2000年10月号
特集

座談会

IT革命と生協

インターネットだ、ITだと、新聞・雑誌は書き立てている。ところが生協関係の集会や刊行物では、その手の話題はほとんど出ない。このギャップは何なのだろう?単なる機械化とは違って、実は情報化は、組合員を基礎とした事業体である生協に、特別の可能性を提供しているのではないか?先頃あたらしい業務用情報システムを開発し、生協界ではもっとも「IT革命」に敏感だといわれているコープおきなわ・上仮屋貞美専務を囲んでの座談会では、そんな展望が語られた。生協にとって、また組合員にとっての「IT革命」論を、いまこそ提起しなければならないのである。




出席:上仮屋貞美(コープおきなわ専務理事)
若林靖永(京都大学大学院助教授・くらしと協同の研究所研究委員会幹事、『協う』編集長)
司会:杉本貴志(関西大学助教授・くらしと協同の研究所研究委員、『協う』編集委員)



なぜITなのか?

杉本:上仮屋専務は、情報革命に対する生協の取り組み状況を見ると、生協の存在そのものに危機を感じると最近繰り返し言われているが。

上仮屋:
近年全国の生協が、思想的、経営的な問題を起こしているが、私はそれだけでなく、今急速に進んでいるIT革命という側面からみたときに、生協がいかに遅れているか、このままでは21世紀を生き残れないのではないか、と見ている。インターネット・ビジネスということが盛んにいわれているが、それだけでなく、もっと深いところで企業間の関係、組織や社会そのものが変わりつつある。その視点が生協には欠けている。今年1月の政策討論集会で日生協の2000年度方針骨子が出されたが、そこにはたったの一言もIT革命についての記述がなかった。いくら経営問題が重要でも、とんでもない話だと思ったので、少し厳しい意見を申し上げた。その後理事会などで取り組みを強化するということは確認されているが、中身が伴っていないと思っている。
杉本:それはやはり、情報技術を使えばどういうことができるのか、ということがまだまだ理解されていないからではないか。ホームページを使った注文などは将来の問題で、今の課題は経営構造の改善だという認識だろう。しかし実はITはそれにも役立つものだ。

上仮屋:
一般の企業ではなぜITが重視されているのか。それはこれまで以上に経営においてスピードや情報の重要性が高まってきているからだろう。どういうものをどこから仕入れてくるのか、ここに情報が深くかかわっている。情報の活用ができる企業とできない企業では、実際に店頭に並べることができるのかできないのかという違いが出てくる。価格でも、おそらく10%とか20%の差が出てくる。消費者の目がシビアになっている時代に、価格で2割も違っていたら生き残れない。そういうことが深く進行しているにもかかわらず、生協はそこをよく見ていない。


危機なのかチャンスなのか?

若林:生協の人達が、今のような状況をワクワク受けとめていないということが非常に不思議だ。アメリカではシリコンバレーに、ワクワクドキドキ思う人がいっぱい集まっている。金儲け目的の人も、地域の福祉の解決につながるのではという人もいる。とにかく、非常に新しい可能性が広がっている。ここで大事なのは好奇心をもつということだ。イノベーションが暮らしを変える、それにかかわることそのものが楽しい、という感覚が日本の生協にはない。今のITは生活のありとあらゆる領域を変えつつあるが、それに対応しないといけないという発想で考えるのか、それとも自らこれを利用し、変えようとする側に立つのか。変えようとチャレンジするのが人類の歴史だ。生協自身の革新のために、ITをどう活用していくのか。そう発想すれば、これはおそらくすごいチャンスだと思う。

上仮屋:それはまったくその通り、新しいことがいっぱいできそうだ。そういうプラスの見方は、とても大事だと思う。

若林:IT革命には3つの側面がある。第1は自動化だ。分業が発達し、かつて職人がつくっていたものが流れ作業で作られるようになったが、企業間の取引関係や内部の伝票処理などは手作業に残された。そういうのを全部コンピュータでつなぎ、コンピュータ同士がインテリジェンスな対応をするというふうになる。これが第1のインパクトだ。
もうひとつは、従来だと本当にプロフェッショナルな人しかできなかったことが、情報の活用で誰にでも可能になるということだ。すぐれた一流ホテルのベルボーイは、社長さんを部長のときからよく知っている。これがホテルの財産だったが、今はそういうのを情報処理してシステムに組み、サービスの水準を上げられる。スーパーマンにしかできなかったことが誰でもできるようになった。
そして3つ目は、オープンであるということだ。ここには新たなつながりや結び付きがあって、国を越えた連帯も生まれる。そういう、みんながつくっていくということが始まっていく。だから既存の権威も全部壊れて新たに再編成される。自動化して合理化する側面、情報を活用・分析する側面、そしてオープンでだれもが参加できて広がるという側面のなかで、ITのどこを使うのか。そこはある意味では選択だ。

