2000年12月号
特集


生協の危機と再生への道
--いわて生協10年の歩みから--

いわて生協理事長 加藤善正


くらしと協同の研究所では、この間に出版された三冊の本、『現代生協改革の展望―古い協同から新しい協同へ』(大月書店)、『協同組合のコーポレート・ガバナンス―危機脱出のためのシステム改革』(家の光協会)、『生協は21世紀に生き残れるのか―コミュニティと福祉社会のために』(大月書店)に注目し、積極的な検討会を設定するだけでなく、いわば胸をかりる形で自らの理論構築を試みたいと考えている。その際に、研究所がまとめた三冊の本、『転換期の生活協同組合』、『生協 21世紀への挑戦―日本型モデルの実験』、『生協 再生への挑戦』をどの様に評価しているのか、私達は現時点で自らの理論的わく組みはどうであったか、をきびしく点検しなければならない。また、現時点での「生協危機の認識と改革の論理」が、新三冊本ではどの様にとらえられているのか、くらしと協同の研究所が諸活動を通じてとらえつつある共通認識との異同が吟味されなければならないだろう。

今回の特集は、いわば後者の「生協危機の認識と改革の論理」を共有すべく開催された研究所の職員論研究会と第1回研究委員会との合同研究会(2000年9月29日~30日)でいわて生協の加藤理事長が報告されたもので、掲載にあたっては1/6に圧縮したのみならず、論点を限定して要約したものであることをお断わりしておきたい。また、合同研究会での加藤報告と質疑応答は他の報告とも合せてワーキングペーパーにまとめている。必要な方は御連絡をいただきたい。


いわて生協の実践―第一次3カ年計画(91~93年度)

いわて生協は県内の5つの生協が合併して90年に設立された。翌91年から第一次の3カ年計画が始まる。これは、合併直後のため組織、事業、体質を3年間で一体化させること、初年度決算が赤字だったので、3年間で成長戦略を組み立てられるよう損益財務の基盤をきっちりすることなどを中心に考えた。また、組合員活動の分野でも、常勤者が組合員を組織する路線をとっていたが、組合員が組合員を組織する、みんなで楽しく工夫してという組合員活動のスローガンを作って、常勤者が表にでないでサポートする組合員組織と組合員活動を作り上げた。

また、人時生産性を引き上げる目的でVPMというマネジメント手法を導入し確かに最終損益が1.4%ぐらいまでに上がった。しかし、組合員からは大変な批判をいただいた。生協の職員は、どっちを向いて仕事しているのか。われわれがお店に行っても振り向かない。作業しながら「いらっしゃいませ」、商品を補充しながら「おはようございます」。当時の人時生産性引きあげ戦略から言うと、組合員へのあいさつは価値のないことだと実際には思っていた。

私は91年に組織革新研究会(1971年発足。箱根を主会場にして合宿研究会が開催される。現在は藤田英夫氏がキャンバスリーダー。以下、組革研)に参加した。そこで、今までやってきたマネジメントがいかに人間をダメにするのかをイヤと言うほど教わった。人・モノ・金と、人をモノや金と同じように管理をする、これがマネジメントだと思っていた。大変なカルチャーショックを受けた。いままでのマネジメントを変えなければならないと決意をして帰ってきた。しかし、計画はすでに走り出しているので、第二次計画で、マネジメントを全面的に変えようと考えた。

第二次3カ年計画(94~96年度)

94年当時、いわてには100坪から600坪ぐらいまでのお店が21店舗あったが、これらの店は全て環境不適合状況であるという意識をこの時期に共有化した。それは、組合員が要望する品揃えができる大きさではないこと、駐車場が決定的に足りないこととアクセスがよくないこと、店内の冷蔵設備が老朽化し機能が低下していることなどからである。そして、生鮮強化の、SSM(ストロング・スーパー・マーケット、いわて生協での呼び方)へ挑戦をしようとしたが、なかなかうまくいかず、実際は最終年度の96年度に最初のSSM「コープ一関COLZA」を作ることになる。そして、共同購入をもっと収益性のある事業につくり変えていった。当時の日本生協連の方針でも、総合的生活事業の展開ということもあったので、直営の葬祭事業や共済の元請けなども始めた。

そのほかにも、組革研で学んだマネジメントの大転換をしようとした。一体われわれはだれのため何のために仕事があるのかを議論して常勤者の「仕事改革」を本格的に取り組んだ。それから、70年代80年代、協同のあるまちづくりという方針が日本生協連には出ていたが、90年代に入るとその方針がなくなった。そこで、改めて協同のあるまちづくり、コミュニティへの貢献というテーマを上げた。

