2000年8月号
視角
グローバル経済下のまちづくり・むらづくり
岡田 知弘
バブル崩壊後の大不況のなかで、 大都市部、
農村部を問わず、 住民の生活の基盤となる地域産業が厳しい状況におかれている。
それにともなって 「まちづくり」 や 「むらづくり」
が注目されるようになっている。 では、 どのように、
地域を再生すればよいのか。
結論的にいえば、 現在の不況を生みだし、 深化・長期化させているのは、
バブル景気以来の大企業の海外への生産シフトにともなう国内産業の空洞化であり、
規制緩和と経済構造改革による中小商工業、 農業の衰退であるといえる。
後者は、 自動車や家電などの少数の大企業が引き起こした日米貿易摩擦を回避するために、
中小企業製品や農産物の輸入が促進されたり、
大店法が規制緩和された結果、 犠牲になったものである。
大企業は、 経済力と政治力を駆使して、 不況を避けて海外に逃避することもできるし、
国から巨額の 「公的資金」 を引き出すこともできる
(もっとも 「そごう」 のように失敗する場合もあるが)。
だが、 土地に固着した産業や、 経済力の弱い中小企業や業者、
労働者の圧倒的部分は、 そのようなことはできず、
むしろ消費の低迷と失業・賃金カットの悪循環に陥ったままである。
消費税率の引き上げや医療費などの社会的負担の増大が、
これに拍車をかけている。
では、 どのようにしたらいいのか。 ことはいたって単純明快である。
一方では大企業の身勝手なリストラと海外シフトを規制しながら、
他方で国民の購買力や働く機会を縮小している経済構造改革を根本的に見直すことである。
規制緩和の祖国といわれる米国でさえ、 工場の閉鎖や大型店の出店を規制する制度がある。
ヨーロッパや発展途上国においても、 企業ではなく自国の住民の生活を第一にした資本活動の規制や経済政策の運用が広がりつつある。
米国からの要求を 「グローバル・スタンダード」
と称して、 国民生活を犠牲にしてまで受け入れているのは、
日本ぐらいである。
もっとも、 国の政策を変えればすべてうまくいくわけではない。
それは、 必要条件であっても、 必要十分条件ではない。
また、 政策が変わるまで待ちつづけることもできない。
多くの地域の産業は、 それほど切迫した状態におかれている。
したがって、 地域産業の担い手である住民、 あるいは地方自治体自らが、
地域産業の再構築の運動をおこすことが必然的に求められることになる。
大企業が私益を追求するあまり、 自らの育った地域や国を捨てて、
活動拠点を次々に移転する時代において、 地域住民の生活の支え手として、
地域に根付いた中小企業・業者、 農家、 協同組合の存在が否応なくクローズアップされつつあるといえる。
現に、 日本の各地で、 彼らが主体となって
「しごとおこし」 や 「まちづくり」、 「むらづくり」
が展開されつつある。 そこでは、 大企業がグローバル化のなかで従来の下請構造、
分業構造を解体しつつあるのとは対照的に、 地域にある物的・人的資源、
経営資源を見直し、 相互にネットワークを張り直して地域産業の自覚的再形成が行われている。
その際、 何よりも、 金銭的な私益の追求ではなく、
住民生活の向上、 人間らしい生活の実現そのものが追求されている点が注目される。
例えば、 長野県の最北部にある栄村では、 第3セクターの栄村振興公社を軸に、
村にある自然資源や高齢者の技能を生かした農林産物加工品の開発を行い、
それを全量買い取りしたうえで、 村内にある公社経営の観光施設や大都市住民との交流組織を通して販売している。
また、 公社では伝統料理を継承したり、 宿泊施設用の飲食品を村内の商店から優先して定価調達したりしており、
公社を軸にした村内産業のネットワーク (農業、
林業、 商業、 観光業の横断的結合) と消費者とのネットワークが形成され、
就業機会が拡大し、 若年層の定着も着実に進んでいる。
また、 京都市内の下町にある西新道錦会商店街では、
閉鎖された友禅工場跡地に進出してきた大型店に対抗して、
アーケード整備などのハード事業の導入によってではなく、
生協や労働組合との共同事業やファクスネットの導入、
商店街組合主催の多彩なイベントの展開によって、
消費者を直接組織することに成功してきている。
なかでも注目される点は、 高齢化が進みコミュニティ機能が崩壊しつつある地域の実状を把握するなかで、
福祉サービスや行政サービスの仲介的な役割を自ら担ったり、
商店街組合の家族自身が商店街の中に居住し、
近隣消費者との信頼関係を築き、 商店街の 「商売繁盛」
と 「まちづくり」 とを意識的に結合しているところにある。
これらの事例からも明らかなように、 経済のグローバル化のなかで、
住民がそれぞれの地域で生活し続けるには、 何よりも住民生活を支える地域産業の再生が必要である。
その場合、 地域内に繰り返し投資を続けうる経済主体の形成
(地域内再投資力の形成) と、 地域内における産業ネットワーク
(地域内産業連関) や、 消費者とのネットワークの形成が鍵となっている。
さらに、 これを成し遂げるには、 住民自身がこれらの取り組みに積極的に参加したり、
地方自治体の産業政策をそのような方向に転換させる地域住民主権の発揮が必要不可欠であるといえる。
おかだ ともひろ
(京都大学大学院経済学研究科教授)