2000年12月号
コロキウム


「くらし」を見つめなおす 生活支援の道具としての地域通貨

山口洋典
大学コンソーシアム京都・NPOスクール事務局次長


1 はじめに

1998年12月1日に施行された「特定非営利活動促進法(いわゆるNPO法)」により、「非営利」「協同」の活動領域が大きく変化しつつある。これまで「草の根」として地道な活動を行ってきた団体に「法の下」に人格を与えられ、積極的な事業を行う団体が育ってきた。2000年10月26日の新聞報道によると、経済企画庁は『国民生活白書原案』の中でNPO活動が生み出す経済価値は18兆円規模に匹敵すると試算した。この「経済価値」の試算は活動時間に対する賃金単価の想定に依拠しており、「ボランティア活動」が従来支払われない労働(アンペイドワーク)であるという前提のもと、それらを経済価値で判断をしたということになる。加えて、白書の原案ではボランティア活動がNPOを支えるものであるとし、ボランティア活動を広める方策として何らかの活動をした人が活動した時間に応じて「ボランティア切符」や「地域通貨」を与えることを提言している。

前置きが長くなったが、本稿ではNPOの活躍への期待が高まる中、注目が集まっている「地域通貨」について論じたい。既に1991年「生活クラブ生協神奈川」は「バーターネット」と呼ばれる実験を行われた。結果として組合員175人が参加し、物を消費するだけではなくお互いの労働を交換し合った。現在「生活協同組合ちばコープ」でも「おたがいさまシステム」と称した取り組みを行っている。今回、国民生活白書の副題には「ボランティアが深める好縁」とつけられているが、「自らの好みに基づく縁」の重要性は、行為としてのボランティア活動だけでなく、その媒体となる地域通貨の視点からも言える。

今回は筆者が滋賀県草津市にて立ち上げ時より関わってきた地域通貨の取り組み「おうみ」の事例を踏まえながらも、地域通貨の概括を行いたい。

2 地域通貨とは

カリフォルニア大学バークレー校の調査によると世界で2000種類以上の地域通貨が発行されているとされている。ただし、例えば商店街で発行するクーポン券も地域通貨に含めるか等、どこまでを地域通貨と言うかというかの判断は難しい。

地域通貨が国民通貨と異なるのは、あくまで交換の媒体として用いられ、投機の手段や目的にはならないということである。したがって、信用創造はしない。名目利子率は0の場合が多いが、なかには負の利子がつくこともある。

地域通貨と一言で言えど、英語では4つの表現をすることが可能である。それは「地域通貨」という連語を「地域」と「通貨」の2つに分けて考えてみると明瞭だ。

運用においては各地で多様な工夫がなされている地域通貨であるが、妥当な共通点を挙げるとすれば、どれもが「用途や目的や地域を限定して流通をする交換の媒体」であることだ。したがって本稿では「信用と信頼によって担保をされた、自助を促進する媒体として、国内通貨、国民通貨にかわってお互いの財やサービスを交換するもの」を地域通貨とする。英語で言えば「Community Currency」という性格が強いと言えるだろう。

3 1980年代を中心とする地域通貨

地域通貨が注目されるようになってきたのは1980年代になってからである。1930年代と同じように人々の労働を評価することに変わりはないが、労働者の労働ではなく、一般市民の非貨幣的な労働にも着目したのが1980年代の取り組みの特徴である。1980年代以降の取り組みは次の3つに大別でき、その他の地域通貨もこれらの中から派生して出てきたものと考えることができる。

なお、先進国の取り組みに注目が集まるが、メキシコ、タイ、アルゼンチン等でも地域通貨が発行されている。

(1)LETS(Local Exchange and Trading System)
LETSは積極的に紙幣を発行せず、相互に通帳を持ち、当事者どうしで決済をする地域通貨の制度で、日本語では地域経済振興システムなどと呼ばれている。

1983年にマンチェスター出身のマイケル・リントンがカナダのバンクーバー島東岸のコモックス地方で550人から始めた「コモックス・バレー・レッツ・システム」が起源である。これを原型に、各国各地独自の制度で取り組まれ、カナダ、イギリス、オーストラリアを中心に世界1600以上の地域へ拡がっている。