第三次中期計画(97~2000年度)

96年のSSMの店舗展開以降、少し上向きになり、97年から初めて4年計画を作った。米の自由化や食糧自給率の急速な低下、食の安全などに関するさまざま問題があったので、第三次中期計画の基本スローガンを「組合員の安全・安心・健康な食生活への願いを実現する、運動と事業の新しい社会モデルをめざす」とし、6つの柱を立てた。積極的な出店をして、必ず黒字化する。共同購入は当時学校生協も地域に展開していたが、いわて生協と合流して全県展開を行った。また、福祉5カ年計画を推進するなどである。そして、「仕事改革」を本格的に徹底させることと、組合員活動をより強めながら、遺伝子組み換え食品や、消費税、社会保障の後退に対する大衆的な運動を積極的に展開するなどである。

99年度は大きく成果が上がってきた。いわてでは51の事業所で損益管理をしているが、直接剰余の黒字が3年間続き、3年連続の増収増益になっている。

「仕事改革」―すべては組合員のもの

こういう実践のなかで、今まで言ってきたことを、いわて生協の基本的な考え方として「常勤者の申し合わせ事項」として99年春にまとめた。

いわて生協の全ては組合員のものである、共有財産を協同所有している、この考え方を徹底してやろう。生協運動の主人公は組合員であり、組合員の出資、利用、運営を不断に強めることが生協を強めるカギである。正規、パート、アルバイト職員は組合員のパートナーとして、生協運動を発展させ、推進する。そういう意味で常勤者という言葉を使っている。株式会社の株主は、高額な株の配当と資産価値を増やす「株価の値上げ」が最大のニーズで、企業の目的は経営成果、純益を最大値にすることである。しかし、生協の組合員は生協の事業を通じて家族の健康や人間らしいくらしの質的向上を図ることが最大のニーズであり、生協の目的は日常の事業を組合員に喜んでもらえる状況に拡充することである。そうして、常勤者の将来生活を安定させることができるのであって、経営の健全化は目的ではなく手段であると考えている。

3つの改革

激烈な競争に負けず、組合員の願う事業を拡充する最大の保証は、常勤者が組合員のためにいかに仕事ができるかであり、常勤者の働きがいを組織することが大事だ。いわて生協の将来はこの「仕事改革」の徹底度合いで決まると思っている。

その中身の一つは意識改革で、常勤者の仕事は組合員に喜ばれるためと、環境負荷を少しでも減らすためにある。自分たちの思い込みや、自分たちの都合を優先した仕事とは決別する。実際はそれが非常に強いと思っている。だから、それと意識的にどう闘うか。組合員の方を見ないで仕事をするのは、自分たちの都合でやっているのと同じである。

また、マーチャンダイジングの改革も、52週分計画を立てて、重点商品を中心としたシステムができ上がっているが、すべてのマーチャンダイジングは予算達成のためでなく、組合員に喜ばれ、環境対応のために作られ、実践されるべきだ。予算がいかないのは、事業に対する組合員の評価の結果であり、外部のせいにしてはいけない。私たちがどれだけ組合員のためにマーチャンダイジングをしているのか。仕入れの段階ではそうであっても、売り場ではそうなっていないのでは一貫性がない。マーチャンダイジングそのものを一体化して、仕入れから販売までしっかり貫くことである。

すべての人を「道具力」としてではなく、「人間力」を引き出すために「管理」から「リード」へ転換するマネジメント改革が必要である。意味や意義をつかみ、事実・実態を調べ、みんなで知恵を出し個で動く。自分たちのこの仕事は何のためにやるのか、どんな意味があるのか、それを討論してあとは一人ひとりが思い込みを排して、事実・実態を調べて仕事をしていく。

仕事の対象

それから仕事やマネジメントの「対象」をいつもよくつかみ、調べて、問題の原因を掘り下げ、少ないコストで最大の効果を上げる中で、初めて人が成長する。いままではややもすると、自分の仕事やマネジメントの対象が、仕組みやシステム、効率や数値結果であったが、あくまでも対象は商品であり組合員や部下という人である。組合員の生活シーンにマッチした商品かどうか、お店を利用している組合員がお店を出るとき満足した表情になっているか、現場の常勤者はどんな思いで働いているのか、部下はどういう仕事の理解をしているのか。これらが仕事の対象であるし、マネジメントの対象である。

