2000年10月号
書評2
流血を不可避とするスポーツ-イングランド
くらしと協同の研究所事務局
近藤祥功
『近代スポーツの誕生』
松井良明 講談社現代新書 2000年7月
2000年6月、イングランドはサッカーヨーロッパ選手権の一次リーグで敗退した。サッカーの母国と言われ、1966年ワールドカップで優勝したこともある。1970年代までは、確かに強かった。しかし、今回は勝てなかった。
イングランドサッカーの特徴は、ロングパスとクロスボールを多用した肉弾戦である。守備側から一気に攻撃の最前線にロングボールを蹴る。また、ゴール横からクロスボールをゴール前に入れる。相手側守備は、体をはって跳ね返す。それらのこぼれ玉をねらう。何回かに1回は成功する。躊躇せずにあたり合う激しいタフなプレーには拍手がおきるが、ゴール前でシュートを打たずに一人かわしてから打とうとし、相手につぶされようものなら、観客からブーイングがおきる。ゴール前では大男どうしの激しい肉弾戦が展開する。いかにボールに触れる数を少なくして、ゴール前まで運ぶのか。アイデアには乏しいが、シンプルな攻撃が繰り返される。世界のサッカーは80年代から90年代、組織戦術重視のサッカーへと大きく変わった。しかし、イングランドのファンは、こういう肉弾戦を好み、これが世界の流れから取り残される理由にもなる。
では、なぜ、イングランドの観客は肉弾戦を好むのか。サッカーとラグビーが分かれる前のフットボールは、中世から19世紀まで、キリスト教の行事の一つとして民衆の間で行われ、ゲームの最中に死者やけが人が出るのは普通であった。野蛮さ故に時の為政者がたびたび弾圧してきたが、19世紀まで続いた。後にパブリックスクール、大学へと引き継がれ、1863年にイングランドで規則が統一、近代的スポーツに生まれ変わる。サッカーは、ルールを整備する過程で、殴り合いやけり合いなどの野蛮さを捨ててきた。
本書では、スポーツの近代化の過程で失われてきた文化的要素もあり、その一つが「流血」であるとする。「ブラッディ・スポーツ(流血を不可避とするスポーツ)」という視点からイングランドのスポーツの歴史を振り返っているのである。代表的な例として、どちらかが死ぬまで戦う「闘鶏」や、素手で行う「拳闘」をとりあげ、「ブラッディ・スポーツ」が広く支持を得てきていた国民性を指摘する。どちらも勇猛果敢さ、忍耐力が賞賛された。「ジェントルマン」という言葉のように、紳士的なイメージが強かったが、今までとはちがうイングランドが見えてくる。
ただ、母国の名誉のために付け加えておくが、イングランドサッカーは、サッカー協会の管理で「プレミアリーグ」と改めた1992年を契機に大きく変わった。スタジアムや協会組織の改革などと合わせて、衛星放送会社「SKYテレビ」のビッグマネーの影響で、海外から多くの外国人選手を獲得。クラブチームではヨーロッパでトップの座を回復した。代表チームも時間の問題のような気がする。
前のページへ戻る