LETSには、加入脱退・取引が本人の同意のもとに行なわれるという「同意」の原則、口座残高に対して利子はつかないという「無利子」の原則、運営にかかる事業経費は利用者が利用程度に応じて平等に負担する「共有」の原則、そして参加者の全ての行動には必要な情報が提供されるという「情報公開」の原則と、4つの基本原則がある。

(2)時間預託制度
1時間の奉仕を1点とし、会員間相互に点数を交換する制度である。日本を中心とするふれあい切符の取り組みと、米国を中心とするタイムダラーの取り組みがある。「ふれあい切符」は「財団法人さわやか福祉財団」が時間預託、時間貯蓄、点数貯蓄、労力貯蓄などにつけた愛称で、現在「サービス生産協同組合グループたすけあい」や「日本アクティブライフクラブ(NALC)」他300を越える団体が取り組んでいる。最も古いものは1973年に有職婦人を相互に支え合う目的で始まった「ボランティア労力銀行」である。

タイムダラーは1986年にエドガー・カーンが医療・保険に対する問題意識から全米6都市で実験を始めた。子どものケア・移民者の住居サービス・高齢者のための買い物・カウンセリング等、主に社会的弱者のニーズをタイムダラーによってすりあわせ、隣人や友人や家族の中で日常行われていることを地域の中の見知らぬ人に拡げていった。1タイムダラーが1時間の労働に値し、現在全米38州で約300のコミュニティで運用されており、行政が積極的に取り入れているものも存在する。日本では1994年から愛媛でタイムダラーネットワークジャパンが活動している。

(3)イサカアワー
1992年11月から7年間、創始者ポール・グローバー個人によって運用されてきた紙幣方式の取り組みで、1998年秋に法人化された。他人が自分に提供してくれる時間を考慮し、的確に時間・能力・労力を評価する仕組みで、40名ほどで始まったものの、現在はのべ1500のサービスが登録され、うち400は事業所による登録となっている。

根幹には環境に配慮をした生活をし、社会的な公正さを考えていくという「Ecology and Social Justice」という思想がある。登録者間だけではなく、イサカ市(米国ニューヨーク州の北西部にある人口3万人の町)中心部から約20マイルの範囲では国民通貨の代替として使用できる店もある。毎週土・日に55の店が出ている朝市、地域の農産物や無農薬・減農薬食品を主に扱う生協、古本屋、そして銀行の4つの拠点を中心に循環している。古本屋では古い紙幣を新しい紙幣に交換をするなど、国民通貨で言うところの銀行の役割を担っている。また、イサカアワーが使える銀行というのは、日本で言うところの信用組合であり、預金の引き出しやローンの支払いに充てることができる。

各地で新規に地域通貨を始めるスターターキットも販売し、1999年末の時点で世界70程度の地域に拡がっている。例えばカナダでは1998年12月にカナダドルを担保とした「トロントダラー」が発行され、現在特定の店でしか使用できないものの、イサカアワーと同じく地域独自で通貨を創り出すことに共感をした人々が使用することで、1年間で約8万トロントダラーが流通するに至っている。

4 地域通貨の類型と発行要因

以上の取り組みを整理すると、地域通貨は(1)発行単位、(2)流通範囲、(3)決済方法、(4)発行形態・管理形態の4つの基準によって類型化が可能であると考える。加えて、地域通貨の発行要因は次の3つに分かれる。この3つが複合した形で地域通貨は発行される。

(1)不況時の失業対策
1930年代の世界恐慌、また1990年代の「グローバリゼーション」のあおりを受け、地域内で循環をするような経済体系を構築して足元を固るため、国民通貨を補完するために地域通貨が発行される。

(2)特定のコミュニティ創造と維持
地域内でもさらに特定の会員同士で、各人の財や技能・技術・サービスをやりとりしあうための交換媒体として発行される。

(3)シャドウワークの顕在化
環境・福祉・教育・医療など、地域内の問題に対して相互扶助制度を構築するための手段として、個々人が関与する貢献の質と量を評価するという目的として発行される。