その他、組合員活動では学習を強めることや労働組合との信頼関係を不断に強めることなど、内部では「いわて生協路線」と言っているが、「仕事改革」を進めている。

店舗事業の再構築

さて、21世紀に日本の生協運動が発展するためには、店舗事業が確実に拡大再生産されなければならないと思っている。いわてでは94年当時、設計図もすでにできあがっていた店舗を最終的に決断できず中止したことがある。第一次中期計画の中で確かに人時生産性は上がった。しかし、効率化、チェーン化、大規模化の中で、組合員が本当に求めている商品は何かを忘れてしまっているのではないか、いわば「売る側の論理」を優先させることで、組合員から離れてしまっているのではないかと考えた。確かに競争が激しくなってきてはいるが、売れないのは外に原因があるのではなく、組合員に全面的に支持される事業方針を持ちきれていないことに原因があると考えた。

それから約2年間、どんな店を作るか、全国のあらゆる店を見て回った。その中でカテゴリーキラーのお店「エース新鮮館」(本社、伊丹市)に注目した。そして、最終的に気がついたのは自分が消費者ならどういう店がほしいのかだった。組合員が生協の店に買いに来るのは、コープ商品がメインではなく、生鮮食品を買いに来る。だから、生鮮食品が地域で一番でない限り、生協の店であっても組合員は利用しない。生協の基本は、組合員の利用結集で低価格を実現することであり、組合員が利用できる状態をどう作るのかが全てである。そのためには、カテゴリーキラーの品ぞろえと店舗運営から学ぶことが必要ではないかと考えた。地域一番店を作るためには、生鮮特化型のお店作りを進めていくことにした。

SSM(ストロング・スーパー・マーケット)のコンセプト

生鮮の中でも特に鮮魚が一番差別化できるのではないかと考えている。それは、魚種が非常に多く、加工度の幅も広いし、時間による劣化が著しい商品なので、他のスーパーと差をつけられる部門だからだ。東京の一藤水産が「黒潮市場」というカテゴリーキラーの店舗を持っていたので、そこから学ばせていただいた。平台を使い対面販売をする。そこに人財(いわて生協での言い方)を投下する。店舗の標準化よりも、地域で圧倒的に組合員に喜ばれる個店をめざした。

しかし、それだけでなく、やはりコープ商品や産直品による差異化が必要である。いわてには組合員参加で独自に作り上げているi co-op(アイ・コープ)商品が147ある。サンネットコープ商品(みやぎ生協、山形県の共立社、いわて生協でつくっている「コープ東北サンネット事業連合」で開発している商品)も99ある。日生協のコープ商品もある。また食料自給率をあげる運動や日本の食文化を守る運動としての産直商品がある。これらがあるからこそ、組合員は安心できる私のお店と評価し認識できる。そして、ドライ商品やナショナルブランド商品はサンネットの事業連帯をフルにいかして、店舗作業をできるだけ省略しながらコストダウンをし、安さを打ち出す。これらの3つをSSMの基本コンセプトとして位置づけている。

組合員の納得によるスクラップと集約統合化

いわてでは96年の総代会で閉店基準を決めた。直接剰余で赤字の店は1年以内、経常剰余で2%以上赤字の店は2年以内に閉店か存続かを組合員の意思で決めるとした。もちろんそのためには、個店の経営情報を公開しているが、閉店対象店でも、組合員と常勤者の力で再生するお店も、2、3ある。しかし、どうしてもだめだという店が96年以降10店舗、閉店になった。SSMに建て替えるための閉店が5店、純粋な閉店は3店、今年に入っても2店閉鎖せざるを得なかった。

ショッピングセンターの核店舗化

これからはショッピングセンターの時代になる。生協の店舗もフリースタンディングでは明らかに限界がある。そこで、一関市の「COLZA」では核店舗になっているし、宮古市の「DORA」(売り場面積2000坪)は34のテナントが入り直営のショッピングセンターを運営している。こうした店舗戦略を確実に実践する最大の問題は人財だ。人財育成を大胆にやるべきだと思って、組革研への参加は、すでに延べ100人(正規職員数411人)を超えている。その他、専門店の研修、店舗クリニックなど、人財への投資を積極的に行っている。出店と人財育成の計画的なスケールアップが不可欠である。

生協運動の再生のために

以上、いわてでのささやかな経験から、生協運動の再生のためにはやはり組合員の結集と信頼を実現する事業戦略をまずつくることだと思う。組合員が生協に加入して利用するのは事業に期待しているからで、事業そのものが組合員の結集や信頼を実現する。日常の暮らしを全部生協で利用しても安心できる、そういう事業戦略を明確にし、実践することだと思っている。人時生産性優先の経営対策だけでは、一時的に切り抜けたとしても本質的な解決にはならない。これからますます消費は減るし、競争は激化する。では、誰が事業戦略を作って実践するのか。それはやはり、常勤者だと思う。常勤者の力をどう引き出すのかが経営戦略の重要なテーマだ。今までは、労働条件など労働者としての権利を充実させていくことが中心だった。しかしこれからは、組合員に満足してもらって仕事に生きがいや喜びを感じる、組合員の満足が職員としての満足に感じる協同組合職員像を職員自身が描けるようになることが、将来的に一番大切だと思う。みんなで楽しく工夫して組合員と一緒に生協運動を発展できる常勤者に育てられるか、これを推進していくのが「仕事改革」で、事業戦略とあわせた最大の課題であり、それをリードするトップ集団の協同組合的マネジメントをつくりあげることだ。

