうです。検査に合格できなかったら、刻印を全部削り取って別のチーズとして売るそうです。2回の検査に合格したチーズだけが、焼印をもらってパルミジャーノとして世の中に出ることになります。工場の見学後、チーズを試食させてもらいました。約2年にわたる熟成期間により硬くぽろぽろとした感じのチーズは、本当においしかったです。人と微生物の出会いによって生み出された奇跡と、厳しい検査に守られた伝統が、チーズという形で確かに存在しているのを感じました。

さて、そんな素晴らしいチーズを作っているのだから儲かっているのではと思うのですが、なかなかそうはいかないようです。日本同様EU諸国でも生乳の生産は過剰で、クォータという制度によって生産調整がなされています。クォータを超過すると罰金を支払うことになっているようです。生産者同士の共倒れを防ぐためにも必要な制度であることはわかるけれど、私はとても疑問に思います。決められた枠があるということは、それ以上を望めないということですよね。がんばる必要がない、がんばってはいけない仕事なんて、普通やる気をなくします。食べ物が足りない人は世界中にまだたくさんいるのに、食べ物があふれて困っているなんておかしい。「みんなでおいしいものをお腹いっぱい食べる」私が求める農業は、そんな幸せを支えてゆく仕事であり続けてほしいです。

もうひとつ印象深かったのは、フィレンツェの生協です。最新の大規模店舗で、たくさんの品物があり、その多彩さ、売り方の違いに驚かされました。例えば乳製品のコーナーはヨーグルト、チーズ、飲用乳等それぞれに分かれているし、種類も幾らでも迷えそうな程たくさんありました。野菜や果物は自分で必要なだけ袋に入れて、秤にのせて値札を作り、貼り付け、レジに持っていきます。買い物をしている人を見ていても、全然面倒くさそうだったりはしなかったです。必要な分を必要なだけ買うって当たり前のことなのに、日本ではなかなかそれができていないような気がしました。イタリア人の日常を見ることで、普段気付き難いちょっとしたおかしさに気付きました。

私の道

最後に、イタリアっていいなと思ったことをひとつ。それは「伝統を大切にする姿勢」です。伝統的なものは生産性が低く、効率の悪い場合が多いです。伝統的なものを認定という形で他のものとはっきり区別し、そうすることで結果的に零細な農家や工房が守られている。個々の経営は決して楽ではなさそうだったけれど、いろんなものがあって、個性があって、ひとつひとつが輝いている。効率優先、大企業、大規模優先では得られないものが、イタリアにはたくさん転がっているように思えました。

私は、イタリアへ行って大きく考えが変わったりはしませんでした。きっと私が創っていきたいもの(小規模でも元気のある農家)や、求めているものが、イタリアには存在していたからだと思います。やりたいことを現にやっている人達がいる、絶対にできないことではないというのは、とても大きな励みになりました。イタリアで得たものは、残念ながらまだ全然いかされていません。いかしていく場がないのが現状です。チーズの管理や就職活動、卒業論文に追われて、焦ってばかり、やるせない気持ちでいっぱいです。今はひたすら進んで行くしかありません。そしていつか、抱え込んできたものをいかして「私の牛はかわいいでしょう。私のチーズ、おいしいでしょう。」と胸を張って言える日が来るように、今年もまた酪農家への道を進んでいきたいです。


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