杉本:情報の活用という点では、これはどこの企業もやりたがっているけれども、実は生協が絶好のポジションにいるといえる。インターネットの専門家は皆、生協はうらやましいと言う。なぜなら、組合員という特定の、しかも生協に対してかなり信頼を抱いている集団があるからだ。なぜこんな財産があるのに活用しないのかといっている。共同購入のOCR用紙やPOSレジによって、組合員の消費動向はすべて生協が握っているはずだ。ところが実際には、あらためて手間暇かけて組合員意識調査や消費動向調査をやって、30代主婦の冷凍食品の利用動向が分かったなどと言っている。そんなことはとっくの昔から膨大な記録データを持っていてわかるはずなのだけれども、これを有効に活用しているという例を聞いたことがない。

上仮屋:最近、一般のスーパーがカードを発行して、顧客のデータを集めようと必死になっている。ところが生協は10年以上も前からそういうことができる状態になっているにもかかわらず、それを活用して事業につなぐということを全くやっていない。共同購入で私たちのところでは約70000人にカタログを配っているけれども、全部同じものを配っている。その中には30代の人もいれば60代の人もいる。当然、生協に対する要望が違っているにもかかわらず、一律のカタログでやっている。一人ひとりの要求にきちっとこたえるのではなくて、組合員を十把一絡げで対応するというやり方しか今までやってきていない。この考え方はそろそろ脱却しないとダメではないのかと思っている。


人間と機械、集権化と分権化

杉本:その点で、セブン-イレブンなどはPOSを活用して客のニーズ把握に努めているというふうによくいわれるが。

若林:セブン-イレブンの特徴は2つある。まず、消費の最先端の動きをつかみ、取引先に要求したり、発注数量を正確にしたりして、売れる商品をちゃんと並べるために、早い時期から独自の情報システムの開発に着手していたこと。そして、商品を売り込む、あるいは売れているもの売れていないものは何なのか、ということについて、現場の小売で働いている人が意識を持たないと商人としてダメになってしまうと考えていることだ。基本的には、商品を取り扱う、取り扱わないという権限は店にある。セブン-イレブンの店はみんな一緒のように見えて、実はかなり個性がある。九州で何々が売れ始めたというと、四国や中国でも売れるのではないのか、と情報を流すこともやっている。しかし言われても取り上げるか取り上げないのかを決定する権限は、店長やアルバイトなど発注する人にある。セブン-イレブンはチェーンストアとしてのメリットを徹底して追求し、本部ですべての情報を支えているが、同時に店舗の力をアップさせることを重視してきた。人をスポイルしないのがセブン-イレブンの第2の特徴といえる。

上仮屋:現場でITを使うときに気をつけないといけないのはそこだ。コープおきなわでも5つ店をもっているが、その店それぞれに商品を品揃えするときの権限を与えている。本部がすべて判断するような仕組みになると、現場では職員の元気がなくなるし、消費者にマッチした品揃えにもならない。いきなり完全自動化をめざしてしまうと、どうもうまくいかないのではないか。やはり、人を生かしていくという仕組みづくりが必要だと思う。

杉本:昨日いくつかコープおきなわの店舗を見学させていただいて、それぞれが地域で評判のパン屋さんから仕入れたり、豆腐を仕入れたりしている実例を見た。中には頑固な豆腐屋さんがいて、コンピュータなんか使えるか、という場合も出てくるかもしれない。それに対して、うちの仕入れはすべてこのシステムなので困ります、ということで排除することになってしまっては本末転倒だ。ITのオープンな性格、精神を忘れたり、情報の活用が統制とか集権化となってはならない。生協界に専務のような危機意識を持っている人が少ないという理由は、そこらへんにもあると思う。IT革命とか新システムの導入だとかというと、画一化を我々に押しつけるのかという反発があるのではないか。