5 草津での実践から

本稿の導入部分で触れたように、筆者は他数名とともに、滋賀県草津市で地域通貨の発行に携わってきている。拠点となっている草津コミュニティ支援センターは、JR草津駅周辺部のマンション開発に伴い土地建物が開発元から草津市に寄贈されて普通財産となった施設である。センターはさらに財団法人草津市コミュニティ事業団が無償貸与を受け、運営等は市民の自主管理とされている。そこで、センター運営が円滑に行われ、かつセンターの積極的な活用と使用者・団体どうしの相互交流を目的に、1999年4月より「おうみ」と名付けたクーポン券を発行してきた。1おうみは100円と換算だが換金はできない。

当初はセンターの清掃や窓口受付等、管理業務や会議参加などによる貢献に対して支払われるのが中心であったが、徐々に企画立案・事業委託などで「おうみ」を稼ぐことが増えていった。稼いだ「おうみ」は施設使用の対価としてセンターが回収していく。1999年10月からは「おうみ」の個人間のやりとりも始まった。より「地域」の「通貨」へと段階的に発展していったのである。

それらの結果、自分たちのできることを「もちよる」ことで、地域の中での人の輪ができあがっていくことが実感できた。昨年度末の集計では現金換算で525000円分が流通していたことになるが、導入の効果として、センターへの効果としては利用率の増加や事務局の組織化、また使用団体への効果としては交流の促進と新たな活動の展開、そして個人登録者および地域への効果としては「地域」でつながることの意味・意義を認知したという実感がある。

今後の課題として、税法面の対応や、また弛まぬ循環を確保するための的確なコーディネーション、そして、多様な地域資源と連携していくことなどが挙げられる。ただし、ともすれば手段の目的化を招きかねない。本来はなくてもいいのだが、あると「おもしろい」という遊び心を持ちながら、「グローバリゼーション」に対する「ローカライゼーション」を推進できればと考えている。

6 むすびにかえて

最近、日本に限った誤解として、「地域通貨=エコマネー=電子マネー」というものがあると感じている。もちろんエコロジカルなマネー(環境に配慮されたお金)という意味では、イサカアワーやオーストラリア・ブルーマウンテン地区「ECOS」をはじめとして各地で取り組まれている。また、環境だけではなくカナダ・バンクーバー「Women System」のように「女性」でつながる地域通貨もある。

言いたいのは、地域通貨は、政府による原子力発電所のかわりに、地域で自然エネルギー発電所をつくり、自分でエネルギーを自給しようというような発想に似ているということだ。家をつくるのに、「設計図」と「道具」、そして「つくる人」が必要なように、思い描いている社会をつくるには、一定の道具が必要となる。また、道具だけで家は完成しない。冒頭部分で紹介した「国民生活白書」での論理ではないが、地域通貨はあくまで自発的な行為を引き出すための道具であってしかるべきである。地域通貨が何らかのサービスを媒介する媒体であればなおのこと、である。

地域通貨は、国民通貨と比較されることによって経済的側面から論じられることが多い。しかしながら今こそ「地域」ならびに「コミュニティ」という視点から考えていく方が妥当ではないかと考えている。したがって、対価を求めずに何らかの活動をして地域通貨を得た人は、再び第三者に譲渡することで二重の貢献が可能となる。つまり、高齢者や障害者の介護によって地域通貨を稼いだ人が、その稼いだ地域通貨を老人ホームなどに寄付すれば、二重の貢献ができる。

今、奉仕の「義務化」について議論がなされているが、地域通貨の流通と循環は奉仕の「日常化」をもたらすかもしれない。地域通貨の導入の検討は地域の「くらし」を見つめ直すきっかけとなり、具体的な生活支援プログラムを構築する議論が起これば、地域社会の隙間を埋めることができるだろう。


<参考文献>


山口洋典(やまぐち・ひろのり)。1975年静岡県出身。
1998年3月、立命館大学理工学部環境システム工学科卒業。2000年3月、立命館大学大学院理工学研究科環境社会工学専攻博士前期課程修了(工学修士)。修士論文のテーマは「市民活動拠点施設における地域通貨導入による地域活性化に関する研究」。現在、学生時代より関わる財団法人大学コンソーシアム京都・NPOスクールの事務局次長として、学生の社会参加のシステムとスタイルの実践に取り組みながら、きょうとNPOセンター運営委員、草津コミュニティ支援センターのスタッフとして、NPOによる地域経営の枠組みを模索している。


前のページへ戻る