2000年10月号
人モノ地域1
伊賀の里モクモク手作りファーム
---21世紀のモノづくり・地域づくり---
京都大学大学院経済学研究科修士課程
名和洋人
近年、世界での経済のグローバル化が著しい。私たちの日々の生活においては外国で製造された製品ばかりが目につく。このことは食料品あるいは食料加工品においては特に顕著である。食料自給率低下を危惧する国内世論の高まりなど、どこ吹く風である。このような流れの中で、地域の農業が衰退し、地域産業は崩壊するという深刻な状況が見られるようになってきている。
しかし、このような現実に疑問をもち、そして現実に挑戦し、"本物の"モノづくりを通して、地域づくりをめざした事例が各地で見られることもまた事実である。本稿では、そのような挑戦者達のうちでも注目すべき事例について紹介する。
1.伊賀の里モクモク手づくりファーム
三重県北西部、滋賀県境の阿山(あやま)町に位置する「伊賀の里モクモク手づくりファーム(以下モクモクと略す)」をご存じの方も多いはずである。ここは、近鉄上野市駅よりバスで30分、自然・農業・手づくりをテーマとしたファクトリーファームである。インスタント食品が氾濫している時代にあって、ここは農と食について「知る」「考える」そして「つくる」ことの大切さをキーワードとしている。その運営は地域の農家が協同出資した農事組合法人(注:農業に関わる共同利用施設の設置、農作業の共同化、農業経営およびこれに付帯する事業などを行う組合型の農業法人)が行っている。
モクモクは畜産業界に対する素朴な疑問が出発点となっている。その疑問とは生産者と消費者の間にコミュニケーションがほとんどないことである。驚くべきことに伊賀のほとんどの養豚農家が、法律上の規制(豚や牛は農家が勝手に解体することが禁じられ、屠畜場での解体が義務づけられている)から自分の育てた豚を食べたことがなかったのだ。豚肉は1971年に輸入の自由化が始まっており、安い豚肉の輸入攻勢と国内の産地間競争の進展に伴い、1980年代に入った当時は豚肉を取り巻く情勢は非常に厳しい状況となっていた。そこで、消費者のニーズを的確に捉え、それに対処した商品開発が求められた結果、銘柄豚づくりがスタートした。この銘柄豚は伊賀豚と名付けられ、おいしい、安全、新鮮をテーマとして、試行錯誤の中で肉質の改善が進められた。
伊賀豚の販売が地域に定着するにつれて、肉の加工、つまりハム・ソーセージづくりを行うことになった。当時、国内で生産されるハム・ソーセージ原料の大半は外国の豚肉であり、国内産の良質な豚肉はほとんど使用されていなかった。そのため、モクモクはこの点において国内の先駆者の一角となった。こうして、自分達が育てた伊賀豚を、自分達で加工し自分達で販売する「手づくりハム工房モクモク」は、19名で1987年に設立された。その後、米作り、野菜作り、ビール麦づくり等が取り組まれ、地ビールの醸造、パン・パスタの製造が行われるようになった。また、レストランも設置された。モクモクが扱う食材は、阿山町内の養豚農家、野菜作り農家、米作り農家からのものが大半であり、地域農業を巻き込むかたちとなっている。さらにファームは、農業が楽しみながら学べ、家畜動物とのふれあいによる情操教育の場所ともなっている。ところで、この「モクモク」というユニークなネーミングの由来にも触れねばならないだろう。これは、燻製の煙がモクモク、伊賀忍者の煙幕がモクモク、ログハウスの木々、から来ているそうである。
このようにモクモクは、野生の鹿もでてくるような山中の農業公園のまわりに加工場が集積しているだけなのであるが、年間35万人が訪れるところとなっている。従業員220人のモクモクは、年商28億円、客単価約4000円という優良経営である。そこで、以下に消費者に支持される理由をまとめてみた。
2.成功を導くモノづくり
モクモクが消費者に支持された第一の点として、独自性と本物志向が挙げられる。このことは誰もが考えることである。しかし、モクモクはこれを実際の商品提供において"徹底的"に行った。つまり、モクモクは、食べ物の基本的価値は結局2つ、つまり、おいしさと安全性しかないと捉えた上で、人づくりを中心にこれらを頑なに追求した。
