2000年10月号
人モノ地域2

コープ商品総点検運動から商品づくり運動へ
--京都生協--


かんたん煮魚

1998年9月、京都生協の両丹ブロック(京都府の北部地域)の「商品づくり出発式」で、福知山・三和・大江行政区の「商品のねっこの会」の組合員(メンバーは行政区委員6人、そのうち最後まで残ったのは3人)が開発する商品の発表を聞いたときの思いはこうだった。

当日すでに一緒に開発を進めるメーカー(唐津天生水産)の担当者も来ており、「こんなん、アンケートの上位に上げてないし、違うわ」とはなかなか言えなかった。京都生協では、97年秋に、「コープ商品総点検運動」という名の下で、秋の一斉班会や店舗、行政区委員会から、お気に入りのコープ商品、改善した方が良いと思う商品、こんなのがあったらいいと思う商品のアンケートを取った。それを各地域毎にわけ、行政区委員も読み込み、行政区委員会として集約する。そして、ブロック毎の「商品づくり出発式」を開き28行政区委員会の対象商品が決まる。自分たちがこれから作り出す商品だから、当然組合員は、商品開発に携わる場合、上位に挙げたものになるだろうと思っていた人が多かった。

「煮魚!?」

初めは本当にどうしていいか分からなかった。でも、これからの時代に、将来性のある商品だし、今までにないものに取り掛かるのもおもしろい、と考えを切り換えて取り組むことにした。

もともと、「あったらいいなと思う商品」の回答に煮魚を入れたのは、単身赴任の家族を持つ人だった。1人でも手軽に調理できる煮魚があれば持たせたい、と思ったからだった。これがまさに、「かんたん煮魚」シリーズの「小家族向き」、「大家族でも別メニュー」というコンセプトになった。

当初は、電子レンジでの調理を考え、他のメーカーの商品を試食したがおいしくなかった。また行政区内で組合員にアンケートをとったところ、800人の回答がよせられた。そのなかには電子レンジでの調理は電磁波が不安という声があった。また、メーカーの用意した試作品も、電子レンジでは均等に火が通らないので、袋ごと生魚を煮る方式に決定した。魚種は年間を通じて安定供給ができる、さば、あかうお、白かれいに決めた。

この生魚は、船内凍結で、抜群の鮮度を誇る。味付けもメーカーが特許を持っているタレをベースにすると決まった。ここまではスムーズだったが、次に大きな壁に突き当たった。加熱調理中に包材の不備が発生した。形を変えてみてもダメ。これは、後に試作品の包材が、冷凍食品用のものであることが判明し、加熱調理用のものに変えて解決するのだが、この間に3カ月を要した。

ラベルの作成も苦心した。おいしそうに見える写真や、まちがいなく調理してもらえるよう、一部色を変えた文字や絵を使うなど工夫すべき点はたくさんあった。

ここで、林田久宗さん(京都生協中丹支部支部長)の「クレームを予想して、商品表示の文句を考える」という発言は、組合員にはない発想で新鮮だった。肝心の味付けは、子供にも食べやすい味をと、メンバーで数回試食を重ねて決めた。

価格は消費者としての組合員の立場から、アンケートを参考にして、メーカーと話し合い、ぎりぎりまで安くしてもらった(2切れ220g~260gで398円~498円)。

発売に先立って、4つの支部を回り、商品宣伝をして、職員に試食してもらった。支部に足を踏み入れたのはこのとき初めてだった。また商品知識を問うクイズを作り、成績の良い職員を表彰した。職員と組合員との間にある距離を縮めたいとの思いからだった。

今回商品開発に取り組んだ行政区委員の感想は次のようである。

「共同購入担当者で一番たくさん商品をお勧めした人は、新卒の若い男性。彼は本当においしいと思って勧めてくれた。商品に愛着を持っていれば自信が生まれ、心から勧めることができると分かった」。