しかし、それは一挙にはできないので、中長期計画をたてて事業・運動・経営の目標とビジョンを明確にして、新しく創造的に積み上げることである。5年後組合員がなりたい自分の暮らしや自分自身、職員も5年後どういう自分になりたいのか、どれだけ給料をもらいたいのか、どういう職場にしたいのか。そういう目標をみんなで出し合うと、今の延長線上ではできない事がわかる。では、今をどう否定するか。そういう考えで中期計画づくりをすすめている。私たちは、あくまで買う組織、消費者・生活者の組織として新しい事業や経営を創造したい。


加藤報告を読む

井上英之(大阪音楽大学教授・当研究所所長)


いわて生協理事長の加藤善正氏は、今日最も注目される生協人である。いずみ生協問題が発覚した直後の日生協総会での加藤発言は、コープおきなわの上仮屋さんの発言と並んで全国に知れわたった。今年の日生協政策討論集会で紹介された「いわて生協の基本的な考え方―常勤者の申し合わせ事項」も、日生協路線を批判する独自な「いわて生協路線」として注目をあび、最近のことでは「国民の食糧と健康を守る運動全国連絡会」の創立10周年記念シンポジウムで、貿易商社本位のWTO協定に異議をとなえる生協の代表としてパネラー発言をおこなっている。

全国の生協が「経営難」に陥り、悲鳴をあげている中で、いわて生協は合併10年目をむかえて「順風の勢い」である。私は石川啄木が盛岡で出版した第一号のみの雑誌『小天地』にちなんで、岩手県を「小天地」と独自に命名していたが、いまやいわて生協は「別天地」と呼べる程に躍進を続けており、出店した大型店のことごとくが成功し、とりわけ生鮮に強い「地域一番店」をつくりだしている点は、この加藤論文を貫く「自信」となって表出している。

合同研究会の場で私は司会者として加藤報告を聞きながら、「この加藤報告の隠しテーマは『トップ集団の協同組合的マネージメント』ではないか」と直観的に思ったが、現在においても変わらない。人のつながりである協同組合としての生協観、「人間力」を引きだし「今を否定し計画的にスケールアップをめざす」マネージメント観とリーダーシップ観は、加藤報告の核心部分なのであろう。

日生協による危機のとらえ方批判、実践的・運動的な総括なしの中期計画づくり批判に続く「いわて生協の中期計画」報告は、隠しテーマを実践した「いわて生協づくり」であるが、別の見方をすると(1)手順の決定的重要性、(2)自らの力量に合せる、(3)トップの自己改革、を日本の生協陣営に語りかけている様に受けとれる。

私達は加藤さんに登場していただく前に、いわて生協を訪問して「仮説としてのいわて生協躍進の秘密」を独自に調査させていただいた。これはいまだまとめるまでに至っていないが、部分的には今回の加藤報告で明確になりつつある。合併による混乱、閉店の痛み、新店構想のストップ、サンネットの活用とつくりかえ、生鮮の重視、大型店と小店舗の閉店という一連の流れの中に、(1)(2)(3)は位置づいている。とりわけ、組革研・エース新鮮館・黒潮市場との出会いによるトップの自己改革の証言はなまなましく迫力に富むものであった。

報告と質疑応答を通じて興味深かったのは、ちばコープとのスタンスの違いであろう。「生協は特殊な人の集まり」、「組合員の声を聞いてというのはアマチュアリズムではないか」という加藤指摘は、生協観と「常勤者」概念の特徴を浮きぼりにしているように思われる。

この他、日生協の支所にかってマーチャンダイジング機能があったことの意義、運動と事業の一体化のとらえ方、共済事業の位置づけ、生協におけるリストラの問題、など大変興味深い指摘もおこなわれた。

加藤さんからは、「くらしと協同の研究所が日生協の『転換期』認識をはやらせた」と批判され、「それは誤解です」と反論をしているが、私達の「生協危機の認識と改革の論理」を研きあげるためにも、加藤報告をしっかりと受けとめたい。


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