2000年10月号
視角

「医療・福祉複合体経営時代における生協の展望」

日本福祉大学教授
野村秀和


介護保険制度の導入で、高齢者福祉は新たな転機にある。元来「助け合い」を旨とする生協にとっても、福祉はますます重要な組合員のニーズになりつつある一方、4月以降、福祉事業に手を出した生協が、単価が安く、手間のかかる在宅介護も押し付けられて、経営的に手痛い打撃を受けているのも現状である。消費購買生協がネットワークを生かし、「くらし」の中から高齢者福祉に取り組むことの意味を考えてみたい。

まず、これからの時代に求められる高齢者福祉とはどのようなものか。介護保険の実施にあたり、医療法人が社会福祉法人を設立し、一般病院と老人保健施設、特別養護老人ホームを複合的に経営する動きが広がっている。高齢者福祉が、障害者や児童福祉と大きく異なるのは、加齢による健康の保持のために医療との連携が不可欠だという点である。老人福祉施設の入所者や家族にとっては、医師や看護婦がそばにいてくれるだけで安心だし、施設(経営)側にとっても、患者を滞留させることなく病院と福祉施設を行き来させることで、経営の安定につながる。医療行政と福祉行政が縦割り状態にある厚生省内部でも、福祉サービスの供給に医療・福祉複合体施設を意識的に活用すべきだという論議が進んでいる。

従来、医療法人は医療保険の点数制度や薬価基準の改定、病院間競争などで厳しい生き残りを強いられ、経営問題に人的・金銭的に様々な投資をしてきた。一方、社会福祉法人は措置費に依存し、自らの施設経営の必要性を自覚してこなかった。そのことが福祉が「市場」となる介護保険という新しい局面において、複合体経営への展望の有無という形で両者の明暗を分けたといえる。

この複合体経営にうまく乗り出している例として、JAあいち知多がある。このJAは今年4月に3つが合併して発足するにあたり、「アグリルネッサンス構想」すなわち、「土に還る」ことを掲げた。土壌改良や土を介した近郊都市市民との交流に取り組む一方、農業の復活を語るには、農村の高齢者の存在は避けて通れない。そこで地元の総合病院である知多厚生病院(JA愛知厚生連病院)と連携し、デイケアセンターや温泉入浴サービスなどを準備中である。これらはハード面だけでなく、社交場としての役割、すなわち高齢者の心のサポートというソフト面の意味も大きい。病院側にとっても、地元の組織作りという点で、JAが力になった。協同組合の再構築が行われたわけである。両者がそれぞれの条件を生かして互いを〈うまく使っている〉最先端の例といえよう。

では、生協陣営はどうだろうか。本気で福祉事業に取り組むなら、複合体でなければ勝てない時代である。「在宅が福祉の裾野である」 と言われる。それはその通りだが、拠点としての福祉施設、また入院も含む医療、すなわち介護度の高い部分も引き受けられる医療施設という受け皿があるかどうかが、事業体としての将来の生き残りを決める。各家庭の高齢者の健康状態を一番理解しているのは、家事支援や身体介護に入ったスタッフである。しかし生協の場合、医師・看護婦との連携が少ないためにそれ以上の対応ができない。JAが全国に同系列の厚生連病院を持ち、前述のような連携を可能にしているのに対し、購買生協と医療生協の関係では、数の点からも政策の点からも、現在のところ大がかりに長期的な対応は少数を除いて無理である。しかし私は、生協こそが、ネットワークとしての医療と福祉を連携させ育てることにおいて、一番強い組織のはずだと思う。

中小規模の医療法人が福祉法人を設立する場合、両者の理事長が同一人物である経営体が多い。そこでは人的な関係を機軸とし、トップに立つ者の個性や倫理観で全てが決まる。プラス方向に進んでいるときは良いが、マイナスに転じると両者がマイナスというリスクを負う。「ワンマン経営」 に陥ったり、「一代目(の理事長)は良かったが二代目は…」という事態になったりする可能性がある。

一方、生協は地域の住民によってコントロールできる幹部職員を持つ。生協が福祉に乗り出すことの意味はまさにそこにある。組合員が日々のよりよいくらしのために「こうしたい」と声をあげ、職員が組合員のその声をどう実現するかという観点から動くのが生協だ。利用者の声に応えて事業を展開するシステム、その事業を利用者の立場からチェックするシステムが、理論的にはすでに存在しているし、福祉事業においても実現可能であろう。このシステムなら、「ワンマン経営」に歯止めをかけられる。現在の医療機関が競合する状況において、生協が新たな医療法人を設立することは、組合員の支持が得られないだろうが、明確な契約関係の元に医療と連携すれば、地域ごとに信頼感で結ばれた、フェアで開かれた従来にない複合体経営が可能になるだろう。この点においても生協の理念が発揮される。医療も福祉も産直と同じ。どんなところと、どんな連携をすればいいか、決めるのは組合員自身である。


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