当初、モクモクはハムづくり50年の名人による指導のもと、豚の飼育とハム・ソーセージづくりからスタートしたのだが、より一層の品質向上を目指し、毎年、本場ドイツへ職員を派遣して修行させている。さらに、修行して技術をマスターするだけでは満足せず、ドイツのコンテストに参加し金賞・銀賞を獲得した。このようなところまで、ハム・ソーセージづくりの技術レベルを向上させた。ビールについてもチェコのビール職人を呼びよせ、伝統的な造り方を伝授してもらっている。その結果、地ビールもワールドビアカップに挑戦し3位を獲得するまでになった。また、パンづくりについては、有名なパン屋に何度も頭を下げ、ようやく頼み込んで修行したのだそうだ。修行したパン屋がどこのパン屋なのかを他の人には言ってはいけないのだそうだから、そのパン屋もよほど教えたくなかったに違いない。その他のモクモクの製品についても、同様にこだわりのモノづくりが行われている。ところで、日本全国に類似の農業公園や組織はあるであろうが、地域の農産品を活かしてモノづくりをしている例は必ずしも多くない。このようなところでは農業をテーマとしながらも、どこにも地域の農業が見えてこないのだ。モクモクのように、一つの組織で扱っている数多くの商品に対してここまで徹底しているところは、少ないのではなかろうか。
第二に、自分たちの商品づくりがどのようなものであるかを公開した上で、消費者に訴え、理解してもらうことに力を傾け続けたことが挙げられよう。モクモクは製品作りの情報を、使っている農薬も含めて全て公開している。ウソを決して言わず、できないことはできないと言い、消費者の信頼を得る努力をしているのである。設立当初には、農協の婦人部、生協の組合員に声をかけてきたことが消費者の支持を得る突破口になったそうだ。
第三に、体験教室が充実していることも重要である。ファームでは、ハム・ウィンナー・パスタ・パンづくりなどの体験教室が開催されている。これらの製品は日頃スーパーで買ってくるだけのものであるが、その製造過程を知る機会としてモクモクの取り組みは貴重なものである。大手食品メーカーにはなかなか真似のできない取り組みである。そして、これらへの参加者はさらにモクモク製品を支持するようになるのである。次に、こども達に人気の体験教室も無視できない。乗馬、ちちしぼり、ヤギ・羊へのミルクあげの体験学習が無料で用意され、さらに園内では豚が放し飼いになっており、子豚の出し物が企画されるなど、子ども達に支持されるファームとなっている。このような遊び場は都会では少ないため、子ども主導のリピーター家族が増加するのである。
第四に、ファームにおける女性の活躍に触れなければならない。モクモクではスタッフの7割は女性で、イベント、企画、味、値段、パッケージ、色使いまで女性が決めているとのことである。モクモクの場合、その製品が農産物であるために、女性に支持されない製品は売れないことを考慮した結果、このようになったのである。
第五のポイントとして経営面での工夫も忘れてはいけない。それは、モクモクのファンクラブ(名称:モクモクネイチャークラブ、現在の会員数21500人)の運営である。このような会員の増加の背景には、強いこだわりを持って作られた全ての製品に対しての信頼があると言ってよく、モクモクは、良い意味でのブランドとして認知されるようになりつつある。会員のみを対象としたイベントの開催も、リピーターの拡大に寄与している。
以上の五つの点、すなわち、(1)こだわりのモノづくり、(2)モクモク製品の情報公開・アピール、(3)体験教室の設置、(4)女性パワーの活用、(5)会員組織づくり、は現在に至るモクモクの発展に欠かせないものであると言えそうである。
3.モノづくりから地域づくりへ
以上のように、モクモクの発展は大変興味深いものであるが、このようなモノづくりは地域づくりに直結していることを忘れてはいけない。モクモクで加工する食材を地域から調達していたが、その結果として地域の農業を支える役割を期待されるまでになったのである。モクモクは地域づくりのためにスタートしたわけではなかったが、その新たな可能性を開拓しているとも言える。さらに、現在、木村修社長理事はモクモクが伊賀管内の農業の後継者不足問題を解決していく、つまり担い手としての役割を果たすことをも視野に入れている。モクモクの事業活動は、農業を原料の下請け産業ではなく、自ら農畜産物を生産し、自ら加工し、自ら販売する農村産業をつくることによって、経済基盤、すなわち生活基盤をつくりあげ、農村の風景、文化を守り育てていくことをめざすものなのだ。言い換えると、郊外の国道・県道沿いの風景が全国各地で似たようなものになってきたことに、モクモクは異議を唱えているのだ。
21世紀のモノづくり・地域づくりはどうあるべきかを模索しつつ、これからも農業の挑戦は続いていくに違いない。
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