「組合員の声から商品を作り、職員、メーカーと一緒に開発するのは、生協ならではのことである。一般のスーパーではできないこと」。

「煮魚という商品を作るという、はっきりした目標があり、(生協活動でたまに話題になる、マイナスの)やらされ感がなかった」。

「ひとつの目的に向かって、みんなで何かをするという達成感があり、支部職員との交流、PR用のビデオ撮りなど、めったにできない経験をしたこともおもしろかった」。

「月一回、できる人ができることをやり、次回につなげる方式でやった。毎回新しい情報を得られるのが新鮮だった」。

「メーカー担当者は、毎回ではなかったが、わざわざ九州から来てくれて、非常に熱心だった」。

「正規職員も最後まで担当者が変わらず、プロの立場(供給する側の立場)から、貴重な提案をしてくれた」等々。

ふっくらとおいしい「かんたん煮魚」シリーズは、99年10月4回の共同購入でデビューし、もうすぐ1周年を迎える。今のところ、供給高は決して手放しで喜べる状態ではないが、「個食」のサポーターとして、まさにこれからの商品といえるだろう。また商品づくりを通じて新たに築かれた、組合員とメーカー、職員との協力関係もこれからといえるだろう。

(まとめ・文責 森 智子)



ブルーベリーヨーグルト

伏見区東部行政区委員会では、アンケートの結果からおいしいフルーツヨーグルトを開発することになり、開発に携わる組合員を公募したが応募者は少なく、行政区委員が中心になってすすめた。

当初は、ミックスフルーツとブルーベリーの二本立てだったが、一つのものを大切に育てたいという思いからブルーベリー一本に絞った。市販品をいろいろ食べ比べてみると、「香りが強すぎる」「柔らかすぎると子供に食べさせにくい」等の声があがった。コープ牛乳のメーカー、鳥取県大山乳業の試作品がイメージ通りで、これにしようと決定した。その後、製造ラインにのせると、当初の味とは異なったものになり、甘さ、ブルーベリーの量などいろいろ変えてみて、最初と同じ味にすることができた。ブルーベリーは大山乳業のものがおいしくて使いたかったが、安定供給の面から輸入品にせざるを得なかった。

開発して心配なのは、組合員に受け入れられるかということ。99年、コープ春市(京都生協が90年から99年まで春に開催してきた大規模販売催事)で試食アンケートをとったが、味、食感などの好みは、人により異なり、万人に好まれるのはむずかしいと感じた。パッケージを決めるにも、もっとシンプルにと考えたが、表示などどうしても書かねばならないものがあることも分かった。棚に並べてもすぐ分かるように、色はブルーベリーの紫色を基調にした。

開発途中で、担当商務が突然交代。それまで積み重ねて来た気持ちが途切れてしまい、こんな事って何?「組合員と共に」と言っているのは何なのかと思った。デビュー(店舗は1999年6月25日、共同購入は同年7月2回)にあたり、紫色のエプロンを作り、支部職員や元理事などの応援を得て宣伝した。

しかし店舗での企画では、デビュー日に類似のナショナルブランド商品の特売があったり、試食宣伝に行った店舗で、少量しか発注できていなかったり、商品が売り切れていたりで、長く供給できる商品に育てたいと思う組合員にとってはショックだった。多くの商品の一つと見ている職員との間にズレがあり、組合員の開発した商品が、大切にされていないと思ってしまった。

商品作りを終えた今は、商品の開発費用が全てメーカー持ちなので、心苦しさを感じてなお一層広めようと思っている。また、他の行政区委員会も同じ苦労をされたと思うと、他の開発商品もつい利用してしまうし、店に行くと陳列が気になる。開発商品に対する愛情がわいてきて、商品開発に関わることができるのはやはり生協ならではのよさと思った。

生協からは第二次開発商品リストを示されたが、ブルーベリーで手一杯で、他のものは考えられない。初めから気がかりなことは、利用があるだろうかということで、デビューして1年余り、順調にいっているようだが、2年目の宣伝をどうするかで、今は手一杯の状態である。

(まとめ・文責 武内タキ子)


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