上仮屋:生協の場合、それぞれ自立意識が非常に強いこともあって、各生協ごとに全部システムが違っている。しかし今後これでは膨大なコストがかかり、世の中の変化に対応して生協の事業を変えていくことができなくなってしまうのではないか。今こそ生協がひとつにまとまって、同じシステムで骨格の部分は共通、違う部分だけをそれぞれの生協に合わせて作るという方向をめざすべきだ。私どもが5、6年前から研究をしてきた成果として、システムの作り方をモデル化しモジュール化することによって、変化に対して非常に柔軟に対応できるようなシステムができた。現在店舗システムが動いていて、共同購入システムを作成中だ。変化に柔軟ということは、よその生協で展開した場合でもそこの生協用に作り替えるのが簡単にできるということだ。Linux(Windowsに代わる無料の基本ソフト)のように、オープン化されたシステムを生協の協同の力で作り上げ、コストを下げていくということを追求しないと、システム投資でつぶれてしまうことにもなりかねない。

杉本:モジュール化したシステムというのは、バイキング料理のようなものだ。これまではフランス料理のフルコース、和食の懐石料理といった完結したメニューがあって、大金を払って各生協が別々に料理を注文していた。ところが今度開発されたシステムは、和食が好きな人も、フランス料理が好きな人も、インド料理が好きな人もいる。ならばバイキングにして、好きなものをとってもらおう。こういう考え方だ。豚肉が食べられない人が新たにやって来たら、豚肉を使わない料理を作ってバイキングに加えればいい。こういう形で各生協独自の要求や時代の変化にも対応できるシステムになっている。コープおきなわのシステムがそのまま使えるかどうかはまだ分からないけれども、発想としてそういう融通の利くシステムにすることは重要だと思う。


コミュニケーションの道具として

上仮屋:インターネットの一番の活用法は、コミュニケーションのツールとしての活用だ。組合員がお互い交流したり、それを運動につなげていく場にもできる。ただ、まだ生協がそれを積極的に提案することができていない。むしろ組合員が先行しているが、それを生協がもう少しバックアップするともっと素晴らしいコミュニケーションになる。同じようなことが、これは単協という枠を取り外したほうがいいのではないかと思うけれども、生協の職員の中でもできるだろう。例えば、全国の店長同士が自由にコミュニケーションできる場、商品担当がお互いに情報交流する場だ。私は、人間が成長していく上で横のつながり、横の関係でぶつかり合うということが大事だと思っている。そういう場をネットを活用してつくっていったらおもしろいのではないか。

若林:子育ての交流サイトなどは山ほどあって、例えば育児雑誌や育児向けの商品供給と結びつけてやっているところもある。NPO型もあればビジネス型もあり、個人が立ち上げているサイトもある。しかし生協はそういうことに着手するのに遅れてしまった。ある生協の組合員活動のリーダー達と話をしていると、そういうものはすでにある、組合員はすでにあるところを使うだろう、生協がわざわざやる必要はないという反応だ。

杉本:それは福祉活動は組合員がやればいい、本部は一切関わりませんよというのと同じだ。何もネットでの会話をすべて事業に結び付けようという目で見る必要はないけれども、組合員が子育てについて話しているのであれば、それは必ず事業にも役立つはずだ。そういう場を生協自身が作る意義をなぜ考えられないのか。

上仮屋:やはり、組合員は生協の場で話したいのだ。それに対して、生協を運営している側が敏感に応え切れていないと思う。気軽に、まずやってみて、それでダメだったら止めればいい。もっとオープンに対応したらいいのではないのかと思う。

杉本:生協がネット掲示板設置に神経質な原因のひとつは、とんでもない書き込みがなされたらどうしようかという恐れだろう。実際ある生協の掲示板で、問題になる書き込みがあって閉鎖されたということを聞いたことがある。しかし、それを恐れていては何もできない。なかなか難しいが「安全・安心な掲示板」というのはどうなるのだろう。

若林:そこは組合員を信用する。ひどい話があれば、皆でひどいねと言う。どうしても荒れる場合は、やはり運営責任は免れないし、プロバイダーの責任も免れない。そういうルールが作られつつある。とにかくネットビジネスで、インターネットを利用してモノを売ろうという議論よりも、インターネットでどれだけコミュニケーションが組合員や職員に広げられるのか。まずはそっちの方でどんどん実験したり広げてみるということがベースにあり、その上でインターネットで注文したいねという話があるべきだろう。

上仮屋:コープおきなわの支所にはチームに1台ずつパソコンがあってインターネットに全部繋がっている。そこでは組合員とEメールのやりとりも始まっている。電話では相手がいないと話せないし、特に大切な用事がないと電話しないが、Eメールの世界ではもっと気軽なコミュニケーションができる。そういう場が、現場ではできつつあるのではないのか。

若林:職員個人がメールアドレスを持つと同時に、各支部、各店舗がメールアドレスをもって、店舗宛に送ってもらったらその店長や副店長が見るというようなルールを作らないといけない。例えば「豊見城支所」とか「コープ美里」というアドレスが必要だ。

杉本:共同購入の場合は、それなりに担当者と組合員とのコミュニケーションというのが今まであったけれども、昨日店舗を見学して面白かったのは、店のお総菜部門が、総菜ニュースというのを出していたことだ。共同購入の担当を昔やっていて、その後店舗に配属された職員が、店舗では組合員とのつながりがないということで始めたと聞いた。これを発展させて、ネットという新しい手段を加えると、組合員が店舗担当者とコミュニケーションをとることがもっと容易になり得る。

若林:私がすぐやってほしいのは、iモードを使ったサービスだ。今日のこのお店のお薦めとか、セール価格はこれで、それで作れるメニューはこれという提案。そういうホームページが毎日少しづつ変わるといい。今週の重点商品などがiモードでわかると、さぁそろそろ夕食で買い物にいかなくちゃと思ったときに、iモードを見て、それから考えながら買い物する。そういう新しい購買行動が生まれ得ると思う。iモードのせいで、パソコンは使えないけれどもインターネットはやっているという、とんでもない人種が誕生した。小中高校でも、ITを授業に取り入れているから、子供たちから生協に対する問い合わせが電子メールで来るようになるだろう。小学校や中学校の総合学習で、コープおきなわの環境対策を勉強したいのだが、これについてのホームページはないのですかと言われてしまうかもしれない。


いま必要なことは?

杉本:そうなると、情報革命に乗り遅れた生協には、まともな学生は就職しようと思わない、もちろんそんなところで買い物などごめんだ、ということにもなりかねない。そうならないためにも目を覚ます必要がある。どうすればいいのだろうか。

若林:ひとつは、今の生協の運動や事業にどのような問題点や課題があるという話から、情報システムをどう位置づけるのかという議論をやる必要がある。もうひとつは、もう少し中長期的に考えて、21世紀の生協のあり方は今の事業の延長線上だけであるのだろうかという大風呂敷を認める議論の中で、今これだけネットワークが広がっているのだから、もっとこんなことができる、こんなことをしたらもっと喜ばれる生協になるのではないのかという夢を持つ。この2つの議論を活発にやって、頭を柔らかくするしかない。
情報システム担当者も、情報システムからみた生協の未来像をどんどん描くべきだ。そういう議論にトップが耳を傾けること、あるいは組合員や職員も参加して学習会など設けること。掲示板や会議室のイメージだが、そういうのが大事だと思う。

上仮屋:金をかけてでもいいから、それこそ渦中にあるマイクロソフトの社長、ビル・ゲイツなどを呼んできて、最先端で何が起こっているのか、生協トップの勉強会をしてみたらいいのかなあ。トップとシステム責任者とが一緒にやっていくと、何か出てきそうな気がする。私はITのことなど難しくてわからないということでは一歩も前に進まない。海外旅行に行ったことのない人と、ヨーロッパや中国などに行ったことがある人とでは、全く違う世界がある。インターネットの世界でも同じだ。インターネットの世界は、海外旅行へ行くよりももっとエキサイティングで、体験するということがとても大事だ。そこからどんな世界が広がっているのか、生協の事業、運動との関係で今後どんなことが広がっていくのかということを、見ていく必要がある。

(まとめ・文責 杉本貴志)


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